基礎インスリンの導入、用量調整、切り替えに関する実践的ガイダンス:プライマリ・ケアのためのナラティブ・レビュー
Ann Med 2021; 53: 999-1010
2 型糖尿病患者の多くは、最終的に治療に基礎インスリンを追加する必要がある。ほとんどの 2 型糖尿病患者は地域で治療されているため、プライマリ・ケア提供者が基礎インスリンの開始と用量調節を理解し、正しく管理し、患者がインスリン注射を自己管理できるように支援することが重要である。
新しい長時間作用型基礎インスリン製剤は、旧来の製剤よりも安定性と柔軟性に優れ、デリバリーシステムも改善されている。基礎インスリンは通常、10 単位/日または 0.1-0.2 単位/kg/日という控えめな用量から開始され、その後、患者の空腹時血糖自己測定値に基づいて、個々に設定された目標値(通常は 80-130 mg/dL)を達成するために、数週間または数ヵ月かけて漸増される。
話し合いにより、予定された漸増を変更する可能性のある出来事(例えば、旅行、食事の変更、病気、入院など)に対する対処法を含め、適切な目標と漸増方法を確認するべきである。基礎インスリン製剤の切り替えは通常は容易に行えるが、製剤間の薬物動態および薬力学の違いから、臨床医は患者に明確な指導を行う必要がある。基礎インスリンは長期的に有効であるが、空腹時血糖の有意な低下なしに用量を増やし続けることは避けるべきである。
Key Message
·プライマリ・ケア提供者は、2 型糖尿病患者に対して基礎インスリンの投与を開始することが多い。
·基礎インスリン投与は 10 単位/日または 0.1-0.2 単位/kg/日から開始することが推奨され、空腹時血糖の目標値(通常 80-130 mg/dL)に合わせて投与量を漸増する必要がある。単純なルールとしては、空腹時血糖値が一貫して目標範囲内に維持されるまで、初期用量を 1 日 1 単位(NPH、インスリンデテミル [insulin detemicl]、グラルギン [glargine] 100単位/mL)、または週 1-2 回 2-4 単位(中間型インスリン、インスリンデテミル、グラルギン 100単位/mL および 300 単位/mL [ランタス XR]、デグルデク [ddgludec])ずつ徐々に増量することである。必要であれば、簡単なレジメンで基礎インスリンを切り替えることができる。
·基礎インスリンの投与量は、場合によっては約 0.5-1.0 単位/kg/日まで必要に応じて増量すべきである。空腹時血糖の有意な低下なしに基礎インスリンの用量を増やし続けることは推奨されない。むしろ、より高濃度の基礎インスリン製剤かつ/または短時間作用型インスリンによる食前のインスリン (prandial insulin) の追加や他の血糖降下療法を考慮するなど、治療法の再評価が推奨される。
はじめに
糖尿病の長期管理において、血糖管理目標を達成するためにしばしばインスリンが必要になる。1 型糖尿病患者は専門医(通常は内分泌専門医)の治療を受けていることが多いが、比較的合併症の少ない 2 型糖尿病患者の 90%以上はプライマリケア医によって管理されている。基礎インスリン製剤は 1940 年代から入手可能であったが、血糖値を正常化するために毎日使用されるようになったのは 1970 年代である。過去 20 年間では、長時間作用型の基礎インスリンアナログ (insulin analog) であるグラルギンとデテミルの登場により、基礎インスリン注射の 1 日 1 回投与が容易になった。
米国糖尿病学会(American Diabetes Association: ADA)は、2 型糖尿病患者には、食事療法と生活習慣の改善に加えて、まず血糖をコントロールするための経口糖低下療法を行うことを推奨している 。メトホルミン (metformin) から開始し、糖化ヘモグロビン(hemoglobin A1c: HbA1c)の目標値(一般に 7%未満)を維持するために、さらなる血糖降下療法を段階的に追加する。患者がアテローム性動脈硬化性心血管病を発症しているか、または心血管疾患を発症するリスクが高い場合は、心血管系への有益性が証明されているグルカゴン様ペプチド-1 受容体作動薬(glucagon like peptide-1 receptor agonist: GLP-1RA)またはナトリウム-グルコース共輸送体-2阻害薬(sodium-glucose co-tranporter 2 inhibitors: SGLT2i)を優先する。GLP-1RA は、体重を減少させ、場合によっては心血管リスクを低下させるなど、多面的な効果があるため、最初の注射薬として一般的に推奨されている(ただし、セマグルチド [semaglutide] には経口薬と注射薬がある)。しかし、1. 異化が進行している(体重減少)、2. 高血糖症状(すなわち、多尿、多飲)がある、3. 血糖値が非常に高い(HbA1c >10%または空腹時血糖 [fasting plasma glucose: FPG] ≧300 mg/dL)、または 4. 1 型糖尿病の可能性がある場合は、インスリンで治療を始めるべきである 。2 型糖尿病は進行性であるため、多くの患者は膵 β 細胞の機能低下により、最終的には毎日のインスリン注射が必要となる。
インスリンによる治療強化に関して、患者と医療提供者の間には臨床的な惰性 (clinical inertia) がかなりある。基礎インスリンの開始に消極的なのは、低血糖に対する患者の懸念、注射に対する恐怖、2 型糖尿病の進行性という性質を受け入れようとしない(または患者が理解していない)ことに起因している可能性がある。また、一部のプライマリ・ケア医は、インスリン導入の経験が不足しており、患者を教育する時間が十分でないこともある 。
インスリン治療には低血糖のリスクが伴う。第一世代(例:グラルギン 100 単位/mL、デテミル)および第二世代(例:デグルデク、グラルギン 300 単位/mL)の基礎インスリンアナログは、中間型インスリン (Neutral Protamine Hagedorn: NPH) と比較して、作用時間が長く、血漿中濃度が安定しており、低血糖のリスクが低下していることを示す臨床試験もある。新しい長時間作用型の第 2 世代アナログ(インスリングラルギン 300 単位/mL およびインスリンデグルデク)は、インスリングラルギン 100 単位/mL と比較して低血糖リスクが低いことが示されている。基礎インスリンに関する重要な情報のまとめを表 1 に示す。
表 1. 基礎インスリンについての重要な情報のまとめ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8231382/table/t0001/
インスリンの投与を受けている患者は、自己血糖管理を行うために、血糖を自己測定する責任がある。プライマリケア医(および認定糖尿病教育者)の役割は、インスリンの投与と用量調節について患者を教育し、あらかじめ決めた血糖値に基づいて、いつ医療者に連絡すべきかを患者に確認することである。とはいえ、臨床医が受け取ったデータを有意義に活用しない限り、患者は自己血糖測定を続けることに興味を失うかもしれない。したがって、プライマリケア医は、タイムリーにインスリン用量を調節することがなぜ重要なのか、また、他のインスリン製剤かつ/または血糖降下薬がいつ適応となるのかを患者が理解できるように支援すべきである。患者によっては、有効性と安全性に優れる新しいインスリン製剤への切り替えなど、製剤の種類や投与方法の切り替えが有益となる場合もある。
この総説では、基礎インスリンの開始、漸増、切り替えに関するプライマリケア医のための実践的なガイダンスを提供する。
2. 基礎インスリンの導入
2-1. どのような患者に基礎インスリンが適しているか?
治療強化が必要な 2 型糖尿病患者のほとんどにおいて、基礎インスリンは有効で、安全で、使いやすく、ほとんどの血糖降下薬との併用による治療強化に適している。にもかかわらず、基礎インスリンとスルホニルウレア (sulfonylurea) 薬を併用すると低血糖のリスクが増加する可能性がある。両薬剤とも低血糖イベントと関連しているが、新しいスルホニルウレア薬(グリピジド [glipizide]、グリメピリド [glimepiride]、グリクラジド [gliclazide])はリスクが低い可能性がある 。したがって、インスリンの投与が開始されたら、スルホニルウレア剤を漸減することを推奨する。心不全のリスクのある患者では、チアゾリジン (thiazolidinedione) の中止も提案されている。
いくつかの臨床試験で認められた NPH と比較した新しい基礎インスリンアナログによる重篤な低血糖の減少は、臨床現場では明らかでないかもしれない。そのため、NPH で良好なコントロールが得られている患者は、インスリン製剤を切り替えなくても良いかもしれない。通常、GLP-1RA はインスリン導入前に推奨されるが、コスト上の理由から、インスリンが最初に使用されることが多い。患者のインスリン適応に関する一般的なシナリオを図 1 に示す。
図 1. 基礎インスリンが適する 2 型糖尿病患者
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8231382/figure/F0001/
基礎インスリンの導入時期によらず、インスリンは血糖コントロールに役立ち、重要な追加治療であることを患者に説明することが重要である。臨床でよく遭遇する困り事は、インスリン開始後に悪化した家族がいる場合である。多くの場合、これは長年の高血糖と臨床的惰性が原因であるが、誤ってインスリンのせいだとされることがある。また、インスリン注射をすることは恥ずかしいことや治療の失敗であると感じる患者もいる。インスリンが必要なのは 2 型糖尿病が進行性の疾患であるためであり、既存の血糖降下療法を行った、あるいは行わなかったことが原因ではないことを患者に説明することが重要である。
診察室では、患者の懸念に対応し、注射器と手技を示す時間をとり、診察後にさらなる質問や懸念に対応できるようにしておくことが重要である。フォローアップの予約や電話で患者の様子を確認することで、患者の自信を向上させることができる。
2-2. 基礎インスリンの導入
インスリンアナログ製剤(グラルギン、デグルデク、デテミル)の投与開始に関する推奨事項を表 2 にまとめた。
表 2. 2 型糖尿病患者における基礎インスリンアナログの導入、用量調整と切り替えについてのまとめ
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8231382/table/t0002/
2 型糖尿病患者の場合、開始用量は一般的に 10 単位/日または 0.1-0.2 単位/kg/日である 。特に BMI が 35 kg/m2 以上の患者には、高用量から開始したくなるが、低血糖を避けるためには、低用量から開始し、患者のインスリンに対する反応性を確認することが賢明である。
患者は、初期投与量は最終的に必要となる量より少なく、通常は 35-45 単位/日(約 0.5 単位/kg/日)まで増加するが、場合によってはそれ以上になる可能性があることを理解すべきである。毎日同じ時間に基礎インスリンを注射するように指導すべきである。新しい基礎インスリン製剤は、この点で柔軟性がある。インスリンデグルデクは、血糖コントロールや安全性を損なうことなく、注射間隔を 8-40 時間にすることができ、インスリン グラルギン 300 単位/mL は、通常の投与時間の 3 時間前後までに注射すれば良い。患者には、震え、発汗、めまい、脱力感などの低血糖の徴候を認識し、低血糖に対処する方法を教えるべきである。軽度の低血糖は、ブドウ糖のタブレット、または糖分の多い菓子や飲料を用いて解決することができる。実際的な提案としては、患者に 15 g の炭水化物を摂取し、15 分待ってから再検査を行い、70 mg/dL 未満であればこのプロセスを繰り返すよう助言することである。最近、経鼻グルカゴン (バクスミー) が利用できるようになり、意識が低下している場合にも投与できるため有用である。
患者に正しい注射手技の重要性を教えることは極めて重要である。多くの患者は、注射に自信がある患者でさえも、注射を誤って行っている。正しい投与には、1. 正しい投与量の決定、2. 皮下への投与、3. 筋肉内注射や針刺しの回避が含まれる(図 2)。
図 2. ペン型インスリンの正しいインスリン注射の手技
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8231382/figure/F0002/
バイアルとシリンジを使用している患者の場合、正しい用量を選択し(患者はシリンジの種類が異なるために用量を混同することが多い)、正しくインスリンを吸い上げ、注射針を皮膚から引き抜く前に全量を注射しなければならない。ペンと注射器のいずれも、注射部位の疼痛、刺激、かつ/または肥大 (hypertrophy, インスリンボール) を防ぐために、四肢および腹部の部位を中心に注射部位を変え続けるべきである。
基礎インスリン導入時の患者チェックリストの例を表 3 に示す。
表 3. インスリン導入と用量調整時の患者向けチェックリスト
3. 基礎インスリンの用量調節
3-1. なぜ用量漸増が必要なのか?
基礎インスリンの積極的な用量漸増は、1. 血糖コントロールの維持と 2. 低血糖予防の両面で重要であり、空腹時血糖の自己血糖モニタリングに基づく基礎インスリンの漸増を患者に指導することで血糖コントロールが改善する。
それにもかかわらず、標準的な 10 単位/日または 0.1-0.2 単位/kg/日の基礎インスリンから開始する患者の多くは、用量の漸増について十分な指示を受けていないことが多い。1. 基礎インスリン投与量は、毎日の空腹時血糖の自己測定によって決定され、段階的に増加させる必要がある可能性が高いこと、2. 最適な投与量を達成するには数週間から数ヶ月かかる可能性があることを、患者が最初に理解することが重要である。
患者主導の基礎インスリン漸増は、医師主導の漸増と同様の効果があることが示されているが、プライマリケア医による教育とサポート、および患者が必要に応じて用量を自己調整するためのツールが必要である。患者がこのプロセスで落胆しないように、以下のことを知っておくと良いだろう。すなわち、基礎インスリンの典型的な投与量は患者間や時間によって異なり、我々の経験では一般に 35-45 単位/日(約 0.5 単位/kg/日)またはそれ以上であること、患者によっては 50-100 単位/日(最大 1.0 単位/kg/日)となることもある。インスリン用量は主に体重に影響されるため、逆に 20 単位/日以上の投与量をほとんど必要としない患者群(例えばアジア人患者)もいる。
3-2. インスリン漸増に関する実際的な推奨
インスリンアナログの用量漸増のための簡単なアルゴリズムが提案されており、患者とインスリン製剤の特性に基づいて個別に空腹時血糖の目標値を設定することが必要である(表 2)。単純なルールとしては、空腹時血糖値が一貫して目標範囲内(我々は ADA の目標値である 80-130 mg/dL [4.4-7.2 mmol/L] を推奨しているが、発表されている推奨値は様々である)になるまで、初期用量を 1 日 1 単位(インスリンデテミル、グラルギン 100 単位/mL)または週 1-2 回 2-4 単位(インスリンデテミル、グラルギン 100 単位/mL、デグルデク)ずつ徐々に増量することである。患者には、空腹時血糖をモニターして毎日漸増するか、1 週間のうち 3 日間連続して空腹時血糖を測定し、その平均値または最低値を漸増の目安とするよう助言する。空腹時血糖が常に高い場合(例えば、>126 mg/dL)、患者はガイダンスに従って用量調節を行うか、プライマリケア医に今後の進め方について助言を求めるべきである。
低血糖(空腹時血糖 <70 mg/dL [3.9mmol/L]、ADA が定義するレベル 1 の低血糖)が発生した場合、患者は基礎インスリン投与量を 2-4 単位または総投与量の 10%減量すべきである。プライマリケア医は、低血糖の予防と認識に関する教育を強化するために、その後すぐに患者のフォローアップを行うべきである。低血糖が繰り返し起こる(週に 1-2 回)場合は、漸増スケジュールを再検討すべきである。
インスリンの増量に伴い、他の糖低下薬の用量も調整する必要がある場合がある。メトホルミン、GLP-1RA、SGLT2i は通常継続されるが、チアゾリジンは一般的に基礎インスリンを開始した時点で中止される。スルホニル尿素は一般的に、低血糖のリスクを減らすために、インスリン投与量の増加に伴って漸減される。しかし、スルホニルウレアを中止すると、それを補うために基礎インスリンを 20 単位まで増量する必要がある場合がある。インスリンを就寝時に、スルホニル尿素を日中に投与することは、低血糖のリスクを減らすのに役立つ広く受け入れられているレジメンである。
プライマリケア医は、空腹時血糖の測定値を受け取り、質問に答え、漸増が合意された通りに進んでいることを確認するために、漸増開始時(最初は数日ごと、その後は毎週または隔週)に患者と緊密に連絡を取り続けるべきである。3 ヵ月後に HbA1c を測定し、用量調整を継続する。目標の空腹時血糖が達成された時点で HbA1c 目標が達成されない「原因」は、通常は食後血糖が高いからである。食後高血糖を補正する適切な方法としては、速効型インスリン、グリニド系薬剤(レパグリニド [repaglinide]、ナテグリニド [nateglinide] など)、GLP-1RA などがある。基礎インスリンの効果が最大である患者において GLP-1RA と速効型インスリンを比較した最近のメタアナリシスによると、どちらの治療も同様に有効であるが、GLP-1RA は速効型インスリンによる体重増加に対して低血糖が少なく、体重が減少することが示されている。
3-3. 特定のシナリオにおける基礎インスリンの調整
注射忘れや 2回続けて注射してしまった場合のアドバイスは、それぞれの基礎インスリン製剤の薬理学的特徴によって異なる(表 1)。
一般に、患者が注射を忘れたと思ったら、空腹時血糖を測定し、ケアチームに連絡すべきである。この点でも、長時間作用型インスリンアナログの柔軟性と安定した血糖降下作用が役立つ。例えば、インスリンデグルデクの場合、注射し忘れたことに気づいた患者は、注射の間隔が少なくとも 8 時間確保されていれば、同じ日に注射することができる。二回続けて注射してしまった場合は、日中は頻繁に血糖値を測定し、間食をとり、夜間は 2-3 時間おきに起きてグルコースを測定する(測定値が 126 mg/dL 未満の場合は間食を追加する)ことを勧める。
身体活動、食事パターン、腎機能、肝機能、急性疾患などの変化により、より大きな用量調節が必要になることがあるが、これは医師の管理下でのみ行う必要がある。一般に、体調不良時には基礎インスリンを増量が必要になる場合がある。入院した場合は、投与量を変更する必要があり、多くの場合、入院前の投与量に戻す用量調節が必要である。入院や手術などで一時的にインスリンを必要とした患者では、インスリンの漸減中止が必要になることがある。急性疾患で食事や水分の摂取量が減少している患者の場合、通常量の基礎インスリンを継続すべきであるが、空腹時血糖の検査はより頻回に行う必要がある。
絶食が必要な処置では、インスリンの調整が必要になる。これは、大腸内視鏡検査のような軽度の内科的・外科的検査や処置の場合によくあることである。検査または処置の前日には、患者に 4 回(各主食前と就寝時)空腹時血糖を測定し、1-2 時間ごとに 15-30 g の炭水化物を摂取することを目標に、固形物を水分(糖飲料)に置き換えるよう助言すべきである。低血糖が生じた場合は、ブドウ糖のタブレットを服用する。基礎インスリンは通常量を服用する。1 日 2 回投与の場合、夕の空腹時血糖値が 180 mg/dL 未満である場合、患者に夜間低血糖が頻繁にみられる場合、普段の空腹時血糖が 72 mg/dL の範囲にある場合、またはその日の早朝に低血糖があった場合は、夕の投与量を 80%に減らすべきである。メトホルミン、ジペプチジルペプチダーゼ-4 阻害薬 (dipepptidil peptidase IV inhibitors)、チアゾリジンは検査前日から通常通り服用するが、GLP-1RA、SGLT2is、スルホニル尿素、メグリチニドはスキップする。検査・処置当日は、他の血糖降下薬はスキップし、基礎インスリンは普段の半量を注射し、インスリンと血糖測定器を持参し、空腹時血糖 145-216 mg/dL を目標にするよう患者に指導する。術後は通常のインスリン量を就寝時に注射し、他の糖低下薬はその日は服用しない。患者が再び食事ができるようになれば、基礎インスリンおよび他の血糖降下薬を通常の用量で再開する。
もう一つのよくあるシナリオは、国際線や時差を越えて旅行する際の対応である。まず、空港のセキュリティーチェックを通過して注射薬を使用することの許可を得るために、かかりつけ医からの手紙を必要とする場合がある。ほとんどの中間および長時間作用型基礎インスリンは、添付文書の記載通りに冷蔵せずに保存することができる(グラルギン 100 単位/mL は 28 日間まで、デグルデクおよびグラルギン 300 単位/mL は室温または開封後 56 日間) 。時間帯が数時間変わると仮定すると、1 日 1 回注射している患者は、旅行当日および旅行後のいつもの時間に 1 日分の用量を注射すればよい。あるいは十分にカバーされるように旅行前後に注射のタイミングを調整する必要があるかもしれない。1 日 2 回注射の場合、時差が片道数時間程度であれば、変更の必要はないかもしれない。中・長距離の旅行では、旅行日が大幅に延長または短縮され、食事時間が通常と異なる可能性があるため、より頻繁なモニタリングと毎日の投与タイミングの調整が必要となる(表 4)。
表 4. 海外旅行や時差をともなう移動をする際の基礎インスリンの管理についてのガイダンス
4. 基礎インスリンの切り替え
4-1. なぜ基礎インスリンを切り替えるのか?
基礎インスリン製剤の切り替えには、医学的な理由(現在の治療で有害事象や低血糖が発生したなど)と実際的な理由(製品が入手可能になった、保険が適用されるようになった、新しいデリバリーシステム[ペンとシリンジ]の使い勝手がよくなったなど)の両方があり、さまざまな理由がある(図 3)。
図 3. 基礎インスリンを変更する理由
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8231382/figure/F0003/
最近、低血糖のリスクがある患者では、グラルギン 100 単位/mL と比較して、インスリンデグルデク 100 単位/mL で目標血糖範囲にいる時間が改善したことが示された。さらに、体重に基づくインスリン投与量が十分に多く、注射量がかなりの不快感を引き起こす患者(例えば、80 単位/日以上)は、より大きな単位/容量の基礎インスリン(例えば、グラルギン 300 単位/mL、デグルデク 200 単位/mL)に切り替えることを望むかもしれない。
4-2. 基礎インスリンの切り替え方法
高血糖/低血糖のリスクを最小限にするために、新しい治療法の最初の数週間は頻繁に血糖をモニターし、標準的なレジメンに従ってインスリンおよび他の血糖降下療法の用量を調節する。切り替えに際しては、当初は空腹時血糖が不安定化する可能性があり、その結果、一時的にモニタリング頻度を増やす必要があることを患者に教育することが重要である。また、医療チームとのコミュニケーションを強化する必要があり、リスクの高い活動(運転、スポーツ、一部の職業)では、切り替え後の一定期間、特別な注意が必要になることがある。
基礎インスリン製剤間の切り替えに関する推奨事項を表 2 に示す。異なるインスリングラルギン 100 単位/mL製剤間、またはインスリングラルギン 100 単位/mL とインスリンデグルデク 100 単位/mL または 200 単位/mL 間で切り替える場合、開始用量は中止する製剤の用量と同じにすべきである。インスリングラルギン 100 単位/mL からインスリングラルギン 300 単位/mLに切り替える患者については、同じ用量から開始するが、同じレベルの血糖コントロールを維持するためには、より高い 1 日用量が必要になると予想される。グラルギン 300 単位/mL から 100 単位/mL に切り替える場合は、300 単位/mL 用量の 80%を使用する。インスリングラルギンからインスリンデテミルに切り替える場合は、1 日総投与量を同じ単位数にする必要がある。インスリンデテミルから他の中間作用型または長時間作用型インスリンに切り替える場合も同様であるが、デテミルからグラルギン 100 単位/mL に切り替える場合は用量調節が必要な場合がある。
1 日 2 回投与の NPH から基礎インスリンアナログに切り替える場合、低血糖リスクを軽減するために、投与量は中止する NPH の総用量の 80%から開始すべきである。1 日 1 回投与の NPH からグラルギンに切り替える場合、添付文書上は同じ単位数での切り替えを勧めている。
5. 基礎インスリンへの追加治療
基礎インスリンは血糖コントロールに有効であるが、2 型糖尿病は進行性であるため、一般的にはさらなる対策が必要となる。当初は、基礎インスリンの増量が必要であるが、低血糖のリスクを増大させるため過剰な基礎インスリンは避ける必要がある。もちろん、さらなる薬物療法や処置の追加を検討する前に、基礎インスリンが適切な目標レベルまで段階的に漸増されていることを確認することが重要である。基礎インスリンが適切に漸増され、空腹時血糖が目標値に達しているにもかかわらず、HbA1c が依然として目標値を超えている場合、ADA は臨床医が個々の治療法を再評価することを推奨している。特に、就寝時と朝、または食後と食前のグルコースの差が大きい場合(例えば、就寝時:朝の差で 50 mg/dL 以上)、低血糖の場合(患者が自覚しているかどうかにかかわらず)、空腹時血糖の変動が大きい患者、および/または基礎インスリン投与量が約 0.5-1.0 単位/kg/日を超えている場合に推奨される。問題のある夜間低血糖(妊娠、ステロイド治療、または肝疾患の設定でしばしば起こる)もまた、基礎インスリンの用量調節の見直し、または他の治療を検討する理由となりうる。
このような問題やその他の問題が血糖値目標の達成を妨げているかどうか、またどの程度妨げているかを評価することは、たとえ患者が治療や生活習慣をほぼ自己管理できているように見えたとしても、患者とケアチームとの接触を増やすことを促すはずである。明らかに糖尿病の管理に苦労しているわけではない患者でも、ある面では教育的な再教育やさらなるサポートが有益な場合もある。くわしく評価することなしにインスリン投与量を増やすだけでは、目標に達していない患者が望む結果を得ることはできないと考えられる。
基礎インスリンの投与量を示唆された上限を超えて増量するのではなく、減量の必要性、低血糖のリスク、コストに応じて、段階的に他の血糖降下薬を基礎インスリンに追加すべきである。心血管疾患が確立している場合や心血管リスクが高い場合には、心血管ベネフィットが証明されている GLP-1RA または SGLT2i を追加すべきであるが(基礎インスリンは心血管イベントに関しては中立と考えられている)、慢性腎臓病や心不全が優位な場合には SGLT2i が望ましい。基礎インスリンと GLP-1RA の固定比併用注射(インスリングラルギン100単位/mL+リキシセナチド [lixisenatide][iGlarLixi, ソリクア]、インスリンデグルデク+リラグルチド[liraglutide][IDegLira, ゾルトファイ])も利用可能である。固定比率併用療法は、注射の回数を減らし、どちらか一方の薬物単独よりも HbA1c を低下させることができ、基礎インスリンに伴う体重増加を GLP-1RA の体重減少効果で相殺できる可能性がある。また、GLP-1RA 単独よりも嘔気が少ない可能性があり、臨床試験では重篤な低血糖のリスクは増加しなかった。
それでも HbA1c が目標値に達しない場合は、食事と一緒に短時間作用型インスリンを追加投与したり(basal-bolus insulin regimen)、プレミックスインスリン(短時間作用型インスリンと中間/長時間作用型インスリンを組み合わせたもの)の使用を考慮することができる。インスリンデグルデク/インスリンアスパルト (IDegAsp, ライゾデグ) は、2 つのインスリンアナログの最初の可溶性配合剤であり、1 日のうちで最も多い食事中に注射するのが最適である。肥満やインスリン抵抗性の場合には、濃縮インスリン製剤を使用することが有効である。
6. 結論
基礎インスリンは 2 型糖尿病の管理においてしばしば必要とされる。正しい導入、漸増、そして場合によっては製剤間の切り替えにより、空腹時血糖の良好なコントロールが得られる。患者にはインスリン注射と血糖モニタリングの自己管理を奨励すべきである。プライマリケア医と患者は、合意された個々の血糖目標値を達成するために、時間をかけてインスリン投与量の用量調節をするために協力する必要がある。患者は、医療的介入、シックデイ、旅行などの特別な状況では、インスリン投与量の調節が必要であること、またその実際的な方法を理解すべきである。新しい長時間作用型基礎インスリンは、低血糖のリスクが低く、旧来の製剤よりも安定性が高く、投与が容易である。基礎インスリン製剤間の切り替えは、簡単な切り替え法に従って行うことができる。また、基礎インスリンの有効性の限界を理解し、過度の基礎インスリン投与よりもさらなる治療法の選択肢が望ましいことを理解することも重要である。
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8231382/