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昨日の出雲市 唐川町は穏やかでした。
でも。寒ーい。畑で上着を脱いでいましたが
5時には鼻水が出てきた。
出雲唐川町、古刹 鰐淵寺の隣で檀家です。
毛利元就が後醍醐天皇をお助けしたお礼に
本堂を再建したとか(どうだったかな)
その沢山ある坊の一人が 山越えて
住まいをした所。我が家の本家も。
東西南北から人が入り 切り開いたのでしょう。
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出雲風土記に出て来る 韓竈神社は
既に暮らしていた住民が銅、鉄を溶かしていた
渡来人を見て恐れ崇めた気がします。
唐川町、昔の記録には 辛川 とある。
唐川川の河口は日本海。
バスが終点までに上がったのは昭和。
川の傍に道を切り開いた跡がある。
辛いはつらいとも 読むはずだから
歩くのに難儀をしたからかな。
それが、鰐淵寺の隆盛のなかで
唐 とう、に憧れて変えた。
と、言ううのが 私の持論です。
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北側を下ると日本海の産物、
東の峠は鰐淵寺、南と西側の峠は出雲大社。
標高150メートルのを底に盆地に60軒弱がへばり付く。
南へ谷を昇ること2-30分、鈴谷峠は遥堪の上、
昔は大社中学や出雲産業高校へ通学したり、
産物を馬の背に載せ往来は賑わった。
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遥堪とは珍しい地名、出雲タイヤの東手前、
ぶどう畑に、大社ワイナリーが有ります。
母の里も遥堪から、大社町へは
三代前に嫁がれた。
小学生の頃、遥堪小学校の映画会に
山を越えて行ったもので。
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エンドウ苗の話です。
4年ぶりに植えました。
前は 伸びるつるに 害獣ネットを。
今年見渡したら、母の残したつる作物用
ネットが有りました。
説明書を読んでも良くわからない。
バラしたら最後ぐちゃぐちゃになります。
緑の所にひもを通して 横に伸ばせと。
このネット、幅4,5メートル。長さ 15メートル。
これに合う畑にする体力は有りません。
伸ばしてみると、杭の釘やボタンに
引っかかる。
何だかんだで、40分格闘。
掛け終わったら頃、冷たい北風。
霜で枯れると思いだし、寒冷紗を
陽ざしの当たる日中の反対側北に。
ひどい仕上がり。
書物には畝幅は120㎝を作り2列でと
有りますが適当に材料も残り物です。
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その後は、5時から茶畑の草刈りです。
草刈り機は横振りなので腰に負担が少ない。
これから、草刈りの日々ですね。
ここの畑からの東の眺めが好きです。
ここで、椅子を並べて茶をしたいですね。
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