サッカー東アジア杯の男子日韓戦で、観客席に掲げられた横断幕(7.28,ソウル)
7月28日、ソウルで開催された東アジア杯男子サッカーの日韓戦で、観客席には「歴史を忘却した民族に未来はない」との巨大な横断幕が掲げられました。歴史認識をめぐる日韓両国の葛藤は今に始まったことではありません。しかし「スポーツの場に政治を持ち込んだ」と、不快感を抱いた日本人は、決して少なくなかったことでしょう。
正直に告白しますが、筆者はこの横断幕を「自戒の意を込めた韓国人の痛切な心情表現」と、高く評価していました。単に日本への批判という次元ではなく、「どの民族国家にも該当する普遍的な格言ではないか、韓国の市民社会も成熟したものだ」と、一人で悦に入っていたわけです。
日本の苛酷な植民地支配と独立後の長期にわたる軍事独裁統治は、朝鮮民族と韓国市民にとって苦難の時期でしかありません。しかし、その受難の時期にも、民族の解放よりも個人の栄華を、人間としての良心よりも権力への阿諛を選択する人間がいました。
祖国が独立した後に、そして民主化が一定の進展を果たした社会で、反民族的・反民主的な人物を断罪し過ちを正すことが、他ならぬ「歴史の見直し(過去清算)事業」といえるでしょう。盧武鉉政権期に設立された『真実和解のための過去事件整理委員会』は、その典型的な機構です。
大日本帝国からの解放と同時に分断された朝鮮半島では、植民地統治に関する歴史清算が挫折せざるを得ませんでした。独立運動を闘った勢力が執権した北と違い、米軍政の支援で出帆した南の李承晩政権は、統治機構のあらゆる分野に親日派を重用しました。そして、彼らとその子孫たちが歴代韓国政権の保守本流を構成してきたからです。その代表的な人物が現大統領の実父、朴正熙です。
誤解を避けるために強調しますが、「親日」と「反日」は歴史用語であって、日本への親近感や反感を基準とする分類ではありません。「親日」は日本の植民地統治を支持し積極的に加担した行為であり、「反日」とは植民地支配を拒否し抵抗することを意味します。その究極が「抗日」独立運動です。
過去清算に積極的だった盧武鉉政権から、李明博政権を経て朴槿恵政権へと保守の時代が続くなかで、歴史を否定的に見直す修正主義の傾向が強まっています。ニューライトと呼ばれる極右勢力が先鋒を担ぐ、朴正熙とその時代への美化がそれです。「歴史を忘却した民族に未来はない」との横断幕は、そうした傾向への適切な警告だと歓迎したのですが、どうやら筆者の過大評価だったようです。
7月11日、民主党のホン・イクピョ議員が朴正熙を「満州国の鬼胎」と言及したことが波紋を呼び、彼は院内スポークスマンの職を辞すことになりました。鬼胎とは、「生まれるべきではなかった不吉な存在」という意味です。
ホン議員は書籍の内容を引用して「岸信介と朴正熙は満州国の鬼胎と言われている。皮肉なことにその子孫が今、韓日両国の首脳だ。安倍首相は日本軍国主義の復活を目指し、朴槿恵大統領は維新共和国(朴正熙政権)の再現を夢見ている」と、かなり刺激的な発言で現政権の過去回帰を批判したのです。
朴槿恵大統領にとって実父は、政治家として最高の模範であり目標です。ホン議員の発言は実父を尊敬して止まない彼女の逆鱗に振れたのでしょう。しかし、朴正熙に対する歴史的な評価は、もっと冷静かつ客観的であるべきです。学術的な検証においても、いかなるタブーを設定することがあってはなりません。遺憾なことに韓国社会の現状は、すでに朴正熙を聖域化しています。
朴槿恵政権のもとで着々と進行する「朴正熙時代の美化」...。その一端が8月19日付『ハンギョレ新聞』に紹介されていましたので、要訳して紹介します。美化の対象になったのは、同じく「満州国の鬼胎」である白善(ペク・ソンヨプ)という軍人です。ある意味で朴正熙にとって「命の恩人」ですが、このような人物を英雄視する韓国軍と、それを黙認している韓国社会の現状に、切迫した危機感を抱かずにはおれません。
もう一度、声を大にして横断幕の言葉を叫びます。
「歴史を忘却した民族に未来はない!」 (JHK)
韓国軍の正統性 (キム・キュウォン記者)
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/599923.html
去る7月16日、ソウル市龍山区の国防部記者室で、イム・クァンビン国防政策室長(予備役陸軍中将)が『白善(ペク・ソンヨプ)韓米同盟賞』を制定したと発表した。イム室長に質問した。
「ペク・ソンヨプ将軍は日帝統治期に間島(カンド)特設隊の将校として独立軍を討伐した人なのに、どうしてそのような人物の名前を付けた賞を韓国国防部が制定するのですか?」
「…」
「韓国軍の正統性(ルーツ)は独立軍(光復軍)にあるのですか? それとも日本軍ですか?」
「もちろん光復軍にあります。」
「そうすると、このような賞を国防部が制定したことに対して、過去に光復軍で活動した方々は何と言うでしょうか?」
「…」
韓国軍の大部分を占める陸軍の歴史的正統性は、きわめて脆弱だ。第1代~16代までの陸軍参謀総長13人の中で、チェ・ヨンヒを除いた12人全員が日本軍や満州軍(事実上の日本軍)出身だった。このうち、イ・ウンジュン、チェ・ビョンドク、シン・テヨン、チョン・イルグォン(丁一権)、イ・ジョンチャン、ペク・ソンヨプ、イ・ヒョングンなど7人が、民族問題研究所の『親日人名辞典』(4776人を収録)に記載されている。
しかもチェ・ビョンドクとチョン・イルグォンを除いた5人は、政府が公式に認定した「親日反民族行為者」にも含まれている。「親日反民族行為者」は1005人を数えるが、日帝統治期の民族反逆者の中でも罪質が最も悪い連中だ。
光復軍出身で陸軍の最高職位に上がった人は、1946年12月~48年10月、陸軍総司令官(陸軍参謀総長の前身)を担ったソン・ホソンだけである。だが金九(キム・グ)先生の系列だった彼は、李承晩が執権した直後に総司令官の職を追われることになった。
その後、親日派の特務司令官キム・チャンニョンから“左翼分子”の嫌疑をかけられた彼は、朝鮮戦争が勃発するや北に連行され(あるいは自ら北に行き)朝鮮人民軍の幹部になっている。
このような歴史についてブルース・カミングス教授(米国シカゴ大学)は、6月24日付『ソウル新聞』とのインタビューで、「日本帝国主義に対抗したパルチザン出身の金日成たちが北朝鮮で政権を担当したが、南朝鮮では金九のような民族主義者は権力を取れずに排斥された。南朝鮮で米国は、日本の警察および将校出身者を起用した」と説明している。
大韓民国政府は、こうした恥ずかしい歴史を美化しようとする。最近では美化作業が、特にペク・ソンヨプ将軍に集中している。2005年3月、陸軍は鶏龍台にある陸軍本部に「ペク・ソンヨプ将軍室」を設けた。2009年3月には国防部が彼を、韓国最初の5星将軍である「名誉元帥」に推戴しようとして失敗した。今年の8月13日、文化財庁は彼の所持品を“文化財”に指定しようとしたが保留せざるを得なかった。
ペク将軍は朝鮮戦争の際、多富洞(タブドン)地域の戦闘で北朝鮮軍の南進を阻止し、智異山(チリサン)ではパルチザンを討伐した。何よりも、南朝鮮労働党で活動した疑惑により死刑を宣告された朴正熙を救命した“功労”がある。しかし、間島特設隊の将校として独立運動家を討伐した罪は、どんな功労を持ってしても拭うことができないと考える。民族を裏切り、国家の正統性を否定したからだ。
例えば、日帝時代に独立運動家を拷問したが、解放後には左翼人士を掃討するのに奔走した盧徳術(ノ・ドクスル)という警察幹部がいた。今、警察が左翼人士を掃討し自由民主主義を守った功労を認定して「盧徳術賞」を制定するとしたら、軍人たちはどう思うだろうか。
アンリ・フィリップ・ペタンというフランスの5星将軍がいた。彼は第1次世界大戦時の1916年、ベルデンでドイツ軍を撃退させた功労で元帥にまで昇進したし、国家の元老として国民の尊敬も受けた。しかし彼は第2次世界大戦の時、ナチス・ドイツの傀儡であるビシー政府の首班を引き受けたという理由で、戦後に終身刑を宣告され監獄で生涯を終えている。当時、年齢が89才と高齢であったために、銃殺刑だけは免れたが...。
大韓民国の陸軍が歴史的正統性を回復したいと思うなら、先ずは「ペク・ソンヨプ英雄化」を放棄すべきである。そして一日も早く戦時作戦統制権(統帥権)を米軍から取り戻し、韓国軍の新しい正統性を打ち建てねばならないだろう。