サテュロスの祭典

神話から着想を得た創作小説を掲載します。

兎神伝〜紅兎二部〜(21)

2022-02-02 00:21:00 | 兎神伝〜紅兎〜追想編
兎神伝

紅兎〜追想編〜

(21)恋敵(3)

やがて、大きな鼾が部屋に鳴り響く。
「太郎の奴、もう眠ったでござるか。」
「相変わらず、寝るのと食べるのは、早いでごじゃるな。」
進次郎と朱理は、太郎の方を見ながら言うと、二人でクスクスと笑い出した。
「さあ、進次郎様、私達も寝るでごじゃるよ。」
朱理が、掛け布団を開けて進次郎を誘うと、進次郎は軽く頷いて潜り込んだ。
最初は、濃厚な口付けに始まり…
進次郎が、既に緩められた帯を解き、着物を脱がせながら、首筋から胸にかけて愛撫し始めると…
「アン…アン…アーン…」
朱理は、甘えるような声をあげだした。
進次郎は、朱理の乳首を吸い上げながら、股間に手を偲忍ばせると…
「大人になったでござるな。」
顔をあげ、爽やかな笑みを浮かべながら言った。
進次郎が、朱理を抱くのは、今宵始めてではない。
田打部屋で、菜穂が和幸に抱かれている間、参籠所の周りを寂しそうにウロつく朱理に、進次郎は声をかけた。そして、そのまま、ごく自然な成り行きで抱いたのだ。
「えっへん!どーじゃ、立派になったじゃろう。」
相変わらず赤面してる朱理は、あの時よりずっと膨らんだ乳房を揉ませながら、少し胸を張って見せて言った。
「ああ、立派になったとも。茜ちゃんより大きくなったではござらんか。」
進次郎が、だいぶ湿ってきた神門(みと)を、一層、指先細やかに撫で回してやりなごら、悪戯っぽく笑って言うと…
「もう!褒め言葉になってないで、ごじゃる!茜姉ちゃんと一緒は、酷いでごじゃるーーーー!!!」
朱理は、(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾←こう言う顔をして言った。
進次郎は、カラカラと爽やかな声で笑うと、朱理の神門(みと)が十分潤ったのを確認して、もう一度唇を吸い上げた。
そして…
「アッ…アッ…アッ…アァァーッ…」
ガッシリと抱きしめ、股間の間で、進次郎がゆっくり腰を動かすのに合わせて、朱理は声をあげた。
和幸は、何をするにも淡く、優しく、細やかであるのに対し、進次郎は力強いなと、朱理は感じた。
それは、四年前…
十二歳の時、一度だけ抱かれた時と同じ感慨であった。
進次郎は、和幸同様、穂供(そなえ)の最中、一切声を発しない。穂供(そなえ)参拝に訪れる男達のように、荒々しく淫らがましい喘ぎ声を出す事は全くない。
ただ、笑顔を傾けるのみであった。
その笑顔も、和幸のそれは、何処までも優しく柔らかいのに対し、進次郎のそれは、逞しく精悍であった。
比較するわけでもないが…
『カズ兄ちゃんは、肌艶がよくて滑らかで、女の子みたいに柔らかくあったかいけど…
進次郎様は、着物着てると細っそりしてるのに、着物を脱ぐとがっしりしてる…』
朱理は思いながら…
「アン!アン!アーーーーーン!」
進次郎が放つ白穂を、参道奥の御祭神いっぱいに受け入れた。
「赤ちゃん、できるでごじゃるかな?」
穂供(そなえ)が終わると、進次郎の分厚い胸に顔を乗せて、朱理は言った。
「拙者との子を産みたいのでござるか?」
「好きな人…優しくしてくれる人の子を産みたい…私達みんなの細やかな願いにごじゃります…」
「そうで、ござったな…」
進次郎は、朱理の肩に腕を回して言った。
「進次郎様の子って、どんな子かな?今度は、男の子が良いでごじゃります。」
「何故でござるか?」
「前に産んだ子、狸みたいな顔をしてたから…女の子があれでは、可哀想でごじゃります。」
「子は、育って見なければわからぬでござるよ。さっきも申したではござらんか。今頃、きっと綺麗で可愛い子に育ってござるよ。」
「そうね…あの時の子は、カズ兄ちゃんの子だったもん。きっと、物凄い美人に育ってごじゃりますわ。」
朱理は、天井を見つめて、クスクス笑った。
「カズ兄ちゃんに似て育って欲しいでごじゃるなあ。ナッちゃんと一緒に産んだ、カズ兄ちゃんの子…
私とナッちゃんを本当の姉妹にしてくれた、カズ兄ちゃんの子…
カズ兄ちゃんに似て育って欲しいでごじゃるなあ。」
「やはり、本当は、カズさんと寝たかったのでござるな。」
進次郎は、不意に、朱理の頭を優しく撫でてやりながら言った。
「えっ?」
「今も、本当は隣の部屋に飛び込んで行きたいのでござろう?」
朱理は、答える代わりに、進次郎の胸に頬ずりしながら、胸板に指先で円をグルグル描き出した。
「本当に、拙者で良かったのでござるか?」
「うん。とっても、気持ち良かったでごじゃりましたもん。
進次郎様は、お嫌でごじゃりましたか?」
「いいや、拙者もとても気持ちようござった。」
進次郎は、爽やかな笑みを浮かべて言った。
朱理は何も答えず、布団を閉じると天井を見上げた。
「相変わらず、優しいでござるな。」
今度は、進次郎が、朱理の背中に円をグルグル描きながら言った。
「えっ?」
「ずっと、自分の気持ちを何処かにやって、ナッちゃんに譲ってばかりだ。」
「私、一つも優しくごじゃりません。最初は、ナッちゃんに対抗心燃やしてたし、焼き餅も焼いてごじゃりました。」
朱理は、天井をみあげたまま、しみじみ言った。
「だって…カズ兄ちゃん、絶対に手が届かない高嶺の花だと思ってたのに、思いもかけず手に入ったと思ったのでごじゃりますもの…
誰にも渡したくなかったでごじゃるよ。」
美香の悲劇が起きたのは、朱理が兎幣されて二月も経たない頃であった。
当時…
話には聞いていたが、智子が、今の菜穂以上に、兎神子(とみこ)達の間で、和幸の公認の恋人だったなどと言う実感が余り湧かなかった。
和幸は殆ど、前の宮司(みやつかさ)の慰み者になっていたし、智子はむしろ、美香の優しいお姉さんと言う印象であった。
兎幣されたばかりの頃…
朱理も、菜穂がそうであったように、なかなか人前で裸にもなれなければ、男に身体(からだ)を触らせる事も出来ず、泣いてばかりいた。
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)や神職(みしき)者達は、そんな朱理を、無理やり裸に剥いては、寄ってたかって乱暴に田打した。更には、慣れるまで着物を着る事を禁じて、美香同様に全裸で過ごす事を強いたのである。
そんな朱理に、そっと羽織で包む者がいた。
『これ、和幸、何をしておる?其奴は、田打中じゃぞ。』
『よう存じておりますよ、親社(おやしろ)様。』
和幸は、いつもの慣れたしなを作り、妖艶な笑みを浮かべて言った。
『なら、邪魔するでない。心配せんでも、おまえの事は、あとでたっぷり可愛がってやるでな。』
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)は、白兎達に見せる残忍凶暴な顔と違って、和幸には、目尻をさげ、鼻の下を伸ばしきって、淫猥に満ちた甘い笑顔を傾けて言った。
しかし…
『親社(おやしろ)様、私にも少し楽しませて下さいませ。』
和幸がまた、妖艶な笑みを傾けて言うと…
『何だおまえ、儂を差し置いて、其奴に気があるのか?』
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)は、忽ち嫉妬に顔を歪ませて、憎悪に満ちた眼差しを朱理に向けた。
『そんな…私が、親社(おやしろ)様以外の誰を慕いましょう。後生です、悲しい事は仰らないでくださりませ。』
『では、何故其奴を?』
『こんな面白い玩具、滅多に手に入りませぬ。私にも、少し楽しませて下さいな。』
和幸が、今度は妖艶な流し目を朱理に向けると、舐め回すように見つめながら言った。
『なーるほど…そなたの手で、田打してやりたいと言うのじゃな。』
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)は、漸く機嫌をなおし、唇を舐め回しながら、淫猥な笑みを満面に浮かべた。
『とことん、嬲りに嬲ってやりますよ。』
『クククク…おまえの嬲り方は、鋭太郎とまた違って、凄まじいものがあるからの。次に田打部屋を出てきた時は、茜の奴のように、男なしではいられぬ身体(からだ)にされてると言うわけじゃな。楽しみにしておるぞ。』
朱理は忽ち震え出した。
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)に囲われてる男…
鋭太郎の残忍さは、眞吾宮司(しんごのみやつかさ)に連日嬲りものにされてる間、嫌と言うほど思い知らされた。
それだけに、鋭太郎以上に寵愛されてる和幸に、恐れ慄いた。
しかし、和幸は予想に反して優しい男であった。
『酷い目に遭わされたね。』
和幸は、眞悟宮司(しんごのみやつかさ)に見せるのとは打って変わって、優しく気品に満ちた笑みを傾けた。
『トモちゃん、後、頼んで良いか?』
『ええ、良いわ。さあ、お風呂入りましょう。身体、洗ってあげるから。』
狐につままれたように、智子に、滅茶滅茶にされた参道の手当をして貰い、浴室で丁寧に身体を洗って貰った朱理は、この時、初めて、和幸と智子の関係を目の当たりにしたのである。
『さあ、ゆっくりお休み。ここで私といる間は、誰にも何もされないからね。』
和幸はそう言うと、朱理に着物を着せてやり、寝台の布団に優しく包んで寝かせてやったのである。
そして…
『それじゃあ、トモちゃん、また、いつものように付き合って貰える?』
『ええ、喜んで。これでまた、暫くはカズちゃんと水入らずでいられるのね。』
『そう言う事にも、なるかな?』
和幸は言うと、智子と二人でクスクスと笑いだした。
それから、二人は全裸になって隣の寝台に入ると、絡み合い始めた。同時に、外のかなり遠くまで聞こえるように、わざと大声で喘ぎだした。
どうやら…
雪絵と言い、茜と言い…
新しい白兎がやってくると、こうやって、前の宮司(みやつかさ)達に嬲りものにされてるのを連れ出しては、二人でこんな芝居をうっていたようであった。
ただ、芝居なのは、わざと大声を出すところだけで、絡み合うのは本気であった。それも、前の宮司(みやつかさ)達によって行われる田打とも、社領(やしろのかなめ)の男達によって行われる穂供(そなえ)とも違っていた。二人は、それを嬉しそうに、楽しそうにそうしていた。
和幸が、何度も何度も、智子の中に放つ時、智子は最高の喜びと幸せを噛みしめるように、満面の笑顔で、嬌声を張り上げたのである。
朱理は、二人の穂供(そなえ)を間近に眺め、良いなと思った。
自分もこんな風になりたいなと思った。
そう、和幸と…
しかし、それが大それた望みだと言う事も、思い知らされた。
二人について、兎神子(とみこ)達の語り草が一つあった。
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)が自分に懸想し、自分が仲良くする白兎を見ると、嫉妬してその白兎を苛め抜く事を知った時…
和幸は、眞悟宮司(しんごのみやつかさ)が見てる前で、わざと白兎達に冷たく当たったという。
無論、智子には特に冷たくあたった。
智子は、最初、その意味が分からず、とても悲しんだと言う。
しかし、それが、自分を前の宮司(みやつかさ)の嫉妬から守る為だと言う事を知った時、実に大胆な行動に出た。
『カズちゃん、私はカズちゃんが好きよ。誰に何を言われても、されても構わない。私はカズちゃんが好き、愛してるわ!』
そう叫ぶなり、眞悟宮司(しんごのみやつかさ)達の見ている前で着物を脱ぎ捨て全裸になり、和幸に抱きつき唇を重ねたのである。
以来、智子に対する前の宮司(みやつかさ)の虐めは凄惨過酷を極めるようになった。
しかし、智子はどんな目に遭わされても、時に死ぬぎりぎりの目に遭わされても、言葉通り屈する事はなかった。
和幸への一途な思いを貫き通したのである。
朱理は、話にしか聞いてはいなかったが、目の前で愛しそうに絡み合う二人を見て、この間に入る事はむりだと思った。無理と思う以前に、自分も、二人の絆と関係を守ってやりたい気持ちになった。
それが…
美香の悲劇があって程なく、智子は打って変わって、和幸に冷たく当たるようになった。
後でわかった事なのだが…
『美香も可哀想にのう…お前なんかに可愛がられたせいで、あんな目に…可哀想にのう…』
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)が、美香の死以来、毎日のように、智子の顔を見ては、嬲るように耳元で囁いた。
『あの子は、お前が殺したんじゃよ、お前が…』
智子が、目を見開いて慎悟宮司(しんごのみやつかさ)の顔を見返すと…
『さあて…次は誰がお前の犠牲になるのかな?お前が愛した者は、み~んな、美香のようになるでな。』
『それじゃあ…それじゃあ…美香ちゃん…美香ちゃん…』
智子は、その時になって、初めて悟った。
美香が絶え間なく虐め抜かれていたのは、赤兎だからだけでなく、智子を慕っていたからなのだと…
どんなに凄惨過酷に虐めても屈しない智子を苦しめる為に、美香を虐め抜いていたのだと。
『差し詰め…今後、和幸がどうなる事やら…鋭太郎の奴、和幸を痛めつけたくて痛めつけたくてたまらんでの…
あいつに、好きにして良いと言うてやったら、どんなに喜ぶかのう。』
眞悟宮司(しんごのみやつかさ)はそう言うと、ククククと笑いながら、意味深な眼差しを智子に向けたのである。
『カズちゃんまで…カズちゃんまで…』
震える智子は、この期に及んで、和幸との別れを決意したのである。
何も知らず、美香の事で打ちひしがれている智子を、必死に慰めようとする和幸に…
『いい加減にして!馴れ馴れしくしないで!あんたなんか、最初から好きでも何でもなかったの!汚ならしい爺いに玩具にされてるあんたが惨めで可哀想だから、私の身体を物欲しそうに見てるから、抱かれてやっただけなのよ!もう、勘違いしてまとわりつかないで!』
智子はそう言い放つと、二度と、かつてのように和幸と睦まじい姿を見せなくなった。
和幸が、どんな気持ちでそれを受け止めたのかはわからない。
『そうか…そうだったんだね。ごめんね、君がそんな気持ちでいたとも知らず、勝手な思い違いをしてしまって…
でも、君が、僕の恋人を演じてくれていた間、僕は幸せだったよ。』
そう言ったきり、二度と自分から智子に近寄らなくなった和幸は、特にこれと言って変わった様子は見せなかった。
当時…
元々、皆の前では余り表情を見せない彼は、眞悟宮司(しんごのみやつかさ)に媚びるような、妖艶な笑みを浮かべる以外、相変わらずの無口無表情であった。
ただ…
朱理には、和幸の後ろ姿が、とても寂しく見えた。皆を守る為、庇う為、本当は誰よりも中身が男なのに、女のように振舞って、眞悟宮司の慰み者になっていた和幸の心は、ボロボロだったのも知っている。その和幸にとって、智子は、この世で唯一の支えであったのだ。
その智子を失った和幸を見る時、朱理は胸が疼き、彼の代わりに大泣きしたくなる時があった。
そして、ある夜中…
朱理は、一人きりでいる和幸を見つけて、側に行った。
『アケちゃん、どうしたの?』
『一人で寝るの、怖いでごじゃる…』
『怖い?』
『お化けが出そう…』
『そうか、それは怖いね。おいで…』
貴之や政樹なら、お化けと聞いた途端、思い切り爆笑したであろうが、和幸は大真面目に聞くと、手招きした。
『大丈夫、お化けがでたら、僕が追い返してあげよう。』
すると、朱理は不意に帯を解き、着物を脱ぎ捨てて産まれたままの姿になった。
『抱いて…くれる?』
『抱く?』
『私、トモ姉ちゃんみたいに綺麗じゃないし、大人じゃないし、強くない…
でも…カズ兄ちゃん、寂しそうだから…悲しそうだから…』
首を傾げる和幸に、朱理が恐る恐る言うと…
『そう言う事か…』
和幸は、優しげな笑みを浮かべた。
『ごめんなさい…あの…』
朱理は、次の言葉に詰まり、涙を溢れさせた。
『ありがとう、おいで。』
和幸は、一層優しげな笑みを浮かべると、両手を広げた。
『実はね、僕も怖かったんだよ、お化けが出そうで。アケちゃん、僕のお化けを追い払ってくれる?』
『うん。』
朱理は、満面の笑みを浮かべると、そのまま、柔らかく暖かな和幸の胸に飛び込んで行った。
『ポヤー?アケちゃんったら、カズ兄ちゃんの恋人になっちゃったんだってポニョー…』
『あらあら、アケちゃんもとーんだ勘違いしちゃって…カズ兄ちゃんは、誰にでも優しいだけなのにね。』
茜と雪絵は、和幸にまとわりつく朱理を見てはクスクス笑い。
『おめえな、ちっとは鏡を見て言えよなー。おめえと、カズじゃあ、月とスッポンだろうが。どうイカれちまったら、そーゆーめでてぇ事を思えるかなー。』
貴之は、露骨に言って、ゲラゲラ笑い飛ばした。
そんな事…
言われないでも、自分が一番よくわかっていた。
口では、和幸を良い人、恋人、相思相愛だなどと言ってはいるが、自分なんか、智子の足元にも及ばない事、とても和幸の思い人に何かなれない事、分かりずぎるくらい、わかっていた。
でも、嬉しかった。
どんなつもりで自分を抱いてくれようと、構わなかった。
智子を失った穴埋めでも良かった。
ここは、兎神子(とみこ)に穂供(そなえ)する社(やしろ)。元々、白兎を仕込む為の練習台として囲われた黒兎。抱けと言われれば、抱いてくれと言われれば、何も考えずに抱くのが黒兎。
智子の穴埋めでさえなく、ただ、抱いて欲しいと言われたから抱いただけでも良かった。
毎日、気づけば和幸の側にいて、和幸の腕に抱かれて、その間だけは、寂しそうでも、悲しそうでもない和幸の笑顔が見られるのが嬉しかったのだ。
そんな時、菜穂が現れた。
美香の悲劇が起きてから、初めての年下の友達であった。
親友だと思った。何でも話せると思った。だから、和幸に対する本当の気持ちを話した。
すると…
『素敵だわ。アケ姉ちゃん、とても素敵。私、アケ姉ちゃんとカズ兄ちゃん、とっても似合ってると思うわ。』
菜穂は、朱理の手を取り、目を輝かせて言った。
『本当に、そう思うでごじゃるか?
私、トモ姉ちゃんみたいに綺麗ではごじゃらんよ。大人でも強くもごじゃらんよ。』
『でも、トモ姉ちゃんと同じくらい、優しいわ。
トモ姉ちゃんの代わりになろうなんて思わなくて良いじゃない。アケ姉ちゃんは、アケ姉ちゃんとして、カズ兄ちゃんの恋人になれるよう、頑張れば良いと思うわ。私、応援してる。』
『ありがとうで、ごじゃる…』
朱理は、(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)←こう言う顔して泣きじゃくると、菜穂を益々親友だと思い、それこそ、二人が恋人同士ではなかろうかと思える程、いつも一緒にくっついて歩き回ったのである。
ところが…
いつの頃からか、和幸は菜穂に思いを寄せるようになった。
菜穂は、初めて会った時から、和幸に仄かな思いを寄せていた。
そして、兎神子(とみこ)達も、朱理の事は露骨に笑ったが、兎幣された時から、美少女として皆から憧れられていた菜穂の事は、お似合いだと言った。
二人が、誰もが認める公認の恋人同士になるのに、時間はかからなかった。
『裏切り者!嘘つき!何が、私とカズ兄ちゃんは似合ってると思うよ!何が応援するよ!ナッちゃんなんか友達じゃない!大嫌い!絶交よ!』
朱理は、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせると、菜穂と口もきかなくなり、近寄ろうともしなくなった。
菜穂だけではない…
和幸に一方的な思いを寄せた挙句、振られた、菜穂に取られたと言って、冷やかしからかう他の兎神子達とも、口をきこうとしなくなってしまった。
朱理は、いつも一人ぽっちになった。
菜穂が、和幸と楽しそうに過ごし、皆がそれを見て、お似合いだ、素敵だと褒めちぎるのを見ては、隅でシクシク泣きじゃくるようになった。
そんな、ある時…
『ポヤポヤ…アケちゃんも困ったものだポニョ~。最初から、カズ兄ちゃんと何て不釣り合いだったポニョ~、分をわきまえるポニョ~。
マサ兄ちゃんのように、素敵な男をモノにできるのは、私みたいに、抜群の顔と胸と体型を兼ね備えた美女だけポニョ~。』
茜が得意げに言い…
『まあ…茜ちゃんの飲み尽くされた胸と幼児体形が抜群だと信じて疑わないのは、本人とマサ君の自由だとして…』
『何だポニョー!』
『まあまあまあ…
とにかく、アケちゃんが、カズ兄ちゃんにのぼせたのは、分不相応だったわね。それこそ、茜ちゃんのマサ君に飲み尽くしされた胸と違って、事実、抜群な胸をして、茜ちゃんの幼児体験と違って、事実抜群な体型をした私でさえ、カズ兄ちゃんには遠く手が届かなかったってのにさ…』
雪絵が、側で頭から湯気出し、(ʘ言ʘ╬)←こう言う顔して、キーキー喚いている茜を尻目に言いながら…
『とにかく、ナッちゃん、気にしなくて良いのよ。カズ兄ちゃんにのぼせたのは、無謀とも言える、アケちゃんの一方的な片思い。そもそも、最初から、私でさえ手が届かなかったカズ兄ちゃん、不釣り合い何てものじゃーなかったんだからね。
あの子も、これで目覚めて、分をわきまえる事を覚えたら、私のリュウ君みたいに、素敵な人との出会いがまた見つかるわ。』
『ポニョポニョ。まあ、私のマサ君みたいに素敵な人は、無理だろうけどさ、ポニョポニョ…
でも、ナッちゃんなら、誰が見てもカズ兄ちゃんとは、お内裏様とお雛様みたいに、お似合いだポニョ。みーんな応援してるポニョ、勝手に無謀な片思いして、勝手にいじけてるアケちゃんなんか、気にしなくて良いポニョ。』
と、どう言う顔して聞けば良いかわからぬ慰めをかけられると…
『そんな事ないわ!』
当時は、大人しくて、余り感情をむき出しにする事がないと思われていた菜穂が、珍しくムキになって言い返した。
『アケ姉ちゃん、いつだって優しくて、思いやりがあって、カズ兄ちゃんの事、真剣に思っていて…
私、アケ姉ちゃんなら、カズ兄ちゃんとお似合いだと思うわ!カズ兄ちゃんを好きになったからって、恋人になりたいと思ったって、少しもおかしいと思わないわ!
ユキ姉ちゃんと茜姉ちゃんこそ酷い!アケ姉ちゃんの事笑うなんて酷い!酷すぎるわ!』
『ナッちゃん…ごめんでごじゃる…』
朱理は、たまたま側を通りかかって、三人のやり取りを聞き、思わず、その場に突っ伏して大泣きした。
そして、その夜…
『ナッちゃん…あの…その…』
境内を、和幸と仲良く歩いて星空を眺める菜穂の側によって、口籠らせた。
本当は、菜穂を思い切り抱きしめ、謝るつもりで来たのに、なかなか言葉が出てこなかったのだ。
すると…
『アケ姉ちゃん、ちょうど良いところに来てくれたわ。』
菜穂は、朱理の手を引っ張ると、和幸のところに連れてきた。
『ねえ、カズ兄ちゃん。さっき、私に話してくれた事、アケ姉ちゃんにも話してあげて。』
菜穂が言うと、和幸はあの優しげな笑みを満面に浮かべて言った。
『アケちゃん、僕は、トモちゃんの穴埋めで君を抱いたわけでもなければ、まして、田打で君を抱いたわけでもないよ。
僕は、本当に君が好きなんだよ。君が、僕の前に現れてくれて、慰めてくれて、どれだけ救われたかわからないんだよ。』
『カズ兄ちゃん…』
朱理が涙ぐむと、和幸は指先で涙をぬぐいながら、言葉を続けた。
『君に、ちゃんとした僕の気持ちが伝わらず、傷つけたり悲しませたりしたのなら、ごめんね。それと、叶うものなら、これからも仲良くして欲しい。
ただ…』
『ただ?』
『ごめん…これも、僕の身勝手な気持ち何だけど…ナッちゃんが好きなのも確かなんだ。
アケちゃんと、ナッちゃん、どっちがより好きかと聞かれたら、僕には選べないんだ。こんな僕だと、仲良くしてもらえないかな?』
『ナッちゃんと、同じくらい…で、ごじゃるか?私より、ナッちゃんが好きなんじゃなくて、同じくらい、私の事も好きでごじゃるか?』
朱理が目を丸くして言うと…
『実はね、私もなの。』
菜穂が、横から口を出し…
『私も、アケ姉ちゃんとカズ兄ちゃん、どっちがより好きか、選べないの。だからさ…』
朱理の手をとるや、和幸の手と握らせて、更に二人の手を菜穂が両手で握りしめた。
『ねえ、三人で仲良しにならない?』
『三人で…で、ごじゃるか?』
朱理が、目をまん丸くすると…
『そう。私、思うの。カズ兄ちゃんが、私かアケ姉ちゃん、どちらか選ばなくちゃいけない理由もないし、私も、カズ兄ちゃんかアケ姉ちゃんを選ぶつもりもないわ。
ねえ、カズ兄ちゃん。三人で仲良しで、良いわよね。』
『もし、そうして貰えるなら、僕は嬉しいな。
それとも、アケちゃんは僕の事、もう嫌い?』
『それとも、私の事、嫌いになっちゃった?それなら、寂しいな…』
二人は交互に言って、不安そうに朱理の顔を見つめた。
『そんな…嫌いだなんて…嫌いだなんて…
二人とも好きでごじゃるよ…大好きでごじゃるよ…』
朱理が言うと…
『良かった。』
菜穂はニッコリ笑いながら、さりげなく和幸の袖を引くと、和幸は静かに頷いて…
『アケちゃん、好きだよ、大好きだ。僕が一番辛かった時、悲しかった時、寂しかった時、支えてくれて、ありがとう。』
そう言うと、朱理を優しく抱きしめた。
「三人で仲良しでござるか…
でも、結局は、ナッちゃんとカズさんがより強く結ばれるよう、アケちゃんはもっていった。そうで、ござろう。」
進次郎は、話を聞き終えると、また、朱理の背中に円をぐるぐる描き回しながら言った
「そんなつもりは、ごじゃりません…私、本当はカズ兄ちゃんを独り占めしたかったでごじゃる。ナッちゃんに取られて悔しかったでごじゃる。いつか、奪い返したかったでごじゃる。」
朱理も、寄りかかる進次郎の胸に円を描きながら答えて言った。
「当然ではないか。人を本気で好きになるとは、そう言うものだ。男が女に、女が男に、とことん惚れるってのは、そう言うものだ。拙者とて、同じにござる。惚れたら、相手を独り占めしたい。相手が別の誰かを好きになれば、別の誰かに好きになられたら、拙者はそいつを切って捨てたい。」
「本当で、ごじゃりますか?」
朱理が首を擡げて、目を丸くした。
「本当にござる。だから、ずっと…拙者はカズさんを切りたいと思ってござった。隙あらば、今この瞬間も、あの男を斬り殺そうと思ってござる。」
進次郎は、それまでの何処か戯けた笑顔とうって変わって、済んだ真剣な眼差しを向けて言うと…
「えーーーーーっ!!!!」
朱理は、Σ('◉⌓◉’)←こう言う顔になった。
「だって、カズ兄ちゃんと大の仲良しでは、ごじゃりませんかーーーー!!!!」
「それは、もし、カズさんを本当に切ってしまったら、惚れた女が泣くからだ。惚れた女が、拙者を憎んで泣くなら、恐れはせぬ。惚れた女は、自分のせいで、拙者がカズさんを切ったなら、自分を責めて苦しむ子だから、拙者はカズさんを切れぬ…
いや、違う。
拙者は、どう頑張っても、カズさんには勝てぬ。男として、人として、全てにおいて…」
進次郎は言うなり目を瞑ると、瞼の裏に、初めて朱理と出会った頃の光景が浮かび上がってきた。
あの頃…
鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)では二つの不良組が幅を利かせていた。
一つは、言わずと知れた、河曽根組頭鋭太郎の弟である苨四郎率いる春秋組、もう一つは、進次郎率いる真誠組であった。
進次郎には、二つ上の異母兄、孝太郎がいる。
父・純一郎が愛人に産ませたと言う孝太郎とは、幼い頃から中が良く、悪ガキだった進次郎が、母に叱られては、よく庇ってくれていた。
遊び好きで暴れん坊だった進次郎は、生真面目で学問熱心な兄を尊敬していた。いつか、父の跡を継いで河泉産土宮司(かわいずみうぶすなつみやつかさ)となるのは、兄だと信じて疑ず、その時には兄の力にも支えにもなろうと考えていた。
しかし、父より産土宮司(うぶすなつみやつかさ)の後継を意味する河泉組組頭に推されたのは、進次郎であった。
兄の孝太郎は心から祝福したが、進次郎の方が納得行かなかった。優秀な兄を差し置いて、自分が推されたのは、兄が愛人の子だからだろうと思った。
進次郎は、母親の身分で跡目が決められた事に反発と怒りを覚え、荒れた。
何としても兄に跡を継がせたく、背中一面に桜吹雪の刺青をして町中をのし歩き、博打と喧嘩に明け暮れる日々が続いた。
いつしか、進次郎は、遊び人のシンさんと渾名されるようになった。
ところで、同じ頃…
河曽根組組頭鋭太郎の弟、苨四郎と飯五郎率いる春秋組の不良達が、町中に出歩いては、乱暴狼藉の限りを尽くしていた。
兄・鋭太郎が眞悟前宮司(しんごのみやつかさ)と失踪し、新任の宮司(みやつかさ)は河曽根組を社(やしろ)の警護職から外した。以来、河曽根組の権勢は失墜したが、父である康弘連(やすひろのむらじ)の権勢は未だ健在であり、その威光で、苨四郎と飯五郎は羽振りをきかせていたのである。
いや…
本来であるなら、社(やしろ)警護である河曽根組の予備軍として頭角を現し、ゆくゆくは父や兄と共に、社領(やしろのかなめ)の中枢を占める輝かしい未来を約束さる筈であった。
それが、兄の失踪と新任の宮司(みやつかさ)奉職…更には、前の宮司(みやつかさ)と共に行われた兄の非道の数々が、新任の宮司(みやつかさ)の後押しもあって、中小商工座衆・笑点会によって明るみにされた事から、河曽根組の失墜を招いた。結果、既に河曽根組予備軍である、春秋隊長苨四郎と副隊長の飯五郎の将来も絶たれる結果となった。
その事で、苨四郎と飯五郎は荒れに荒れ、タチの悪い不良達を取り巻きにして、好き放題をしていたのである。
殊に、赤兎の美香を町中で凌辱する味をしめ、十代半ばにして色気付いた彼らは、目に留まる娘を見つけては、これを弄んで楽しんでいたのである。
これを見て、逆に弱い者虐めが大嫌いな進次郎は、親友である萬屋錦之助(よろずやのきんのすけ)を連れ立って、年中喧嘩を挑んでいた。
やがて、町の弱い者達を守り、春秋組と喧嘩を繰り返す二人は、桜吹きのシンさんと、美空雲雀のキンさんと慕われ、義侠に燃える不良達の頭となった。
そして、ある日…
春秋組に絡まれていた朱理を助けた。
その時、朱理は着物を剥ぎ取られ、傷だらけにされた事よりも、買ったばかりの反物を泥の水溜りに投げ込まれた事に泣いていた。
何でも、和幸と言う好いた男と、彼の恋人である菜穂と言う少女の為に、着物を縫いたかったのだと言う。
進次郎は、新たに反物を買ってやり、社(やしろ)近くまで見送る道すがら、和幸と菜穂との経緯を聞き、何と意地らしい少女なのだろうと思った。
以来、ずっと朱理の事が頭から離れず、度々、社に足を運んでは、朱理の様子を見に行った。
すると…
最初は、菜穂と一緒に、和幸と寄り添う朱理は、そのうちさり気なく二人の側を離れ、遠くから優しげな眼差しで二人を見守っていた。
進次郎は、そんな朱理の姿に、胸が熱くなるのを覚えた。声をかけ、抱きしめてやりたい衝動に駆られた。
そして…
参籠所に篭り、裸で絡み合う和幸と菜穂を、優しくそれでいて切なげな眼差しで見つめる朱理見て、遂に堪え切れなくなった。
進次郎は、朱理に声をかけた。
二人の間に多くの言葉はなく、ごく自然な成り行きで肌を重ねた。
数日後…
『貴殿が和幸殿でござるか?』
境内裏手の川原にて、神楽舞の稽古をする和幸に声をかけた。
『はい。確かに和幸は私ですが、貴方様は?』
『河泉組頭の進次郎。巷では、桜吹雪のシンで通ってござる。』
『ああ、桜吹雪のシン様ですか。いつぞやは、妹の朱理が世話になりました。』
和幸が優しげな笑みを浮かべて答えると、進次郎は訝しそうに眉を顰めた。『妹』と言う言葉に反応しての事である。
『妹…で、ござるか?』
『はい。私共の間では、年下の兎神子(とみこ)を弟、妹と呼んでおります。』
『妹…なので、ござるな。その妹と、貴殿らはいつもあの場所であのような真似を?』
進次郎が、益々眉を顰めて言うと…
『見られておられましたか、お恥ずかしい。白兎は、穂供(そなえ)されて赤子を産み、皇国(すめらぎのくに)の血を残す事が役割。黒兎の役割は、その田打をする事にございます。』
和幸は、相変わらず優しげな笑みを浮かべて答えた。
『では、菜穂殿…朱理殿を抱かれるのも、役割故と申すか?』
『それは…』
和幸が少々困った顔をして押し黙ると、進次郎はムッとして、木刀を一振り差し出した。
『和幸殿、一太刀立ち会うていただけぬか?』
『立ち会うって…ご冗談を…』
和幸が驚いた風に目を丸くして言うと…
『冗談ではこざらん!拙者、貴殿と立ち会いたい!』
進次郎は、いよいよ目を怒らせて言った。
顔は紅潮し、息が荒くなっている。
『どうか、その儀ばかりはご容赦を…私共は、男と申しましても、その…幼き頃より、色の道しか仕込まれておらず…その…特に前の親社(おやしろ)様はその…あの…つまり、私共は、男でありながらその…』
『えーいっ!立ち合わぬか!』
進次郎は、もう我慢ならんと言わんばかりに、和幸に差し出す木刀を和幸に押し付けると、いきなりもう一振り握っていた木刀で切りつけてきた。
和幸は、手にする扇子を広げて一差し舞うと、進次郎の木刀は軽く交わされ、滑るように地面に打ち込まれた。
『どうか…どうか、ご容赦くだされ。私共は、日夜、白兎達の稽古台となるか、男色の皆様方のお相手をさせて頂くばかりで、武芸の心得はございませぬ。』
言いながら、更にもう一差し舞うと、またしても進次郎の振りかざす木刀は軽々交わされ、空を切り裂いた。
『もし、房中の武芸にてのお立ち合いでしたら…』
また一差し舞い、軽々交す和幸は、不意に開いた扇子を閉じるや…
『不詳和幸、喜んでお相手いたしましょう…』
扇子の先を、進次郎の首筋に突きつけた。
相変わらずの笑顔だが、和幸の眼差しは青白い眼光を放っていた。
進次郎の額から汗が流れ落ちる。
『矛鎮一刀流(ほこちんいっとうりゅう)…剣聖と謳われた斎珠潔咲(さいたまけっさく)が、これまた伝説の剣客、鐘河陀策(かながわださく)の振鎮一刀流(ふるちんいっとうりゅう)を破る為に編み出した剣…』
『和幸殿…拙者の太刀筋を読まれておいでか…』
『太刀の切っ先をユラユラ揺らし、相手を幻惑するは、矛を鎮め、太刀を収めて、心穏やに相手と向き合わせる為…
兄弟のように育ってきた鐘河陀策が、勝利に溺れ、命の奪い合いに捕われるようになった事を嘆き、自らの命を張って諫めるべく編み出した剣術と聞きます。
しかるに、今の貴方様は、斎珠潔咲の意に反し、正しく剣に勝つ事の鬼と化しておられる。』
和幸はそれだけ言うと、扇子を下ろして背を向けた。
『和幸殿、今一度聞く!朱理殿をどうお思いか!』
『私の大切な人…心の拠り所…我が命…』
『菜穂殿がおられてもか?』
『菜穂もまた、同様…』
進次郎は、一度は下ろした木刀を握る手に、今一度力を込めた。
『理解、して頂けぬかも知れませんね。我々のように、幼い頃から身体(からだ)を開き、慰みとなって生きてきた者の生き方は…
されど、礼を申します。高貴な神職家(みしきのいえ)に生まれたお方で、一人の女として朱理に…私達に心を掛けて下されたのは、貴方様と今の親社(おやしろ)様が初めてにございます。』
和幸は、それだけ言うと颯爽とその場を去って行った。
「シンさん、何を笑ってごじゃりますか?」
不意に、朱理が沈黙を破るように首を傾げて尋ねると…
「いや、何…和幸は拙者の惚れた女を玩具にする許し難い奴。打ちのめして、根性叩き直してやろうと思うていたら…
逆に拙者がバッサリ斬られた時の事を思い出したのよ。」
進次郎は、カラカラと声を上げて笑った。
「拙者は、負けた!拙者はどう足掻いても勝てぬ!だから、あいつを切れんのだ!」
「そうで、ごじゃったか…」
と、今度は急に朱理が難しい顔をして俯いた。
「アケちゃん、どうされたでござるか?」
「ところで、進次郎様が、カズ兄ちゃんを斬り殺したい程惚れた女って、誰でごじゃるか?トモ姉ちゃんでごじゃるか?それとも、別の人?」
「えっ?」
「トモ姉ちゃんだったら構わないけど…他の人だったら、カズ兄ちゃんを許さないでごじゃる…
トモ姉ちゃん、ナッちゃん、私がいるのに、他所にそんな女作ってたなんて…私がカズ兄ちゃんの根性、叩き直すでごじゃる…」
朱理が益々難しい顔…いや、怖い顔をして言うと…
「さあ、誰でござるかのう。」
進次郎は、朱理の頭を優しく撫でながら、また声を上げて笑い出した。
「気になるでごじゃる。教えて欲しいでごじゃる。」
朱理は言いながら、進次郎が他所に女作った和幸ででもあるかのように睨み付けて言った。
「まあ、まあ、良いではござらぬか。拙者が誰を惚れたかなど、どうでもようござるよ。
それより…
アケちゃんは、切ろうと思えば切れた、奪おうと思えば奪えた、でも、ナッちゃんを切りもしなければ、カズさんを奪いもしなかった。しようとも思わなかった。」
進次郎が、愛しそうに朱理を撫で続けながら、話題を逸らせるように言うと…
「だって、ナッちゃん、大好きでごじゃるもん。」
朱理は、忽ち満面の笑みで言った。
「それでござるよ!その心が、素晴らしゅうござるよ。
でも、今宵は少し残念でもござったかな?」
「残念?」
「カズさんに惚れてるのでござろう?本当は、今だって、カズさんに抱かれたいのでござろう?だったら、抱かれたら良いではござらんか。
ナッちゃんとカズさんを応援する気持ちも、自分がカズさんに抱かれたい気持ちも、どちらも大事にすればようござる。
ナッちゃんは、母上によう似てござる。三人共に仲良くしようと無邪気に言うナッちゃんは、母上によく似てござるよ。
で…アケちゃんは、拙者が産まれて初めて愛した女によう似てござる。そう、兄上の母上に…
兄上の母上は、先に父上の子を産みながら、母上に父上を譲られた。父上が、自分よりも母上に心を傾けるよう、仕向けられた。父上の本当の気持ちが、母上にあると思われたから。でも、父上を慕う気持ち、父上に抱かれたい気持ちは捨てられなかった。
ただ、束の間、父上に抱かれるその時その瞬間を、何よりも大事にされていた。
そんな、兄上の母上を、拙者は人生で初めて愛し、妻にしたいと心底願った。」
「そうでごじゃったか…」
朱理は言いながら、益々、難しい顔をした。
「でも、私は、進次郎様のお兄様のお母様とは、違うでごじゃるよ。」
「そりゃあ、そーだ!」
進次郎は、また、カラカラと爽やかな笑い声をあげた。
「それより…
何か、また、もようしてござる…」
進次郎が言いながら、朱理の手を自分の股間に導くと…
「あー、本当でごじゃる。」
朱理は、クスクス笑い出した。
「私、ナッちゃんやトモちゃんみたいに、美人でごじゃらんよ。ユキ姉ちゃんみたいに、胸も大きくないし、体型も良くないでごじゃるよ。」
「でも、茜ちゃんより胸は大きく、体型は大人でござる。」
進次郎が悪戯っぽく言うと…
「だからあ、茜姉ちゃんと比べられても、褒め言葉にならないよー!」
朱理はまた、(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾←こう言う顔をして言った。
「ごめん、ごめん…
それより…
アケちゃん、もう一回して良いでござるか?」
進次郎が、頭を掻きながら言うと…
「うん、良いでごじゃるよ。」
朱理は、頬を赤くして言った。
進次郎は、早速、朱理と唇を重ねて、舌を吸い、茜よりは豊かだと言う乳房を揉みながら、朱理の股間の間にのしかかり、腰を動かし始めた。
「アン!アン!アン!アーン!」
朱理は、進次郎の穂柱が、参道の中で熱く滾り出すのを感じながら、また甘えるような声をあげた。

兎神伝〜紅兎二部〜(20)

2022-02-02 00:20:00 | 兎神伝〜紅兎〜追想編
兎神伝

紅兎〜追想編〜

(20)恋敵(2)

「なーに、しょぼくれて、ごじゃりますかー!」
不意に、立てた両膝に顔を埋めて泣く太郎に、素っ頓狂な声が呼びかけた。
太郎が、涙を拭いもせず顔を上げると…
「ジャジャーン!朱理ちゃんで、ごじゃりまーす!」
大きく万歳の格好をする朱理が、そこに立っていた。
「アケ姉貴!」
太郎が、面食らって瞬きすると…
「これこれ、アケ姉貴ではごじゃらんじゃろう。朱理先生でごじゃろう。」
朱理は、人差し指を振り立てながら、説教じみた物言いで言った。
「失礼しました、朱理先生…」
太郎が、立ち上がって、丁寧にお辞儀して言うと。
「宜しい!」
朱理は、思い切り腕を組んで、何度も大きく頷いた。
「でも、先生…どうして、ここに?」
「それはじゃな…」
朱理は、鼻の下を指先で擦りながら、ニッと笑うと…
「今夜は、進次郎様と、添い寝するので、ごじゃりまーす。」
後から入って来た、進次郎の腕にかぶりついて、クスクスと笑いだした。
太郎は、忽ち、部屋で大はしゃぎした。
憧れの進次郎と一緒に寝られるだけなく、朱理まで部屋に来てくれたからだ。
「ささ、アケ姉貴…ごめん、朱理先生、布団が引けたよ。休んで、休んで。」
「休んでじゃないでごじゃろう。休んで下さいでごじゃろう。」
「いっけねー!お休み下さい、先生。」
「まーったく、相変わらず礼儀がなってごじゃらんのう。」
朱理も、久し振りのチビ弟子に、得意になって胸を張って見せた。
側では、とことんやり込められてる太郎を見て、進次郎が先程から笑いこけている。
太郎と朱理の師弟関係が誕生したのは、愛が社(やしろ)に遊びに来始めて、だいぶ経ってからの事…
私にとって、ちょっとした秘密の友達だった愛が、社(やしろ)の兎神子(とみこ)達に見つかり、更には、兎神子(とみこ)達の親友の、社領(やしろのかなめ)の不良・悪ガキどもに見つかった頃であった。
当時…
私は、正義の名の下に展開される、太郎率いる悪ガキ達の格好の悪戯の餌食にされていた。
わざわざ、遠い氏神社(うじがみやしろ)の村々の農家からくすねて来た肥溜めの糞尿を埋め込んだ落とし穴に落とされるなんて、日常茶飯事であった。
その日も、大事な祭禮中、祝詞をあげようとした私の上に、朱の墨汁を鶴瓶いっぱい浴びせると言う悪戯をして、勝鬨をあげていた。
すると…
『貴方が太郎君ね!』
丁度、私の祭禮を見に来ていた愛が、太郎の前に飛び出すなり、いきなり激しく頬を引っ叩いたのである。
『聞いてるわよ!いつもいつも、親社(おやしろ)様の事を虐めて!許さないんだから!』
『おまえは…?』
突然の思いもかけぬ出来事に、豆鉄砲食らったような顔をして見つめる太郎に…
『フン!』
と、そっぽ向く愛は…
『親社(おやしろ)様、行きましょ!マサ兄ちゃんとリュウ兄ちゃんに、着物洗わせましょ!あの二人が、またやらせたに決まってるんですから!それと、ユカ姉ちゃんに言いつけて、しっかり怒って貰わないとね!』
頭から湯気出して怒りながら、私の手を引っ張って、その場を連れ出して行った。
いつまでも叩かれた頬を抑えて立ち尽くし、愛の去った方を見つめ続ける太郎は、その瞬間から、一目惚れしてしまったのである。
それから、太郎は毎日のように、愛が訪れるのに合わせて、やってくるようになった。
しかし…
『親社(おやしろ)様を虐めるような子、嫌いよ!あんたなんかと遊んでやんないんだから!』
そう言って、何だかんだと声をかけてくる太郎にそっぽ向いて、口もきこうとしなかった。
そんな太郎に…
『可愛い子じゃろう。』
ニィッと笑って、声をかけてきたのが、朱理であった。
『友達になりたいでごじゃるか?』
太郎が、答える代わりに、口を尖らせ俯いて、小石を蹴ると…
『力になってあげても、良いでごじゃるよ。』
朱理は、また、ニィッと笑って言った。
『本当か!本当に、あの子と友達にしてくれるのか?』
太郎は、忽ち、顔を輝かせた。
『まーっかせるで、ごじゃるよ。何たって、私はあの子の親友でごじゃるからね。』
『ありがとう!アケ姉貴!』
『その代わり、私の言う事、何でも聞くでごじゃるよ。それから、その姉貴は良くないでごじゃる。今日から、私の事は、先生と呼ぶでごじゃるよ。』
『はい!朱理先生!』
以来、太郎は、朱理にすっかり頭が上がらなくなったのである。
太郎は、頭を掻きながら、宝物の羽織を脱いで、朱理に広げて見せた。
「俺、今でも大事に着てるんだぜ…いや、着ております。」
背中に、丸で囲われた誠の文字を刺繍された、藤紫の羽織…
それは、進次郎に憧れている太郎の為に、朱理が縫ってやったものであった。
「それにしては、汚くてなってごじゃるのう。ちゃんと洗濯をしてごじゃるか?皺を毎日伸ばしてごじゃるか?」
「勿論だよ…勿論です、先生。シン兄貴!兄貴もだよな!」
進次郎は、急に話を振られ、少し目を丸くしたが、すぐにいつもの澄まし顔になり…
「拙者も、大事にしてござるよ。」
太郎とお揃いの羽織を脱いで、朱理に見せた。
こちらは、実に手入れが行き届き、新品同然であった。
ただ…
一箇所、刀で斬られて繕った跡が残るのは、彼のせいではなく、以前、襲撃されて立ち回った時の名残である。
この羽織を縫ったのも、切られた所を繕ったのも、朱理であった。
「進次郎様、今でも大事にしてくれたのでごじゃりますね。」
それまで、得意顔に胸張って威張っていた朱理は、急にしおらしく俯いて、頬を赤くした。
「そう言うアケちゃんこそ、未だに拙者の物言いを真似てござるな。」
進次郎が、鼻の下を掌で擦りながら言うと、朱理は指先で鼻の下を擦りながら、照れ笑いした。
「それにしても、アケ姉貴…じゃなくて、朱理先生もシン兄貴に惚れていたとは気づかなかったぜ。」
太郎は言うと、隅に自分の布団を持って行き…
「ささ、兄貴、今夜は存分にやってくんな。俺、ちゃんと後ろ向いて、見ねえようにすっからよ。」
言葉通り、後ろ向いて横になった。

兎神伝〜紅兎二部〜(19)

2022-02-02 00:19:00 | 兎神伝〜紅兎〜追想編
兎神伝

紅兎〜追想編〜

(19)恋敵

部屋に戻ると、先に出たはずの進次郎はまだ戻っていない。
きっと、和幸の介抱に託けて、まだ朱理の側を離れられずにいるのだろう。
進次郎が、朱理に思いを寄せている事を知る者は、誰もいない。一の子分を自認して憚らない、助蔵と角兵衛も知らない。一番の親友である、萬屋の錦之介も知らない。
知っているのは、太郎だけなのだ。
『シン兄貴、アケ姉貴に惚れてんのか?』
『ああ、惚れてござる。拙者の心は、アケちゃんへの思いでいっぱいでござる。』
『だったら、素直に言えば良いじゃねえか。俺達、兄貴の味方だぜ、応援するぜ。』
『いや、駄目だ。』
『何で。』
『あの子は、カズさんに一途だ。』
『知ってらあ。だから、なんだってんだよ。』
『カズさんに一途な、あの子に惚れてござる。カズさんに一途な、あの子を守りたい。支えてやりたい。』
『何だ、そりゃ?』
『愛するが故に見守る愛もある。そう言う愛もあるのでござるよ。』
『へーんなの…』
『だから…これは、拙者と太郎の秘密でござる。男と男の秘密、約束でござるよ。』
男と男の秘密…
男と男の約束…
あの憧れの進次郎と二人だけの秘密と約束…
胸がときめく一方で、同じ惚れた女に思い届かぬ者として、切なさを感じたりもする。
甘酸っぱい…
ほろ苦い…
どう、表現したら良いのだろう。
あの日…
町を歩いていると、河曽根下町貧民窟の子供が、河曽根上町の不良達に絡まれていた。絡んでいるのは、河曽根組神漏衆(かわそねぐみみもろしゅう)の子弟達であった。
宮司(みやつかさ)が代替わりし、本社(もとつやしろ)警護役も、河曽根組から河泉組に代わった。何より、組頭の鋭太郎が、前の宮司(みやつかさ)共々失踪して以来、以前のようは羽振りはない。
それでも、鱶見和邇雨家(ふかみわにさめのいえ)筆頭である河曽根鱶見家棟梁(かわそねふかみのいえのむねはり)にして、神漏(みもろ)衆総帥、である康弘連(やすひろのむらじ)の傘下である。
依然として威張り散らし、弱い者と見れば、とことん虐めぬく事に変わりはなかった。
『どうか、どうか、お許し下さい!俺は何をされてもかまいません!どんな事にも従います!妹は…妹だけは…』
『喧しい!このクソガキ!』
『河曽根様の御一門衆で、妹を手解きしてやろうってんだ、有り難く思え!』
『御前は、穂柱でもおっ勃たて、妹の悦ぶ姿でも見てろ!』
『やめて…やめて…お願い、やめて…』
『ほらほら、膝の力抜いて、もっと足を広げろよ、コラッ!』
『今から、うんと気持ち良くしてやるからなー。』
『ククククク…まだ、胸はぺったんこだな。神門(みと)に若草が生えるどころか、萌芽もしてねえ、ツルツルだな。』
『お兄ちゃん!お兄ちゃん!助けて…助けて…嫌っ!嫌っ!嫌っ!』
『うわーっ、小せえ!こりゃあ、小指も入りゃしねえぞー。』
『なーんだ、兄ちゃんになーんにも仕込んで貰ってねえのか?うちの妹なんか、ハイハイし始めた頃から兄上達と仕込んでやったから、この頃にはいっぱしに穂柱も通せたんだぜ。』
『よしよし、今から神門(みと)を大きく広げて、参道を開いてやるからな。』
『そーら、大きくなーれ、大きくなーれ…』
『やめて…やめて…痛い!痛い!キャーーーッ!!!』
この日も、兄妹で市場に買い物に訪れた下町の子供を取り囲み、寄ってたかって袋叩きにした兄の前で、幼い妹を丸裸に剥いて悪さをしていたのである。
すると…
『弱い者虐めはやめなさい!』
不意に、後ろから凛として声が響き、河曽根上町の不良どもの手を止めた。
『何だ、おまえ。』
『誰かと思えば、山田屋兎神家(やまだやとがみのいえ)の愛じゃねえか。兎の子が、河曽根家御一門衆に楯突いてんじゃねえぞ、こら。』
『今な、俺達達が、このお嬢ちゃんに大人の手解きしてやろうとしてんだよ。』
『そそ、おまえだって、お家でお父さんにして貰ってるんだろう?あの気持ち良い奴だよ。』
『それとも何か?家でして貰ってるだけじゃ足りなくて、俺達にもしてほしいってか?』
不良の一人が言い、皆が一斉に笑った刹那、愛は思い切り、その不良の頬を引っ叩いた。
『痛ぇ!何しやがる!』
不良が、頬を抑えて声を上げると…
『兎神子(とみこ)を舐めんじゃないよ!兎神子(とみこ)は、神の子を宿して、皇国(すめらぎのくに)の血を残す神聖な神子(みこ)よ!あんた達下劣な不良共に馬鹿にされる言われはないわ!』
愛は、顔を紅潮させて激昂し、袖を捲り上げて怒鳴り返した。
『なーにが、神聖な神子(みこ)だおら!』
不良の一人がいきり立って喚くなり、愛を突き飛ばした。
『玉串払えば、卑しい物乞いにまで足を開く売女の分際で、和邇雨一族の御曹司様に手をあげやがって!』
『おう!このお方をどなたと心得やがる!おめえが手を挙げたのはな、河曽根家(かわそねのいえ)筆頭、康弘連(やすひろのむらじ)様の第四子様…苨四郎(でいしろう)様にあらせられるぞ!』
更に、別の不良が愛の腹部を思い切り蹴り上げると…
『あの、河曽根組元組頭の鋭太郎(えいたろう)様、現組頭様の美唯二郎(びいじろう)様、副頭の椎三郎(しいさぶろう)様の弟君。こちらの弟君であらせられる、飯五郎(いいごろう)様共々、来年には小頭に就任なされる!おめえなんか、言葉を交わすのもおこがましいお方だおら!
売女の分際で、ナマ言ってんじゃねえぞ、オラッ!』
また別の不良が、呻き声を上げて蹲る愛を、思い切り踏みつけた。
『まてまて、こいつは赤兎になるご身分のお嬢ちゃんだ。売女ですらねえぞ。始終裸でほっつき歩き、求められれば、誰にでも、その場で股開く便所兎だぜ。』
と、不意に一人の不良が思い出したように言うと…
『そう言えば、そうだったな。』
愛に頬を打たれた苨四郎はニンマリ笑い、愛の着物の帯に手をかけた。
『何するの!嫌っ!やめて!』
もがく愛の手足を不良達が一斉に押さえつけ、苨四郎は愛の着物を無理やり脱がせようとした。
『やめて!やめて!』
愛は、さっきまでの威勢の良さとは裏腹に、泣き叫び出した。
『なーにが辞めてだよ!家に帰れば、玄関先で素っ裸にならねえと、中に入れてもらえねえんだろ。』
『この前だって、庭先で裸で立たされてるのを、見かけたぜ。通りすがりの連中に、求められるままに、股ぐら開いて、指先で神門(みと)を押し広げてよ。参道の奥まで丸見えだったぜ。』
『どうせ、あと一年もすりゃ、皮剥されて、家でも外でも、裸でいる事になるんだからよ。今から見せてくれたって、構わねえよな。』
苨四郎は言いながら、愛の着物を脱がせると言うよりは、引き千切り出した。
周囲では、もがく愛を押さえつけながら、飯五郎と不良共が舌舐めずりをしている。
『やめて!お願い、やめて!嫌っ!嫌っ!』
愛は、一層、大声で泣き出した。
その時…
『いい加減にしねえか、不良ども!』
凛とした声に不良達が振り向くと、太郎率いる神饌組の悪ガキ達が立っていた。
『何だ、誰かと思えば、河本町産土宮司(かわもとまちのうぶすなつみやつかさ)のバカ息子と、愉快な仲間達じゃねえか。』
『どうした、お前もコイツの裸、見てえのか?見せてやるから、そこで待ってろ。』
苨四郎が、今まさに愛の肌襦袢と裾除けを引き剥がそうとした時…
太郎が摑みかかるより早く、横から飛び出した子分の一人が、苨四郎の尻を蹴り上げた。
『痛ぇ!てめぇ、何しやがる!』
苨四郎が振り向くと…
『待てっ!チョウ!おまえは出てくるな!』
太郎は慌てて止めようとしたが…
『止めてくれるな、兄貴!女を虐めるような奴は、どうにも我慢ならねえ!』
子分は、太郎の制止を振り払い、袖を捲り上げて進み出て行った。
『俺は、河本産土中町五番街で蕎麦屋を営む、松田屋の倅、長吉郎ってんだ!俺が出てきたからには、覚悟しやがれ!』
『いや、だから、お前は下がってろって…』
尚も止めようとする太郎の前で、長吉郎の啖呵は続く。
『俺の名前は引導代わりだ!迷わず地獄に落ちやがれ!』
次の刹那…
長吉郎が不良達に摑みかかって行くと、凄まじい殴打蹴踏の音が炸裂し…
忽ちぼろ雑巾のようになった長吉郎が、その場に転がった。
『だから、やめろと言ったのに…』
辺りから、不良達の爆笑が渦巻く中、太郎は思わず頭を抱えた。
『さあて、次は誰が料理されてえかな?』
『詫びを入れるんなら、今のうちだぜ。』
『素直にフンドシ脱いで詫びるならよ、もうすぐ便所兎になるコイツに、出した穂柱を舐めさせてやるぜ。』
『そうしろ、そうしろ。その方が、ブン殴られるより、気持ち良いぞ。』
不良達は、口々に言うと、また、爆笑し始めた。
『じゃかあしい!誰が、河曽根組のアホ息子どもに詫びなんかいれっかよ!やっちまえ!』
太郎が怒鳴り声を張り上げると…
『オーッ!』
神饌組の悪ガキ達は一斉に声を上げて、不良達に掴みかかって行った。
『このクソガキどもが!』
『後で、吠え面かくなよ!』
『便所兎と一緒に、裸にひん剥いてやるぜ!』
不良達も、声を張り上げるなり、悪ガキ達を迎え撃った。
鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)の悪ガキ達の間では、喧嘩をすれば向かう所敵なしで知られた神饌組であった。
しかし、全員十二歳以下の悪ガキ達に対し、相手は全員十三歳以上の不良達である。その上、神漏衆(みもろしゅう)の子と言えば、一様に武芸の稽古をつけられている。
生半可で勝てる相手ではなかった。
悪ガキ達は皆、顔中青あざ、身体中擦り傷や赤あざをつくり、着物は泥だらけのボロ切れ状態になった。
それでも、勝った…
皆、何処の檻から抜け出した猿かと思われる程、目の周りに大きな青あざを作り、鼻血を啜りながらも、見事に不良達を撃退した。
『へん!口程にもねえ野郎達だったぜ!』
太郎は、ペッと血混じりの唾を吐き出すと…
『おいっ!チョウ!いつまで寝てるんだ!さっさと起きろ!』
真っ先に袋叩きにされた松田屋の長吉郎を、軽く蹴って叩き起こした。
『ったく…弱ぇくせして、一番先に粋がるから…』
と…
『太郎君…』
肌襦袢と裾除け姿の愛が、よろよろと立ち上がると、鼻を鳴らして、しゃくりあげていた。
『愛ちゃん!』
太郎が駆け寄ると、愛は、太郎の胸に飛び込むや、いつもの勝気さが嘘のように、声を上げて泣き出した。
「愛ちゃん…」
太郎は、布団の上に座り込み、両手を見つめて、笑みを浮かべた。
あの日、この胸に抱いた時、頭を撫でてやった時の、愛の感触と…
『太郎君、ありがとう。』
ひとしきり泣いた後、顔を上げて、ニッコリ笑う愛の涙を、指先で拭ってやった時の感触を思い出したのだ。
あの日…
いつか、愛の笑顔も温もりも、全て自分の手に入るような気がしていた。愛の何もかもが、自分一人だけのものになる、そんな気がしてならなかった。
しかし…
現実は違っていた。あれから一年経たぬうちに、愛は皆の前で着物を剥がされ、男達の玩具にされた。
来る日も来る日も、全裸で町中を歩かされ、太郎の目の前で、行き交う男達に寄ってたかって玩具にされ続けた。
そう…
あの日、愛を守る為に、大喧嘩して勝利を勝ち取った相手の不良達も、これ見よがしに、太郎の前で愛を玩具にした。
『おーい、太郎。おまえにも良いモノ見せてやらあ。』
苨四郎は愛を羽交い締めにして抱えあげると、太郎の前で大股開きさせた。
『ほら、見ろよ。』
側で、弟の飯五郎が指先で愛の神門(みと)を広げて見せるとニンマリ笑った。
『良い色してるだろう。此処にな、こうやって指を入れんだぞ。』
『アァァァァーーーーッ!!!』
愛は、飯五郎の指を参道に捻り込まれると、首を逸らせ、腰を浮かせて叫び声を上げた。
『てめえ!』
思わず太郎が殴りかかって行くと…
『穂供(そなえ)の邪魔するな!』
側で弟達のする事をニヤけて見ていた、河曽根組副組頭椎三郎が、鞘入りの湾曲刀で思い切り殴りつけた。
思わず呻きをあげてくず折れる太郎を…
『赤兎の穂供(そなえ)は、領民(かなめのたみ)全員に与えられた権利!やりたくば、順番を待つが良い!』
今度は、河曽根組組頭の美唯二郎が思い切り蹴り上げた。
太郎が腹部を押さえて蹲ると…
『いつぞやは、弟達を可愛がってくれてありがとうよ。』
副頭の椎三郎は怒鳴りつけながら、太郎の頬を蹴飛ばし…
『今日は、たっぷり礼をしてやるぜ!』
血を吐いて吹き飛ばされる太郎に、あの時、神饌組に叩きのめされた不良達である神漏兵(みもろのつわもの)達が一斉に群がり蹴飛ばし踏みつけた。
『太郎君!』
愛は、太郎の方に手を伸ばし、苨四郎の腕の中で激しく踠き出した。
『暴れんじゃねえ!おめえの相手は、俺達だ!』
飯五郎は、どやしつけながら、愛の頬を激しく打つ。
『お願い!太郎君を許して!太郎君を…太郎君を…』
『それは、おまえの心がけ次第だな…』
美唯二郎は、神漏兵(みもろのうわもの)達が押さえつける血塗れの太郎から着物を剥ぎ取ると、股間の穂柱に湾曲刀の切っ先を向けて…
『皮剥の時は、紅兎の分際で随分と喚いてくれたな。父上も私も椎三郎も、穂供(そなえ)に随分と手間をかけさせられた。』
言いながら、切っ先を突きつける太郎の穂柱を見て、舌舐めずりをしていた。
彼もまた、兄の鋭太郎同様、男色の趣味を持っている。
『お願い!何でもします!どんな事にも従います!だから、太郎君を…太郎君を…』
愛が泣きながら哀願すると…
『愛ちゃん!おいらにかまうな!おいら、どうなっても良い!おいら…』
『喧しい!』
椎三郎が、暴れもがく太郎の頬を思い切り蹴飛ばし、腹を踏みつけた。
そして…
『一言も発するな。』
美唯二郎は、太郎のまだ毛も生えず皮も剥けてない穂柱を、湾曲刀の切っ先で小突きながら、また舌舐めずりをした。
『一言でも発したら、コイツを切り取ってやる。』
『や…やるなら、さっさとやりやがれ!』
太郎は、額に冷や汗かきながらも、美唯二郎を睨み据えた。
『だから…一言も発するなと言っておろう!』
美唯二郎は相変わらず舌舐めずりさて言いながら、太郎の腹を思い切り踏みつけた。
太郎は、血混じりの嘔吐物を吐き出した。
『愛も、今日は一言も発するなよ。弟達にされてる間、皮剥の時みたいに一言でも声を発したら…わかってるな。』
美唯二郎はそう言って、また、太郎の穂柱に湾曲刀の切っ先を突きつけると…
『やれ!』
冷酷な笑みを満面に浮かべて、愛を押さえつける弟達に顎をしゃくりあげた。
苨四郎と飯五郎も、ニンマリと笑って頷き返す。
『さあて…今日は、いつぞやの分も、たっぷり可愛いがってやるからな…』
言いながら、苨四郎は愛を地面に寝かせて手を押さえ、飯五郎は愛の脚を大きく広げて袴と褌を脱ぎ出した。
『やめろ!やめてくれ!愛ちゃん!愛ちゃーん!!!』
押さえつける神漏兵(みもろのつわもの)達の腕の中、捥がき暴れる太郎の前で…
『ほら、声出して見ろ、声をよー!』
『皮剥の時、兄貴達にやられて泣き喚いてたみたいに、声出して見ろよ、ホレホレ…』
『太郎を男に…でなくて、女にしてやれや…』
苨四郎と飯五郎率いる不良達は、代わる代わる愛の参道に穂柱を捻りこみながら、愛の頬を叩き、蹴飛ばし、鞘入りの湾曲刀で打ち据えた。
『どうしたんだ?ほら、声を出して見ろよ、声をよ!いつぞやは、俺達に啖呵切った威勢良さはどこ行った?うん?』
また一人、愛の頬を踏みつけながら言えば…
『おうおう、お股をこんなに汚して可哀想に…ちょっと洗ってやろうかね…』
別の不良は、既に血と白穂塗れになった愛の参道に、竹筒に入れた塩水を流し込みながら、粗塩をたっぷりすくい上げた指で掻き回し始めた。
愛は擦過傷だらけの肉壁と会陰の裂傷部に、塩水と粗塩を擦り込まれる激痛に、腰を浮かし、顔を仰け反らせたが、一言も発さなかった。
何をされても、どんな暴行を受けても、爪先を突っ張らせ、拳を握りしめ、歯を食いしばって耐え続けた。
『良いか、赤兎は、便所なんだよ、便所。そこを、よーっく心得ておけよ。』
誰かがそう言うなり、不良達は散々愛の中を抉った穂柱を愛に向け、一斉に放尿してゲラゲラ笑い出した。
太郎を抑え、踏みつける河曽根組神漏兵(かわそねぐみみもろのつわもの)達も、笑いだした。
その時…
『私の兎神子は便所などではないぞ!』
何処からともなく声がするや…
『赤兎への穂供(そなえ)、いついかなる時でも、領民(かなめのたみ)全てに与えられた権利。されど、乱暴狼藉まで働く権利など、誰にも認められておらん!私も認めてない!』
声の主がそう叫ぶや、瞬く間に、愛に向かって放尿していた不良達は、鞘入りの太刀・胴狸で打ち据えられた。
『こんな真似して…ただで済むとお思いか…』
湾曲刀を抜くより早く、胴狸の切っ先を突きつけられると、美唯二郎は兄に負けず劣らぬ美しい顔を憎悪に歪ませて言った。
『父上に…父上に、この事を伝えまするぞ…後で、後悔…』
『言いたい事はそれだけか…』
『ウグッ…』
美唯二郎は、切っ先を更に首筋に突きつけられ、一筋の血が流れ落ちると、押し黙った。
『これは、太郎君の分!』
声の主が次の声を上げた瞬間、美唯二郎の左頬が切られ、真っ赤な鮮血を滴らせた。
『ウゥゥッ!』
美唯二郎は、傷の痛みより、自慢の顔を切られた事に呻きをあげ、頬を押さえて蹲った。
『これは、愛ちゃんの分だ!』
更に声が上がるや、今度は椎三郎が眉間を切りつけられ、顔中鮮血塗れとなった。
『二度と、社(やしろ)に顔を出すな!うちの兎神子(とみこ)達に近づくな!次に社(やしろ)に…うちの兎神子(とみこ)達の前に姿を現したら、おまえ達を切る!去ね!』
神漏兵(みもろのつわもの)達は、未だ頬を抑えて蹲る美唯二郎を抱え、打ちのめされた不良達は、脱いだ袴と褌も身につけず蹌踉めきながら、そそくさと逃げ去って行った。

兎神伝〜紅兎二部〜(18)

2022-02-02 00:18:00 | 兎神伝〜紅兎〜追想編
兎神伝

紅兎〜追想編〜

(18)孤独

賑やかだった夕食会が終わり、和幸と希美と、部屋に三人きりになると、菜穂は無性に寂しいものを感じた。
今までなら、ここにもう一人いる筈であった。
朱理…
兎幣された当初から、片時も離れた事のなかった一番の友達が、初めて別の部屋、別の男と共に寝る。
和幸を挟んで、川の字で寝るのが日課であったのに…
『今夜は、進次郎様と寝るでごじゃるよ。』
部屋の前まで一緒に来て、朱理はそう告げて、一緒に中にはいらなかった。
『まあ、どうして?今夜は、希美ちゃんと夜更かしして遊ぶんじゃなかったの?』
『遊ぶ、ない?』
菜穂と希美が、同時に同じ格好で首を傾げると…
『そうでござるよ。カズさんも潰れてござるし、ナッちゃん一人に任せるのは、大変でござろう。アケちゃんも一緒に介抱して進ぜるが良かろう。』
進次郎も、菜穂と一緒の部屋に入る事を勧めた。
すると…
『それでは、進次郎様が可哀想でごじゃる。みんな、それぞれ好きな子と添い寝するのに、進次郎様だけ一人は寂しいでごじゃる。』
朱理は、指で鼻の下を擦りながら言うと、進次郎の腕をギュッと抱きしめ寄りかかって見せた。
『いえいえ、拙者は太郎と…』
進次郎が言いかけた時…
『そう言う事か…』
『そう言う事なのね…』
進次郎と菜穂は、同時に朱理を見て、はたとなった。
『では、今宵は拙者と添い寝しよう。』
『そうね。シンさん、アケ姉ちゃんを宜しくね。アケ姉ちゃん、こう見えても気が小さくて、怖がりの泣き虫さんだから、優しくしてあげてね。』
『わかってるでござるよ。』
進次郎はそう言うと、朱理の肩を優しく抱いて、自分にあてがわれた部屋へと去って行った。
朱理は、希美の肩を抱いて、酔い潰れた和幸を見つめながら、寂しそうにため息を吐いた。
朱理が、和幸に思いを寄せてるのとは別に、進次郎の事も慕っている事は、菜穂だけが知っていた。
菜穂が兎幣される大分前…
初めて貰ったお小遣いで、着物を縫う生地を買いに出かけた時、河曽根組神漏(かわそねぐみみもろ)衆の子弟達に襲われそうになった事があった。その時助けてくれたのが進次郎であったと言う。
以来、進次郎にも仄かな思いを抱くようになり、彼の独特な物言いや仕草を真似し、今のヘンテコな喋り方になった。
『アケ姉ちゃん、やっと思い叶ってよかったね…』
心の中で呟きながら、しかし、本音のところでは寂しかった。
兎幣された当初…
菜穂は、男の子にほんの少し触れられただけで、メソメソ泣きだす子であった。
本当であれば、兎幣される事に決まった少女は、遅くとも一年前から、家族の男達に基本的な事は仕込まれてくる。少なくとも、俗に田打部屋と呼ばれる参籠所の大浴場で、黒兎達と混浴して身体(からだ)を洗い合いながら、自分の身体に触れさせるくらいの事は出来るようになってくる。
しかし…
男ばかり四人兄弟であった中、五人目にして初めて生まれた女の子の菜穂は、父と兄達に、それこそ舐めるように可愛がられていた。菜穂が兎幣されると決まった時、父と兄達は、最後まで頑強に拒み続け、兎幣されるのが一年以上も伸びてしまったのである。
その為、半ば強引に兎幣されてきた菜穂は、何も仕込まれてはいなかった。
白兎の田打は、田打部屋と呼ばれる大浴場で混浴する、黒兎達の身体を洗いながら、自身の身体(からだ)に触れさせる所から始まる。そうして、少しずつ慣れてきたら、大浴場と仕切りなしに繋がる寝室の寝台で、黒兎相手に、穂供(そなえ)を実地で教え込まれるのである。
菜穂は、初めて田打部屋に連れられ、黒兎達の見てる前で着物を脱がされそうになった途端、ベソをかき出してしまった。
特に…
『怖がる事はねえぞ、みんな優しいからな。それに、裸になっちまえば、みーんな同じさ。さあ、ぱぱっと脱いじまおうぜ。』
と、貴之が半ば強引に脱がせようとした途端、菜穂は大泣きしてしまったのである。
『辞めなよ!』
尚も、必死に宥めすかせながら、菜穂を脱がせようとする貴之を、後ろから薪木でぶん殴って止めに入ったのは、亜美であった。
『うわっ!何すんだ、鬼娘!』
貴之が、叩かれた頭を抑えて叫ぶと…
『タカ兄ちゃんって、何て無神経なの!この子、ますます怖がってるじゃない!』
『でもよう、今から慣れちまわねえと、一年もしねえうちに…』
『だからって、怖がる子をいきなりはないじゃない!それじゃあ、前の鬼畜な宮司(みやつかさ)と同じじゃない!」
亜美はそう言って、貴之を渋々引き下がらせた。
『ごめんね。菜穂ちゃんだっけ?』
菜穂が頷くと…
『それじゃあ、ナッちゃんだね。私は亜美…今日は良いから、そこに座って、みんなの事見てると良いよ。すぐにみんなと同じにしなくて良いさ。徐々に大丈夫そうだと思ったら、混ざれば良いよ。』
亜美はそう言って、菜穂を仕切りなしの寝室に残し、他の兎神子(とみこ)達と大浴場に入って行った。
兎神子(とみこ)達は、最初は軽く互いの身体(からだ)を洗い合う程度であったが…
『ささ、こっち向いて…前も洗ってあげるからさ。』
雪絵が竜也を振り向かせ、穂柱を洗い始めたあたりから、本格的にはじまった。
『フフフ…リュウ君、また大きくなったわね。どお、気持ち良い?』
『ハァ…ハァ…ハァ…良いよ、ユキ姉…凄く良い…』
すると…
『マサ兄ちゃん…』
茜は、背中を流す政樹の方を振り向くと、政樹の穂柱を揉み扱きながら、泡だらけの身体(からだ)を政樹の身体に擦りつけ始めた。
『茜ちゃん…』
政樹はトロンとした目で見上げてくる茜と唇を重ねながら、小ぶりな乳房を揉み始めた。
隣では、互いの身体(からだ)を洗い終えた秀樹と亜美が向き合い、濃厚に唇を重ね、その唇を互いの首筋から胸元に向けてゆっくり這わせ初めた。
秀行の手は、亜美の若草の生え染めたばかりの神門(みと)を優しく撫で回し、亜美の手は、秀行の穂柱を優しく揉み扱き始めている。
『アァァ…ユキ姉…』
雪絵が、それまで丹念に洗いながら揉み扱いていた穂柱を口に含み出すと、両手を床につける竜也が顎を上げて声を漏らし…
『アーン…ソコ…ソコ…マサ兄ちゃん…ソコ…ソコ…』
政樹が片手で乳房を揉み、口に含んだ乳首を舌先で転がしながら、もう片方の手で股間を弄りだすと、茜がうっとりした声を上げ始めた。
『アーッ…アッ…アッ…アッ…』
股間にのしかかる秀行の、軽やかな腰の動きに合わせて、亜美が喘ぎ出すと…
『アンッ…アンッ…アァァ…マサ兄ちゃん、もっと…もっと…もっと…アァァン…』
『ウゥゥ…ユキ姉…良いよ…良いよ…ユキ姉…凄く良いよ…』
続けて、参道を貫かれた茜と、穂柱を包み込まれた竜也が、譫言のように口走り…
大浴場一帯が、絡み合う兎神子(とみこ)達の声で満ち溢れる事になった。
湯殿と敷居なしに連なる寝室の寝台に腰掛け、身を固くして目の前の光景を見つめていた菜穂は、次第に震え出し、顔を伏せて、また泣き出してしまった。
すると…
『みんな、凄いでごじゃるのう。』
隣から、素っ頓狂な声がした。
振り向くと…
『ジャジャーン!朱理ちゃんでごじゃりまーす』
いかにも、風呂から上がったばかりの女の子が、手拭いで身体(からだ)を隠そうとともせず、万歳の格好をして笑いかけた。
『菜穂ちゃん…でごじゃるよね。』
『はい…』
菜穂が、涙目を擦りながら答えると…
『じゃあ、ナッちゃんだ。』
先に現れた亜美同様、その呼び方が当然であるかのように言って、朱理は指先で鼻の下を擦る仕草をして、また笑った。
『いやもう、参るでごじゃるよ。後ろでも、両隣でも、みーんな節操なく、イチャイチャ絡みあってくれちゃって…ゆっくり身体洗う事も、湯に浸かる事もできやしない…』
朱理が、´д` ;←こう言う顔してため息吐くと…
『なーんだ、アケ坊。おめえ、誰からも相手にされねえからって、新入りの女の子と乳繰りあう気か?』
これまた、あらぬものを丸出しにのし歩く貴之が、冷やかすように朱理に声をかけてきた。
『フン!お生憎様でごじゃるよ!私にはね、カズ兄ちゃんってステキな相方がちゃーんといるでごじゃる!』
『おめえ、まーだわかってねえんだな。カズがおめえなんか、本気で相手にするわけねえだろう。一人前の兎神子(とみこ)に仕込むために、仕事でやってるだけなんだよ、仕事…』
『違うでごじゃる!私とカズ兄ちゃんは、生まれる前から、結ばれる運命にあった、相思相愛の相方でごじゃる!そんな事言って、タカ兄ちゃんこそ!』
『何言ってやがる。俺には、ちゃーんとチビって子がいるんだよ。おーい、チビ、行くぞー。』
すると、まだ湯船に浸かっていた早苗が、ニコニコ笑って出ようとするより早く…
『ダメーーーーー!!!!』
血相変えて飛び出して来た亜美が、何処から持って来たのか、ブッ太い薪木で、思い切り貴之の頭を殴りつけた。
『うわっ!痛え!何しやがる!』
『何度言ったらわかるの!サナちゃんの身体(からだ)は、小さくて弱いのよ!穂供(そなえ)だけでもシンドイのよ!なのに、あんたみたいな乱暴な奴にやられたら、壊れちゃうの!だのに、だのに…
この悪魔!ケダモノ!人で無し!あんた何か死んじまえ!』
『うわっ!やめろ!やめろ!この鬼娘!』
貴之が悲鳴をあげて逃げ回るのを、亜美は更に追い回して、何度も殴りつけようとした。
『あの二人、またやってらあ!』
政樹が言うと、心配そうに見つめる早苗を除いて、皆一斉に爆笑した。
それまで、ずっと怖がっていた菜穂もつられて笑い出し、朱理と顔を見合わせると、また、声をあげて笑い出した。
『ねえ?誰もいなくなった事でごじゃるし、一緒に入らない?』
皆、湯から上がり、更に寝室の寝台で銘々絡み合った後、田打部屋から去って行くと、朱理が菜穂を誘って言った。
菜穂は、一瞬、尻込みする。
『大丈夫でごじゃるよ。幾ら可愛いからって、ナッちゃんを食べないでごじゃるよ。』
朱理は、言いながら、クスクス笑い出した。
『それに、私には、カズ兄ちゃんって人が、ちゃーんといるでごじゃるよ。』
『うん。』
菜穂は漸く頷くと、ゆっくりと着物の帯を解き始めた。
『綺麗な身体(からだ)でごじゃるなー。』
朱理は、菜穂の肩や背中を撫でながら言い…
『アカリ…さんも…』
『アケちゃんで、良いでごじゃるよ。みんな、そう呼んでごじゃる。』
『アケ…お姉さん…も…』
『だからあー、そんか改まった呼び方しないでも、~ちゃんで良いんだって…』
『じゃあ、アケ姉ちゃんも、とっても綺麗だわ。』
菜穂が、だいぶ砕けたように笑って言うと…
『それ程でも…ごじゃるわ。』
朱理も、(●´∀`●)←こう言う顔して笑った。
そして…
『エッヘン!どーだ、凄いじゃろう!』
朱理は、菜穂の手をとるなり、自分の胸に触らせて…
『カズ兄ちゃんもね、凄く形が良くて、立派だなって、いつも褒めてくれるのよ。』
まあ…そこそこに膨らみ始めてはいるが、凡そ豊かとも大きいとも言えない乳房を、思い切り自慢してみせた。
『アケ姉ちゃん…』
菜穂は、思わず顔を真っ赤にして俯くと…
『ほーら、遠慮しない、遠慮しない。カズ兄ちゃん何て、可愛い、大好きだって言いながら、いつも優しく撫でたり揉んだりしてくれでごじゃるよ。』
『えっ…』
『カズ兄ちゃんに撫でたり揉まれたりすると、凄く気持ち良いでごじゃる。』
朱理は、益々、菜穂が赤面してるのも構わず、得意げに話して聞かせながら…
『さあ、おいで、私が洗ってあげるでごじゃる。』
と、菜穂の手を引いて、浴室に引っ張って言った。
そして…
『ナッちゃん、私達、友達でごじゃるよね。』
指先で鼻の下を擦りながら、照れ臭そうに言う朱理に…
『うん!』
菜穂は、元気よく頷くと…
『これから先、私達は、何があっても一緒でごじゃるよ。約束でごじゃるよ。』
言いながら、差し出された朱理の手を…
『うん!』
もう一度、満面の笑みで頷きながら、強く握りしめた。
あれから、いつだってずっと一緒だったのに…
今夜は、別の部屋に行ってしまった。
早苗が逝き…
智子が逝き…
愛と愛の産んだ赤子も、もうすぐ連れられて行く…
だのに…
今、一番抱きしめて欲しい人は、酒の臭いをプンプンさせて、大いびきをかいている。
「お父さん、起きて、お父さん、起きてってば…」
「お父さん、起っき、起っき。お父さん、起っき、起っき…」
希美が、菜穂の真似しながら、一緒になって、和幸の身体をゆすっていた。
「もう!しょうがない人ね!」
菜穂が腕組みして口を尖らせると…
「もー!しょーない人ね!」
希美も真似して、同じ格好をして見せた。
菜穂は、思わずクスクス笑いだすと…
「希美ちゃん、良い事!大きくなっても、絶対、お酒は飲んじゃダメよ!」
「はーい。」
希美は、意味も分からず、満面の笑みで返事した。
「大きくなって、お嫁さんになったら、旦那様に、絶対お酒呑ませちゃダメよ!」
「はーい。」
希美は、また、意味も分からず、笑顔で返事した。
「お利口さん。希美ちゃんだけよ、ずっとお母さんの側にいてくれるのわね。」
菜穂が言うと、希美は益々笑顔になった。
やはり、意味は何もわかってない。ただ、菜穂が嬉しそうな顔をすれば嬉しいし、悲しそうな顔をすれば悲しくなるのだ。
この時になって、菜穂はずっと忘れかけていた肝心な事を思い出した。
希美と出会って、一月以上が経つ。
その間、見る見るうちに元気になっていった。
出会った当初、数歩歩いただけで息が切れ、苦しそうに胸を押さえてうずくまっていた。一日中、殆ど寝たきりであった。
それが、少しずつ、長い距離を歩けるようになった。
社(やしろ)に向けて山道を歩くうち、最初は一間歩くのから始まり、十間まで歩けるようになり、辿り着くまでに六十間先まで歩けるようになった。
同時に、出会った当初は、粥や雑炊を一杯か二杯食すれば良い方だったのが、こんな小さな身体の何処に入るのかと思う程、沢山食べるようにもなった。
しかし…
それも長くは続かない。
残された時間は、長く見て後二月だと言う。
拾里で一度だけ倒れ、昏睡状態になった。それが、出発を遅らせもした。
次に同じ事が起きれば、もう二度と起きる事はないだろうと言われている。
今まで、その事を深く考えた事はなかった。
ただ、希美を引き取る事が出来ただけでうれしかった。自分をお母さんと呼んで慕ってくれる子が出来ただけで、毎日が幸せであった。
それが、今頃になって、先が短い意味を思い知らされるようになったのである。
「希美ちゃん、大きくなれたら、お酒呑んでも良いよ…」
菜穂が、優しく希美の頬を撫でながら言うと、希美は不思議そうに首を傾げた。
「お嫁さんに行けるなら、相手が大酒飲みの酔っ払いだって構わない…」
益々首を傾げる希美を、菜穂は強く強く抱きしめると…
「大きくなれるんだったら…ずーっと、今のまんま、中身が三歳児でも、赤ちゃんのまんまで良いの。大きくさえ、なってくれたら…お母さんの側にさえいてくれたら、もう、何もいらない。」
そう言って、シクシクと泣き出した。

兎神伝〜紅兎二部〜(17)

2022-02-02 00:17:00 | 兎神伝〜紅兎〜追想編
兎神伝

紅兎〜追想編〜

(17)褒美(2)
「アケちゃん、名裁きぶりでござったね。」
朱理は、進次郎に肩を叩かれて、我に返った。
「そんな…名裁きだなんて…」
朱理は、忽ち顔を赤くした。
「いやいや、拙者より余程の名裁きぶりでござったぞ。」
進次郎は、彼特有の爽やかな笑みを浮かべて言った。
「でも、惜しい事をしたのではござらぬか?カズの奴を独り占めする機会であったでござろうに。」
「ううん…これで、良いでごじゃる。」
朱理は、大きく首を振って言った。
「カズ兄ちゃんには、前の親社(おやしろ)様の時、随分庇っても貰ったし、慰めても貰ったでごじゃる。
私の一方的な片思いも優しく受け止めてくれて…ナッちゃんに向ける愛情を、私にも分けてくれたでごじゃる。
ナッちゃんもそう…
私の片思い、みんなが笑う中で、ナッちゃんだけが、真剣に受け止めて、カズ兄ちゃんが、私にも優しくするようにしてくれたでごじゃる。」
「なるほど。」
進次郎は、爽やかな笑顔のまま、大きく頷いた。
「私、二人のお陰で、随分と救われたでごじゃる。どんなに辛い事があっても、悲しい事があっても、二人がいたから乗り越えられたでごじゃる。
だから、ご褒美をあげたくて…」
「ご褒美?」
「二人だけの水入らずな時間でごじゃる。」
「そうで、ござったか。」
進次郎は、もう一度大きく頷くと…
「やはり、アケちゃんは、拙者以上の名裁きぶりでござった。遠山のシンさんも形無しでござる。
叶うものなら、本社(もとつやしろ)北地区奉行職を、君に譲りたい。君なら、私以上の名奉行になれるでござるよ。」
進次郎は言うなり、朱理を抱き寄せて唇を重ねた。
「進次郎様!」
朱理が、思わず目を見開くと…
「違うだろう?進次郎様じゃなくて、シンさんだ。
これは、シンさんからのご褒美だよ。」
「ご褒美…」
「そう、遠山のシンさん形無しの名裁きぶりをした、アケちゃんへのご褒美だ。」
進次郎は、そう言って、満面の笑みを浮かべた。
楽しい食事会の時間は、緩やかに、速やかに過ぎ去って行った。
愛が赤兎として過ごした三年の間、殆ど心から笑える事がなかった分、皆、存分に笑いあった。
他愛ないお喋りを楽しみあった。
そして、静かに幕引きの時間が訪れた。
この楽しい時も、終盤を迎えようとしていた。
「赤ちゃん、本当に可愛いわねー。」
「愛ちゃんそっくり。きっと、美人さんに育つわよー。」
「うんうん。爺じに似なくて、本当に良かった。」
「全くだ。」
次第に腹も膨れて来た兎神子(とみこ)達は、愛を取り囲んで、赤子を見ながら、口々に言って、楽しげな笑い声を上げていた。
笑っても、ぐずっても、泣き出しても、全てが愛玩の種であった。
しかし…
皆の喜びとなっている赤子も、雪解けが過ぎれば、やがて里子に出されて行く。共に過ごせる時間は短いのだ。
何より…
「それにしても、愛ちゃん綺麗だ事…」
「エッヘン!そうでごじゃろう。そうでごじゃろう。」
「ポヤポヤ~、さっきから、爺じの鼻の下、伸びまくってるポニョ~。
マサ兄ちゃん!今夜は、励むポニョ~!」
「上から攻めて十回!」
「下から喘いで十回!」
「朝まで二十回!爺じも年だ、今夜は励みすぎて、朝は腰抜かして立たねえぞ、きっと!」
「馬鹿な事言わないで!爺じは、そんな人じゃないわ!赤ちゃん産んだばかりの愛ちゃん、今夜は優しく労ってあげるのよ。ねぇ、爺じ。」
「愛ちゃん、今夜は、爺じに優しくして貰うんだよ。今だけは、な~んでも、甘えて良いんだからね~」
「で、その後は…」
「勿論、励むに決まってるでしょう。しっとり濡れて、朝まで…」
「そうだねえ、おいらとユキ姉みたいに…」
「バカッ!」
「痛え!もう、ユカ姉、何ですぐぶつんだよー!」
「そうポニョ~、そうポニョ~!乱暴な女の子、里一さんに嫌われるポニョ~!」
そんな、皆の話を聞いて、コロコロと楽しそうに笑う愛…
かつて、社(やしろ)の兎神子(とみこ)達にとっても、社領(やしろのかなめ)の不良や悪ガキ達にとっても、皆の宝物であった愛も、やがては聖領(ひじりのかなめ)に連れられ、赤兎の時以上に過酷な日々が待ち受けているのである。
しかし、今は、そんな事を意に介する者はいない。
拾里の人々もそうであるが、明日がない分、今日の刹那刹那を存分に楽しむのである。
皆、愛が、無事に愛していた人との間に可愛い赤子を産み、床上げを終えられた事を喜び、存分に楽しんでいたのだ。
やがて…
大騒ぎだった食事会も終わり、最後の目玉が行われる事になった。
私と赤子を抱く愛の三人で、記念写真を撮る事である。
「一、二、三…」
純一郎が、写真屋顔負けに写真機を向けて数を数えると…
「おめでとう!」
と、言う一同の掛け声を合図に、撮影がなされた。
無事に撮影が終わるとまた…
「おめでとう!」
「愛ちゃん、綺麗よ!」
「本当に頑張ったね!」
祝福の声と共に、溢れかえるような拍手喝采が浴びせられた。
主役の愛が、片目瞬きをして、戯けて見せるのとは裏腹に、由香里が前掛けで目を覆いながら、ずっと泣きっぱなしであった。
「次は、ユカ姉ちゃんの番だポニョ~。」
茜が、由香里の肩を抱きながら言った。
「今夜は、朝まで、里一さんと励めよ。」
政樹も続く。
「でねえと、茜ちゃんが、里一さんを食いそうで、気が気じゃねえや。」
何度も頷きながら、尚も泣き続ける由香里を…
「ユカ姉ちゃんを頼むな。」
「お願いポニョ~、里一さん。」
政樹と茜は、里一に由香里を預けると、真っ先にその場を去って行った。
続いて、里一と由香里が去って行き…
「ユキ姉、今夜は朝まで…」
「勿論よ!リュウ君こそ、覚悟なさい!もし、へばったり、寝そうになったら、叩き起こすからね!」
と、竜也と雪絵が去って行く。
愛には暖かい祝福の言葉を述べ、赤子を愛しげに抱きしめながら、私とは目を合わせない亜美を、秀行が優しく肩を抱いて連れて去って行った。
「じゃあ、名無し…でなくて、爺じ。」
「だから、その呼び方はもうやめてくれ。」
私が苦笑いして言うと、純一郎は、ニィッと笑って頷き去って行った。
続いて、菜穂と希美と朱理が、泥酔して足元をフラつかせてる和幸を連れて行き…
進次郎も、軽く会釈すると…
「おい!カズさん、しっかりしろ!おい!女の子三人に抱えられて、みっともないぞ!」
四人の後を追うように去って行った。
「愛ちゃん、おめでとう。俺な…俺…俺…あの時、本当は…」
最後に残った太郎が、涙目で何か言いかけると…
「わかってる。ありがとう、太郎君。」
言うなり、愛は、太郎の唇に口づけをした。
「愛ちゃん…」
「ご褒美。ずっとずっと、私の事を守り続けてくれた、太郎君にね。」
愛は、そう言うと、十八番の片目瞬きをして笑って見せた。
「うん!愛ちゃん、好きだよ!大好きだよ!」
太郎は、元気よく言うと、大きく手を振って、満面の笑みで去っていった。
そして、私と愛と赤子の三人が取り残された。
赤子は、スヤスヤ寝息をたてている。
窓から外を見ると、また、小雪が降り初めていた。
「爺じ、何も食べてないでしょう。」
愛は、赤子を揺かごに寝かせると、私の顔を見上げて言った。
「そんな事はないさ。ユカちゃんのソーメンと天麩羅は、相変わらず絶品だ。」
「嘘。私、見ていたわよ。爺じは、箸をつける振りして、殆ど、希美ちゃんを呼び寄せては、天麩羅もソーメンも、希美ちゃんのお口に入れてたじゃない。」
「希美ちゃんが、お利口にしてたからさ。」
私が言うと…
「菜穂姉ちゃんから聞いたわよ。百合さんの所でも、殆ど何も食べなかったって…
だから、百合さん、毎晩部屋に呼んで、おむすびと漬物を用意していたってね。」
愛は言うなり、どこからとなく、風呂敷包みを取り出した。
「愛ちゃん、これは…」
広げると、小さな弁当箱が姿を現した、中には間に海苔を挟んだご飯と、昆布巻きに出し巻き卵が入っていた。
かつて、二人で裏山に切り絵をしに出かけた時のお弁当である。
「爺じへのご褒美。」
「ご褒美って…何の?」
「さあ、何かしら。」
愛は、また、片目瞬きをして笑みを浮かべると…
「ずっと、側にいてくれた事かな…」
そう言って、私の肩に腕を回すと、その小さな唇で、優しく私の唇に口づけをして見せた。
「側にって…私は、側で見てるだけで、何も…」
「してくれたわ。私がどんなに遠くまで連れ出され、どんなに遅くまで、行く先々で大勢の人達に玩具にされた時でも、終わって振り向けば、必ず側にいて、駆け寄ってきてくれた。
そう…
大雪の日も、大雨の日も…
傘も差さず、合羽も羽織も身に付けず、雪まみれ、ずぶ濡れになって、私の側に…」
そう言って、ジッと見つめて来る愛の眼差しの奥に、再び在りし日の姿が映し出された。
大雪の中…
大雨の中…
その日も、どれだけ大勢の男達に弄ばれたのか、雪に埋もれ、雨に流されても臭いが消えぬ程、白穂塗れになっていた姿。
立ち上がる力も失せ、地べたを這いずって帰ろうとしていた愛。
『愛ちゃん!』
私が駆け寄ると、股間の痛みに歪めていた顔いっぱいに、引き攣った笑みを浮かべて、片目瞬きをして見せた。
『愛ちゃん、こんなに冷たくなって…寒かったろう…寒かったろう…』
私が言いながら、両肌脱いで愛を抱きしめると…
『ううん…暖かい…親社(おやしろ)様の身体(からだ)、とても暖かい…』
愛は、そう言いながら、社(やしろ)に着くまで、私の胸に顔を埋め続けていた。
そして、社(やしろ)に戻り、亜美の手当てを受けさせた後、私の寝床に連れてゆく。
如何なる時も、如何なる場所でも、決して赤兎に着物を着せてはならないのが、神領(かむのかなめ)の掟。
ならば…
私が着物を脱ぎ、一緒に全裸になって、肌で愛を暖める。
『暖かーい、暖かーい。』
愛は、クスクス笑って言いながら、私の腕の中で身体(からだ)を縮こませる。
しかし…
亜美に手当てされる矢先に、連日、絶え間なく、数多の男達に貫かれる股間の痛み眠れない。
私を起こすまいと、必死に呻きを堪えるが、腕に伝わる肩の震えが、激痛の凄まじさを伝えてくる。
『愛ちゃん、痛い?』
『ううん、平気。亜美姉ちゃんに手当てして貰ったから…』
そう言って、必死に笑顔を傾ける愛の肩は、やはり激しく震えている。
『愛ちゃん…』
私は、何もできない無力感から、思わず出掛かる『すまない…』と言う言葉を呑み込む。
この言葉を口にすれば、愛は股間だけではなく、胸の痛みにも苛まれるのを知ってるから。
代わりに…
『愛してるよ…』
と、言う言葉と同時に、唇を重ねる。
『親社(おやしろ)様、私も愛してるわ。』
愛もまた、そう言うと、一度離した唇を、また重ねて来る。
それは、かつて二人で山に出かけ、弁当を食べ終えた時にしていた、他愛ない恋愛ごっこの遊び。
唇を重ねる度に、笑顔を交わし合い、同じ言葉を繰り返すこの時…
一瞬だけ、あの時に戻れたような気持ちになる。
と…
不意に、私は、母と百合と川の字で眠りについた日々を思い出した。
百合に寝巻きを着せる事も、掛け布団をかけてやる事もできないならばと、母は、自分も全裸になって百合を抱き…
私もまた、自然に母に習って、全裸になって、一緒に百合を暖めていた。
しかし、あの時の百合も、連日、絶え間なしに、父達に貫かれる股間の痛みに眠れず、咽び泣いていた。
すると…
母は徐に百合と唇を重ねながら、甘い香りのする軟膏を、神門(みと)のワレメに塗り始めた。
『か…母様…』
暫し、濃厚に重ねた唇を離すと、丸くした目を向ける百合に、母はニッコリ笑いかけ…
『百合ちゃん、今、痛いの治してあげるからね。』
そう言うと、百合の首筋に唇を当てると、チロチロと舐めながら、舌先をゆっくり這わせていった。
『ア…アァァ…アン…アン…』
最初、身を固くしていた百合は、母の舌先が、まだ膨らみの兆しすら無い胸に近づくにつれ、次第に身体(からだ)の力を抜いていった。
『アン…アン…アァァン…』
神門(みと)のワレメに潜り込み、参道に軟膏を塗る母の指先の動きに合わせ、百合の口から、自然と声が漏れる。
『アン、アン、アン、アン、アーン…』
何処か赤子の声にも似た、愛の喘ぎ声は、母の舌先が胸の突起に近づくにつれ、次第に小刻みになってゆく。
やがて…
『アンッ、アンッ、アンッ、アーンッ、アンッ、アンッ…』
母が、小さな胸の突起を唇に含んで転がすように舐め始めると、百合は、つま先をピンと伸ばし、胸を反らせながら、一段と大きな声を漏らす。
それは先程までの苦悶の声と違って、とても安らかな声。
『百合ちゃん、気持ち良い?』
不意に、胸の突起から唇を離した母が尋ねると、百合はうっとりした眼差しを向けて、大きく頷いて見せた。
『良かった。それじゃあ、もっと気持ちよくしてあげるね。』
母は、百合の頬を撫でながら言うと、徐に百合の脚を広げさせ、それまで軟膏を塗っていた神門(みと)に、唇を近づけていった。
その時…
『親社(おやしろ)様、そこ、汚い!』
愛の、慌てて腰を引きながらあげる声に、私の追想が破られた。
私は、初めて、あの時の母と同じ事を、ずっと愛にしていた自分に気づかされた。
『汚くなんかないさ。愛ちゃんの身体(からだ)で、汚いところなど一つもない。』
『でも…でも…』
『私の母の故郷では、こうやって、幼い子を寝かしつけていたんだよ。』
『うん、知ってる。添肌(そえはだ)って言うのよね。家族みんなで、裸になって抱き合い暖め合い、最後、男の子はお母さんに穂柱と穂袋を、女の子はお父さんに神門(みと)と参道を舐めて貰って、寝かしつけられていたのよね。』
『よく、知ってるね。君は賢い子だ。』
『だって、私…私…親社(おやしろ)様の事は何でも…』
愛は、そこまで言いかけると…
『アーン…アン…アン…アン…アーーーーーン…』
神門(みと)のワレメを走る私の舌先の動きに合わせ、百合と同じ甘えるような声を漏らし始めた。
母に教わり調合した軟膏は、とても甘く、何とも言えぬ薬草の良い香りがする。
白穂の臭いが染み付いていた神門(みと)からは、芳しい花のような匂いが漂い、傷だらけで血の味がしていた参道が、今は水飴のような味がする。
人は、この薬を媚薬とも言うが…
最初は、愛の痛みを取り除く為に軟膏を塗り、効果を高める為に手順に順って舐め始めたのだが…
軟膏の香りと甘味が、少女の隠し何処の舌触りに絡まり、次第に頭の中がクラクラする。
まるで、甘い果実酒の酔いにも似て、夢と現実の境となる微睡の中…
私は、更なる香りと甘味と舌触りを求めて、気付けば、舐める事に夢中になり…
同時に…
『アーンッ!アーンッ!アンッ!アンッ!アンッ!アーーーーーーーーンッ!』
最初は尻込みしていた愛も、腰を浮かせながら、更に更に高く声をあげ、もっとして舐めて欲しいと言うように、自ら神門(みと)のワレメを突き出してくる。
やがて…
『アァァァァーーーーーンッ!』
と、一際大きな声をあげて、これ以上あがらぬ程、大きく腰を浮かしたかと思うと、金縛りにでもあったように、愛の動きが止まり…
愛の参道を弄る舌先に、それまでなかった、溢れ出る体液の味を感じた刹那…
気づけば、愛はうっとりとした笑みを浮かべながら、静かな寝息を立て始めていた。
「ねえ、美味しい?」
不意に、私の顔を覗き込む愛の声に、追想が破られた。
「ああ、とっても。」
昆布巻きを平らげた私が、次の玉子焼きに手を伸ばしながら言うと、愛は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
しかし、そのまま、私の顔をジッと見つめていた愛は、急に難しい顔になり…
「あの時塗ってくれた薬…とても危険な薬だったのよね…直接舐めながら塗る、爺じにとって…」
ボソッと言うと俯いてしまった。
「それを言うなら、愛ちゃんにとっても非常に危険な薬だったよ。調合する薬剤の中には、阿片の一種も含まれている。
一つ間違えれば、中毒症状を起こして、廃人になる。だから、一日に一回が限度だった。」
「でも、直接舌先で舐める爺じは、もっと危険だった…塗られる側は、一日に一回、決められた分量だけ塗られるなら、普通に痛いのが治るだけだけど…
塗る方は、毎日続けて使えば、身体(からだ)を悪くする…
爺じが殆ど眠れないのも、食べられないのも…
昔、お母様に内緒で、毎日、百合さんに塗ってあげていたから…
百合さんだけでなくて…
痛がって眠れない白兎や赤兎に出会っては、毎日塗ってあげていたから…
それから…」
次第に、愛の声が滲み出すと、また、在りし日の追想が甦る。
『アンッ!アンッ!アーーーーーンッ!』
毎日、母に隠れては、あの薬を塗った神門(みと)と参道を舐めると、百合は大きく腰を浮かせながら、赤子にも似た、可愛い声をあげる。
『気持ち良い?』
私が聞くと…
『うん、凄く気持ち良い。お兄ちゃん、もっとして…もっと…もっと…』
百合は、うっとりした目を向けて言いながら、更なる舌先の愛撫を求めて、股間の神門(みと)を突き出して来る。
『よしよし。でも、次で最後だぞ。』
そう言って、更に舌先の細やかに蠢かせ、愛の参道の奥まで舐めると…
『アァァァァーーーーーーーンッ!!!!』
百合は、一際、大きな声をあげると同時に、参道の奥から体液を溢れ出させ、金縛りのように動きを止め、やがて全身の力を抜かせた。
『ねえ、もっとしてえ、もっとう…』
『駄目だよ。これで、おしまいだ。』
『そんなあ、ケチん坊。お母様に言いつけちゃうぞ。』
更に強請り、聞き入れられず、口を尖らせる百合は、不意に私の顔色の変化を見て、表情を曇らせる。
『お兄ちゃん、どうしたの?』
『いや、何でもないさ。さあ、母上のところに行って、一緒に切り絵しようか。』
『うん。』
しかし…
その十数年後…
『この薬、何なの!』
拾里を預かり、初めて、母と私が百合の神門(みと)と参道に塗った薬の正体を知り、蒼白になった。
『これ、劇薬じゃない!』
『すまない…一つ間違えれば、君に中毒を起こさせ、廃人に…だから、一日にあの分量しか…』
『そんな事を言ってない!これ、塗られる方より、塗る方が、確実に身体(からだ)を蝕み、最後は発狂死するわ!
こんな薬…何故…』
私の言葉を遮るように叫ぶ百合は、そこまで言うと言葉を詰まらせ、震え出した。
『他に…方法がなかった。百合ちゃんを…あの苦痛から少しでも解放するには、他に…』
『私以外にも、これ、使ってるの?ねえ、使ってるでしょう!』
私は、答える代わりに、全身を震わせ片膝をつき、その場に椀一杯分の血を吐いた。
その頃、暗面長(あめんおさ)として派遣された社領(やしろのかなめ)では、親社(おやしろ)の末社(すえつやしろ)だけではなく、産土社(うぶすなやしろ)や氏神社(うじがみやしろ)ごとに、赤兎がいて、皆、酷い扱いを受けていた。
私は、その赤兎全てにこの薬を塗り続け、その激しい副作用に苦しめられていたのである。
『お兄ちゃん!今まで、何人の子達にこれを使ったの?ねえ、答えて!もし、十人以上の子達に、私に使ったのと同じように使っていたら、お兄ちゃんはもう…』
『良い…じゃないか…私の身体(からだ)なんて…』
『お兄ちゃん…』
『みんな…気持ち良さそうに…可愛い声をあげてたぞ…
あの子達の苦痛…ほんの少しでも取り除いてやれるなら…
こんな…こんな…汚れきった、私の命など…』
私が、激しい百合の詰問の末に答えると…
『お兄ちゃんの馬鹿!』
百合は、思い切り私の頬を叩いた。
『そんな事して…そうやって、いっつも自分の事を苛めて…それで、誰が一番傷つくと思ってるのよ!』
『百合…ちゃん…』
そして、前のめりに倒れ込む私を、思い切り抱きしめると…
『自分の命を大事にしない人なんて、大嫌い!自分を苛めて、苦しめて、命を縮めて…それで、傷つく人の気持ちも考えない人なんて、大嫌い!大嫌いよ!』
百合は、声を上げて泣き出した。
「爺じ、食べさせてあげよっか。」
私が、玉子焼きを半分齧ったところで手を止めると、愛が顔を覗き込み、ニコッと笑い…
「はい、アーン。」
私が返事をするより早く、箸と玉子焼きを取り上げて、私の口元に差し出した。
「それじゃあ、アーン。」
言われるままに玉子焼きを齧る私の脳裏に、ふと、母の声が過ぎって行く。
『良い事、この薬は劇薬…命に関わる、危険な薬なのよ。』
それは、父達に抉られた参道の痛みに泣く百合に、あの軟膏を塗ってやりたいと言った時の、返事であった。
『それでは、百合ちゃん、死んでしまうのですか?』
『百合ちゃんも危険だけど、それ以上に、塗ってあげる人が危険なの。
塗られる人は、使う量と回数を間違えなければ、命の危険はないわ。でも、塗る方は、少しずつ体内に蓄積されて、身体(からだ)を壊し、最後は死に至るのよ。』
『でも…それじゃあ、毎晩塗ってあげてる…それも、百合ちゃんだけでなくて、他の兎神子(とみこ)達にも塗ってあげてる、母上は…』
「どお?美味しい?」
愛は、私がゆっくり噛み締めた玉子焼きを飲み込むのを見つめながら、また、ニコッと笑って言った。
「うん、凄く美味しい。」
私が何気なしに答えて言うと…
「どんな…味がした?」
愛は、今度は真剣そのものな眼差しを向けて、言った。
「どんなって…」
一瞬考え込んだ後…
「愛ちゃんの味かな…」
私が言うと、愛は、一層、真剣なで、私の顔を食い入るように見つめてきた。
私は、そんな愛の眼差しを見つめ返しながら、また、あの日の百合の言葉を思い出す。
『この薬の副作用は、かなりたって初めて出るの。
最初は、徐々に眠りが浅くなり、次第に眠れなくなって…
ある日、全身の力が抜けて、思い切り血を吐いたのをきっかけに、少しずつ、胃の腑が食べ物を受け付けなくなるわ。
でも、まだ、この段階なら、元の身体(からだ)に近づける事ができる。
でもね…
何を食べても、味がしなくなってきたら、この薬は、二度と使わない事。
いつの日にか、全く味を感じなくなってしまったら、もう、手遅れよ。
五十歳まで、生きる事ができなくなる…
母様のように…』
そして…
母は、五十を前にして、数日にわたる吐血と下血を繰り返し、苦しみ死んで逝った。
幸い、私の舌先は、かなり衰えてはいるが、まだ味がする。
「愛ちゃんみたいな、柔らかな甘みがあって、ほんの少し塩気があるかな…」
一瞬、目を瞑り、先に飲み込んだ玉子焼きの味を思い返すように私が言うと…
「良かった。」
愛は、また、満面の笑みを浮かべて見せた。
そして…
もう一度、真剣な眼差しを私に向け…
「ねえ、爺じ、今度また、ご褒美をあげるね。」
「えっ?」
「爺じが、いつまでも元気でいてくれたら、また、ご褒美をあげる。」
「愛ちゃん…」
「私、ずっと、爺じの事を見てるよ。どんなに遠く行ってしまっても、どんなに離れても、ずっと…
だから、ずっと元気でいてね。
そうしたら…
元気に五十歳の誕生日を迎える事ができたら、また、ご褒美をあげるね。」
私の胸に顔を埋めた。