サンズ・トーク

神田明神と成田山新勝寺

昨年、このブログで神田明神には、銭形平次の石塔があると書いたが、今日は別の話。

神田明神の祭神として、平将門が祀られている。
桓武天皇の流れといわれる平将門は、平安中期、坂東・常陸で地力を蓄え、時の朱雀天皇に逆らうように「新皇」を自称して反乱した。
のち、反対勢力に討伐されて滅んだが、そのあと、江戸では疫病が蔓延して、将門の首をさらした祟りじゃということになって、将門霊を鎮護するために神田神社を建立したといういわれがある。


神田明神

その一方で、成田山新勝寺は、将門反乱のとき、不動明王を護持した高僧を成田に派遣して、将門討伐を祈願させた。これが「新勝寺」の起こりだといわれる。

だから、神田明神の氏子は、新勝寺には参拝しない。
だから、その逆もないのだそうだ。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「とある話題」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事