「………ッ!だって、美都は確かに見たって……」
“そんなあわてんな。確かに見たといってかもしんねぇが、見間違いの可能性だってある。オレは、怜ちゃんに被害がなかったとは言ってねぇ”
「……よし、話を聞こうじゃないか」
“いいか。怜ちゃんは、左腕を刺されたんだ。単純な話だ。美都はたぶん、血と倒れた怜ちゃんに目がくらんで、よくは見なかったんだろ。それに、中学生が見れるようなもんじゃねぇ”
「でも…嘘だろ…おい」
“嘘じゃねぇよ。怜ちゃんが、病院に運び込まれた記録が残ってる。両親は、美都ちゃんが学校に行ったと思って怜ちゃんを病院に連れてったんだろうな。ほっといて、もっとひどくなったら元も子もねぇだろうし”
「まじかよ…。じゃあ、まだ怜ちゃんはあの家に…?」
“もちろんだ。あ、あと、あそこの親父。暴力団の幹部らしくてな、結構な人員使えると思うぞ。おふくろさんは、まあいわゆる夜の人で……典型的な悪い見本の家族だな。だから、十分気をつけろ”
「それで…お前は相談するのか?」
“だってよ、さすがにマフィア相手だったらダメだけど、お前なら、暴力団の幹部くらい楽勝だろ?”
「でも……さっき相談するって」
“お前が計画を立てるんだろ?竜樹ならできるじゃねぇか。お前が作戦を立てて負けたことは一度もねぇ”
「いや、あるだろ」
“こまけぇことは忘れた。とにかく、このことは美都ちゃんには伝えるな。絶対に帰ろうとする”
「分かってるよ。妹が生きてたなんて言ったら、今すぐ速攻で帰りそうだ」
「何よそれ」
「……………あ」
美都はすでに、試着室から出ていて、元々来ていたあの人形のような服を袋に入れて抱えて立っていた。僕は、耳に入ってくる伊織の声を無視して美都にしゃべりかけた。
「たとえ話だって。本気にしたなら謝るよ、僕が軽率だった」
「怜ちゃんが…生きてるって」
「だから、もし美都に言ったら帰るっていいそうだよなって言う話を伊織としてたんだって」
「冗談だとしても…笑えない」
「いやだから謝るって……」
「謝って済むんじゃなくって!」
美都は声を大にして言った。店中の人が振り返る。伊織の声が耳に響くが、なんて言っているかは聞き取れない。
「謝るとか、そういうのじゃないんだよ。怜ちゃんが生きてるなら、アタシは見捨てられない」
美都はそう言って、袋を捨てて店を飛び出した。ただし、マンガみたいに飛びだしたわけじゃなく、ちゃんと自動ドアが開くのを待って。僕は再び、伊織の声に耳をすませた。
“おい!竜樹!!返事をしろ!”
「……ああ、聞いてるよ」
“美都ちゃんに聞かれたのか?”
「…ああ、出ていったまったよ。走って」
“バカヤロッお前、なんで追いかけ……竜樹?”
「僕は一体、ここ4日ほど、何をしてきたんだろう?」
“は?”
「美都にとって、妹の存在がどれだけデカかったか…僕は分かってなかったよ」
“だからどうした?”
「こっからどうするていうんだよ!僕は…僕は………もう、美都から大切なものを奪いたくない」
“だから、お前にとってはどうなんだよ、竜樹”
「………」
“竜樹にとって、美都ちゃんはどれぐらいのものだったんだ?美都ちゃんの気持ちなんて今は考えるな。自分がどうしたいかだけ考えろ”
伊織は、それだけ言って、勝手に電話を切った。
僕の…気持ち?僕の中の美都は、いつでも笑ってて…違う。美都はきっと、いつだって妹の事を気にしていた。ただ、それを口に出さなかっただけで。妹が死んだと思って泣かないわけがないじゃないか。
「………クソ」
一体美都のどこを見てきたのだろう。そういえば、ときどき美都は自分の事を「美都」と言っていたかもしれない。アタシ、という一人称をつかわないことで、他人事のようにしていたのかもしれない。アタシではなく、美都に聞きたいことがあるんでしょう?と。
なんてくだらないことをグダグダ考えている間にも、時間は過ぎていく。僕は、急いで固まっていた店員さんに服の代金を払い、店を飛び出た。そろそろ店中の人の視線が痛くなってきたころだった。
外は、店の仲とは違い、賑わっていた。ただし、美都はあのヒールの高い靴でも走れるらしく、美都が通った跡が人ゴミが割れていてはっきりと残っていた。僕はそこを走っていく。いくら走れても、スニーカーの僕にはかなわないだろう。そう浅読みしていた。
「……ハァ、ハァ……全然いねぇ」
途中で息をつきながらも、足だけは動かし続ける。もう、美都と出会ったゲームセンターの前は通り過ぎた。この走っている間にも何軒ものゲームセンターを見かける。となると、美都が学校をさぼった日数は相当なものになる。まあ、僕が言える立場じゃないが。
「………家?」
かなりの距離を走った。すでに街中から抜けていて、すこしづつ緑が見え始めたところだった。すでに13件のゲームセンターの前を通り越した。前に続く道に美都の姿はなく、一軒の家しかなかった。しかし、この家は暴力団の幹部が住むには可愛すぎるような気もするが……。いや、でも美都の話によれば、見た目は小奇麗だと………。
「えっと表札は………」
あった。これもまた、可愛らしいまるで妖精が気に入りそうなデザイン。妖精に会ったことはないが。とにかく、そこには確かに「TACHIHARA」と書いてあった。
「やっぱり美都の家……?………あ」
少し、回り込んでみてみると、窓から様子をうかがおうとしている美都を発見。その姿を見ると、これだけ真剣に追いかけてきたのに拍子抜けだ。なんて言うと、また怒られそうだけど。僕はそっと近づいて、美都の肩をたたいた。美都は機嫌悪そうに振り向くと、やっぱりかというような顔をしてこちらを見る。
「なによ、お兄さんも来たの?別にいいけど。静かにしてよね」
「あれ、今日はいつになく冷静だな」
「お父さんがいない日だから。うちの家族、キリスト教だからさ。ミサ行ってるの」
「へえ、じゃあ、入ればいいじゃないか」
「ダメよ。いっつもお父さんの部下を置いていってるんだから」
「ふぅん。なるほどねぇ」
「それで、作戦は考えたの?」
「は?」
「アタシはお兄さんが追いかけてくることも見通して走ってきたの。思いの外遅かったけど」
「悪かったな、遅くて」
「さっきはごめんね。勝手に言うだけ言って走って」
「あ、いや……」
「でも、嘘ついたお兄さんも悪いんだよ」
美都に諭された。どうやら酷くは怒っていないらしい。でも、美都の機嫌はよくしてやらないとな。後が怖い。
僕は作戦を考えることにした。要は、美都の妹、怜ちゃんを助け出せばいい。ただし、暴力団の部下に見つからないように。というか、考えるほどの事でもないようだ。案外簡単に行けそうだ。
「家で留守番する時、いつもどこにいた?」
「え?自分たちの部屋…だけど」
「美都、家のカギは?」
「あるけど……」
「じゃあ、ちょっとそれかして」
僕は美都からカギを受け取ると、家の正面で待つように言った。僕は、手ごろな石を持つと家の側面にある二階の窓へ軽く放り投げた。窓に見事当たるが、割れるほどではない。急いで正面へ逃げると同時に窓から男が顔を出す。
「なんだぁ!?………ッチ。なんもねぇか。どうせ近所のガキのいたずらだろ」
といって、奥へ引っ込んでいった。ところでその男が二階から顔を出している時に、こっそり玄関を開けて、小さい靴の片方を手に持って、外へ出る。今度は美都に、反対側の側面で待つように言って、僕は先ほどのものより大きい石を取って、先ほどと同じ窓へ投げる。と、同時に、靴を地面に置く。今度は思い切り投げたからか、窓が盛大に割れる。男が叫ぶ声が聞こえる。カルシウムとれよ。
「なんだぁクソガキィィィぃぃぃ!!」
「あのーすいませーん!!」
僕は下から叫ぶ。
「アァ!?貴様か!?」
「いいえ~通りすがっただけなんですけど~コレがおちてまして―」
僕は、靴を拾い、見えるように掲げる。男は、顔を真っ青にして、窓から顔を引っ込めて、ドタドタと階段を下りる音がした。そのうち、玄関が開いて男が飛び出してきた。
「おいガキ。女の子見なかったか?アァ?」
「ひぃ……え、えと…あっちの方に…」
僕はビビるふりをして、走ってきた道のり、街中へ行く道のりを指さす。男は血相を変えて走って行った。「ダンナに見つかったらやべぇ」だとかなんとかいいながら。僕は美都のもとへ駆け寄り、早く家に入るように言った。美都は少し心配そうにするが、走って家の中へと入り、靴だけはちゃんと脱いで二階へと上がって行った。僕はついていかない。ここからは、美都と、怜ちゃんの問題だ。