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当局の謝罪に嗚咽する遺族(5.17,ピョンヤン)
セウォル号の惨事から40日が経過した。韓国社会はまだ深い悲しみに沈んでいる。その後も地下鉄事故やショッピングモールの火災など、安全対策を疎かにした人災が相次いでいる。一方、平壌でも5月13日、完工間近の高層アパート(92世帯が仮入居)崩壊で多数の人命被害が発生したとの報道があった。当局は死亡者の数を公表していないが、事故公表という異例の事態からも、相当数の犠牲者があったものと推測される。
民族分断の敵対状況が60年以上も続くなか、南と北は互いに大切なものを見失ってしまったようだ。南は「いかにたくさんのカネを儲けるか」、北は「いかに短期間で実績をあげるか」が、最優先の尺度になっている。「利益」と「速度」が「人命」を凌ぐ社会は、何れにせよ、人間の尊厳が息づく社会とは言い難い。「同病相憐」の痛みを込めて、以下の要訳資料を紹介する。(JHK)
① 5月18日付『労働新聞』-首都市民たちに謝罪
「住宅建設現場で起こった事故について、責任幹部らが遺族に深い慰労の意を表明」
人民の利益と便宜を最優先し、人民の生命や財産を徹底して保護するのは、朝鮮労働党と国家の一貫した政策である。しかし13日、平壤市平川区域の建設場では、住宅の施工をいい加減にし、それに対する監督・統制を正しく行なわなかった幹部の無責任な対応により重大な事故が起き、人命被害が発生した。
事故が起きるや、国家的な非常対策機構が発動された。生存者を救出し、負傷者を治療して事故現場を整理するための救助活動が、緊張した雰囲気の中で行なわれた。
17日、救助作業が一段落した事故現場で、崔富一・人民保安部長、朝鮮人民内務軍のソヌ・ヒョンチョル将官、平壤市人民委員会の車熙林・委員長、平川区域党委員会のリ・ヨンシク責任書記など関係部門の責任幹部らが、被害者の遺族と平川区域人民をはじめ首都市民たちに、深甚な慰労の言葉とともに謝罪した。
崔富一・人民保安部長は「事故の責任は、朝鮮労働党の人民愛の政治を忠実に具現できなかった自分にある」とした。そして「人民の生命と財産を危うくする要因を適時に探し出し、徹底した対策を講じなかったことから事故を発生させた」と反省した。また「人民の前に犯したこの罪は、何によっても償うことができず赦されない」と言い、遺族と平壤市民たちに重ねて深く謝罪した。
そして「今後、人民大衆を第一とする党の崇高な意図に従って、人民保安部がいつも人民の利益と生命・財産を徹底して守る真の人民保安機関になるように、すべてを捧げる」と固く誓った。
朝鮮人民内務軍のソヌ・ヒョンチョル将官は、「事故の張本人は建設を担当した自分自身である」とし、被害者たちと遺族に深い哀悼の意と慰労の言葉を表し、今回の事故で大きな衝撃を受けた平壤市民たちに心より謝罪すると述べた。
さらに、「朝鮮労働党は建築物の質を高めることを強調しているのに、人民に対する奉仕の観点を正しく持てなかったことから工事を粗雑にし、今日のような重大な事故が発生した」と述べた。早急に被害者と会い、遺族の生活を安定させるために最善を尽くすことを厳粛に決意した。
平壤市人民委員会の車熙林・委員長は、「朝鮮労働党はわれわれ幹部が、人民の真の服務者、忠僕になれとつねに強調しているが、首都市民の生活に責任を担う戸主として、自分が住宅建設に対する掌握・統制を正しく行なわなかったことから、このような厳重な事故が発生した」と述べた。
また、遺族と首都市民たちに「面目ない。申しわけない気持ちを禁じ得ない。市人民委員会幹部が被害者たちと遺族の肉親になって、彼らの心痛を少しでも癒やし生活を早急に安定させるため最善を尽くす。今回のような不詳事が二度と生じないようにする」ことを固く決意した。
平川区域党委員会のリ・ヨンシク責任書記は、「事故現場で被害者たちに会って胸が張り裂けるようだった。朝鮮労働党がかくも惜しみ愛する人民の貴重な命を守ることができなかった責任感で、頭を上げられない」と語った。
また、遺族と区域内の住民にふたたび許しを請うとし、「今からでも気を持ち直し、区域の幹部らを動員して遺族の生活を安定させたい。事故要因をもれなく探って対策を講じ、人民の生命・安全を徹底的に保障する」ことを誓った。
平壤市党委員会の金秀吉・責任書記は「いま、平壤市民たちは遺族、被害者たちと悲しみを共にしている。被害者家族の生活を安定させ、新しい住居を与えるために党と国家の強力な緊急措置が取られている」とし、「みんなが悲しみを克服し、勇気を出して立ち上がる」ことを訴えた。
② 5月20日付『毎日経済新聞』コラム、「セウォル号惨事と平壌の23階アパート崩壊」
「国民の安全、安全な国作り」が最大の関心事となっている。朴槿恵大統領は19日、国民への談話を発表し、セウォル号惨事の再発を防ぐための総合的な安全対策を明らかにした。
折しも北では、建設工事が進んでいた平壌の23階建てアパートが崩壊し、相当な人命被害のあったことが報じられている。主要メディアを通じてセウォル号沈没後の韓国情勢を報道するなかで、「南朝鮮全土が怒りのルツボとなっている」と韓国政府を攻撃してきた北朝鮮当局としては、メンツが著しく損なわれることになった。
また、セウォル号事故の原因について、「腐敗し無能な傀儡当局の反人民的な政治が産んだ必然的な結果、南朝鮮当局の危機管理能力不足、人命より利潤を重視する腐敗した社会」など鋭い批判をしてきたが、今回の崩壊事故は、このような批判が結局は北朝鮮当局にもそのまま該当することを自ら証明したようなものだ。
金正恩体制のスタート後、北朝鮮には前例ない「建設ブーム」が起きた。当局自ら、今が建設の最盛期だと規定している。そして北朝鮮では、「短期間に建設する」のを最も誇らしい模範事例として称賛する。
ところが問題は、このように量産された建物の安全性を誰も保証できないことから、第二、第三のアパート崩壊事故による住民犠牲も相次ぐと予想される点だ。北朝鮮は、建物の安全性に関して不感症の社会になって久しい。建設分野に従事していた何人かの脱北者らは、「北朝鮮で大小の建物崩壊事故は日常事」と、口をそろえる。
今回の崩壊事故は北朝鮮のメディアにも公開され、高位幹部らが住民の前で謝罪する場面が演出された。しかし、このような事例はきわめて異例で、報道されなかった事故は決して少なくないだろう。手段と方法を選ばず「速度戦」で顕著な成果を誇示しなければならない慣行は、北朝鮮社会に深く根をおろしている。目標を達成できなければ厳重な処罰を受けるので、高位幹部から末端の勤労者に至るまで、命を賭けて短期間に結果を出さなければならない。
月給だけで暮らすのが難しい勤労者たちは、建築資材を横流しにするのが常だ。金を儲けるための違法な不動産開発も、ますます広がる傾向にある。「資本主義の市場経済が最も活性化しているのが建設市場だ」と言われるほどに、不動産建設は最も美味しい金儲けの手段となっている。
これに伴い、合法であれ不法であれアパートの新築・分譲・売買の過程では、民間の新興富裕層や開発業者・仲介人・施工者と、党・内閣の高位幹部層の間で、賄賂による共生関係が形成される。不正、非理、腐敗、不実が幅を利かす、構造的な環境が造成されているのだ。
これは金正恩の「国家による統一的な監督統制体系が整備されていない」という建設部門に対する叱責と、今回の事故原因が「施工をいいかげんにし、それに対する監督統制を正しく行わなかった党関係者の無責任から厳重な事故が発生し人命被害が出た」と自認したことからも傍証されている。
今後、対北支援あるいは南北の交流協力が再開すれば、建物に対する安全診断と設計、施工、建築材部門などテクニカルサポートから始めることが必要かもしれない。セウォル号の惨事が残した教訓を北の政権当局も学習し、住民の安全をより考慮する対策が出てくることを願うばかりだ。 (イム・ウルチュル、慶南大学・極東問題研究所教授)