日本史大戦略 ~日本各地の古代・中世史探訪~

列島各地の遺跡に突如出現する「現地講師」稲用章のブログです。

長屋王邸跡|奈良県奈良市 ~悲劇の皇族・長屋王の邸宅跡~

2020-07-26 12:37:31 | 歴史探訪
 *** 本ページの目次 *** 

1.基本情報
2.諸元
3.探訪レポート
4.補足
5.参考資料

 

1.基本情報                           


所在地


奈良県奈良市二条大路南1-3−1



 

2.諸元                             



 

3.探訪レポート                         


2019年1月3日(木)


 ⇒前回の記事はこちら

 開化天皇陵とされている念仏寺山古墳から三条通りを西へ向かって歩いているとJRの奈良駅前に着きました。



 JRの奈良駅と近鉄の奈良駅は少し離れているんですね。

 東大寺とか奈良国立博物館とかに行くのなら近鉄が近くて、平城宮に行くのならJRが近いですが、平城宮だったら近鉄の新大宮駅の方がさらに近いですよ。

 さらに西へ歩くと、佐保川が現れました。



 佐保と言うと、第11代垂仁天皇の皇后の名前が狭穂姫で、兄の狭穂彦が謀反を起こしたため、兄に殉じた悲劇の女性として日本書紀に描かれていますね。



 ここから佐保川を少し遡った場所に佐保という地名が今でもありますが、そこが狭穂彦の地盤でしょう。

 ところで、今朝は風がほとんどなくそれほど寒くないと思っていましたが、曇り空なのでさすがに長い間歩いていると身体が徐々に冷えてきます。

 うわ、なんだ!?

 急に雲間から太陽が現れて、奈良市役所の庁舎を光で包みましたよ!



 暖かくなってくれるかな?

 佐保川の支流まできました。



 川向うには長屋王邸跡があるはずです。



 川を渡って念願の長屋王の邸宅跡に到着すると、そこはショッピングセンターになっていました。



 ラウンドワンもありますよ。

 ホテルを出てから1時間くらい歩きました。

 ちなみに私はボウリングは生まれてから1度しかやったことがありません。

 20歳くらいのころに社内のレクリエーションで行きましたが、順位が二十数人中、最後から2番目でした。

 要するにまったくセンスがないわけで、しかもその時は女性用の一番軽いボールを投げていたのに指が痛くなって、それ以来まったくやる機会がないです。

 ※後日註:実は今住んでいる家の隣にはボウリング場があるんですよ(笑)
 
 それはそうと、きちんと説明板があって嬉しいですね。









 長屋王は天武天皇の孫にあたる人物で、左大臣という今でいう総理大臣のような役職についていました。

 当時は藤原不比等(ふひと)の子供たち、いわゆる「藤原四兄弟」が力を付けつつあった時代で、彼らは自分たちの姉妹を天皇の皇后にしたいと思っていたのですが、皇族である長屋王はそれを快く思っていなかったようで藤原四兄弟からすると長屋王の存在が邪魔でした。

 そういったこともあり、四兄弟は長屋王に無実の罪を着せて自殺に追い込みます。

 神亀6年(729)に起こった長屋王の変です。

 稲用家は系図の上では四兄弟の長男である南家武智麻呂の系統なのですが、私は長屋王に対して密かに憧れを持ち続けています。

 系図の上では先祖が長屋王を殺害したことになってしまいますが、あまりそういうことは気にしない質なので、こうして念願の場所に来れてすごく嬉しい。

 また、考古学的なこととしては、説明板にも書かれていますが、ここからは大量の木簡が発見され、それによって古代史の研究がすごく進んだため、考古学的に見ても記念すべき場所なんですね。

 それともう一点。

 私はクラツーの仕事で福岡の宗像大社をご案内することが多くて最近は当該地域に愛着が芽生えてきているのですが、長屋王の祖母が宗像氏ということで、そういこともあって長屋王のファンになってしまいました。

 すなわち、宗像(胸形)君徳善の娘である尼子郎(あまこのいらつめ)が天武天皇の元に嫁ぎ、672年の壬申の乱でも大活躍した高市皇子(たけちのみこ)を生み、高市皇子の子が長屋王なわけです。

 可能性は限りなく低いですが、場合によっては長屋王は皇位を継いだかもしれず、宗像の血が入った人が天皇になったかもしれないですよ。

 それでは引き続き、西へ向かって歩きますよ。

 ⇒この続きはこちら

 

4.補足                             



 

5.参考資料                           


・現地説明板
・『長屋王』 寺崎保広/著 1999年


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1 コメント

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好きな神社です (りひと)
2019-01-07 07:26:53
ここって渡来ぽっい名前付いてるけど違うといいなあと思ってます。まんじゅうの関係の事は大昔にホテル近くでしたが行かずで終わったんで数年前にもかなり調べて行かせて頂きました。
白い馬がいたんで白馬節会あたりと関係ないかなぁ?と妄想してます。また風習を維持してくれているようで次回は時期に合わせて行きたいなあと思ってます。

あと開化さんのお墓の件ですが、時代合わないんですね。あと周辺に古墳があったとは?凄い情報です。念仏寺という名前だけで色々思いますね。
開化さんもね、いらっしゃることでどうも筋が見えにくくなる方なんですよ。いっそいないか婿あたりにしたら見えてくるのかも?とも思いますよ。

円墳だったんじゃないかな?この辺りそんな気がするんですよね。勝手神社と合わせて国道を跨いだ広範囲のエリアで古代を考古学でみてみたいなあと思っています。吉野の勝手神社行きたくて先に奈良で一旦お参りしてから吉野に行こうと思ったんですよね。どうやらこの前調べたらどうも吉野の方は火事で今後修復準備中らしいんです。
奈良のJRから近鉄までのこの大通りは地図でみてみようと思いますね。そうだ川だったかも?率川で考えると。川の両岸は古墳ありがちですよね。
長屋王の屋敷も物が集まったのを考えると川じゃないかな?田道間守も一寸法師のイメージなんですよね、個人的には。5608 6686
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