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相変わらず続行中のクリスチャン・ベイル出演作行脚。今回はこれです。
ストーリイ:機械工のトレヴァーは1年もの間、原因不明の不眠症に悩まされていた。痩せ衰えた彼は、それでも毎日仕事に出かける。せめてもの安らぎは、なじみの娼婦スティーヴィーとの交情と、空港のカフェで深夜勤務のウェイトレスのマリアと会話することだった。
或る日トレヴァーは、勤務先で、新入りの溶接工と名乗るアイヴァンに気を取られ、同僚が片腕を失う事故を引き起こしてしまう。
しかも、主任や工場長たちは、アイヴァンなどという男はいないと言うのだ。その頃から、自宅の冷蔵庫の扉に何らかのメッセージらしきメモが貼付けられるようになり、彼の精神は次第に不安定になって行く──
『アメリカン・サイコ』もだけど、これも観るのが怖かった映画。
とりあえずレンタルで借りて観始めて、これは『アメサイ』より神経にこたえそうだと思いました。
まず話題となったベイルの激痩せっぷりが痛々しい上、本当に肉体的に「痛い」シーンが続き、購入はしなくていいかも、と思ったほどです。
監督はヒッチコックをリスペクトしているそうですが、確かにあの、いや~な感じで神経に来る演出は、ヒッチコックタッチの或る部分を継承しているかも知れません。
でも、ミステリファンの端くれとしては、ストーリイの背後に秘められた謎を読み解く方に興味が出て来て、最後まで観終えることができました。
以下ネタバレ。この映画を未見のかたは、絶対読まないで下さい。
ここから→月刊『ミステリマガジン』に載るような良質の短編という感じの話。
基本構造は、ミステリとしては古典中の古典『オイディプス』(ソフォクレス)です。もちろんオイディプス王は本当に自分の罪を知らず、トレヴァーは不眠のせいもあって、妄想や願望と現実との区別がつかなくなっていた訳ですが。
写真や回想シーンで見られる「ふっくら」トレヴァー(笑)は、ベイル自身が痩せる前に撮ったんでしょうか?
謎を読み解く鍵としては、まずドストエフスキーの『白痴』。作者及び主人公ムイシュキン公爵が癲癇であることは有名ですが、遊園地のシーンでのニコラスの発作は、それが(トレヴァーの中での)「元ネタ」だったということでしょうか。
自分が最初に「おや?」と引っかかったのが、あの遊園地シーンでした。
また「アイヴァン」という名前は、即ちロシア語の「イワン」であり、「ドストエフスキー」が頭にあれば、ああいう登場の仕方のキャラクターについて、まず連想するのは『カラマーゾフの兄弟』の「イワンの悪魔」です。
しかし、これがまた引っかけで、終わってみればアイヴァンは悪魔どころか、トレヴァーの「良心」だった訳ですね。←ここまで
そんな訳で、痛い&怖いシーンもあったけど、後味は悪くありませんでした。
全体に青っぽい感じの静謐な画面がアメリカ映画っぽくないなぁと感じていたら、実はスペイン資本の映画で、撮影もバルセロナで行なわれたそうです。
メイキングでは、LAっぽい雰囲気を出すよう苦労したと語られていますが、どうしたってアメリカには見えません。でも、そこが良かったです。
あと、トレヴァーのせいで大怪我するミラーさん、マイケル・アイアンサイドだったんですね。昔のギラギラ悪役な雰囲気を抑えた演技だったので、特典を見るまで気がつきませんでした。
それにしてもクリスチャン・ベイル……この役のために50キロ台まで体重を落としたそうで、文字通り骨と皮。背骨まではっきり浮き出る激痩せっぷりには、初め生理的嫌悪感を覚えたほどです。
監督や共演者たちも「何もそこまで」と思ったそうですが、この後『バットマン ビギンズ』が来て、今度は「何もそこまで」っていうほど肉付きがよくなっちゃったんですよね(笑)。
いや、笑い事じゃないです。私が本当に「この人すごい」と思ったのは、痩せたり太ったりという事実そのものより、彼が
「痩せなくちゃいけない役だから絶食した。(バットマンでは)ウェイトを増やせと言われたから、とにかく食べて筋トレした」
と、苦労話という感じじゃなく淡々と語っていることでした。すごいと言うより、そんな彼自身が映画の中のどのキャラクターよりも怖かったです……
俳優の「作品」とは演技そのものであるとするなら、この人にとっては、自分の肉体さえも、そのための「素材」でしかないのかも知れません。
「筋肉が落ちると歩き方もあんな風になる」などと他人事みたいに語っているのを聞くと、そう思います。
前述『ビギンズ』や『サラマンダー』、また『リベリオン』の時は、反対にがっちり筋肉をつけている訳ですが、それも彼にとっては「役に必要だから」ということでしかないみたいで、これ見よがしな「どうだ」感は皆無です。
そういう役やアクション・ヒーローにありがちなナルシシズム、また「役のためにそこまでしちゃう自分が大好きさ」みたいな感じが、彼には全く見当たりません。自分の肉体をここまで「もの」や道具みたいに扱えるというのは……やっぱり怖いです。
と言ってシニカルな訳ではなく、いっさい妥協もせず、その役、と言うよりその人間になりきる──やはりどうしても別の地平に立っているとしか思えない天才です。