魚屋夢遍路

流されているのか、導かれていのか、突き進んでいるのか、当事者には計り知れない。

参拝の始めは、見よう見まねで・・・

2012-11-18 09:22:23 | 旅行

 昨夜の内に、一番札所霊山寺の駐車場まで、移動し一夜を明かす。
ワゴン車の後ろ2列の席を、平らにし布団を敷き、阿波踊りの疲れもあり、ぐっすりと良く寝た。
と、言いたいところだが、真夏である。窓を開ければ涼しいが、蚊が容赦なく攻撃してくる。閉めればダイエットには最適だが、寝るには最悪だ。
エンジンかけっぱなしで、エアコン入れるには、ご近所迷惑だろう。なんせディーゼル車でガラガラ音が凄まじい。
結局、窓を開け、子等を寝かすため、うちわであおぎ蚊を追い、何回となく「ウトウト&ハッ」を繰り返せば、いつの間にか、東の空が明るくなる。
やがてご来光だ。車外で大きく伸びをする。今日も快晴だ。さわやかな朝に、眠気もとんで、実に気持ちがいい。しかし体が臭う。睡魔に苦しめられた昨夜に、風呂タイムは無理だった。
 子らも、陽光に刺激され目を覚ます。「ここはどこ?」と、言いたげな寝ぼけ顔がかわいい。貧乏旅行もおつなものだ。
鬼嫁に、朝食の調達を命ぜられる。近くのコンビ二に行こうとする私に、親戚に借りたお遍路さんの杖持って行けと言う。強盗およびホームレスに間違えられないようにとの親切心らしい。
 ちなみに、私はスキンヘッドである。30も半ばを過ぎた頃から、日頃の不摂生がたたり、お侍さんの頭にチョンマゲなしよ状態の「ハゲおやじ」に進化した。
残った髪をいじるのも面倒なので、「剃っちゃえ、剃っちゃえ」、と面白半分にはやす、周囲の期待に応えたといういきさつだ。
祖母などは、なかなかなお坊さんだとかゆうてはくれるが、その他大勢のみるところでは、組関係者そのものらしい。家族もちょっとした人前では他人をよそおう傾向にある。
が、慣れれば丸ハゲは楽だ、まず床屋代これいらない、シャンプーにリンス不要で経済的、車の割り込み楽勝、雨が降れば人より早くわかるし、乾かす手間要らずときたもんだ。ただ、夏の日差し(日焼けして薄皮がむける)と冬の木枯らし(防寒具なしではつらい)には慣れるのに数年を要した。
 ついでながら、このお遍路の最中、お寺の境内などでは、お坊さんが同僚と勘違いして合掌しれくれたり、他の参拝者から本堂の場所をたずねられたり、お接待(地元の人がお遍路さんにただで食料などをくれる習慣)を貰い易かったりする。
 しかし女性には敬遠される、なぜなら松山千春風の「北の大地的電球ハゲ」ではなく、吉本新喜劇の「パチパチパッチンおやじ風のピテカントロップスペキネシス的ツルリン」だからだ。
おっと、すいません、話横道しました。
 朝飯を済ませてもまだ7時。お寺の門は開いているが、売店も納経所(参拝証明の印を押してくれる所)も人はいない。
奥まった所にけっこうな池があり、大きな鯉が朝日にうろこがキラキラで、見ていてあきない。ここで、時間をつぶす。
やがて門前がにぎわってくると、ツアー風お遍路さんの団体を引き連れた、いかにも訳知り風のおっさんが、声高に説明している。こういう場合、貧乏旅行者にとって賢い選択はまぎれこむことである。
このおっさんの話によると、どうやら最低限必要なものは、納経帳(スタンプ帳)と、般若心経(短くて簡単なお経らしい)を書いた巡拝次第らしい。
売店で一番低価格のそれらをゲットする。
一団は、関西の方面からだろう、「せやな」とか「おおきに」と会話している。
私もテレビの吉本新喜劇で学習した知識を元に、たこ焼き人間に変身し、まぎれこむ。
 大声のおっさん(先達といい何十回もお遍路をした偉い人であるらしい)のガイドについてまわる。
まず、山門前で合掌、大きな石をくりぬいて、ヒシャクの置いてある水場で口をそそぎ手を洗う。
本堂に行き、ロウソクと線香(持ってなかったのであとでダイソーで買うことにする)を上げ、賽銭(省略可らしい)を入れる。
本尊(おまつりしている仏の種類、ここのお寺はお釈迦さま)の真言(呪文らしきもの、テクマクマヤコンなら知っているのだが)と般若心経を唱える。
次に、大師堂(弘法大師をおまつりしているお堂)で同じ事をする。
納経所に行き、納経帳に墨筆でお寺とご本尊の名前を書いて、朱印をもらい、三百円支払う。
山門を出る前に本堂に合掌する。この間だいたい20分くらいだった。
 小心者ゆえに、作法を間違えて、バチがあたるのがこわいので、この先達のクローンに成りきって参拝を終えた。
女房子供達は、気ままにおばさんらと話しながらついて来ていた。広島弁丸出しで。
 子供達は、お菓子を貰い上機嫌だ。お寺の中は不気味で退屈だが、辛抱すればお菓子にありつけると、一連の手順を理解したようだ。
 親切なおばさん達のバスを、思いっきり手を振って見送り、僕達も家路についた。今日はとても楽しかったです。
と、ならないのがお遍路さんと遠足の違いで、私たちも次のお寺を目指し、バタンコ88号によじ登った。いざ、次の寺へとカーナビをセットする。
 この近辺は、板東という地名であの板東英次の出身地だそうだが、それはさておき、2番目のお寺は極楽寺、クルマで5分、近すぎて少し拍子ぬけする。先行したおばさん達はまだいた。
 ここは、安産にご利益のあるお寺らしいが、すでに出産とは無関係なご婦人方ばかりだ。もしご利益があったら現代医学は立つ瀬がないなと不謹慎ながらも思う。
先の手順で、さっそく参拝開始だ。だが、どうしても、般若心経のところでつまずく、経本の漢字は難解なので、ふりがなをつまりながら、棒読みするのだが、人前で本読みをするのは、小学校以来のことで、実にもどかしい。
ならば、読経の上手なお遍路さんの後ろにたって、復唱することにした。しかしこれがまた、困ったことに、「森の熊さん」現象となり、二人で般若心経を輪唱している。
周囲に、偲び笑いを感じた私の即席臨時コーチは、いずれかへ瞬間移動した。
残された、私は坊さん頭のツルピカだ・・
人々の勘違いを恐れる・・・
「えー、実は、私は本職のお坊さんに見えますが、僧ではなく、カクカクシカジカの魚屋で、漢字が苦手で、ひらがなさえも・・・」
 などと言い訳しながら、お遍路する訳にもいかない。
 ならば、ここは四国だ、もしかしたらカラオケボックスに「演歌 般若心経」などといったものが、あるやもしらん。曲さえ付けばこっちのものだ。なんせ私は、全日本カラオケ愛好者連合広島県支部の会計係だ。
 お寺の職員らしき人に、それとなく尋ねてみたが、変な外国人と勘違いしたのか、「ノー、ノー」と逃げられた。
 いったい、何国人に思われたのだろうか? 私は、こういう事を気にするたちだ。
 とにかく、私はお経が苦手だ。かなり以前、日本三景のひとつ”安芸の宮島”で(平家納経)を(平家農協)とカン違いして
「このあたりには、そんなに昔から農協があったのか」
 と、トンチンカンをこいて、あたりの修学旅行生の、失笑をかったことがある。
 あ、また、話横道しました。
 帰り際、大きな杉の木があった。お大師さんが植えたらしい。さわれば長生きすとあるが、あえてふれなかった。
なぜなら、昔からバカは長生きすると、相場が決まっているのだ。ただでさえ、長生きの家系である。死ねなくなったら大ごとだ。
 3番目のお寺は、=亀光山 金泉寺 釈迦院= (きこうざん こんせんじ しゃかいん)! ここに来て、お寺には、正式に、ファーストネーム、ミドルネーム、ラストネームがあることがわかった。
なんか仏教なのにやけにヨーロピアンではないか。
 驚いた事に、このお寺には井戸があるのだ。もちろん、ただの井戸であろうはずはない。のぞいて水面に顔が映れば長命、さもなくば短命という、細木数子のような井戸だ。
この世に、恐いものなしの嫁と無邪気な子らは、覗き込んでは、はしゃいでいる。最後が私だ。
先ほども書いたが、外見とは関係なく小心者だ。くわえて、このようなばちあたりな雑文をつづっている。のぞかぬ井戸にたたりなしということで・・・・・
 つぎのお寺、大日寺も二十分ほどで着いた。これは、しばらくカーナビ不要のようだ。ここの山門は朱塗りで華やいでいる。ご本尊さんは大日如来。
弘法大師さんが、開いた真言宗の教えでは、一番尊い根本の仏さまとのことだ。
この方は、仮面ライダーの親玉のような仏さまで、お地蔵さんとか、観音さんに、お不動さんなど、全ての仏に変身なさるそうである。
 ここの寺では、先々代の住職の頃、ライ病の遍路乞食が多かった。伝染の危険があったにもかかわらず、通夜堂に泊った遍路乞食に
「信仰心さえあればお大師さんがお加護してくださる」
と言って、いろいろ世話をしていたという。心あたたまるエピソードだ。
私はこの手の話にすこぶる弱い。ここで初めてお賽銭を納めた。



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