何も知らぬとは言え、案内書によれば一番初めのお寺は、徳島県にある。
そこで、納経帳なる、朱印を押してもらうスタンプ台帳のような物を買い、とりあえず、そこの本堂にお参りして、納経所で三百円払い印を押してもらう。
これを88回繰り返し、スタンプを集めて廻ることが、どうやら、お遍路さんの基本的スタイルらしいことがわかった。
徳島への車中では、嫁にガイドブックを音読させ、お遍路の予備知識を頭に入れつつ、炎天下、国道2号線を東へと進む。
まず、最初にぶち当たるのが、四国への第一難関、明石大橋だ。
天文学的通行料金に、家族会議を開き、早くも
「あきらめて引き返すべきではないか」
とゆう議題で討論することしばし、
最終的には、子供らの遠足気分に負けて、ごたいそうな有料道路へと、ハンドルを切る。ちなみに、ここの料金はわが店の一日の売上と大差ない。
情けない売上はさておき、天気もよくポンコツの割には、エアコンの具合も絶好調!景色は超ド級!なんともすがすがしい瀬戸内海よ、ワゴン車は座席が高いので、横を見れば海上を飛んでいるかのようだ。ま、これも料金の内かな、とも思うが・・・
淡路島は、パスという感じで素早く抜け、鳴戸大橋も終点近くになれば、海に潮が渦を巻いているではないか、子供たちが洗濯機みたいとはしゃいでいる。
なんと言う観光気分だ。このように豪華な高速道路を走っていると、自分は金持ちではないかと、錯覚してしまうから不思議だ。
サービスエリアへと車をおろし、小用・大用を足す、水をくむ、地図を手に入れる、みやげ団子の試食しまくる、車内のゴミを処理する。このあたりが貧乏旅行のちょいとしたコツだ。
しかし、本当にいい天気だ。おもいっきり伸びをして青い空を見上げる。この空の彼方には、人工衛星などが、飛んでもおろうか?
小春が、私の腰をつつき、宙を指差す。
そこには、人工衛星ならぬ、懐かしくも、ワンワンじいちゃんが浮いていた。
その横には、汚い菅笠に、丸いひも眼鏡のジイさん坊主。それが頭上でつぶやた。
ひょいと 四国へ はれきっている
「じいさん、その小汚い坊さんは誰じゃ」
「この人はな、わしの昔からの知り合いで、正一さんじゃ。わしの俳句のお師匠さんじゃ。おまえに、山頭火ゆうても分らんかのう」
やばいぞ、週刊誌の特集で見た事ある。あれは確かに山頭火だ。戦前の大酒のみにして放浪の俳人あの種田山頭火だ。
私は、プー太郎の大先輩などと勘違いし、しばし、のめり込んだ事がある。成仏してなかったのか、遊びに来たのか・・しかし、爺さんが俳句をやるのは知っとったが、なんで山頭火じゃ。
「わしがまだ二十歳位の頃、家の前の立ち飲みで、酔い潰れておった坊さんを、信心深いうちの婆さんが、泊めたのがきっかけじゃった。なんと、一文無しで、しばらくうちで世話させてもろうた」
「じゃが、じいさんのあの几帳面な俳句からは、この人の俳風は見て取れんがのう」
「当たり前じゃ、正一さんの句は、誰にもまねでけん。まだ、若かったわしはのう、何もかも捨てて、こがいな生き方にたまげもしたが、ええのうとも思うた。じゃが、わしは長男じゃし、家をよう捨てなんだ。正一さんからは、旅先から手紙もようもろうたし、俳句も見てもろうた。まだ昭和も始めの頃の話じゃ」
うちの爺は死んだ気楽さからか、すき放題してるようだ。いまだじいさんの成仏を案じているばあさんに言いつけてやらねば・・
「また化け出る」と言い残し二人して消えた。
何にも見えない嫁と留吉は、キョトンとしている。説明しても無駄なので、もう一休みして出発した。
少し走れば、待ち構えたように料金所だ。料金がデジタル表示されている。やはり高い。ぼろ車割引とかはないのだろうか?
ベンツもポンコツも同料金とはいかがなものか、まったく貧乏人をバカにするにも程があろう・・
と怒りつつも、これはあとで気が付いたのだが、広島方面からだと岡山から瀬戸大橋経由のほうが、よほど経済的だった。ついつい、徳島―阿波踊りー鳴戸―淡路島とイメージしていたのだ。なにをやってんだかなぁ。
サービスエリアでは、阿波踊りのPRを大々的に催していた。運よく今夜は、踊りの日のようだ。
祭りと聞けば、何はさておき駆けつけるというのが、広島の田舎者にして、江戸っ子を気取るのが、魚屋の始まり一心太助を見習う正しさだ。アレレ・・・?。
駐車場の案内パンフをもらい、徳島市内を目指すが、中心部に近づくにつれ車が進まない。通行止めに一方通行だらけだ。空でも飛べというのか? カーナビの画面は、渋滞を示す赤い点滅ラインで大混乱。
窓は締め切っているにもかかわらず、お囃子の大音響が、窓ガラスを、鼓膜を通過して脳味噌を揺さぶる。
あちこちに、交通案内のボランティアの方々がおり、とても親切に教えてくれるが、いかんせん、他府県ナンバーなので、不器用に割り込みがちになる。
どうか、お目こぼしをと、ひかえめにいじましく小学校の校庭まで、わが愛車バタンコ88号はホフク前進した。
どっぷりと陽もくれてきた。駐車場を出て、細い路地道や商店街をチマチマと歩き、踊り会場を目指す。
出番を待ちきれないアワオドリニスト達が、お囃子に軽く体をあわせている。かといって、特に気負った感じはなく、歴史ある祭りの、落ち着きを感じる。
アーケード街の、ある本屋の前に、「折り紙阿波踊り会場」なるものを発見。
たたみ一畳ほどの板台の上に、踊り手を折り紙で表現したコーナーである。
これが紙相撲のように、土台を軽く叩けば、動き出すのだが、どう考えても、曲がるはずのない関節部分が、踊っているように見えるのだ。
阿波踊りは、名人と称される方の踊りでも、どこかに愛嬌を感じるのは、この関節の使い方の妙だと、パンフの解説にある。
なんでも聞いてやろう主義の、わが魚屋の女将さんが、ここのご主人らしき老人に声をかける。
「この折り紙人形、少し跳ねているだけなのに、手足が動いて見えますけど、何か仕掛けがあるんですか」
「仕掛けなんぞはおまへん。この踊りの時期には、折り紙も興奮しよる。もう、30年以上も作りよるけん。按配もようなってきた」
「徳島では皆さん、阿波踊りの折り紙をなさるんですか」
「こげなめんどい事、誰もせん。わしぐらいのもんや」
「なんでまた、折り紙でこんなん始めたのですか」
「戦後しばらくして、ある夏のばんげに、踊り出しの支度中、若い男が、いきなり、昔に名人と呼ばれた爺さんへ、踊り勝負を挑んだ。名を上げようと思うたんやろ。若いのは活きがええ、水から出た蛸のさまや。一方、爺さんは、酒がまわっとって、フラフラですぐには動けなんだ」
「それで、若い方が勝ったのですか」
「ところが、そうはいかざった。10分もせん内に、若いのは息が切れてへたれた。するとこの爺さん、左の手の平だけで、踊りはじめたんや。これの手首や指の動きが、関節にゆとりがあり、絶妙でな、誰もが見とれてしもうた」
「で、その若者は、お爺さんのお弟子さんになったとか?」
「ははは、なにを隠そう、その若い方はわしや。踊りは教えて、どないかなるもんでない。ゆわれてもた。そこでわしは、店にあった折り紙をいじり、動きを研究してみたら、踊りよりも、紙を折り、これを踊らす方がおもっしょいとなった訳や。で、毎年店の前にこうして見せとんのや」
そうか、阿波踊りの醍醐味は、関節の余裕の成せるところか、などと感心した。
が、一方、余裕がないのがわが体力だ。子供等は、歩きつかれ人酔いしてきた。やれオンブにダッコにカタグルマに地獄グルマだ。
会場付近では、オシクラ饅頭状態である。人があふれ落ちそうな橋があり、陸橋あり、露天がひしめき、お巡りさんも、警備の人も汗だくで、気の毒でさえある。世話人あってのお祭りでもあるのだなァ~。
さてさて、この阿波踊り、毎年夏の風物詩として、テレビによく紹介されるが、テレビの画面と、実際の光景が雰囲気が、ここまで違うとは、テレビに表現力が不足しているのか、はたまた、この祭りがけた外れにどえらいのか。
どの演舞場でも、腹の底を激しく揺らす太鼓の大音響、地面から雷を喰らっているようだ。
こころのヒダを、くすぐるかのような笛の音、シャンと乾いて身を奮わす三味線、今にも指先だけが踊りだしそうになる鐘のリズムの軽やかさよ。
いかにも楽しげな娘踊りは、風に揺れる黄金の稲穂、おどけた「おやじ踊り」の腰の低さはどうだ、わざとだろうか、表情を変えずに踊る人もいる。人生いろいろ、踊りもいろいろと言ったところか。
阿波踊りでは、「踊るあほうに見るあほう、に見るあほう、同じ阿呆なら踊りゃな、そんそん」とあるが、徳島というステージには、観客席などあろうはずもない。
地べたも踊っているのか? まばゆいばかりの照明よりさらに、踊り手一人ひとりの興奮パワーが、凄まじいひとつのオーラとなり、観る者さえもみな踊っている。ただ体が思うように動いてないだけだ。
そこいらのコンサートとか、ライブで味わう感動や興奮とは、まったく異質な空間である。
身も心も織り込まれ、溶け沁みてボーとなり、体重が0kgで、私がここ全体にふくらんでいくようだ。しばし意識が飛んでしまう。
我に返るまで、長かったような一瞬だつたような、いったいなにがどうなっていたのか? ファット・イズ・イト・オオル・アバウト! やはりここは遍路の地「死国」、あの世をみせてくれているのか?
気が付けば、貧乏魚屋一家4人、疲れ果て、炭酸の抜けたサイダー状態で、湯漬けの「なまこ」と化していた。
昼寝をしてないわが子らが、棺おけに、片足をつっ込んでいるではないか、いささか瞳孔も開きぎみだ。
ここで先立つわが子を、見送る訳にもいかず、動力源を予備体力に切り替えて、両脇に子をかかえ、嫁の髪をわしずかみに引きずりながら、わが愛車兼宿舎バタンコ88号へとスタコラサッサした。サンダーバード2号に帰還するパペットな4号の気分だ・・・
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