下記の記事は東洋経済様のホームページからお借りして紹介します。(コピー)です。 記事は少し古いですがこんなこともあるとご参考までに。
7月17日、福島県相馬市がコロナワクチンの集団接種を終了した。ご縁があり、私も相馬市が立ち上げた「新型コロナウイルスワクチン接種メディカルセンター」の顧問として、接種を手伝っている。このため、私のもとには、相馬市からワクチン接種の進行状況について、定期的に報告が届く。
相馬市によれば、65歳以上9285人、16~64歳以下1万3894人がワクチンを打ち、この年代の希望者の95.0%、94.1%に相当する。この年代の人口に直せば、それぞれ89.5%、81.4%だ。相馬市では16歳以上の人口の84.4%がワクチンを打ったことになる。相馬市の人口は3万4041人(相馬市ホームページより、今年6月現在)だから、全市民の68%が接種を終了しており、集団免疫を確保したと言っていい。
相馬市は中学生を対象に接種も
相馬市で興味深いのは、中学生を対象とした接種を進めていることだ。相馬市は、市が準備する会場での集団接種、市内の公立病院での個別接種、接種を希望しないという3つの選択肢を準備し、保護者に文書で意向を確認した。この結果、61.1%が集団接種、13.9%が個別接種、13.6%が接種しないと回答し、11.5%は回答しなかった。相馬市は、このような形で、それぞれの意志を尊重し、75%の希望者に対しては、夏休みの間に接種する方向で調整を進めている。
世界中でコロナワクチン接種の対象者は拡充されている。日本でも、ファイザー製ワクチンの接種対象年齢が、5月に12歳以上に引き下げられているし、モデルナ製ワクチンについても、7月19日に厚労省の専門家部会が、12歳以上への引き下げを承認した。
このような動きが続くのは、変異株の登場とともに若年者の感染が増えているからだ。6月4日には、アメリカ疾病対策センター(CDC)が、今年3~4月の流行で、12~17歳の入院が人口10万人当たり、それ以前の0.6人から1.3人に増加していること、および1~3月の小児入院患者の204人の病歴を調査したところ、31.4%が集中治療室に入院、5%が人工呼吸管理が必要だったと発表した。
この頃から、小児は感染しにくく、万が一、感染してもほぼ軽症で済むという楽観論は消え去り、小児に対するワクチン接種が議論されるようになった。
さらに、最近は後遺症も議論されるようになった。6月23日、ノルウェーの研究グループがイギリス・『ネイチャー・メディスン』に発表した研究では、16歳から30歳の若年者の52%で、感染後に、味覚障害や嗅覚障害、息切れ、さらに集中力や記憶力の低下などの症状が続いていた。
ところが、この状況でもワクチン接種を進めることは難しい。それはアンチワクチン運動が盛り上がるからだ。一部の人々が、ワクチンの危険性や陰謀論を声高に叫び、多くの国民が不安になる。いったん、アンチワクチン運動が盛り上がると、政府や専門家がいくら説明しても無駄だ。2013年のヒトパピローマウイルス(HPV)の副反応騒動など典型例だ。厚労省は積極的接種勧奨を止め、70%を超えた定期接種率は1%を下回った。
日本は「世界で最もワクチンが信頼されていない国」
日本には、このようなアンチワクチン運動が盛り上がりやすい土壌がある。このことは世界的にも有名で、イギリス・ロンドン大学の研究チームが世界149カ国から30万人を対象に、ワクチンの信頼度を調査した研究成果をイギリスの医学誌『ランセット』に発表したが、日本は「世界で最もワクチンが信頼されていない国」と評された。
なぜ、日本でワクチンの信頼度が低いのか。それは、国家の信頼度が低いからだ。詳細は省くが、われわれは、国家の信頼度とワクチンの信頼度が相関することを、『ランセット』2020年1月5日号に発表した。国家の信頼度が低い国の多くが第2次世界大戦で、国土が戦場あるいは占領されていたことは示唆に富む。北欧諸国の国家への信頼度は高いが、バルト三国の信頼度は低いことなど、このような視点から考えれば納得がいく。
ワクチン接種は国家の公衆衛生事業だ。政府の信頼度が影響してもおかしくはない。日本のワクチン接種が難航するのは、日本の近代史が関係している。このような背景を知れば、コロナワクチン接種も一筋縄ではいかないと考えねばならない。よほどうまくやらない限り、アンチワクチン運動が盛り上がり、接種は停滞する。
アンチワクチン運動が広がるのは日本だけではない。コロナ流行以前から重大な問題だった。世界保健機関(WHO)は、2019年の世界の公衆衛生学的問題の10大リスクの1つにアンチワクチン運動を挙げている。
世界はなりふり構わない。アンチワクチン運動が盛り上がるまでにワクチンを打ちきろうとしている。その筆頭がアメリカだ。6月2日、バイデン大統領は「国を挙げて行動する月」を宣言し、ワクチン接種を受けた人に抽選で100万ドルが当たる「ワクチンくじ」を実施することを発表した。それ以外にも、飲食産業がワクチン接種証明を提示した客には無料券を提供したり、野球のメジャーリーグも、球場周辺にワクチン接種会場を設け、接種を済ませた人は無料で観戦できるようにしたりして、官民を挙げてワクチン接種を進めた。
インセンティブでワクチン接種を進めるのは、政治家や実業界だけではない。アメリカ疾病対策センター(CDC)によれば、ワクチン接種を完了した人は、病院や交通機関などを除きマスクを装着したり、ソーシャルディスタンスを維持したりする必要がないと表明しているが、これは形を変えたインセンティブだ。
景品を用いてもワクチン接種は加速しなかった
では、その効果は、どの程度だろうか。これについても、実証研究が行われている。7月2日、『米国医師会雑誌(JAMA)』は、オハイオ州で、景品とワクチン接種率の関係を調べ、景品を用いてもワクチン接種は加速しなかったと報告している。
最近、アメリカはやり方をかえている。それはいわば「脅迫」に近い。7月5日、アメリカ国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のアンソニー・ファウチ所長が、NBCの番組「ミートザプレス」に出演して、「先月の死亡者のうち99.2%がワクチンを接種していなかった」と発言したことが、日本国内でも広く報じられた。ファウチ氏の正確な意図はわからないが、彼が、この時期に発言したのは興味深い。
なぜ、ここまでアメリカがワクチン接種を急ぐのか。繰り返すが、それは、アンチワクチン運動が盛り上がる前に、ワクチン接種を進め、集団免疫を獲得したいからだ。日本の医学界では、アンチワクチン運動について、あまり議論されることはないが、世界は違う。
昨年10月、イギリスの『ランセット・デジタルヘルス』は、この問題について総説を掲載し、その背景を解説している。この論考について、日本の雑誌では『選択』が、今年7月号に「日本のサンクチュアリ ワクチン『忌避者』 集団免疫を妨げる『反対運動』」という記事の中で解説している。
『ランセット・デジタルヘルス』の論考で興味深いのは、アンチワクチン運動の関係者を、ワクチンへの不信感を高めようとする活動家、起業家(ビジネスマン)、陰謀論者、SNSのコミュニティーに分類していることだ。ナチュラリストなど、信念をもってワクチンに反対する人はごく一部で、活動家・ビジネスマン・陰謀論者などが「道具」として活用し、それがSNSなどを通じて拡大していく。
この構造は日本も同じだ。「ワクチン」「コロナ」「危険」「政治家」でグーグル検索すれば、1180万件がヒットする(2021年07月25日時点)。その中には「ワクチンは殺人兵器」と主張する福井県議をはじめ、さまざまな主張が紹介されている。
政治活動に結び付ける動きも
アンチワクチンを政治活動に結び付けて選挙に出るような動きもある。「コロナワクチンにはマイクロチップが入っていて、5G電波で操られる。打てば5年で死ぬ」などと発信している政治家もいる。
アンチワクチン活動が、知名度をあげ、カネになるのは政治家だけでない。医師の中にも、ワクチンに反対する人がいる。その人たちにはさまざまな営利企業が接触する。
ボストン在住の内科医で、現在、日本に帰国して集団接種に従事している大西睦子医師は、「知人の編集者から、ワクチンの危険性を紹介する本を書きませんか。いま出せば、必ず売れる」とオファーされたそうだ。大西医師は多数の著書があり、世間から信頼が厚い医師だ。彼女がコロナワクチンの危険性を訴えれば、影響力は大きい。大西医師は、この提案を断ったが、著名な医師の中には、ワクチンの危険性を強調する人もいる。
実際に商業出版がなされているある書籍では、アマゾンに掲載された説明の冒頭に、さまざまなワクチンのリスクが具体的に延々と書かれている。ただ、いずれも医学的には正しいが、その頻度を考えれば、あまりにバランスを書いた記載だ。どこまでが医師の意向で、どこからが本を売るための編集者の意向かはわからないが、こんな文章を読まされて、不安になるなというほうが難しい。
では、どうすればいいのか。世界では、こんなことにまで実証研究が進んでいる。5月24日、『米国医師会雑誌(JAMA)』は「信頼とワクチン接種、アメリカにおける10月14日から3月29日の経験」という論文を掲載した。興味深いのは、この論文の著者が、アイルランドとイギリスの医師たちであることだ。世界中がアメリカのアンチワクチン運動に注目していることがわかる。
論文の結論は至極真っ当
しかしながら、論文の結論は、至極真っ当なものだった。論文では、当局がワクチンを適切な手続きを経て承認し、接種を粛々と進めることで、ワクチンへの信頼が醸成されたと結論づけている。
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実は、これこそ、冒頭でご紹介した相馬市がやったことだ。アンチワクチン勢力からの反発を恐れず、科学的なエビデンスに基づき、行政が、接種希望者に対して、淡々とワクチン接種を進めた。相馬市在住の友人は「子どもにワクチンを打つことは不安でしたが、自分自身が接種して、大きな問題が起こらなかったし、何よりも安心できたので、子どもにも勧めました」という。
コロナ対策に王道はない。粛々とやるしかない。アメリカや相馬市の経験は参考になる。
上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長
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