下記の記事はNEWSポストセブンからの借用(コピー)です。
作家の瀬戸内寂聴さんが亡くなった。99歳だった。瀬戸内さんは1922年、大正11年生まれ。『花心』『夏の終り』など多数の代表作があり、数々の文芸賞を受賞してきた。1997年には文化功労者に、2006年には文化勲章を受章。近年は体調不良と戦う日々ではあったが、つい最近まで筆を執り、意欲的に創作活動を続けていた。
女性セブンでは3年前、元外交官の小池政行さんが瀬戸内さんにインタビューした模様を掲載(2018年4月19日号)。そこで瀬戸内さんは「理想の最期」を語っていた。瀬戸内さんの元気なご生前のお姿を偲び、当時のインタビューを再掲載する。
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瀬戸内寂聴さんは、1956年に処女作『痛い靴』を発表した。それから60年を超える小説家生活の間には、女性の性愛を赤裸々に描いたことで「子宮作家」と揶揄され文壇から消されかけた期間も存在する。出家したのは51才のときだ。そんな瀬戸内さんに、元外交官の小池政行さんが、瀬戸内さんが今の世の中に抱く思いに迫った。
「お坊さんには、守らなければいけないことがたくさんあるんです。“嘘をついてはいけない”とか、“人の悪口を言うな”とかね。でもね、小説家というのは嘘を書くのが職業ですよ。悪口言いながら食べるご飯は、本当においしいの。そんなのやめられないじゃない(笑い)。
だから、“人がいちばん守れないものを守ろう”と思って、それでセックスを絶ったんですよ。51才のときから、そういったことは1回もありません。誰も信じてくれませんけどね(笑い)。でも、仏さまはちゃんと見てくださっているからそれでいいんです」(瀬戸内さん・以下「」内同)
──恋愛感情を抑え込んだわけですか。
「いいえ、今でも恋愛はしています。長生きをするエネルギーの源は、やっぱり恋愛をすること。あの人素敵だな、お話ししたいなって思う気持ちは、生きる糧になります。恋愛すれば心がみずみずしくいられる。心がみずみずしいと、体もシワシワにならないのよ」
──人生の終わりをどう迎えるかは、寿命が延びた現代人の大きなテーマです。私の身内にも、介護が必要で施設に入っている人間がいます。
「私もね、きっと介護度4くらいじゃないかと思ってるんですよ。自分で」
──またご冗談を。頭は?
「はっきり」
──耳は?
「聞こえます」
──足は?
「歩けます」
──どこにも問題ないじゃないですか!(笑い)
「あらそう? 今はまだ、お風呂に入るのも、着物を着るのも全部自分でできます。もちろん、おトイレなんかも誰の世話にもならなくて済んでいます。でもね、もし仮に認知症になったり、介護が必要になったりするんだとしたら、その前に死んでしまいたいと思っているんです。
私の昔からの知り合いに、奥さんに先立たれてから、少しずつ弱ってしまった人がいました。気位が高くて、とても洒落た人だったのですが、それこそ下の世話まで誰かにやってもらわないといけなくなってしまって。
その後その人が亡くなったとき、ちょっとホッとした自分がいたんです。“これで、やっとあの人のプライドが守られる”って。特に女性は、最後まで美意識を保っていたいと思うでしょう?
だから私は、最後の最後まで意識がはっきりしてて、“みんな、本当にお世話になったね。さようなら”って言って、パタッと“その時”を迎えたいと願っています」
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長く「青空説法」として法話の会を続け、多くの人を笑顔にしてきた瀬戸内さんの在りし日の姿が目に浮かぶようなインタビューだ。ご冥福をお祈りいたします。
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