Battle Beyond Epochs Part1 Superlative Big Cats
※Machairodus horribilis の頭骨発見、同個体の形態調査に携わられた、中国科学院のDeng Tao 博士認定(2017)の復元画になります。
この新しいオリジナルの作画シリーズでは、生息年代や生息地の違いをあえて撥無する形で、色々な先史動物の夢の顔合わせ、いわばドリームマッチを実現していこうと企図しています。ただし、対決の勝敗や優劣などを考えたりすることには関心が向いていないし、「勝敗」をほのめかすような描写は回避します。自分にとってこの作品群の眼目は、全く別の時代、場所に生きていた強豪動物の、時空を超えた顔合わせを描出する、そのダイナミズム自体にあります。時間の許す限り、プレヒストリック・サファリと並行して取り組んでいきたいと考えています。
第一弾は成り行きで-つまり、最近の相次ぐ諸々の新発見などを受けて-ネコ科になりました。ネコ科史上でも有数の大型で強大とされる3種を、特に選別してみました。
以下、登場する動物について、アップデートを要する事柄だけ記述します。
(上)
Panthera ’spelaea’ fossilis
モスバッハ・ホラアナライオン 〈更新世中期・西ヨーロッパ〉
シベリアで見つかった二頭の幼獣のミイラをはじめ、ホラアナライオンに関する重大な発見や研究発表が最近、相次いでなされている。
ベーリングの永久凍土層で出た、保存状態のよい上腕骨と体毛から抽出したミトコンドリアDNAのシークエンシングに成功し、ホラアナライオンの系統分類を刷新したBarnett, et alの研究(Barnett, et al(2016), 'Mitogenomics of the Extinct Cave Lion, Panthera spelaea(Goldfuss, 1810), Resolve its Position within the Panthera Cats')もその一つ。長い間、形態学的、恣意的な仮説の応酬に終始していたホラアナライオンの系統に関して、決定的な解答が出たとも言われている。
研究報告によると、ホラアナライオン(Panthera spelaea)とライオン(Panthera leo)は直接の共通祖先を持ち、シスタータクソンの関係にあるが、両者の分岐は95パーセントの信頼性で189万年前(更新世前期)に起こったことが特定されたという。ウンピョウ属(Neofelis)2種の分岐時期(141万年前)よりも古いことになり、遺伝距離的に種レヴェルの差異が明確に認められるという結論に至っている。
この結果を受けて、興味深いことに、論文では更新世中期に産したPanthera (leo) fossilis、いわゆるモスバッハホラアナライオン(別名クローマーライオン。史上最大のホラアナライオン※)の系統上の処遇についても、言及がみられるのである。すなわち、更新世後期における特徴的な形質が明確に生じる以前の、ホラアナライオンの「祖先筋(ancestral form)」に当たるとして漠然と捉えられてきたP. fossilisは、その実、既にP. spelaeaが派生した以降の一つのヴァリエーションであろうということである。したがって、これは論文に言及があるわけではないが、P. fossilisの特異性をあえて強調する形で種名を表記するとすれば、Panthera spelaea fossilisとするのが、最も妥当ではないだろうか。
ホラアナライオン(Panthera spelaea)が明確に独立種と認められたことを受けて、当然生じる疑問としては、更新世後期の北米南部に生息した、アメリカライオン(Panthera atrox)の系統分類は如何に、という問題があるだろう。論文にはアメリカライオンについてのまとまった言及はないが、P. leoがその進化史の大部分でアフリカ大陸に留まっていたことが示唆されているので、やはりベーリングを超えて新
大陸に進出したPanthera spelaeaの一部から、分化し独自の進化を遂げたというのが真相なのだろうか。アメリカライオンの系統についても、同様の正確な遺伝情報からの解明が達成されることを、期待したい。
※(Panthera (spelaea) fossilis の骨格は断片的ながら、頭蓋骨(全長485mm。フランス、シャトー産)、尺骨(全長470mm。チェコ、ムラデッチ産)、第三中足骨(全長192mm。フランス、シャトー産)、そして近年になってSabol et al.,(2014)が報告書に詳細を記載した特大上腕骨 (断片。およそ120mmになる遠位骨端幅、骨端幅を基に推測される上腕骨全長共に、アメリカライオンの既知の最大の上腕骨(遠位骨端幅107.6mm、上腕骨全長409mm)を著しく上回る。チェコ、モラヴィア産) などがいずれもヒョウ属史上最大級。初期のホラアナライオンは各長骨が顕著に伸長(elongation)していることが特徴の一つだと思いますが、相対的な骨幅の比率も現生ライオンを上回っています。以上の新たなデータを以って、私は、更新世中期の、'fossilis' 段階のホラアナライオンこそ、ネコ科史上最大種であった可能性は高いと思います。)
追記
シベリア西部(ユーラシア中央部)のクズネスク盆地の更新世前期終盤の地層から、Panthera fossilisに特徴的で、Panthera spelaea とは明瞭に異質な形質を備えた下顎骨の発見が、報告されています(Sotnikova and Foronava 'First Asian record of Panthera (leo) fossilis in the Early Pleistocene of Western Siberia, Russia', 2014)。
形態調査に携わったSotnikovaは、「ホラアナライオン系統」の進化史に新たな光を当てる興味深い仮説を展開しているので、併せて紹介します。
同じ著者(Sotnikova et al., 2006)はかつて、形態測定学的分析を用いてP. fossilis とP. atrox(いわゆる「アメリカライオン」。更新世後期に、アラスカとカナダ以南の北米大陸に分布していた)の形質の著しい類似性を例証していますが、P. fossilis が「アジア東方まで進出していた」という新知見を踏まえて、P. atrox はP. spelaea(更新世後期のユーラシア・ホラアナライオン)から分化したの
ではなく、それ以前にベーリング近辺まで到達していたであろうP. fossilis から分化し、独自性を獲得するに至ったという仮説を導き出しています。
P. fossilis 、P. atrox 間に認められ、P. spelaea とは異質の形質要素や、共にP. spelaea を凌駕するサイズといった共通の特徴について、この新仮説はよりよく説明してくれるようにも思います。北米のコロンビアマンモスが、ウーリーマンモスではなく、その祖先筋のステップマンモスから直接的に分化し、結果として後者との形態やサイズなどの類似を色濃く継承していたとする説を、多分に思い起こさせるものがあります。
(下:左から)
Machairodus horribilis
ジャイアント・プロトシミターキャット 〈中新世後期・中国北西部〉
中国北西部の後期・中新世地層で新たに見つかった本種「マカイロドゥス(アンフィマカイロドゥス) horribilis」の化石頭骨は、矢状稜を一部欠損した状態ながら全長415mmになり※、既知のマカイロドゥス亜科(剣歯猫群)の頭骨の中で最も大きい。Condylobasal長に基づく回帰分析を用いて算出された生前の推定体重は、405kgという結果であり、スミロドン populatorの大型個体に匹敵する。マカイロドゥス亜科の傾向として、体長比の頭骨長の割合はヒョウ属におけるより小さくなることを鑑みても、かなり大型の種類であることに間違いはないだろう。
化石の発見、形態分析に当たった研究グループの報告(Deng et al, 'A skull of Machairodus horribilis and new evidence for gigantism as mode of mosaic evolution in machairodonts', 2016)をみると、M. horribilisの下顎開口角度(gape angle)は
スミロドン属やホモテリウム属よりも小さく、この為、頚部へのスラッシュバイト(or shear bite)が可能となる獲物の大きさは、おのずから限定的であったろうとする仮説が出されている。端的に言うと、これほどの巨体に反して、獲物の平均的なサイズは、後代のアドヴァンス型剣歯猫の場合より、小さかっただろというのである。
しかし、ホモテリウムは良いとしても、当復元画を見ても一目瞭然であるように、マカイロドゥス属のシミター剣歯はスミロドンの剣歯よりもずっと短いので、後者と同等の開口角度はそもそも必要なかったのではないだろうか。加えて、ホモテリウム族(Homotherini)のシミター剣歯は比較的頑強であり(ゼノスミルス属の「クッキーカッターバイト」に関する研究を参照のこと)、スラッシュバイトとは異なる殺傷法の可能性も考えられるし、開口角度と獲物の平均的なサイズを直下に関連付けて論じる上記の仮説には、疑義をはさむ余地があると思われる(と言っても、専門家ではない私の、外部からの個人的な見解にすぎないことは、述べるまでもありません。ただ、当然生じる疑問だとは思います)。
その他、マカイロドゥス(アンフィマカイロドゥス)属の一般的な形態特徴や、M. horribilisを含む後期種の分類見直しの動き(これについては、上に挙げた論文でも言及がされている)については、『プレヒストリック・サファリ21』を参照してください。
※(補筆)
件のマカイロドゥス horribilis の頭骨発掘、形態調査にあたったチームの主任、Deng Tao博士から頂いた直接の情報を述べると、同個体の頭蓋最大全長(GSL)は、欠損部位の復元を想定した数字だということです。
Smilodon populator
ミナミアメリカ・サーベルタイガー 〈更新世後期・アルゼンチン〉
スミロドン属の最大種、Smilodon populator の形態や系統などに関する詳細は、
拙『南米のスミロドン / 完新世の剣歯猫』を参照してください。
なお、上に挙げた論文(英文)は、いずれもオンラインで閲覧可能です。
イラスト&テキスト: ⓒthe Saber Panther(All rights reserved)
しかしアメリカライオンに関してはジャガーと近縁という説があったと思うのですが、それは現段階では否定されてるんですかね?
説ですね。更新世中期頃に、北米でジャガーの祖先とされるPanthera gombaszoegensis から、ジャガーとアメリカライオン双方が分
岐したという説でしたが。
その後、アメリカライオンのDNA情報の解析が進捗し、ホラアナライオンとの近しさが判明した経緯があって(この研究の論文には、まだ目
を通してはいませんが)、現在では上記の説はあまり支持されなくなっているようです。
イリノイ氷期(~30万年前)の頃に北米北部に氷床が発達して、大陸南部に進出していたホラアナライオンの一部が隔離される形で、独
自性を獲得するに至ったというのが、現在の最先端の仮説だと思います。
アメリカライオンの頭骨形質にみられるという、ジャガーとの類似要素が北米での進化過程で生じたのだとすると、興味深いものがあります。
もう一つ述べると、現生ライオン、ホラアナライオン、アメリカライオンはそれぞれ遺伝的に近しい間柄であり、ヒョウ属の中で「the lion
lineage(ライオン系統)」としてグルーピングされているのですが、ライオン系統の恐らくは共通祖先だと考えられる古代ヒョウ属種の存在
も、つきとめられています(と言って、確実な説ではなく、多分に私の個人的な考えでもあります)。
スタークフォンタイン(南アフリカ)の鮮新世後期地層から骨格が出ている、Panthera shawi、暫定的に私はShaw's lion 「ショウライオ
ン」と呼ぶことにしますが、このショウライオンは、かつてTurner(1987)がライオン(Panthera leo)と同一視していたことからも覗えるよ
うに、既にライオン系統の共有形質要素を色濃く有するとともに、サイズ的にも後代のホラアナライオンに匹敵する、大型の種類であったと言われています。
こうした諸事情に鑑みて、今回、ホラアナライオン(Panthera spealea fossilis)をかなり「ライオン的に」描いています。
やはり「ライオン」の名を冠する3種は近縁なんですね。
ちなみにホラアナライオン、アメリカライオンと並ぶ大物である楊氏トラはやはりトラに近いんですかね?
楊氏トラは日本からも発見されているのに、情報が少なすぎる気がします。
(Harrington, 1969)が現在も支持されているのか、知りたいですね。形態の類似に基づき、トラ(ないしトラ系統)説を唱える学者
(Hooijer)もいましたが。
実際には、骨格が断片的で情報に乏しいことも一因でしょうが、楊氏トラの系統や形態に関する主な調査は、あまりなされていないという
のが実情でしょう。ホラアナライオンのヴァリアントであるのか古代トラであるのか、未だ判然としていないのだと思います。ただ、北米大
陸南部に分布していたPanthera atroxと、アラスカ、ユーコンまでの分布域をもっていた種類(すなわちPanthera spelaea。ベーリング
ホラアナライオンと呼ばれます)とは、近縁ながらも同一種ではありませんから(このことについては、先のコメントで少し触れました)、
Panthera atrox 説は除外してよいと思います。
私の考えを言うと、楊氏トラはトラ、もっとも、現生大陸亜種とは異なる、トバ大噴火の以前まで生息していた古代亜種、ワンシェントラ
(Panthera tigris acutidens)と同一ではないかと思います(ただ、この説にも問題はあります)。トラは東アジアに起源を持つとされます
が、明確にPanthera spelaea と特定できる個体が(私の知る限り)シベリアや内蒙古以南の地域からは出ていないことからも覗えるよう
に、東アジアから東南アジアにかけての一帯で長く勢力図を保ち続けてきたわけです。この地域に固有で、日本にもいたという大型ヒョウ
属種は、やはりトラの古代亜種ではないでしょうかね。あくまで、個人的見解にすぎません。
仰るように、その重要性に反して、楊氏トラは未だ不明点の多い、かなりグレーな存在だと思います。
昔の学研の図鑑で「楊獅子」という表記で掲載されているのを見た時は「日本にもこういうのがいたのか...」と子供ながらに嬉しくなりましたが。
単なるトラになってしまうと寂しい気もします(笑)
有種として分布域にも大きな変動はなかったとされていますから、古代トラと極東の楊氏トラが同一である可能性は、否めないと思いまし
た。もちろん、ライオン系統の種類である可能性も除外できないし(そう主張する研究者がかつていたわけです)、それらと系統を異にする
大型ヒョウ属種と認めらないとも、限らないでしょう。「楊氏トラ」に関する調査を、なおざりにしてほしくはないですね。
この見解では楊氏虎はライオン系統に属することになるので、事実ならば自説は撤回する必要がありそうです。