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阿川佐和子「ワクチン星の使者」

2021-11-05 13:30:00 | 日記

下記の記事は婦人公論.jpからの借用(コピー)です。

本日、いよいよ二回目のワクチンを打ってまいります。
ここに至るまで、前期高齢者同世代のグループLINEで頻繁に情報交換が行われた。
「大規模会場に行ってきました。二時間、行列に並んで無事に一回目終了」
「おめでとう! 私は明後日」
「ウチは夫婦とも、まだ予約が取れない状況。電話がなかなかつながらない」
「ウチは息子にパソコンで取ってもらった」
実況中継のような証言が次々に重ねられていく。遅れて打つ者にとってささいな情報も見逃せない。ただしかし、副反応に関しては千差万別らしく、高齢者はさほど強く出ないと世間で言われながら、特に二回目接種のあと同世代からもけっこう発熱して苦しんだという話が届くので、打つ前の身としては不安が募ってくる。
知らぬが仏。事前情報を何も持たずに接種するほうが気楽でいいかもしれない。これから接種の段階に達する若い人々に、伝えるべきか、伝えないほうが御身のためか……。
と、迷っているふりして、こんな経験は死ぬまでそうそうあるものではないので、やっぱり書いてみることにしましょうね。今回のワクチン接種はインフルエンザの予防接種とは規模も中身も違う。なにしろ世界中が、時間差の程度はあるにしろ、一斉に接種に乗り出したのである。
とはいえ開発ホヤホヤのワクチンだ。このワクチンを打てば本当にコロナに感染しなくなるのか。変異株にも効くのか。それこそ副反応で身体の具合が悪くなる恐れはないのか。それらに関する正確な検証結果は、データが揃う数年先を待つしかない。となれば、「きっとワクチンは効くだろう」と信じ、祈るしか手立てはないと思われる。
ややこしいことを考えても埒が明かないので、とりあえず一回目の接種会場に赴いた。
地下鉄の駅を降りて徒歩一分と会場案内地図にあったので、地上へ向かう階段を上がっていくと、外へ出るまでもなく黄色いポロシャツを着た係員らしき若者が、
「ワクチン接種ですか? こちらへどうぞ」
親切に誘導してくれる。
「手指を消毒して、検温して。何時の予約ですか? そちらの椅子に座ってしばらくお待ちください」
迷っている時間はない。ベルトコンベアに置かれる商品のごとくあっという間にルートに乗せられた。指定の椅子に座ってあたりを見渡すと、どうやら椅子の並びが予約時間ごとに分けられていて、一チーム十席ほどがかたまっている。まもなく我々チームの順番が回ってくると、別の黄色ポロシャツ青年が、
「お待たせいたしました。接種券と予診票と本人確認書類を手元に出しておいてください。では次の部屋へ移動します」
実に明解。まことに的確。私がうっかり予診票に記入し忘れていた箇所があったことを思い出し、でもボールペンを持っていなかったのでアタフタしていたら、
「あ、どうぞ」
すかさず黄色ポロシャツ青年がペンを差し出してくださった。なんと気の利くこと。実に当意即妙。こうして戸惑うことなく痛みを覚える暇もなく無事に接種を終えて、今度は首にタイマーをぶら下げられる。
「十五分経ったらピーピーって鳴りますから、それまで次の部屋でお待ちください」
接種後十五分、容態変化がないことを確認したのち解放される段取りまできたところで、新たな黄色ポロシャツ嬢が静かに近寄ってきて、
「第二回の接種の予約を取ります。*月*日以降で、いつがいいですか?」
なんとさりげなく、誠意ある寄り添い方だろう。今どきの若者にコミュニケーション能力がないなんて嘘じゃないかと思うほどの自然でテキパキとした対応ぶりに驚愕し、ちょいと余計な質問を投げかけた。「こちらのスタッフの皆さんは、役所の方々なんですか?」
すると目の前のポロシャツ嬢、瞬時に目を逸らし、
「いえ、違います」
それだけ答えると、書類に視線を戻した。それ以上突っ込んでは失礼な気配。でも私はしつこい。
「じゃ、ボランティアの方々なの?」
ポロシャツ嬢、本当に困惑した様子で、「どうかそれ以上、聞かないで」と言わんばかりの切ない表情を浮かべた。まるで「もしや、あなた様は地球人ではないですね?」と問われて視線を逸らすかぐや姫のようだ。
たちまち私は想像した。そうか、この黄色ポロシャツ軍団は、ワクチン星から派遣されてきた黄色い妖精たちなのだ。地球が危機に直面していることを知り、はるか何億光年の彼方から、ワクチン接種を滞りなく進めるために援軍を送り込んできたにちがいない。地球の危機は宇宙の危機。人間たちの横暴ぶりにはほとほと呆れるばかりではあったが、彼らを絶滅させてしまっては、宇宙の生命連鎖が狂ってしまう。
「さあ、行くのだ、黄色軍団よ。人類を救い、そしてこれからの地球の進むべき新たな未来を指し示してきなさい!」
「承知いたしました。ではいざ!」
ピーピーピー。
「十五分経ちましたよ。気分はいかがですか?」
ワクチン星の若者に優しく声をかけられて我に返る。
「あ、なんともないっす」
こうして一回目を無事に接種し、こんなこと書いているうちに、二回目もさきほど済ませてきたんですけれどね。どうも一回目より「なんともなく」はない。舌がかすかにしびれ、接種まもなくから腕の筋肉痛が始まって、こころなしか熱っぽく、やけに喉が渇く。
でも、あんなに親切にされたのだから、地球人、我慢します! 少し頭も痛くなってきた。熱を測ったら三六度二分だった。
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阿川佐和子
エッセイスト、作家
1953年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒。エッセイスト、作家。99年、檀ふみとの往復エッセイ『ああ言えばこう食う』で講談社エッセイ賞、2000年、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、08年、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。12年、『聞く力――心をひらく35のヒント』が年間ベストセラー第1位、ミリオンセラーとなった。14年、菊池寛賞を受賞。『ことことこーこ』『アガワ家の危ない食卓』ほか著書多



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