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私は元来、「世界から戦争をなくしたい。」と願って宗教を勉強し始めた変わり種でございますので、宗教ブログらしくない見地の記事をお届けすることが多いと思いますが、本日はその変わり種の極地と言える内容かも知れません。(笑)
文明をエネルギーの観点から分類するならば、産業革命以降、イギリスが勃興した時代を石炭文明、その後アメリカが覇権国家になった時代を、石油文明と名付けることができるのではないかと思います。
その点で言うならば、現代は、電気文明社会に移行しようとしている分岐点ではないかと。
電気自動車を始め、オール電化住宅など、様々なものが、電気で対応できるようになってきています。
日本においては、生活レベルで言うならば、ほぼ全ての分野において、電化が可能となっており、現代日本は、「世界で、最も電気文明が進んでいる社会」という見方も出来ると思います。
電気は、人の手によって作り出すことのできる、今のところ唯一のエネルギー資源です。
石油や石炭や天然ガスは天然資源ですから、そうは行きません。ということは、発電方法を工夫することで、これまで資源に恵まれなかった国や地域でも、根源のエネルギーを作り出すことが可能だ・・・ということですね。
石油は、産油地が限定されています。
また、急激な産油量の増加が望めない資源です。そして、あまり深いところのある油田ですと、採取にコストがかかりすぎるので、石油ビジネスというのは、一種の博打でもあり、急激な増産は見込めません。
私は、「今世界で問題になっているイスラム国(IS)などが絡む宗教紛争の要因の大半は、実は石油利権問題ではないか?」と個人的には考えております。
と申しますのも、宗教紛争の当事者を分類すると、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という、砂漠地帯発祥の一神教ですが、これらは聖書を基盤とした宗教という分類の他に、石油・・・というキーワードで、厳密に結びついている間柄だからです。
かなり大ざっぱな、ざっとした世界の石油の体系ですが、産油国=アラブ社会=イスラム教、石油業者=ユダヤ系企業=ユダヤ教、消費国=アメリカなど=キリスト教社会、という見方ができます。
石油は限られた資源ですし、それほどの増産はできませんから、消費が拡大するにつれ、戦略商品としての価値は上がる一方です。
中国やインドなど、巨大な人口を持ちながら、石油が産出しない国々が、今後どんどん経済発展するに連れ、その戦略的商品価値は、放っておけばどんどん上がります。
また、産油国のアラブ社会では、サウジアラビア以外の国では、石油精製プラントがなく、ガソリンなどの石油商品は、実は輸入している現状があります。
つまり、原材料を輸入して、製品を輸出するのが、旧来の植民地経営の基本ですが、未だにアラブ社会では、この構造は続いているわけですね。
ですから、石油利権に伴う恨みは、この三宗教の人たちは、日本人が想像する以上のものがあると思うんです。
世界で宗教紛争と言ってはいるが、実はその本質は石油問題・・・。
「おいおい、気が触れたか?」と言わないでくださいね。(爆笑)
でもどうでしょうか?石炭が原因で戦争ができますでしょうか?薪を巡って戦争をして、得られるものがありますでしょうか?
石炭や薪は、戦略的商品価値は、もうほとんどありませんので、これらを巡って争うことは不可能です。戦うコストに対して、得られるリターンが小さすぎるからです。
しかし、石油には、争う価値があるんですね。
その証拠に、純粋な宗教紛争ならば、戦前の石炭文明時代にだって、キリスト教社会とイスラム社会の紛争がなければなりません。
1948年に、イスラエルが今のパレスチナ地域に国家を作ったことも、大きな要因ではありますが、当時はアラブから石油は産出されておらず、ややこしい紛争の火種はなかったのです。
宗教紛争は、アラブに石油油田が発見されてから起こっているんです。それまではなかったんです。
元来イスラム教は、ユダヤ教やキリスト教を、預言者たちが述べた先輩宗教として尊崇の念を持っていたので、紛争にならないはずなんです。事実、アラブ社会は、戦前までイギリスなどヨーロッパ国家の統治下、つまり植民地でした。
また純粋に宗教戦争ならば、起こっては止まり、止まっては起こる、政治バランスによる戦争の集結などあり得ないです。
もっと徹底的なものになるはずです。なぜならば、「悪魔」と戦うのですから、存在そのものが許されないからです。しかし現実には、この地域における紛争は、全て歴史的に政治のバランスによる解決しかしておらず、結局、資源の利権で争いが起こり、宗教問題はただ、問題をややこしくしているだけのはずです。
現実、石油精製プラントを持ち、石油製品を輸入する必要のないサウジアラビアでは、ユダヤ・キリスト・イスラム教による、宗教紛争は存在しません。結局サウジは、ユダヤやアメリカの意向に関係なく、利益を得られているわけで、争う必要がないわけです。
思想的バックボーンの違いがあり、歴史的領土的諍いがあるのは事実ですが、思想的バックボーンの違いや歴史問題を口実に戦闘行為をするだけの、魅力ある利益が石油にあるからこそ、宗教戦争が絶えないのです。
石油プラントを持たないサウジ以外の地域は、ユダヤやアメリカに、良いようにあしらわれている感覚があるはずで、産油国に石油精製プラントを設けるだけで、宗教戦争は軽減するはずです。
つまり中東紛争は神様を、ユダヤ・キリスト・イスラム社会による、石油をめぐる駆け引きに利用しているわけで、別の観点で言うと、石油資源の文明依存度が下がり、石油の戦略的商品としての価値が下がる、つまり石油が今の石炭や薪のような商品になれば、宗教紛争は亡くなる可能性が高いわけです。
また、石油文明社会を魅力的でない、かつての石炭文明のようにしてしまえば、石油を巡っての争いがなくなると言えます。戦闘行為など、アホらしくて、やってられなくなるからです。
今の文明下で、石炭を巡って戦闘行為などしていたら、「アホですか?」と言われます。(笑)
薪を巡って争いをしていたら、「お前ら、原始人か?」と笑われます。(爆笑)
つまり世界から争いをなくして行くには、石油を、石炭や薪のレベルの商品にしてしまえば良いのです。
つまり、安全な大規模エネルギーの創出と普及には、文明を変える力があるだけでなく、それによって、現実的に争いをなくしていく力があるわけです。
それが、電気文明社会、日本の使命ではないでしょうか?電気は、人の力によって、生み出すことができるエネルギーだからです。
石炭も石油も、人の力では、生み出すことはできません。石油が人力では作ることができず、また短期間で産出量が増えることがない資源だからこそ、戦争をするだけの価値が出てしまうのなら、人為的に生み出せるエネルギーこそ、世界から争いをなくしていくのではないでしょうか?
石油を生産する藻・・・というものもあるそうですね。私はとても期待しています。
それも踏まえて、大規模な電気エネルギー政策へと、日本はシフトするべきです。そして日本は、電気文明の覇者となるべきです。
それが出来るのは、原子力発電の更なる促進だと思います。
原発で問題となるのは放射能ですが、放射能は光ですので、遮光することが可能です。つまり、山の中や地下など、分厚い土のある中に造れば、放射能は漏れてもブロックされますので、「事故が起これば捨てれば良い」という判断が可能です。
小型化し冷却を容易にして、地下水で冷却できるようにするだけで、それはすぐ実用化できるものです。
日本国内で原発稼働を止め、火力発電オンリーにしただけで、石油輸入に伴う費用は、年間3兆円も増えました。
日本程の大国が、原子力発電による電力供給を、もっと盛んに行えば、またその方法論を確立し、今後経済発展していくだろう諸国に普及に努めれば、石油を石炭レベルの商品価値にさせることは十分可能だと思います。
「安全性を高めて原発推進」の、幸福実現党をご支援賜りたく存じます。
それは、現実的に世界を平和にしていく、尊いご決断でもあります。
現実の永遠の憎しみの世界から、どうか、希望の光を見いだしていただきたいのです。
(ばく)
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