最近は、天候や体調が悪くって、なかなか散歩できていません。今朝は久しぶりに、家の周りをぐるっと散歩。ガソリンスタンドに、リニューアルとかで来春まで休みの看板が立っていました。ドラッグストア内の駐車場にクリニックが建って、今月末から開業の看板。この街も少しずつ変わっていきます。
川越 宗一 著 『熱源』 文藝春秋
私は、サハリンの事は何も知らないし、アイヌの事も何も知らない。衝撃的でした。
サハリン(樺太)の歴史を見てみよう。(1855年)日露和親条約の時点では日露両国民混在の土地とされていた。(1875年)千島樺太交換条約で、明治政府が樺太を放棄したため、いったんは全島がロシア領となる。(1905年)日露戦争で戦勝国となった日本がポーツマス条約により北緯50度以南を再び領有する。(1945年)ソ連が攻め入り奪われる。
それぞれの時代の中で、熱く生きるアイヌや現地の人々の事が書かれていました。巻末に「この物語は史実をもとにしたフィクションです。」と書かれていました。
アイヌのヤヨマネコフ(山辺安之助)(1867年-1923年)、シシラトカ(花守信吉)、千徳太郎治(1872年-1929年)の事が書かれていました。もう一人リトアニア生まれのポーランド人、プロニスワフ・ピヨトル・ビウスツキ(1866年-1918年)。彼はロシア皇帝暗殺未遂に関わった政治犯で、サハリン島へ流刑となっていた。
アイヌの三人は、1875年にサハリンがロシア統治となった後、北海道に渡り対雁村(現江別市)で成長します。しかし、日本人により蔑視、差別を受けたり、コレラなどの疫病で仲間を失いサハリンに戻ってきます。プロニスワフはサハリンの民族に興味を持ち、アイヌたちにとけこみ民俗学の研究をします。時代の変遷の中で、彼らがどのように生きたか。
これらの人々の事は、ネット上でも検索できました。全部実在した人なのだ。彼らは、現地人が和人やロシア人に虐げられないためには、教育が必要だとし活躍する。そんな樺太に対する熱い思いに感動しました。プロニスワフは、アイヌ女性と結婚し子をもうけるが、ポーランドの独立運動のためヨーロッパへ戻ってしまう。この本では、パリで暗殺されることになっているが、ネットでは自殺と有った。どっち?
ヤヨマネコフとシシラトカは、白瀬矗の南極探検隊に入って活躍したと有ったが、フィクションだろうと思った。ネットで検索したら真実らしい。(笑)
五弦琴の事が書かれていた。ヤヨマネコフの妻は、五弦琴の名手だったとか。
https://youtu.be/KhtT1_82LCI
なんと素朴な音色!
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