「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

子供は「生産」の対象ではない

2019-01-15 | 雑記
昨年、杉田水脈自民党衆議院議員が「LGBTは子供を作らない。つまり『生産性』がない。だからLGBTのために税金を使うのはいかがなものか」と週刊誌上で主張したことに批判が起こりました。
いくら言論の自由があるとはいえ、性的マイノリティに対する無知、無理解をさらけ出し、ひいては基本的な人権の軽視を感じさせるという点で、立法府を担う国会議員の主張にしてはあまりにもお粗末でした。さらに、子供を産むのは「生産」であり、国民はその「生産性」とやらの尺度で税金を使われるかどうかが決まるという意味不明な持論を展開しており、率直に申し上げて、私はたいへん驚愕したのでした。

ふ~ん、仮にそういう論理が通用するならば、例えば年齢が50歳以上の日本国民は皆殺しにでもしたらいいんじゃないですか? だって、「生産性」がない人たちに、税金を使うのは勿体ないと言いたいのでしょう? LGBTや高齢者みたいに子供を生産しない人たちに、これ以上の税金を使うのがおかしいのならば、もう政府が殺してしまえばいいんじゃないですかね?

たぶん、子供でも、こんな感じで杉田氏のとんでも理論を論破できると思うのですが…。「生産性」とやらで国民の価値を決めて、税金の使い道を決めようとする社会は、きっと、もの凄くぶっとんだ社会になることでしょうね。
この杉田さんはたぶんお馬鹿さんなんだろうと思いますが、しかし、こういう議員を当選させてしまう選挙区の住民の皆さんも同様にお馬鹿さん揃いなのでしょう。国会議員が馬鹿なのは、はっきり言って、国民が馬鹿なせいですから。

さて、いきなり強めの毒を吐いていますが、実は最近、この問題を思い起こさせるような出来事が身近にあったのでした。今でも、思い出すたびに、モヤモヤします。
晩婚化が進んだ昨今では珍しくない話ですが、とある30歳代同士のカップルが結婚しようとしたら、男性側のとある親族の方から「そんなババアはやめて、20代のもっと若い女と結婚したらどうだ? 高齢の女は子供を産むのはリスクがあるし、そもそも、お前、そのババアに騙されているんじゃないか?」と言われたとのことです。その親族は、カップルの片方の女性には面識もないのに、「30歳代後半」という年齢だけを聞いて、そういうふざけたことを言ったそうです。
ここでいう「リスク」とやらが、例えばダウン症の子供さんが生まれる確率などのことを示しているのだとしたら、さらにふざけていますね。

そういうお馬鹿な親族が身内にいたというのは大変お気の毒に感じますが、しかし、杉田氏の主張然り、そういう風に子供をまるで道具か何かのように「生産するもの」として見ている方や、女性や患者さんの人権に対する認識が極めて浅薄な方は、もしかしたら私が思っているよりも世間には多いのかもしれません。
きっと、そういう方々は、「生産」できない女性は役立たずであり、何らかの疾患を抱えている人は「不良品」だとでも思っているのでしょうね。
例えば、日本ではつい最近まで、子供を産まなかった女性を「石女(うまずめ)」と呼んで蔑視する風潮がありました。子供の有無に基づいて、女性の価値を決めるという考え方は、21世紀の今日でも、日本社会の宿痾として残っているような気もします。おそらく、今でも上記の親族みたく、無知、無理解、無恥なことを仰る方々は、決して少なくないのではないでしょうか。

私自身は医者の端くれですが、医学・医療の知識とは別にして、子供とは「授かりもの」であると思っています。
授かりものであるわけですから、確かに幸運にも授かったら嬉しいかもしれませんが、もしも授かることが出来なかったとしても、それはそれで普通というか、そういう生き方も自由に容認されていいのではないかと考えています。たまたま子供がいないカップルの例、あるいは性的マイノリティーや不妊症のカップルで子供ができない例を鑑みると、授かりものに恵まれなかったからといって、そういうカップルが何か劣っているだとか、何か人間として問題があるだとか、そういう風に捉えるのはいかがなものかと思うのです。もっとはっきり言うと、子供の有無をもとにして他人を差別する人や、他者を見下したり、蔑むような人を、私は好きになれません。

もちろん、たとえば高齢の親が、息子や娘の子供、つまり孫を見てみたいという素朴な気持ちは理解できます。息子や娘に対する期待や希望もあるのでしょう。しかし、だからと言って、子供のカップルに孫が生まれなかったことを嘆くとか、さらには高齢の女性との結婚を反対するとか、そういうのは実にナンセンスではないでしょうか。
私の知人にも、不妊症のカップルがいらっしゃいましたが、無邪気で残酷な期待とでも言うのでしょうか、お互いのご両親から「早く孫が見たい」などと言われて、大変悩み苦しんでいらっしゃる姿を見聞きしたことがありました。子供を授かることができずにいるのが気の毒というよりも、そういう周囲からの無邪気で残酷なプレッシャーに耐えなければならないのが気の毒でした。彼らは自分たちのことをまるで罪人であるかのように感じていらっしゃったみたいです。
子供は、親に孫を見せるために、結婚するのではありません。「この人が良い」と思えるパートナーと一緒の時間を過ごしたいから、人生という旅を共に歩みたいから、結婚するのです。親の期待や希望に応えるために、子供を生産するために、結婚するわけでは決してないのです。すくなくとも、私はそう信じています。

念のために、最後に申し上げますと、こちらに書いたのはあくまで私見です。最近、あまりにも腹立たしい話を聞いて、思わずブログに長文を書いてしまいました。もちろん、異論を抱く方々もいらっしゃることでしょう。私自身、海外在住歴が長くなるにつれて、すこしずつ価値観や思想が日本に居た頃と変わっているのを自覚しています。日本にいらっしゃる方々とは意見が異なる場合もあるでしょう。自由とは、思想や意見を異なる者たちのための自由です。人権蔑視や差別助長はともかく、色々と自由な意見があっていいと私は思っています。


2 コメント

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あなたの意見賛成 (トモandアイ)
2019-01-16 23:05:22
こんばんは、そうなんですよねぇ
しかし、無邪気で残酷な母がここにいます。
娘は30代後半で独身、人にばばあなんて
言われたくないですよ。世間も残酷ですね。
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コメントをありがとうございました (管理者)
2019-01-16 23:33:36
トモandアイ様
コメントをありがとうございました。私自身も30歳を過ぎましたので、「早く結婚して子供を」と無邪気に言われることが多くて、この記事を書いた時にはちょっと鬱憤がたまっていました。おそらく、善意で私にそのように仰っているのだろうとは思うのですが、色々と考えさせられます。
医者をやっていた時に、酷な例を少なからず見てきました。しかし、世間にもきっと優しい人たちも沢山いらっしゃるはずだと信じたいです。
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