魔女との約束で、午前0時を過ぎるといつもの貧しい格好に戻ってしまうというストーリー・・・
午前0時の鐘が鳴った時点で、浮かれていたシンデレラは王子の元から立ち去り、階段を下りてゆく途中でガラスの靴を片方無くしてしまった・・・
シンデレラを私のもとに、と決めていた王子は、家来を従えて、ガラスの靴を持って、街中の娘に履かせた。
帯に短し、襷に長し・・・街中の娘は誰一人このガラスの靴には合わなかった。
そこへシンデレラの家にも寄ったが、意地悪な継母はシンデレラを納屋へ閉じ込めてしまっていた。
実の娘二人は、当然この靴に会うべくもなく、立ち去ろうとした瞬間に動物たちに助けられたシンデレラが継母を振り切って靴を合わせた・・・
結果は物語に知られるように、ドンピシャとなり、シンデレラは王宮に招かれ、王子と幸せな結婚をし、目出度し、目出度し・・・となった。。。
これはアニメーションのストーリーであるが・・・私は実写版をまだ観ていない。。。
その内容はどうなのだろうか??
これからの楽しみでもあるのだが・・・
アニメでは、たまたま、外れたガラスの靴からの展開によって物語はハッピーエンドに終わるが・・・
しかしだ。。。(#^^#)
あのまま、王子がシンデレラを王宮内から出さなかったら、物語はどのように展開されていたのだろうか??と、無粋な疑問を持ってしまった。
午前零時の鐘が鳴り終わったと同時に、貧しい姿が露わになっってしまったシンデレラに対し、王子はどのように対処したのだろうか??
また・・・継母が閉じ込めてしまった納屋から外に出る機会が無かったら、シンデレラは打ちひしがれてしまっただろうか??
いや、きっと魔女が納屋に現れて、次なる策を練ったに違いない。
しかし、これもハッピーエンドに終わる物語には、無粋な展開に違いない。
( `ー´)ノ。。。もしも、もしも、ですよ・・・
階段で転んでしまったシンデレラは足をくじき、転んだ拍子に指を打って、患部が腫れて、ガラスの靴のサイズに合わなかったということもあり得るだろう。
あはっっっ・・・ここまで書いてあまりの自分の貧相な展開を考えるノータリンに思わず笑ってしまった( *´艸`)
ガラスの靴はシンデレラの足のサイズに決まっているのだ。。。物語を面白く感動的にするには。。。
物語の展開上、そうしなければ感動は得られないのである。
ガラスの靴に合うということは、唯一無二の当人が必ずいなければならないのであるが・・・
もしも、街中の娘さんでピッタリと会う者が複数いたとしたら、どんな展開になっていただろう??とも思う(*´ω`*)
シンデレラのガラスの靴の他愛無いお話はここまでとして・・・( `ー´)ノ
人間の世界でも、靴のサイズは色々とある。
それはそれで仕方のないことではあるが、ここにも考えてゆくと面白さがある。
お気に入りの靴があったとして、自分に合うサイズが無い。
靴の製造メーカーは、平均的なサイズの方がが良く売れるため、規格外のサイズまで製造するということはあるのだろうか??
被服メーカーのように、XSから特大のアメリカンサイズまで用意してあるということは、見方によってはとても随分とサービスの良いことでもある。
ここでも、規格外サイズの人間には不利益が生じるのか??ア~~~ン??‼
いやいや、オーダーメードという非常に割高??ではあるが、そういう方法もあるのだろう。。。これで全て万々歳か??
そうではない。。。( `ー´)ノ
人間の世界は競争社会。
規格から外れた者は、希望するどんな立場でもいられるとは限らない。
人間社会での最も小さい社会は、家族という最も小さい集団である・・・と思っている。
その中に規格外という個人がいたとする・・・(*´ω`*)
どうするべきか??
人間社会は規格内でないといけないという悪習慣がはびこっている・・・特に日本社会では・・・
どうして個性として受け止めてあげられないのか・・・。
往々にして・・・頭脳明晰、容姿端麗がこの世の中では優秀な部類として認められてしまうのである。
果たして・・・そうでない、規格外の個性の強いものは弾かれてしまっていいのか・・・
私は個性の強い者ほど、面白味があると感じている。
規格内で満足しているような、周りからちやほやされた、自己満足の強い者は、往々にして突き当たった壁に弱い。
規格外として王道から外れてしまった者ほど、壁に強いと思っている。
それも、高ければ高いほどである。
この違いは何故か??
ずばり、経験と努力の差にこそ、その違いが発揮されるのでであろう。
皆、同じでなくても良い。
規格内というぬるま湯に浸かっていることを私は好まない。
むしろ、規格外で底力を発揮する人間の方が私は好きである。。。
人間社会、どこの国へ行っても同じだ。
結果として何が出来るのか、そして出来たのか・・・それが問題にされる。。。特に欧米では。
そうでなくて、その努力した過程を見てあげたいし、自分もそうでありたい。
そんな考え方をしている私は、規格外なのかも知れない。
しかし、努力している情熱を感じる人間が好きだ。
そして、それをフォローしている人間も好きだ。
さらに、何があっても信念を曲げないほどの「規格外」の底力を持っている人間はもっと好きなのである。
オーダーメイド・・・少々高くつくが、中身は規格内には負けない力を秘めている。
そんな人間が大好きなのである(^_-)-☆
支離滅裂な、取り止めのない想いを、思いつくまま書いてしまった記事であるが、どうぞご容赦を( `ー´)ノ
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