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信州は私にとっては未知の領域に近く、今まで歴史探訪には2回しか来たことがなく、2回とも城跡を見に来て古代史関連は見ていませんでした。
なので、今回は初めての信州古墳探訪になるわけです。
そんな感じで予備知識もなく来たことにより、川柳将軍塚古墳と出会うことができ嬉しかったわけですが、本来の目的地である姫塚古墳はさらに山奥にあります。
「クマに注意」の看板にビクビクしつつも、せっかく来たからには行ってみるしかありません。
川柳将軍塚古墳から林道を少し進むと、道の分岐点が現れました。
ここを左手ですね。
古墳の里、いいですねー。
少し道が荒れてるな・・・
2~3分登り、説明板出現!
ここですねー。
では墳頂へ登ります。
姫塚古墳は元々の地形を最大限に利用して造り、一見、どこからが墳丘か分かりづらいですね。
後方部、墳頂部分。
墳丘長31mという大きさからすると、ここから見下ろせるのが前方部でしょう。
墳丘から下ります。
説明板の背後の土盛が後方部でしょう。
これでまた前方後方墳を一基クリアできました。
説明板に書かれている通り、姫塚古墳は川柳将軍塚古墳よりも古い古墳で、当地方の古墳時代最初の支配者の墓だと考えられます。
発掘調査はされていないようですが、掘ればおそらく東海系の土器が出てくるはずです。
それでは元来た道を戻りますよ。
川柳将軍塚古墳。
あ、ここに車止められそうだなあ・・・
車の種類にもよりますが、ここの川柳将軍塚古墳前の駐車スペース(?)まで車で登ってこれますね。
なるほど、降りながらだと陪塚が見えますね。
信州の古代史をやる上では、川柳将軍塚古墳と姫塚古墳はぜひ見ておきたいですが、クラツーにてバスでここまで来るのは無理だな。
なお、姫塚古墳と川柳将軍塚古墳は、千曲川が流れる善光寺平の西側の丘陵にあります。
善光寺平では戦国時代、有名な川中島の合戦が行われましたね。
川柳将軍塚古墳から東北東へ7㎞ほど行った場所には川中島古戦場史跡公園と長野市立博物館があり、クラツーの仕事を始めたときの最初の研修で同行させていただいたのが信野先生の川中島合戦ツアーだったのです。
そういえば、その時の探訪記事もまだアップできていない・・・
戦国時代も面白いですが、今日は古代史探訪ということで、次は善光寺平の対岸の丘陵上にある森将軍塚古墳へ行きますよ。
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千曲川古墳散歩: 古墳文化の伝播をたどる | |
相原 精次,三橋 浩 | |
彩流社 |