先代 ◆ SANPO な ブ・ロ・グ

村田 青朔 が 一所懸命 書き綴る
「踊り」 だとか 「アート」 だとか
その 周辺の事
「小説」も 載せたい

【SANPO】 ≪お・ど・る/SANPO≫ 報告 6

2008-09-04 |  「SANPO」 あれこれ
8月10日 の SANPO には、 福住ゼミ ご一行様が 4名 立ち会ってくれた。
萬里まで 付き合ってくれた方もいる ・・・ ありがたい!

※ ただし 矢吹さんは そっちに 数えていませ~ん、 あしからず。

****************

で ゼミの最終日に、 小山田 知子 さんから 写真を頂きました。
昨日 お願いして、 このブログに載せる 許可を 貰いました。

プリントアウトしてあった写真を、 スキャンして 載せま~す。


昨日 「報告 5」 に書いた 運動会っぽい 雰囲気って、 こんな感じだったのだ。


   04-oyamada


**************


小山田さんは、 ゼミの 課題に SANPO の 感想文を 提出していた。
そちらも 載せたいのですが ・・・、 と お願いしてみたら OK を貰えた。


「村田さんの踊りを見た感想」

 村田氏の踊りには人が共有してる「五感による記憶」と呼べるものが漂っていた。

 仏壇に供えられたかのように置かれたほおずきの実を挿した花瓶。馬や牛に見立てて作られた割り箸を刺された夏野菜。にぎやかに流れる民謡。そのあつらえで踊りの場がお盆を迎えた田舎の土間のように見えてくる。「今夜は盆踊りだから、これを着て行くんだよ」と浴衣を縫ってくれた人の声さえ聞こえてくる。横浜の高層ビルを背景にアスファルトの上で踊る姿に山や川、田んぼや畑が重なってくるようだ。だが村田氏の動きの少ない踊りにうきたつような盆踊りの楽しさを私は感じなかった。むしろ押し殺したようなぎこちない動作は自由に動くことを拒否し、声にならない声を発する大きく開かれた口は、叫びたい言葉を喉の奥に送り返しているかのように思えた。苦しいのか、耐えているのかと私は疑問を感じながら見ていた。

 その時、ラジカセから「真室川音頭」が流れてきた。私はある光景を思い出した。大きな会社の営業部長を囲んで飲んでいたときのことだ。店内に「真室川音頭」が流れてきた。

 するとその部長が突如、滂沱の涙を流し居酒屋の畳の上に泣き崩れたのだ。その曲が彼の心に封印したはずの何かに触れてしまったのだろう。その部長の泣いていた姿と村田氏の声にならない叫び、制御された身体の動きに、現すことが出来ぬことへの無念さや、忘れなければ生きていけない情もあるという共通する感情を見た思いがした。

 無念さや忘れなくてはならない情というのは何も国家や民族のというレベルのものではない。誰でもが持つ日々に訪れるささやかな感情の陰影だ。満たされない思いが心に澱のように沈殿し、激しい攪拌を拒んでいる。思い出すことは前に進む妨げになる。そう、自分に言い聞かせながら誰もが「思い通りにはならないこと」に折り合いを付けて生きているのではないかと私は思う。悲しみや苦しみは忘れることはできないが、ひとまず、棚に上げて歩きださなくては生きていくことができないからだ。

 音や色、形や匂い、いわゆる五感により記憶されたものは一生消えることが無いそうだ。幼い頃の運動会を思い出して欲しい。校庭にはためいていた旗の色、その上に広がる空の色、吹いている風の匂い、行進の足音など、視覚、聴覚、嗅覚、全てが相まって一つの記憶をくっきりと形作っていないだろうか。大人になってからも、強く心を揺さぶられるような出来事の記憶には必ず、その時聞いた音、見た色、形、香りなどが付きまとっている。逆の見方をすれば、ある音、ある色、ある香りなどが契機となり昔の記憶がよみがえるという理屈になる。あの部長から後日聞いた話では「真室川音頭」は彼の母親が好きな民謡だったそうだ。彼と母親の間にある数十年の思い出が一気に思い出されたのだろう。

 私は五感と共に記憶されたものが本物の記憶なのだろうと考えている。おそらく一生消すことができないと思うからだ。その記憶こそがあなたの生きてきた時間、あなた自身、それを大切にしなくてはというメッセージが、裸足で踊る村田氏から発せられているように思えてならなかった。


****************

小山田さんへ

以下、 あくまで 僕の 感じ方・生き方です。


五感に関して すごく意識しています。

とくに SANPO では、 踊っているというより、
感じていられれば良いと 思っています。

匂うような存在でありたいと 思っています。


「忘れなければ生きていけない情」 に関して、 とても良く理解できます。
でも僕の場合は、「生きている限り忘れるわけにいかない」 という感じです。

それでは いけない と思いつつ、 ずっと そんな感じです。
なので、 営業部長に なれない。


とても 生きにくいけど、 そう生きたいと 思っています。
そのようにしか 生きられない、 のかもしれない。

で 苦しいかどうか と聞かれれば、
苦しいです、耐えています、・・・ 踊る事自体は、 むしろ 快感ですが。


僕の中で、 「真室川音頭」が いっそう膨らみました。

ありがとうございました。

****************

他の方々にも、 現在 感想文を おねだり中!


アーカイブス/【案内状】に戻る

2008-09-04 02:05:35 up