一寸の兎にも五分の魂~展覧会おぼえがき

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鹿島茂コレクション バルビエ×ラブルール展はさらにパワーアップ@群馬県立館林美術館 ※増補改訂版

2013-05-15 | 展覧会
※この記事は、2013年5月13日に「鹿島茂コレクション バルビエ×ラブルール展はさらにパワーアップ」として掲載した記事に大幅な加筆訂正を加えた増補改訂版です。


昨年4月、練馬区美術館で開催されていた「鹿島茂コレクション バルビエ×ラブルール展」が、現在、群馬県立館林美術館で開始されています。



練馬のときは見逃してしまったので、行ってきました。

館内に入ると、企画展「鹿島茂コレクション バルビエ×ラブルール展」の案内が。



ペパーミントグリーンが基調になっていて、窓の外の緑にもマッチして涼しげです。こういうところにも、美術館の工夫が感じられます。


(美術館の庭)

◎アール・デコの美意識を体現した画家、ジョルジュ・バルビエ


今回、館林美術館での展覧会チラシに使われているのは、ジョルジュ・バルビエ(Georges Barbier,1882-1932)の作品(『モード・エ・マニエール・ドージュルドュイ』(1914年)より「移り気な鳥」)。



バルビエは、1920年代にフランスを中心に一世を風靡したアール・デコ様式の代表的な画家(というよりむしろ、イラストレーター)の一人です。

なんとなく、勝手なイメージで、きれいだけれど脆弱な絵柄なのかなあと思っていたのですが、今回まとまって作品を拝見してみると、小さいながら緊張感のある画面に、装飾的な輪郭線と過剰過ぎない豊かな色彩が絶妙にマッチして、どうしてどうして、なかなか見ごたえがありました。


(展示作品の絵がはきより。右端の1枚はラブルールの作品)

鹿島先生が、これだけ躍起になって(失礼!)集める気になられるのも無理はない、と実感。

◎ニジンスキーが観客に与えた興奮を伝える傑作

個人的に特に興味深かったのは、「バレエ・リュス(ロシア・バレエ団とも呼ばれます)」関連の作品。

ピエール・ルイスが1894年発表した散文詩集『ビリチスの歌』は、古代ギリシャの娼婦詩人だったビリチスの手になる詩篇をフランス語に翻訳したもの、という触れ込みでしたが、実はこれはルイスのたくらんだ虚構。

ここらへんのしかけも手が込んでいます。

音楽好きの方であれば、ドビュッシーの『ビリチスの3つの歌』を思い出されるかもしれません。

この詩そのものは読んだことがないのですが、バルビエの挿絵につけられたタイトルをみるかぎり、かなりトランスセクシャルな、サッフォー的な世界。

この「あぶない」世界観を描き出すバルビエの画面からは上品なエロティシズムが漂います。かなりきわどいイメージを描いていても、下品だったり安っぽい感じにならないところが、バルビエのすごいところ。

デザイン的に考え抜かれた装飾性が画面に独特の緊張感を与え、端正こめて作られた工芸品のような精緻さを与えるので、ぎりぎりのところで安っぽさから救われているのでしょう。

この通俗性と高貴さ、安っぽさと軽やかさをぎりぎりのところで区別する軽業師的な感覚が、私にはジャン・コクトーに共通するものを連想させます。

◎展覧会チラシで実感する、「バルビエ×ラブルール」展の間口の広さ


冒頭にも書いたように、この展覧会は、2012年の春、練馬区立美術館で開催されていました。

今回、館林美術館の方にうかがったところ、展示されている作品のうち、書籍や雑誌などは開くページによっても印象がかなり違うそうなのですが、今回は練馬のときとは異なるページを見せているケースが少なくないとのこと。

練馬で見た方もバルビエやラブルールの魅力を別の角度から発見できるように工夫されています。

ちなみに、これは練馬区立美術館で開催されたときの展覧会チラシ。



館林のチラシとはずいぶんイメージが違いますよね。



練馬のチラシでは、後でご紹介するラブルールの「歌うカエル」(ド・ヴォワザン『私好みのページ』1929年より)が上の段に、下の段にはバルビエによる『散文詩』(モーリス・ド・ゲラン著、1928年)の「フロンティスピス(口絵)」。

この下の段のパーン(牧羊神……なのかなあ)は、公式図録の表紙にも採用されているので、鹿島先生のお気に入りなのでしょうか???

ちょっと目が据わってて、かなり印象的。

上のカエルとあいまって、かなり強烈というか、展覧会チラシとしては「わかる奴だけ見に来い!」的な強気な印象を受けるのは私だけでしょうか?

いっぽう、館林美術館のチラシはバルビエの作品のなかでも極めて典雅な、あくの少ない作品だと思います。

こちらのほうは、鹿島先生のもうひとつのバルビエ本『ジョルジュ・バルビエ画集:永遠のエレガンスを求めて』の表紙にもなってます。


どちらがいいとかいうことではなく、ひとつの展覧会でこれだけ異なる印象を与えるイメージを提示できるということも、この「バルビエ×ラブルール」展の最大の特徴でもあると思うのです。

◎自分の目で確かめたい、バルビエの黄金色

最後にあげるのが、バルビエが旧約聖書の『雅歌』に寄せたデッサンを集めた作品。バルビエの挿絵本のなかでも、市場に出回ることがもっとも少ないもののひとつだそうです。

その貴重な作品は、黒と金色の2色で刷りだされています。

この金色が、実際に見るとものすごくきれいなのです。うっとりします。

濃く塗りこめられたような黒とずっしりとした重さを感じさせながらも輝く金色。もう、それだけでたっぷりと官能的です。

この色ばかりは、図録では再現され得ませんでした。

もちろん、だからといって図録の価値が下がるということでは決してありません。とてもよくできていますし、展示されていないページも掲載されていたりして、必携の書といえます(『バルビエ×ラブルール―アール・デコ、色彩と線描のイラストレーション』)。

でも、この金色だけは……違う。

同じ出版に携わる者としてちょっと残念ですが、これが印刷の現段階での限界なのでしょうか。

なので、もし「本を買ったからもう見に行かなくていいや」と思っている方がいらっしゃるとしたら、この貴重な作品の貴重なゴールドを確かめるだけでも、実際に展覧会を見にいっていただきたいなあ、と思うのです。

もっとも、鹿島先生ご自身が、「私はどんな展覧会にいっても、展示されている絵を見ているうちにすぐ腰が疲れてきて、家にかえってじっくりカタログで見ればいいと、会場を一巡するとすぐに帰ってしまうたちの人間なので」と書かれているのですが……。

いや、いいんです。すぐ帰ろうがなんだろうが、とにかく自分の目で見ることが大切なんです(って、自分も練馬では見逃しているくせにえらそうですみません)。

というわけで、バルビエだけでもだいぶ長くなりましたので、「鹿島茂コレクション バルビエ×ラブルール展」の1回目を終わりとしたいと思います。

展覧会のもう一人の立役者、ラブルールについては、次回。


《こんな方にオススメ》
アール・ヌーヴォーやアール・デコの美術が好きな人、挿絵が好きな人、少女漫画が好きな人、フランス文学が好きな人、バレエ・ファン、きれいなもの好き女子、きれいなもの好き女子をデートに誘いたい男子(成功率高いかも)、オトメン、お絵描きが好きなお子さんを連れた親御さん などなど



****以下、美術館HPの開催概要より****
フランス文学者の鹿島茂氏は、フランスの文学や歴史、また日仏の文化に関する幅広い執筆活動のみならず、約5万冊という膨大な数の西洋古書・版画を所蔵するコレクターとしても知られています。本展は、鹿島氏愛蔵のコレクションより、20世紀初頭のフランスで活躍した2人のイラストレーター、ジョルジュ・バルビエ(George Barbier, 1882-1932)とジャン=エミール・ラブルール(Jean-�mile Laboureur, 1877-1943)を紹介するものです。

二つの大戦間にあたる1920年代、フランスはバブル景気に沸き、モードや建築、出版業界に華やいだ空気が広がります。「アール・デコ」と呼ばれるこのモダンな時代の美をヴィヴィッドに映し出した一つの分野がグラフィック・アートでした。そのイラストレーターの中で、今回ご紹介するバルビエは、モード雑誌や文学の挿絵、舞台装飾まで手がけ、優美な色彩により一世を風靡、一方のラブルールは、都会の風景や人間像をシャープな線描によってクールでドライに描いて人気を博しました。

対照的なスタイルの両者ですが、実はどちらもフランス西部の町ナントに生まれ、同地の慧眼なる共通
のコレクターに見出されて才能を開花させた、アール・デコのモダンを語る上で欠かせない芸術家であった
ということが、本展を通してご覧頂けることでしょう。

バルビエのファッション・プレートや豪華挿絵本、ラブルールの版画作品や挿絵本、あわせて約120点をご紹介する本展により、グラフィック・アートの黄金時代をどうぞご堪能ください。

  
鹿島茂氏プロフィール
1949年、神奈川県横浜市生まれ。東京大学大学院人文科学研究博士課程修了。1991年『馬車が買いたい!』でサントリー学芸賞、96年『子供より古書が大事と思いたい』で講談社エッセイ賞、99年『愛書狂』でゲスナ―賞、2000年『職業別パリ風俗』で読売文学賞を受賞、他著作多数。共立女子大学教授を経て、2008年より明治大学国際日本学部教授。専門は19世紀フランス文学。

会期 2013年4月27日(土)-6月30日(日)
時間 午前9時30分-午後5時 ※入館は閉館30分前まで
休館日 毎週月曜日(ただし4月29日(月・祝)、5月6日(月・祝)は開館、5月7日(火)休館)
詳細はこちらをご覧ください。
観覧料 一般600円(480円)、大高生300円(240円)
※( ) 内は20名以上の団体割引料金
※中学生以下、障害者手帳等をお持ちの方とその介護者1名は無料。
※震災で避難されてきた方は無料で観覧できますので、受付でお申し出ください。
主催 群馬県立館林美術館/読売新聞社/美術館連絡協議会
後援 フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛 ライオン/清水建設/大日本印刷/損保ジャパン/日本テレビ放送網
協力 練馬区立美術館/ノエマ/群馬日仏協会/プリオコーポレーション








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