心の自由

被曝を最小限にして命を繋ごう!

☆野呂美加さんFB5/4 <私達、被曝した人間のデータは、新しい武器をつくるために使われる>

2014年05月05日 | 野呂美加

野呂 美加さん FB5月4日9時頃
 

鼻血?そら言わせたらアカンだろ!

マッカーサー司令官のときから、被ばくの症状の話はご法度なんですよ。

私達、被曝した人間のデータは、新しい武器をつくるために使われる。

さて、3年前に、肥田舜太郎先生のお話を聞いた時のメモが出てきたので、ご紹介しますね。

...

『…今のお医者さんたち、あのとき広島・長崎で、死んでいった、生き残って苦しんだ方を見た方

は、一人もいません。

いちばん若い被爆者は66歳。今の現役の医者は見たことがない。

0、80の先生たちはみな死なれてしまった。私が一人生き残りました。

ですから、いちばん心配するのは、そういう後遺症が出て具合悪いからと先生のところに行って

みてもらっても、それは後遺症といえるお医者さんは一人もいないだろうと。

それがこれからのいちばん大きな問題になります。

なぜ、日本の政府・役人、大学の先生たち、広島の原ばくの被害を日本が受けた。都合のいい

ときはみんな言うけれど、あのキノコ雲の下で人間はどのように殺されたのか。

診断方法もなければ治療方法もない。どうして誰も勉強してこなかったのか。

みなさんも、福島の人を含めて広島長崎の人はどうだったんだろう、それを説明する人はいま

せん。なぜ、そうなっているのか。今の日本国民はだれも聞かされていない。

これは、みなさんの知っているように8月15日、戦争が終わった、天皇陛下が負けたと謝った。

日本はアメリカの占領下にはいりました。9月1日、マッカーサーが厚木飛行場に降り立った。

「今日ただいまから日本の国民は私が支配する。天皇も総理大臣も役割をはたさない。一切は

私の命令で動いてもらう」という声明をだした。そして、日本人のしてはいけないことを出してい

きました。全部でいくつだったかわからない。文書ではなく全部口頭で。あとでなって彼の責任を

追及されないように、口頭で行った。

そして、日本の役人が前に出て、翻訳して伝わっていった。

広島で毎日死んでいく人と悪戦苦闘しているときに、それが伝わってきました。

医師である私がどうしても許せないということ。

「広島・長崎の人は原爆の被害を受けてたくさんの人が死んだ。やけどで苦しんでいる人もたく

さんいる。放射線の影響と思われる今までみたことない病気で苦しんでいる人もいる。しかし、

原爆の被害そのものは軍の機密である。だから、たとえ自分の親であろうとも自分の被害であ

ろうとも説明したり話したりしてはいけない。違反した者は占領軍から厳罰を受ける。」

そして、被害を受けたものは必ず医師のところにいって治療を望む、医師は患者を診ることはい

い、しかし、診た結果を詳細に書き残す。それから被害を仲間と一緒に相談する、論文に書いて

学会に出す、日本の学会がそれを研究を禁止する、それを違反したものは厳罰にする。

いちばん大きな影響を受けたのは広島大学と長崎大学の医師たちと、その地域の医師たち。

患者が来ても医師たちはみんな大学を頼りにした、大学の若い医師たちの中には、患者が出れ

ば一生懸命考えて研究して熱心に研究すると、必ずアメリカ軍がやってきた…。』

歴史、を知るとこの存在意義は、語らずとも。

汚染地域にヒロシマ・ナガサキの医師が来たら、イシツブテで返せ!

フクシマの子の甲状腺を何人みたか自慢している医師もいるよ。広島に。

長崎からうらやましくなって、またフェニックスのようにカムバック福島をねらっている医師もいる

けれど。

 
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