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国家情報院の危険な賭け-統合進歩党を狙った「内乱陰謀」罪

2013年09月01日 | 南域内情勢

「国家情報院の内乱陰謀捏造と公安弾圧を糾弾する市民集会」(8.31,ソウル)


 8月28日午前6時半、国家情報院(国情院)と水原地方検察庁公安部は、統合進歩党への「アカ狩り」攻勢を開始した。同党比例代表議員の李石基(イ・ソッキ)氏と京畿道地区党幹部の事務所や自宅を対象に、押収捜査が行われたのだ。押収礼状に記された容疑は、刑法の内乱予備陰謀罪と国家保安法の利敵同調罪である。

 国情院が提供しメディアが一方的に報道する「内乱陰謀」の内容は、いつもの事ながらおどろおどろしいものだった。8月29日付『東亜日報』一面記事の見出しは以下のとおりである。
 「李石基、通信-鉄道-ガス施設の破壊を謀議。戦争勃発時に北支援の計画を樹立。基幹施設攻撃用に私製武器の製造を指示!」

 国情院と検察は上記の「内乱陰謀」を裏付ける証拠として、「秘密会議」の録音記録を確保したという。しかし、その入手経緯や音声記録の全体を公開しておらず、録音内容の要約だけが主要メディアを通じて煽情的に流されている。

 彼らが主張する「秘密会議」とは、今年の5月12日、統合進歩党京畿道地区委員会がソウル市内で開催した100名規模の情勢学習会を指している。当日は李石基議員が情勢講演を担当し、それを受けてグループ討論を行なったという。当時、米韓合同軍事演習に反発する朝鮮人民軍の「停戦協定破棄、戦時体制突入」宣言などにより、朝鮮半島の軍事的な緊張が極度に高まっていた。

 主催者側の説明によれば、学習会の開催趣旨は、①緊迫した情勢への認識を共有する、②戦争を回避し恒久的な平和体制を求める大衆運動への決意を固める、ことだった。地区党幹部の一人はグループ討論で、「戦争になれば互いに相手の基幹施設を攻撃する。その多くは大都市に集中しており、膨大な規模で市民の犠牲が発生する。私たちと家族も安全ではない。だから戦争だけはなんとしても阻止するという覚悟と決意が必要だ」という趣旨の発言をしたそうだ(8月30日付『統一ニュース』)。

 しかし、学習会で“北の南侵に同調して基幹施設を破壊する”決定がなされた事実はなく、破壊目的のために必要な“武器の製造と確保”を検討した事実もないという。また、学習会は地区党員を対象にした公開行事であり、「秘密会議」とは程遠いものだった。おそらく、国情院が司法機関の承認を得て「合法的」に盗聴した発言内容を恣意的に編集し、「内乱陰謀の秘密会議」として脚色したものと推測される。

 「いくらなんでも、そこまで文書を捏造するだろうか」と考えるのは、KCIA(韓国中央情報部)を始祖とする韓国情報機関の体質を知らないからだ。つい先日(6月24日)も、2007年10月の「南北首脳会談発言録」を恣意的に抜粋編集し、あたかも盧武鉉大統領が金正日総書記に領海問題で譲歩したかのように歪曲した当事者が、他ならぬ現国情院長のナム・チェジュンだった。

 このような状況を鑑みるなら、国情院が敢行した今回の「内乱陰謀」騒動も、政治的な意図から出発した謀略との見方が有力になってくる。では、「陰謀の巣窟」と見なされている国情院が、リスクを覚悟しつつもこのような賭けに出た動機は何だろうか? 

 窮地に陥った分断国家の情報機関が、局面転換を図る最後の切り札は「アカ狩り」攻勢しかない。最近の用語では「従北勢力の一掃」という大義名分だ。昨年12月の大統領選挙で国情院が犯した世論操作という違法行為に対し、全国的な市民の糾弾集会(ローソクデモ)が続いている。9月の定期国会でも国情院の規模縮小と全面改革は、優先的な議案と見なされていた。世論の矛先をかわしローソクデモの熱気を冷ますためには、国民の根強い反共・反北意識を刺激する特ダネが必須だったのだ。

 「従北勢力による内乱陰謀」事件は、存亡の危機に追い込まれた国情院が局面を一挙に転換し、存在意義を天下に知らしめる起死回生のカードと言える。8月28日付の米国紙『ニューヨーク・タイムズ』ですら、次のような解説記事を掲載している。

 「朴正熙元大統領の時代に反体制人士たちは、李石基議員と同じような容疑で逮捕され、適切な裁判を受けることもできずに拷問され時には処刑された。...国情院の前身である国家安全企画部は、独裁者が政治的な反対者を親北分子に仕立て上げる道具だった。」

 所属議員6名の少数野党であるが、朴槿恵政権と与党にとって、統合進歩党は黙過できない「従北勢力」である。そして、2002年に民族民主革命党事件で投獄されるなど「主体思想派」のレッテルを貼られている李石基議員は、第一の攻撃目標と言えるだろう。

 昨年5月、当時は与党議員だった朴槿恵氏は李石基議員の思想検証が必要だと主張し、「国家観の疑わしい人物を国会から追放すべきだ」と提案している。彼女はまた、大統領選のテレビ討論で統合進歩党の李正姫候補から厳しく追求された屈辱を忘れておらず、報復の機会を虎視眈々と探っていることだろう。

 おそらく「秘密会議」の録音記録だけでは、「内乱陰謀」罪を立証するのは困難と思われる。起訴までこぎつけたとしても、裁判では無罪が宣告されるかもしれない。しかし、実際の法廷よりも恐ろしいのは「世論の法廷」である。保守メディアによる連日の歪曲報道を通じて、統合進歩党を“労働党の指令で動く反国家集団”、李石基議員を“北の路線に追随し体制転覆を図る売国奴”とするイメージがすでに形成されつつある。「世論裁判」のダメージを克服するのは、決して容易ではあるまい。
  
 8月30日、新聞とテレビが「内乱陰謀」をトップニュースで報道するなか、水原地方裁判所は京畿道地区党の副委員長ら3名に拘束礼状を発布した。判事による拘束の適否審査で3名は、容疑を全面的に否認し黙秘権を行使したという。李石基議員に対しても拘束礼状が請求されている。9月2日から始まる定期国会での逮捕同意手続き(在籍議員の過半数参席、出席議員の過半数賛成)を経て、拘束礼状が執行されることになるだろう。

 一時的に、国情院と朴槿恵政権を糾弾するローソクデモは下火になるかもしれない。しかし、韓国市民の民主意識を過小評価してはなるまい。国家情報院の「内乱陰謀」策略は、彼らが仕組んだこれまでの全ての謀略がそうであったように、必ずや破綻するだろう。
 
 事件発表の翌日には、各階各層の市民団体と民主人士を網羅した「国情院の内乱陰謀捏造と公安弾圧を糾弾する対策委員会」が結成されている。8月31日、同対策委は国情院の建物前で糾弾集会を開催し声明文を発表した。その一部を紹介して雑文を終えることにする。

 「今回の事件は単に統合進歩党を抹殺するためではなく、今後、朴槿恵政権の政策を批判する全ての勢力にも向けられるだろう。そのことを予知するが故に、この弾圧を民主主義の破壊と規定する。この場に結集した私たちは、国情院の内乱陰謀捏造を糾弾し大統領選挙への違法介入を究明するために、この地のすべての民主市民とともに最後までたたかうことを決意する。」 (JHK)

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1 コメント

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「人革党事件」再び (ディッガーズ)
2013-09-05 22:24:08
 初めて投稿させていただきます。

 日本国内ではほとんど報道されないこのニュースですが、真面目に考えると「内乱陰謀」などというものがあったと考えるのは無理があります。
 朝鮮戦争当時ならまだしも、今の情勢で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の側が大韓民国(韓国)に攻め込んでくるなど考えにくい(戦ったって韓国軍の方が圧倒的に強いだろう)。そんなのに呼応してしょぼい武器を準備して待つなどということがありうるのか?また、少しずつ支持を伸ばしてきた統合進歩党を破滅させるようなまねをするでしょうか?あまりに馬鹿げています。
 一方で、この摘発を行ったのは悪名高いKCIAの後身、国家情報院。しかも、大統領選への介入で追い詰められている。さらに都合の悪い者が「アカ」「北の手先」と言われて始末されてきた歴史を考えると、「組織防衛のためのでっち上げ」と考える方が自然です。これは冤罪で無実の人が処刑された人民革命党事件の再来ではないか。

 しかし、韓国の他の野党や「進歩派」と言われてきたメディアもこの件に関しては国情院の肩を持っているようです。「次は自分たちが同じ目に合う」という発想がないのでしょうか?日本でも左翼はすぐ仲間割れをして、本来の敵に対するよりも激しく憎しみあうことが少なくないですが、韓国でも同じみたいですね。しかし、これはあまりに愚かです。目を覚まして結束すべきだと考えます。
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