サテュロスの祭典

神話から着想を得た創作小説を掲載します。

兎神伝〜紅兎三部〜(21)

2022-02-03 00:21:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃一
兎神伝

紅兎〜革命編其乃一〜

(21)父親

渾身一撃…
空高く舞い上がり、逆手に振り下ろされた奥平の長太刀は、地中深く柄際まで突き刺さった。
周囲に土煙の煙幕が立つ。
間一髪…
真横に躱した和幸は、土屑に塞がれた目を擦りながら、急ぎ上体を起こしかけた。
奥平は、容易に引き抜けぬ長太刀を見捨て、空かさず和幸に横蹴りを入れる。
吹き飛ばされる和幸に、起き上がる間も与えず回し蹴り。
返す足で、後ろ回し蹴り。
手を地につけ、四つ足に立ち上がろうとするや、更に腹部を激しく蹴り上げた。
『どうだ、和幸。これが、本物の鬼道拳士…青い巨星の拳術の味だ。男色共を垂らし込み、尻の穴を抉られ、イチモツをしゃぶる男娼風情が、小手先器用に俄仕立てで会得した拳術とは一味違うだろう?』
奥平は、地を転げ回る和幸を、嬲るように見下ろしながら、ひたすら蹴飛ばし、踏みつけ続けた。
『青い巨星…三人目にして最強の男、ブルー・スリーの名を欲しいままにする、お前の名声を耳にする度に…
たかが使い捨ての手先、殺し屋のお前が、同盟紅軍の間で、褒めそやされる声を耳にする度に…
こうやって、お前を嬲り殺す日を夢見て来たぞ。』
和幸は、最早どのような嘲笑や挑発の言葉にも動じる様子を見せず、踏蹴されるに任せながら、奥平の動きを見据えて次の攻撃の機会を伺っていた。
『さあて…お前の何処から折ってやろう?手が良いか、足が良いか?それとも背骨が良いか?』
言いながら、奥平は…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
不気味な声をあげて、足を思い切り振り上げようとした…
今だ…
一瞬、鋭い眼光を放つ和幸は、突如足払いの蹴りを放った。
奥平は、思わぬ不意打ちに、仰向けに倒れ込んだ。
和幸は素早く跳ね起き飛び上がり、十手を突きつけた。
奥平は、左腕の長盾で十手を受け止め、そのまま和幸を跳ね飛ばした。
和幸は、コマの如く身体を回して空を舞いながら着地。曲線を描き、水面を飛び交う鴎のような構えをとった。
奥平は、足先から跳ね起き、両手で昇龍の如き構えをとると…
『アチョーーーーーッ!!!!!』
奇声を発し、身体を横向きに回転させながら手刀を放ち、躱されると肘打ち、蹴り、拳と連打した。
和幸は、羽毛の如く軽やかな身のこなしで、受け流すように躱した。
奥平は、飛び上がりながら、突き上げる拳と膝蹴りを同時に放つ。
和幸は、拳と膝蹴りの方角に合わせて身を引き翻して躱し、袈裟懸けに十手。
奥平は、左腕の長盾で受け止めて蹴り。
和幸は軽やかに受け流すように躱して、逆袈裟に十手。
『アチョーッ!アチョーッ!アチョーーーーーン!!!!』
蜷局を巻いて昇天する龍の如き構えをとりながら、突き上げるような拳と、返す腕の肘打ちと…
龍の打ち振るう尾の如き後回し蹴り…
『貴様、鬼道拳術を習い始めたんだってな?』
牙を剥いて襲い掛かる龍の頭の如き手刀突きを躱しながら、平次の言葉が脳裏を過る。
『凄いなー!朧忍術(おぼろしのびじゅつ)の他に、鬼道拳術まで…本当に、和幸は凄いなー!』
真っ直ぐに向けられる澄み切った眼差し…
憧れと尊敬に満ちた純粋な眼差し…
『俺も、鬼道拳術習いたいなー。
習うなら、俺は鬼北(おきた)派が良い!北神龍昇拳が良い!
俺、奥平さんみたいになりたいんだ!だってさ、奥平さんって、やっぱり…』
蜷局を巻く昇龍の如く、飛び上がりながら放つ、突き上げる拳と膝蹴り…
何処までも勇壮雄大なる奥平の拳は、正に一尾の龍。
時折、暗殺任務完了後の座興に見せた、奥平の演武を見つめる平次の眼差しは、恋する乙女に似ていた。
憧れていた…
身も心も捧げ、命など何百何千回捨てても惜しくない程、平次は心酔しきっていたのだ。
和幸は、そんな平次が好きだった。
好きと言うより、自分を重ね見ていた。
自分もまた、周恩来(チョーエンライ)に同じ思いを抱いていたから…
奥平は、横蹴りを後ろ一回転して躱されると、胸甲に忍ばせていた二節棍を取り出し…
『ハァーーーーーーーーッ!!!!』
大きく息を吐き出しながら、両手に握り、正面真一文字に突き出すように構えた。
和幸もまた、空に曲線を描きながら、水面を飛び交う鴎の如き構えをとる。
奥平は二節棍をに両手巧みに持ち替え、左右上下自在に回しながら…
『アチョーーーーーン!!!!』
耳を劈くような奇声と同時に、和幸の頭上に振り翳した。
和幸は、右脇に受け流すように躱す。
すると、躱した右脇下段から、逆袈裟に二節棍…
和幸がコマの如く身を翻して後方に躱すと…
左脇から横真一文字に二節棍…
右脇上段より袈裟懸けに二節棍…
『アチョーッ!アチョーッ!アチョーーーン!!!』
奥平の絶え間ない奇声と共に、予測不能な方角からの二節棍の連打が続いた。
『アチョーーーーーーーーーーーッン!!!』
一際甲高い奥平の奇声が上がるや、弾くような鋭い音が鳴り響き、和幸は後ろに吹き飛ばされた。
『アチョーッ!!!!』
更に続けて、二節棍が和幸を打ち据える。
倒れ込む和幸の腹部を奥平は蹴りあげ…
『アチョーッ!アチョーッ!アチョーッ!!!』
立ち上がって体制を整えようとする和幸に、容赦ない二節棍の連打…
奥平は、逆手に構える二刀の十手で二節棍を躱されると、脇を狙って中段蹴りを入れた。
頽れる和幸に、正面蹴り…
更に絶え間ない二節棍の連打…
二刀の十手で躱す和幸の腹部に蹴り…
『アーーーータタタタターーーーッ!!!!』
奥平は、漸く立ち上がる和幸に、情け容赦ない二節棍の連打を浴びせた。
『立て、和幸。まだ、終わってないぞ。』
片膝を付き、肩で息をする和幸を、奥平は嬲るように見下すと…
『グフッ、グフッ、グフフフフフ。』
また、不気味な笑い声をあげた。
『でも、何だって貴様は北神拳で無くて、鬼南(おなみ)派の南聖拳を選んだんだ?』
薄れゆく意識の中で、また、明るい平次の声が聞こえてくる。
『いや、野暮な事は聞くまい!どうせ、軽信さんが理由なんだろう?』
真っ直ぐに見据える眼差しが、眩しく輝いている。
『でも、変な気を起こすなよ!軽信さんには奥平さんと言う素敵な人がいるんだからな!もし、奥平さんの大事な人に、変な気を起こしやがったら、俺が許さないからな!』
何一つ汚れを知らず、純粋な彼の発する言葉の一つ一つが、耳に心地よかった。
『俺、奥平さんの何もかもが大事なんだ。奥平さんのものなら、髪の毛一本の為にでも死んだって良い!だから、奥平さんが命より大事にしてる、軽信さんに手を出すなよ!』
笑って言う言葉も、怒って言う言葉も、全てが心地よかった。
全ては、奥平への憧憬と崇敬。
平次もまた、父を知らずに育っていた。父親がどんなものか知らなかった。父親を欲しいとずっと願っていた。
奥平に、父親を見ていたのだ。
そして…
『それにしても…奥平さんと軽信さんも言っておられたけど、貴様、本当に青が似合うな。』
奥平の恋人である軽信の弟のような存在であった和幸に、歳は同じなのに、兄のような思いを抱いていた。
和幸が、ただ、周恩来(チョーエンライ)の養女と言う理由で軽信を姉と慕ったように…
平次は、奥平の恋人である軽信の弟分と言う理由だけで、同い年の和幸を兄と慕っていたのである。
『軽信さんの仕立ても良いんだろうけど、綺麗な顔した貴様には、青がよく映える。』
脳裏を掠める奥平の面影は、満面の笑みと共に消えていった。
気づけば、平次が、飽きる事なく触りながら眺め回していた青い着物が、既にズタズタに斬り裂かれ、血塗れになっていた。
和幸は、二節棍の飛ぶ方角に身体を逸らす事で、どうにか打ち据えられる衝撃を緩めながら、左右に視線を動かし、反撃の機会を狙い続けた。
更なる二節棍の一撃…
和幸は、激しく横転しながら飛ばされた。
ふと、後方の彼方に目を留める。
せせらぎの音を立てる川の流れ…
和幸は、意を決したように、相変わらず動じない眼差しを奥平に向けた。
『ただでは殺さん。まず、手足と背骨を砕き、身動きできぬおまえの前で、あの気の触れた赤兎がよってたかって穂供(そなえ)られる姿を見せてやろう。』
奥平は、言いながら、また激しく和幸を打ち据えた。
『赤兎だけじゃないぞ。此処の白兎達も、妹のように可愛いがっていた赤兎が、寄ってたかって穂供(そなえ)られるのを見せつけてやった後、全裸にひん剥いてやりまくってやる。』
嬲るような言葉と連打が続く。
『そうだ…ここの黒兎達にも、あの赤兎や白兎達をたっぷり穂供(そなえ)させてやろう。おまえ達同様にな、ここの黒兎達も、兄妹姉弟、恋人のように、白兎達と仲が良いんだぞ。あんな白穂臭い赤兎、少しでも暖めてやろうと、抱きしめて頬擦りなんかしやがるんだ。』
和幸は、一瞬激しい胸の疼きと反撃の欲求に駆られながら、十手を握る手に力を込めて必死に堪えていた。
『存分に白兎と赤兎をやらせてやった後、俺の部下や楽土兵、神漏兵(みもろのつわもの)達に寄ってたかってまわされるのを見せつけながら、黒兎達にも穂供(そなえ)てやろう。』
奥平はそう言うと…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
と、不気味な声で笑った。
そして…
『どうだ?思い出すだろう、あの美香と言う赤兎の事。懐かしませてやるぞ。あの時、美香の為に歯軋りしかできなかったおまえ達同様、仲間の白兎や赤兎がまわされている横で、彼女達をまわしたのと同じ手で穂供(そなえ)られる黒兎達の姿を見せつけてな。』
奥平は、不意に和幸の胸ぐらを掴んで顔を近づけると…
『面白い事を一つ教えてやろう。美香に法被を着せてやるよう、義隆に話を持ちかけたのは俺だ。その義隆を、童に密告させ、法被を着る美香の写真を眞悟宮司(しんごのみやつかさ)に送りつけさせたのも俺だ。』
『童…どう言う事ですか…』
『簡単に言おう。我等は、楽土の毛沢東(マオツートン)主席を指導者と担ぐ一方で、洋上帝国とも…明星国とも通じていると言う事だよ。紅王様の為にな。』
『紅王…?』
『正当なる男系男子の血脈と、旧帝国の崇高なる精神を受け継ぐ、我等が真の宮様。
全ては紅王殿下の為に…
男子の数を減らし、国際協調などとほざき、旧帝国覇業の足を引っ張り崩壊させた現皇室を排し、紅王殿下を皇籍に復帰させ皇位に奉戴する為…
楽土のチャンコロ共に築かせた世界機構を掠め取り献上する為…』
『それでは、革命は…』
『茶番だよ。誰が、三等国民…チャンコロ共の欲惚けジジイの指導者などに従うものか。
紅王殿下と共に、旧帝国の復興と覇業の完遂を実現させる前の茶番劇だよ。
紅王殿下と旧帝国の栄光の前に、烏合の衆の革命も、お前達の命も、塵芥に過ぎぬわ。』
言い終えると、奥平は和幸を突き飛ばし、更に飛び蹴りを食らわせた。
和幸は、敢えて避ける事なく、数間先までふきとばされた。
すると…
次第に白々と明けてくる薄闇の中、激しい飛沫の音が鳴り響いた。
川の浅瀬に投げ出された和幸は、ゆっくり起き上がると、片膝をつけた格好で、奥平をじっと見据えた。
『さあ、和幸、何処から折って欲しい?足か、腕か?』
奥平は、全身節々の関節を鳴らしながら、川に足を踏み入れながら言った。
『赤兎、白穂臭さが鼻につくが、なかなか良い味してるな。あの締め付けに、身体(からだ)を隠せない羞恥心と、苦痛を口にできない苦悶の表情が実に堪らん。』
和幸は、何も答えず、その顔に何ら表情も表さず、二刀の十手を構える手を水面に沈めた。
『本当は、手足の指先、一本ずつ折ってやりたいところだが…早く、お前の見てる前で、赤兎や白兎達をまわしてやりたくて、股間が疼きまくってる。一思いに手足と背骨を砕いてやろう。』
奥平はそう言うと、再び二節棍を振り回し始めた。
『言う事は、それだけですか?』
和幸は、目線で二刀十手の切っ先と奥平の距離を測りながら、ようやく言葉を発して言った。
『他に何がある?』
『もう一度だけ、お聞きします。平次は父を知りませんでした。父に憧れていました。父親が欲しいと、ずっと願ってました。奥平さんを、漸く出会えた父親だと思ってました。
せめて一言、平次にかけてやる言葉は、何もないのですか?』
『俺が父親?尻の穴や口を連日白穂まみれにさせた男娼の?気色悪い…』
奥平は、和幸の言葉に露骨な嫌悪感を露わにした後…
『あ、そうそう…お前にも死ぬ前に少しだけ良い思いをさせてやるぞ。身体(からだ)を動かせぬお前のモノを、あの赤兎にしゃぶらせてやろう。丹念にしゃぶらせ、舐めさせて、口の中いっぱいに放たれた白穂を、赤兎が飲み込むの眺めながら、ゆっくり首の骨を折ってやる。』
そう言うなり…
『アチョーーーーーーーッ!!!!』
再び耳を劈く奇声を発して、二節棍を振り回し和幸に向かって行った。
次の刹那…
和幸は、不意に立ち上がると同時に、二刀十手を突き上げた。
一瞬…
波立つ飛沫が、和幸との距離と視界を遮る。
構う事なく二節棍を振り下ろそうとする奥平は…
『水鴎拳…斬波刀(ざんばとう)か…』
飛沫が消えると同時に静止して、呻くように呟いた。
和幸は、相変わらず感情を表さぬ眼差しで、奥平を見上げていた。
『俺とした事が…』
奥平は、頭上に振り上げた二節棍を落とすと、その手を腹部に回した。
ドス黒い血がべっとり染み付いてくる。
『青い巨星、鬼道拳士至強たるこの俺とした事が…』
和幸が、突き刺した二刀の十手を、左右真横一文字に広げ切り裂くようにして引き抜くと…
『不覚…何たる不覚…』
奥平はゆっくり膝をついて倒れ込んだ。
腹部からは、ドス黒い血だけではなく、内臓まではみ出させている。
和幸は、暫しの間、苦悶と敗北の屈辱に呻きのたうち回る奥平を冷徹な眼差しで見下ろすと…
『待て!何処へ行く気だ!俺は負けん!薄汚い男娼風情のお前などに負けやせん!待つんだ、和幸!待てーーーっ!』
興味が失せたよう、苦悶より屈辱に顔を歪めて叫び続ける奥平に背を向け、その場を去って行った。
私の前に絲史郎が倒されると、事は一気に終息に向かっていった。
同盟紅軍…いや、今となっては、藤子連合紅軍派の革命戦士達と楽土兵達は、幹部である森脛夫はじめ、いつの間にか全員姿を消していた。
平蔵は、私の無事な姿に安堵の吐息を漏らすと…
『我等は、敵国内通と謀反を企てし、宮司(みやつかは)と権宮司(かりのみやつかさ)を捕縛に来た!身に覚えのない神漏兵(みもろのつわもの)達は去れ!お前達に用はない!』
再び切り結びを始めながら、怒鳴り声を張り上げた。
尚も宮司(みやつかさ)と権宮司(かりのみやつかさ)に忠義立てているのか、一連托生だった疚しさからか、最後まで抵抗する者もなくはなかったが…
殆どの者達は、蜘蛛の子を散らすように去って行った。
朧衆の忍達も、逃げて行く者を追って行こうとはしなかった。
『へへへへへ…ようこそ、ご参拝下さいました。どうぞ、参道をお通り下さい…へへへへ…』
赤兎の少女は、貴之が側に近寄ると、口から涎と流し込まれた白穂を垂らしながら、脚を大きく広げ、ヘラヘラ笑いながら言い…
『参道は、こちらにございます…へへへへへ…』
見るも無残な血と白穂塗れの参道を、指先で乱暴に掻きまわそうとし始めた。
『もう、良いんだよ。終わったんだよ。』
貴之は、少女の手を握り、参道から離させると、ニッコリ笑いかけた。
『よ…よ…よろしければ…上の参道を…中で、綺麗に清めて…差し上げます…』
少女は、貴之を怒らせ、仕置でもされると思ったのか、カタカタ震えだした。
『着物をきません…
身体(からだ)を隠しません…
穂供(そなえ)を嫌がりません…
穂供(そなえ)中、何をするように言われても、何をされても嫌がりません…
上の参道をお通り中、決して噛んだり致しません…』
少女は、首を振り立てて咽び泣き出すと、血の混じった尿を漏らした。
『よしよし、もう大丈夫だよ。怖かったね、辛かったね。よしよし…』
貴之は、脱いだ羽織を少女の肩に掛けてくるんでやると、優しく抱いて頭を撫でてやった。
すぐ傍では、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が、腰を抜かして後退りをしていた。
貴之は、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)に目を留めると…
『マサ、この子を頼む。』
側に立つ政樹に少女を委ね、まっすぐ忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)の方を見上げて立ち上がった。
『た…た…助けてくれ…』
『わしらは、奥平に命じられただけだ…奥平に命じられて、仕方なしに…』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、咽び泣いて後退りしながら、二人揃って尿を漏らした。
貴之は、側に倒れている神漏兵(みもろのつわもの)達が握りしめている湾曲刀を二振り拾いあげると、二人に近づいていった。近づくにつれ、その顔は怒りと憎悪に引き攣り歪んでいった。
『お願いだ…助けてくれ…助けてくれ…』
『何でも言う事をきく…頼むから、殺さないでくれ…』
貴之は、拾った湾曲刀を逆手に持つと、有無を言わさず振り下ろした。
『ギャーーーーーーーッ!!!!』
『ギャーーーーーーーッ!!!!』
二人は、同時に足の甲に湾曲刀を突き刺されると、凄まじい絶叫をあげた。
『脱げ!』
貴之は、突き刺した湾曲刀を引き抜くと、二人の首筋に突きつけて言った。
『素っ裸になれ!』
二人は、怒鳴りつけられるままに、着物を脱ぎ捨て、全裸になった。
『穂供(そなえ)参拝に来てやったぜ、どうお出迎えするんだ?』
貴之は言いながら、また、二人のもう片方の足の甲に湾曲刀を突き刺した。
『ギャーーーーーーーッ!!!!』
『ギャーーーーーーーッ!!!!』
二人が絶叫すると…
『何、ビービー喚いてんだよ!穂供(そなえ)参拝がするこたあ、喜んでお受けするだろう!』
叫び様、今度は二人の足の小指を同時に切り落とした。
『ヒィーーーッ!!!!!』
『ヒィーーーッ!!!!!』
二人が悲鳴をあげると…
『黙れ…』
貴之は、二人の首筋に湾曲刀の切っ先を突きつけ、低い声で言った。
『てめえら、一度でも兎神子(とみこ)達にやめてくれと哀願する事を許してやったのか?痛がって泣く事を許してやったのか?
これから一言声でもあげてみろ、その度に指を一本ずつ切り落としてやるぜ。』
二人は絶句すると、また尿を漏らした。
『さあ、穂供(そなえ)参拝だ、お出迎えしろ。』
貴之が睨みつけると…
『よ…ようこそ…ご参拝下さい…ました…どうぞ…参道を…お通り下さい…』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、蚊の鳴くような声をあげ、恐る恐る脚を広げて見せた。
『何だ?聞こえねえ!それと、もっと脚を広げろ!』
貴之が首筋に湾曲刀の刃先を突きつけ、一際凄んで見せると…
『ヒッ!』
『ヒッ!』
二人は声をあげ、脚を目一杯広げ…
『ようこそ、ご参拝下さいました!どうぞ、参道をお通り下さい!』
涙声を張り上げて言った。
『よく見えねえ、何処が参道か教えろ。』
『参道はこちらでございます。』
貴之は、暫し二人が萎びたモノを弄り回すのを冷たく見据えた後…
『手を退けろ…』
二人の首筋に湾曲刀の刃先を当て言った。
『ヒッ!』
『ヒーッ!』
二人が、言われるままに、股間から手を退けると…
『何か、邪魔なモノがぶら下がっていて、通れねえな。切り落としてやろう。』
言うなり、貴之は、二人の萎びた穂柱に向けて、湾曲刀を振り下ろそうとした。
その時…
『貴之、待てい!』
平蔵が叫びながら駆けつけ、貴之の腕を抑えた。
『平蔵!邪魔するんじゃねえ!』
貴之が、平蔵に凄みながら手を振り解こうとすると…
『安心しろ!こいつは、敵国内通の謀反人…磔は免れねえ!』
『だから、何だってんだ!』
『お前に非道な真似はさせられん!お前を息子のように思う男の前でな。』
『俺を息子?誰だ、そいつは?』
平蔵は、答える代わりにニッと笑い…
『それにな、こいつらには少しばかり聞きてえ事がある。』
どうにかして貴之を宥めると…
『これはこれは、摂社宮司(せっつのみやつかさ)様に、権宮司(かりのみやつかさ)様。随分と良い格好されておりまするな。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)の方を向いて、ニィッと笑った。
辺りは既に静まり返っている。
最後まで歯向い続けた神漏兵(みもろのつわもの)達は悉く討ち取られていた。
他は、既に何処へともなく去っていた。彼らからすれば、所属する社の宮司(みやつかさ)が宮司(みやつかさ)である間だけ、忠実に従う義務がある。宮司(みやつかさ)として失墜すれば、最早何の義理も義務もない。まして、謀反人として捕らわれたとすれば、そんな輩に義理立すれば、自分の尻にも火がつきかねない。
次の宮司(みやつかさ)が決まるまで、彼らは謹慎し続けるであろう。
『おいっ!平蔵!此奴らを捉えて、わしを助けろ!』『何をぐずぐずしておる!早うせんか!』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)に、状況を把握する頭はない。既に、自分は宮司(みやつかさ)と権宮司(かりのみやつかさ)を失墜したなどとは微塵も思わず、平蔵の顔を見るなり、命令口調で喚き散らした。
『どうした!早くせい!』
『早うせねば、お主も謀反人と見做すぞ!』
『謀反人は、貴方様にございます。』
平蔵がわざとらしく、うやうやしい態度で言うと…
『何じゃと!』
『貴方様方が、同盟紅軍と結び、楽土と内通して謀反に加担せしは既に明白にございます。神妙になされよ。』
『平蔵っ、助けろ!わしは、本社宮司(もとつやしろのみやつかさ)に命じられ、奥平達に無理強いされて謀反に加担させられただけだ!』
『摂社(せっつやしろ)が本社(もとつやしろ)に背けないのは、お前だって知ってるだろう!』
漸く状況を呑み込めた二人が、必死になって言うと…
『そうか?若様は、再三に渡って、兎神子(とみこ)達への酷使と虐待をやめるよう、諸摂社(もろつせっつやしろ)と諸末社(もろつすえつやしろ)に通達を発しておられるが、どの社(やしろ)一つとして指示に従わんがな。それどころか、若様が在家一族(ありついのいちぞく)や産土社(うぶすなやしろ)が赤兎を兎弊する事を固く禁じる触れを出された事に抗議して、本社宮司(もとつやしろのみやつかさ)罷免を申し出る騒ぎまで起こしておる。とても、本社(もとつやしろ)に背けないなどとは思えんがな。』
『それは、鱶見本社(ふかみのもとつやしろ)の統治能力の無さであろう!それと、祭事(まつりごと)の基盤である兎弊と兎神子の穂供(そなえ)に水をさされては、いかに本社(もとつやしろ)の意向とは言え…』
『黙れ。お前は、総宮社(ふさつみやしろ)の爺社(おやしろ)様のご子息にして、暗面長(あめんおさ)様の御統治、祭事(まつりごと)に対する姿勢、誤り劣っている…と、こう申すわけだな。』
平蔵は物言い静かに、凄み睨み据えた。
『い…いや…』
『それは…』
忽ち蒼白になって黙り込む二人は…
『まあ、良い。ところで、おめえに聞きてえんだが、紅王って誰だ?』
『紅王…?』
平蔵の問いに、目を丸く見開いた。
『紅王だと?』
未だ怒りと興奮の冷めやらぬ貴之も、突然聞きなれぬ名を耳にすると…
『紅王って、何だ?』
『さあ?楽土の偉い人?』
思わず政樹と顔を合わせた。
『奥平は、紅王とやらの為にこの馬鹿騒ぎを起こしてるとほざいておったぞ。』
『馬鹿な…』
『我らは毛沢東(マオツートン)主席の為に…』
二人は言いかけ、慌てて口を押さえた時は遅かった。
『成る程…やはり、おめえ達は強いられて、馬鹿騒ぎに加わったわけじゃーねえんだな。』
ニンマリ笑う平蔵は、ここに至って、わざとらしい丁重さもかなぐり捨てて言った。
『いや…』
『それは…』
『まあ、良い。それより、おめえ、随分と面白え玩具を持ってるじゃねえか。』
平蔵が、二人の着物の中から、『薬』と称される赤い物を詰め込んだ壺と、釦を押すと電流が流れる鉄の棒を取り出して言うと、二人は忽ち蒼白になった。
『こいつは、穂供(そなえ)られまくって傷だらけになった兎達の参道に塗るんだそうだな。練り辛子と練り山葵に、粗塩と一味唐辛子を混ぜ合わせ…こいつはよく効きそうだ。』
平蔵は言うなり、その『薬』を指先いっぱい掬い上げると…
『や…やめろ…』
『やめてくれーーーーっ!!!!』
泣き喚く二人の、貴之に長太刀を貫かれた傷口に指先を突き刺し、抉るようにして中に塗り込んだ。
『ギャーーーーーーーッ!!!!!』
『ギャーーーーーーーッ!!!!!』
またもや、耳を劈く絶叫がこだました。
平蔵は、次に電流の流れる鉄の棒を取り出すと…
『でもって…こいつは、この釦を押して電流を流し、兎神子(とみこ)達の参道に押し当てると…』
言いながら釦を押し、二人の股間にぶる下がる萎びた穂柱に押し当てた。
『ギャーーーーーーーッ!!!!!』
『ギャーーーーーーーッ!!!!!」
更に凄まじい絶叫を上げる二人に、何度も何度も鉄の棒を押し当てると…
『成る程、こいつはよく効くな。続きは、長谷川屋敷でな。紅王の事、しっかり思い出して貰うぞ。』
言いながら、二人の両腕を後ろに組んで縛りあげた。
『お頭!』
『お頭!』
そこへ、平蔵配下の忍達が駆けつけた。
『良いか、こいつらをこのまま先頭に押し立てて、屋敷まで歩かせろ。途中休む時もな、脚を広げて外に縛りあげて晒しておけ。赤兎の味わってきた思いって奴を、存分に味合わせてやれ!』
『ハッ!』
『ハッ!』
平蔵配下の忍達は、早速二人を立たせると…
『さあ!歩け!』
足の傷の手当てもせぬまま、蹌踉めく二人を引き摺るように歩かせて行った。
『これでは、気が済まぬか?』
平蔵が言うと、貴之は苦飯噛み潰したような顔をして俯き、押し黙った。
『気が済まねー顔してるな。だがな、お前にも息子がいると聞いたぞ。』
『俺の息子?』
『そうだ。今は、天領顕国(あめのかなめのうつしのくに)で何処の誰かに貰われている、早苗との間に生まれた息子だ。その子が大きくなり、もし、今お前がしようとしていた同じ事をしたら、お前、嬉しいか?』
貴之は、何も答えず、拳を強く握りしめた。
『嬉しくないな、悲しいな。父親の気持ちは皆同じだ。お前の父親を悲しませるなよ。』
平蔵は、貴之の肩を叩いて言うと、赤兎の少女に目を留めた。
少女は、平蔵と目を合わせるなり、恐怖に顔を痙攣らせて震え出し…
『着物を着てはいけません…
身体(からだ)を隠してはいけません…
穂供(そなえ)を嫌がってはいけません…
穂供(そなえ)中何をされ、何をするよう言われても嫌がってはいけません…
上の参道を通られている時、決して噛んではいけません…』
言いながら、せっかく肩に包んで貰った羽織を取ると、両脚を広げて、神門(みと)のワレメを指先で押し広げて見せた。
『ようこそ、ご参拝下さいました。どうぞ、参道をお通り下さい。』
少女は、平蔵が近づくと一層震え出し…
『参道はこちらにございます。』
言いながら、傷だらけの参道を乱暴に掻き回し始めた。
『終わったんだよ。』
平蔵は側にしゃがみ込むと、手を参道から引き離して、両手で包み込むように握りしめてやり…
『もう、参道は開かなくて良い。
着物着ても良い。身体(からだ)を隠しても良い。嫌な事をされたら、嫌だと言えば良い。』
そう言って、もう一度肩に羽織を掛けてやった。
しかし、少女には平蔵の言葉が理解できず…
『へへへへへ…宜しければ、上の参道をお通り下さい。へへへへ…舌で綺麗に清めて差し上げます。へへへへ…』
涎を垂らしながら言うと、ヘラヘラと笑い出した。
『名無しさん…やっぱり、来て下さったのですね…』
私の腕の中で、暫し息を吹き返すと、平次は満面の笑みを浮かべた。
『当たり前じゃないか。君は、私を紅兎の一員に加えてくれたのだからね。』
『名無しさん…凄いですね…あの絲史郎を、一瞬で倒すなんて…本当に強いんですね…』
『君達ほどでは無いさ。私は驚いたよ、たった四人で、百人近く倒していたじゃ無いか。』
『そんな…俺達なんて…そんな…』
平次は、薄れゆく意識の中で、照れ臭そうに笑った。
何とあどけないのだろうと思った。
これが、和幸達が駆けつけるまでに、たった四人で百人近い神漏兵(みもろのつわもの)達を屠った少年達とは思えなかった。
『平次…』
自らの血と返り血とで、全身血塗れの和幸が駆けつけると…
『和幸…これで、革命は成功するな…貴様達が来てくれて…名無しさんまで加わって下さるんだ…必ず…必ず…俺達が…』
平次は、和幸の方に手を伸ばした。
『平次!勝てるとも!我らの大勝利だ!』
和幸は叫ぶなり、平次の手を握った。
平次は、微かに指先を動かしかけたが、最早握り返す力はなかった。
『これで…もう、赤兎達は着物を着られる…もう裸でいなくても良くなる…白兎達も、男達の玩具にされて、自分達で育てる事のできない子供を産まなくて良くなる…
みんな、好きな男と結ばれ、その男の子供を産んで、幸せに…』
『そうだよ、平次!みんな、小さな幸せを夢見て暮らせるようになるんだ!それで、君は北の楽園に行くんだろう!コトちゃんを連れて、北の楽園に行くんだろう。』
和幸が言うと、平次は静かに目を瞑り…
『コトちゃん…一緒に北の楽園に行こう…北の楽園で…チョゴリを着せてやるぞ…』
そう、呟くように言うと、次第に意識を遠のかせていった。
『軽信、良く見ろ!これが、お前の言う多少の犠牲とやら達の姿だ!』
私は、あたりを見回しながら、呆然と立ち尽くす軽信を見上げて言った。
『お前達に心酔し、お前達を信じた挙句、裏切られていった、多少の犠牲達…
みんな、まだほんの子供達だぞ!
平次君は十六!他の子達も皆十五かそこら…佐七君に至っては、まだ十三だぞ!
お前達の革命ってのは、こんな犠牲を必要とするのか!こんな犠牲を出さなければ、達成できないものなのか!」
聞いているのかいないのか…
軽信は、あたりに倒れる紅兎の少年達一人一人の顔を見つめ続けていた。
平次の顔…
伝七の顔…
信五の顔…
佐七の顔…
いつまでも、無言で見つめ続けていた。
その眼差しからは、何を思い、考えているのかわからなかった。
『姉さん、これ、父さんとは何の関係もないですよね。』
和幸は、不意に立ち上がると、軽信に悲しげな笑みを傾けて言った。
『父さんも姉さんも、奥平さんに騙され、裏切られたのですよね。』
軽信は、固く唇を引き結んだまま、何も答えず、むっつりと黙り込んでいた。
『父さんと姉さんは、僕達の事、裏切ってないですよね。僕達の事、本当に同心だと思って下さっているのですよね。
姉さん…』
『当たり前じゃないか。』
私は、尚も何か言いかける和幸に、押し黙り続ける軽信の代わりに答えて言った。
『これは、周恩来(チョーエンライ)とは何の関係もありはしない。周恩来(チョーエンライ)も軽信も、君達を裏切る事は絶対ない。あり得ない。』
和幸は、軽信に向けていた眼差しを私に向けた。
その双眸からは、止め処なく涙を溢れさせていた。
『周恩来(チョーエンライ)は、君の父親なのだろう?だったら信じろ。
親は、何があっても子供を愛し続ける。ならば、子は何があっても親を信じるんだ。
親子とは、そう言うものだ。特に、父と息子とは、そう言うものだ。』
私が言うと、和幸は尚も涙を溢れさせながら、大きく頷いて見せた。

兎神伝〜紅兎三部〜(20)

2022-02-03 00:20:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃一
兎神伝

紅兎〜革命編其乃一〜

(20)決着

全てが遠のいて行く…
剣戟銃声の音も…
敵味方双方の張り上げる鬨の声も…
激しい戦闘そのものが、夢幻の如く現実味を失い、今そこに立つ一点だけが、世界の全てであるかのように思われる。
和幸は、真っ直ぐに奥平を見つめた。
憧れ続けてきた人…
心酔し続けてきた人…
不思議と怒りも憎しみも湧かなかった。
ただ、激しく胸が疼いていた。
脳裏には、ヘラヘラ笑いながら尿と白穂にまみれた股間を広げ、ボロボロに傷ついた参道を血塗れになる程自分で掻き回す少女の姿が脳裏を過っていった。
どんな目に遭わされてきたのだろう…
どんな事をされてきたのだろう…
赤兎の悲惨な姿は、数え切れない程目にし続けてきた。
あの子達を救う為だと言われて、数多の人々の命を奪い続けてきた。
それでも、あそこまで悲惨な姿になった赤兎を見るのは初めてであった。
しかも…
それをやったのは、他でもない…
『さあ、来るが良い。』
奥平は、二頭の龍蛇が、片方は鎌首を上げ、片方は鎌首を下げたような構えをとると…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
不気味な笑い声をあげた。
和幸は、無言で立ち尽くしたまま、奥平をジッと見据えていた。構えを取る様子は見られない。
『青い巨星、第三にして最強の男…ブルー・スリー…その名を耳にする度に、狂いそうになる程、腹わたが煮えくり返ったぞ!』
奥平は、叫ぶなり、左腕当ての下から飛び出す鞭を振りかざしてきた。
耳を劈く弾かれた音が鳴り響くと、和幸は吹き飛ばされた。
『三歳の時から鬼北(おきた)道場に放り込まれ、血の滲むような訓練を強いられてきた。最強の男になれとな!
来る日も来る日も、脳幹がどうとか言って、死ぬ寸前まで打ちのめされ、地獄の日々を過ごしてきた!』
更に、鞭が連打して和幸を打ちのめした。
既に血塗れになりながら、和幸は何一つ反撃せず、黙って打ちのめされた。
ただ、真っ直ぐ奥平を見据え続けた。
その眼差しに怒りも憎しみもなく、ただ、憂に滲んでいた。
『俺は、何度も死にはぐった!殺されかけた!師匠も父も、耐え抜けなければ本気で殺しにかかってきた!
そんな地獄を、漸く這い上がって、最強の座を手に入れた!青い巨星と渾名され、鬼北(おきた)派初代館長…鬼北十三(おきたじゅうぞう)の再来とまで言われるようになった!だのに…だのに…』
どれ程、打たれ続けたであろう。
奥平と軽信に憧れて着込んだ、青に統一された着物は、既にボロボロになっていた。血に塗れていた。
それでも、痛みは全く感じなかった。
ただ…
胸だけが激しく疼き続けていた。
『だのに!やっと、鬼北(おきた)派最強の座を手にした時、鬼南派の軽信も青い巨星と呼ばれるようになった!俺と合わせて青い双星と言われるようになった。
相手は女…それも、旧敵国軍人の手垢に塗れた売女だ!それだけでも我慢できなかった!』
奥平の連打する鞭は、打ち放つ度に、苛烈さを強めた。鍛え抜かれた和幸でなければ、とうに全身の骨が砕け散ってるところであった。
『それが…今度は、見よう見まねで習い始めたお前が、一年もしないうちに、十五足らずで青い巨星と呼ばれるようになった。しかも、三人目にして最強の拳士…ブルー・スリーだと…
笑わせるな!最強は俺だ!俺だけが青い巨星だ!
立て!立って俺と立ち会え!何、寝てるんだ!
ほら!立て!立つんだ!俺に向かって来い!
お前なんか、最強なんかじゃない!ブルー・スリーなんかであるもんか!それを証明してやる!』
奥平は、一層感情を爆発させて叫ぶと、何十何百…自分でも数えきれぬ程、鞭を振り上げた。
立ち向かうどころか、倒れたまま、立ち上がりもしなくなった和幸を打ちのめし続けた。
そして…
『どうした!何故立ち上がらん!何故、向かってこん!
そうか!立てないんだな!立てないんだろう!向かってこれないんだろう!
そうとも!これが最強というものだ!相手に立ち上がらせる事も、立ち向かわせる事も出来なくさせるのが最強だ!存分に味わうと良い!
どうだ!痛いか!痛いだろう!痛くて痛くて、立つどころか、身動きする事も、呻き声を上げる事も出来ないだろう!』
更に一層激しく打ち据えようとした時…
『痛くなんかないさ…こんなの一つも痛くない…』
和幸は、振り翳される鞭を素手で掴み取ると、ゆっくり片膝をつき…
『あの廃人になる程陵辱された赤兎の痛みに比べれば…憧れ心酔していた貴方が、あの子をいたぶる姿を見せつけられて殺された平次の痛みに比べれば…
こんなの痛みでも何でもない…』
奥平が引き戻そうとする鞭を、尖った十手の先で真っ二つに切り裂いた。
奥平は引き戻そうとする力の反動で、大きく後ろに蹌踉めき倒れそうになるのを、どうにか踏ん張り堪えた。
和幸は、切り裂いた鞭の先を投げ捨てると、足元の十手を拾い、ゆっくりと立ち上がった。
しかし、まだ、構えを取ろうとはしない。
『青い巨星、三人目にして最強…ブルー・スリー…
僕は、一度だって、自分を最強だとも、ブルー・スリーだとも思った事ありません…
ただ、貴方に憧れ、貴方を慕う一心で、この拳を学んだのです。どんな小さな事でも、貴方と同じ事がしたかった。ほんの一歩でも、貴方と同じ道を歩みたかった。それだけでした。』
体制を立て直した奥平は、和幸の言葉を聞いているのかいないのか…
『ハイヤーーーーーッ!』
奇声を発すると同時に、右手に握る長太刀を右に左にクルクル回し、自身もコマの如く回転飛びをしながら、凄まじい勢いで和幸に向かって行き…
『アチョーーーーーーーッ!!!!!!』
和幸の正面間近に迫るや奇声を発して、長太刀を下から突き上げて行きながら飛び上がった。
和幸は、全く構えを取らないまま、羽毛の如く軽やかに下がって躱した。
奥平は、そのまま回転飛びをしながら、長太刀を突き上げる攻撃を連打し続けた。
『平次達も同じでした。僕と同じ気持ちで貴方を慕っていました。ただ、貴方について行きたかった…貴方と同じ道を歩みたかった!』
和幸は、羽毛の如き動きで躱しながら、言葉を続けた。
『平次達も、貴方の仲間…同心でいられる事が、ただただ、嬉しかった!貴方の先鋒隊、目明組である事が、何よりも誇らしかった!』
『仲間?同心?』
奥平は、一瞬立ち止まり、攻撃の手を緩めると…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
また、不気味な声を上げた。
『おまえ達が同心だと?連日、女のように男に抱かれ、尻の穴を抉られ、男のモノをしゃぶり舐め回すおまえ達が、この俺の仲間だと?気色悪い事を吐かすな!俺は、薄汚い男娼のおまえ達を、仲間だなどと思った事はないぞ。』
言いながら、奥平は再び長太刀を構えると…
『おまえ達、紅兎など…目明組など…俺からすれば、使い捨ての手先にすぎぬわ!』
上段より思い切り振り被らせた。
鈍い金属音が闇夜に響き渡った。
『平次が…使い捨ての手先…』
交差する二刀十手で長太刀を受け止めた和幸は、ハラハラと涙を溢れさせた。
『あんなに…あんなに貴方を慕っていた平次が、使い捨ての手先…』
『だから、慕っていたとか言うな。連日、男のモノをしゃぶり舐め回すその口で言われると、吐き気を催してくるわ。』
『良いでしょう…僕も二度と言いますまい…いや、二度と言いたくない…
平次が使い捨ての手先だと仰るなら、僕にとって貴方はただの仇…』
和幸は、一層涙を溢れさせながら…
『スーーーーーッ…ハァーーーーーーーッ…』
大きく深呼吸を一つすると、長太刀を受け止める二刀の十手を、鴎が飛び行くように、脇に払った。
奥平は、自らの力の勢いで、数間先に飛ばされ蹌踉めいた。
和幸は、両手の十手で滑らかな曲線を描き、鴎が空を飛び交うような構えをとると…
『無二の友…銭形平次の仇、覚悟!』
叫び様、奥平に向かって駆け出して行った。
絲史郎の猛攻の前に、貴之、秀行、政樹は、三人がかりで、ただ避ける事しか出来ずにいた。
貴之の投げ放つ釣り糸は、悉く瞬時にして微塵に切り裂かれ….
秀行の簪は、構えた途端に真っ二つに斬られた。
『こいつ!とんでもねえバケモンだ!』
胸の皮一枚切られ、辛うじて交わした政樹は、悲鳴をあげるにも等しい声で叫ぶと…
『おまえ達は、下がれ!』
琵琶の仕込み連弩を射ち放ちながら、勇介が駆けつけてきた。
『御師匠様!』
貴之が、思わぬ助太刀に声を上げると…
『こいつは、中村組を壊滅させた上、あの主水をあっさり殺した男だ!おまえ達が束でかかっても叶う相手ではない!』
勇介は、三人を背中にやりながら、更に連弩を射ち放った。
絲史郎は、正面左右交互に回転させる湾曲刀で、悉く交わした。
『何…あの主水さんを…』
政樹が蒼白になって言うと…
『そうだ!主水が一合も合わせず、バッサリだ!』
『主水だけじゃない!平蔵も、顔を合わせた瞬間に、太刀を構える暇もなくバッサリだった!未だに死んだ事を理解してまい!』
長煙管をクルクル回しながら、義隆も駆けつけ、勇介と並んで、三人を背にして言葉を続けた。
絲史郎の凄まじいばかりの突きが襲う。
『うわーーーっ!』
思わず声を上げながら、一同は、間一髪で避けた。
『主水だけじゃねえぞ!息吹もご自慢の鉄傘ごと、バッサリだ!』
更なる猛攻を躱しながら、勇介が言葉を続けた。
『そんな!それじゃあ、あの見事な箪笥も…』
『滑らかな肌触りの食卓も…』
『戸や障子、襖も…』
『何も作ってもらえねーのかーーーっ!!!!』
貴之と政樹は、この世の終わりが来てしまったような声を上げて叫んだ。
しかし、次の言葉は、更に二人を絶望の淵に落とした。
『里一の奴もだ。あいつも、瞬く間もなく、会った瞬間に、バッサリやられた。』
義隆が鎮痛な面持ちで言うと…
『何てこったーーーー!!!』
『もう、あの新鮮な魚を捌いた刺身も、煮魚、焼き魚、吸い物、散らし…二度と食えない!!!』
『里一さんは、炊き込みご飯に丼物を作らせても天下一品だったのにーーーーーっ!』
『あーーー…俺達、明日から一生、ユカ姉の素麺責めで生きて行かなきゃならねえのかーーーっ!また、顔が長くなるーーーーーっ!!!嫌だーーーーっ!!!』
二人は、最早生きる気力も無くしたような声を上げた。
すると…
唸りを上げる絲史郎の湾曲刀が、横薙ぎに五人に襲い掛かってきた。
『うわっーーーーっ!』
五人同時に、声をあげて最後の時を覚悟した、その時….
『チッ!全滅とは失敬な!』
舌打ち声と同時に、弾くような金属音が、辛うじて湾曲刀を跳ね返した。
『あんな、やわな刀で死ぬ俺ではない。俺の部下達も全員健在だ。』
『あ…主水…』
主水は、あんぐり口を開ける勇介を横目に…
『チッ!覚えとけよ…』
舌打ち混じりに一言だけ言って、胡乱な眼差しで絲史郎の太刀さばきを見やりながら正眼に構えた。
またもや繰り出される突きを、主水が受け流すと…
『だーれが、顔を合わせた途端にバッサリだと!』
嗄れた声と同時に、切り上げる太刀に、絲史郎の突きが弾かれた。
『主水が一合も合わせずは本当だが、俺はかなり良い勝負をしたんだぜー。』
平蔵もまた、切り込む隙を伺いながら、主水の前に立ち…
『主水、悪いな。こいつは、俺がいただくぜ。』
更に斬りつけてくる絲史郎の湾曲刀を躱して、また一歩踏み出そうとした。
『チッ!怪我人は寝てろ。』
主水もまた、舌打ち混じりに言うと、平蔵より前に踏み込もうとした。
『誰が怪我人だ?おめえさんこそ、ミイラ男…』
と…
平蔵がいい終わらぬうちに、またもや凄まじい切り込みが二人を同時に襲った。
次の瞬間…
絲史郎の湾曲刀にやられたのではなく、耳元で巨大なの鐘をつかれたような金属音に、一同吹き飛ばされそうになった。
息吹の拡げた鉄傘が、絲史郎の湾曲刀を跳ね返したのである。
『息吹さーーーーん!!!』
息吹を気遣ってなのか、社(やしろ)の家具を気遣ってなのかわからぬ政樹が涙声を上げると…
『会った瞬間に、バッサリとは、あんまりじゃごさんせんか!』
息吹の巨体の横から、対照的に瘦せぎすな里一が、見えぬ目を一同に向けて、ブンむくれに言った。
『あっしは、コイツとやりあうのは、今が初めてでござんすよ!』
『里一さーーーん!!!』
またもや、里一を心配していたのか、今晩のおかずを心配していたのかわからない政樹が、涙声を上げた。
『そうそう…さっきの、由香里さんの素麺ばかりがどうとか、顔が長くなるとか…あれ、しっかり由香里さんに報告しときやすからね。』
里一が、まだむくれ顔でいうと…
『うわっ!そいつは勘弁してくれ!』
思わず蒼白になる政樹の上に振り被ろうとする湾曲刀を、主水と平蔵が辛うじて弾き返した。
『貸し一つだぜ!俺がいなかったら、やばかったな!』
平蔵がニッと笑って言うと…
『チッ!躱したのは俺だ。』
主水が、舌打ち声で言った。
更に横薙ぎの一撃…
今度は、全員間一髪の差で交わした。
『良いか、おまえ達!あの回転する太刀筋に惑わされるなよ!』
平蔵は、相変わらず皆の前面に立とうとして、声を張り上げた。
『一見、完全防御の構えに見えるがな、あれは誘い太刀だ!早い話が、どっからでもかかってきやがれと挑発し、相手から向かってくるのを誘ってやがる!
それでな、まんまと乗せられ、数に任せて寄ってたかって斬りかかろうとする、どっかの馬鹿みてえに…』
『喧しいぞ…』
主水は、平蔵の講釈を遮ると、一同の目を一巡して見回し、手にする太刀で頭上にグルっと円を描いて見せた。
逸早く意図を察した秀行と息吹は、絲史郎の後ろと横に回った。
二人の動きで、他の一同も意図を知り、円形に絲史郎を取り囲んだ。
主水は、皆に向かって、太刀を右に向けグルッと返して見せながら、ゆっくり絲史郎の周りを回るように歩き出した。
一同もそれに習う。
全員、一周し終えたのを見るや、今度は太刀を逆方向に向けて同じ事をした。
一同、今度は逆方向に向けて、絲史郎の周りを回り始めた。
やがて…
気づけば、全員、主水が振るう太刀の動くままに、動くようになっていた。
『朧流人動術…相変わらずの腕前だな。』
平蔵は、相変わらず隙あらば主水の前に出ようとしながら言った。
『最も…その結果、哀れな御前の配下達同様、全員あの世行きでは洒落にならんがな。』
『チッ!だから、俺の部下は誰も死んでおらん。』
主水が、また舌打ちしながら太刀を動かすと、一同は蛇行しながら絲史郎の周りを回り出し…
一人ずつ斬り込んでは下がり、また一人斬り込んでは下がりを繰り返した。
絲史郎の湾曲刀を回す速度は変わらず、疲労も焦りも全く感じられなかった。
ただ…
主水は眼差しから、里一は受ける太刀の感触から、微かに絲史郎の苛立ちを感じ始めた。
今だ…
主水が一斉攻撃の合図を送ろうとした時…
『テヤーーーーーーーーッ!!!!』
遥か後方より、一人の女が凄まじい奇声と共に駆けつけるや、一同の遥か頭上を舞い上がり、絲史郎に飛びかかって行った。
『チッ!』
舌打ちする主水の前…
両手に握る二刀の太刀をグルグル回しながら、軽信が絲史郎と激しい打ち合いを始めた。
平蔵は、思い切り眉をしかめる主水を見て、思わず吹き出すと…
『でかしたぞ、女!よくやってくれた!』
叫ぶや否や、腹を抱えて笑い出した。
そして…
『主水、悪いな、此処からは俺が貰っておくぞ!』
平蔵は、ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべ…
『今だ、行くぞ!全員で搦め捕ってやれ!』
大きく太刀を振り下ろして叫ぶと…
『オーーーーッ!!!!』
一同、一斉に声を上げて、絲史郎に向かって行った。
『アチョーーーーーーッ!!!!!』
奥平は、奇声を発しながら、猛烈な長太刀の突きを連打し続けた。
和幸は、敢えて自ら踏み出す事なく、両手二刀の十手を構えたまま、羽毛のような動きで左右上下に身を翻して躱し続けた。
時折打ち鳴らされる金属音…
十手で長太刀を躱す時も、まともに打ち合う愚はおかさない。平地に軽く添えて、受け流すように躱していた。
『テヤーッ!』
奥平は、気合いの声と共に回し蹴り…
『ターーーーッ!!!!』
返す足で後ろ回し蹴り…
『ハーーーーーァーーーーッ…』
大きく息を吐きながら、右足を空高く上げると…
『アタタタタターーーーッ!!!』
上下左右正面と、縦横自在に猛烈な蹴りの連打を放った。
和幸は、やはり敢えて踏み出し打って出る事をせず、羽毛の如き軽やかな身のこなしで、ひたすら躱し続けた。
この時も、まともに蹴りを受け止める愚は犯さない。
一撃で百貫の岩石を軽く砕く奥平の蹴りをもろに受ければ、鍛え抜かれた和幸であっても、腕を折られる危険がある。
左右上下縦横に身をこなしながら、ひたすら受け流し続けた。
『ハイヤーーーッ!!!!』
ひときわ甲高い奇声を発して、奥平は回転回し蹴りを放ってきた。
和幸は、待っていたものが訪れと言うように、大きく目を見開くと、受け流すように躱し様、二刀の十手を蹴り先と同じ方角に向けて振り翳した。
軽い金属音…
奥平は、自らの蹴る力と膝当てに振り下ろされた十手の力が加わり、そのまま吹き飛ばされた。
和幸が駆け出し…
クルクルと、右に左に回転しながら、奥平に起き上がる間を与えず、十手を薙ぎ、振り上げ、振り下ろし、突きつけた。
連続する金属音…
守勢に回った奥平は、ひたすら左腕の盾で躱しながら、機を見て長太刀を一薙ぎ…
和幸が、軽やかに飛び上がり、後ろ一回転して躱す間に、奥平は立ち上がると…
『アチョーーーーーーッ!!!!』
凄まじい奇声を発し、長太刀を右に左にクルクル回し、自らも回転しながら、切り下げ、突き、切り上げ、突き、蹴りと、猛攻を繰り広げた。
和幸もまた、それまでの守勢から攻勢に転じ、鴎が空を舞うような身のこなしで、奥平の猛攻を受け流しなごら、十手を薙ぎ、突き、振り下げ、振り上げ、足蹴り、後ろ回し蹴りを展開した。
双方共に、相手の攻撃をまともに受ける愚は犯さない。
一見、羽毛の如く軽やかで柔らかく見える和幸の動き…
しかし…
百貫の岩を砕く奥平の拳と蹴りに対し、和幸の手刀と足刀は百貫の岩を紙の如く切り裂く事を、奥平は知っている。
ひたすら躱され続ける双方の猛攻…
カマイタチの如く風を切り裂く音が、延々と響き続けた。
逆袈裟に切り上げる、奥平の長太刀…
和幸は、羽毛の如く軽やかに舞い上がり、数回転後転して躱すと、再び二刀の十手で曲線を描きながら、鴎が空を飛び交うような構えを取り始めた。
刹那…
奥平は、コマのようにクルクル旋回しながら迫って来るや、長太刀を下から突き上げながら飛び上がり…
辛うじて長太刀の切っ先を躱す和幸の鳩尾に、膝蹴りを入れた。
思わず蹲る和幸に、横蹴り…
両腕を交差して躱す和幸に、回し蹴り…
両腕を揃えて躱す和幸に、長太刀を真上から斬りおろし…
二刀の十手を交差して躱す和幸の胸を目掛けて、横蹴りを入れた。
数間先まで吹き飛ばされた和幸は、背中を激しく地面に叩きつけられた。
全身に激痛が走り、呼吸困難に陥る和幸は、暫し立ち上がる事が出来なくなった。
奥平は長太刀を左右に回しながら真っ直ぐ駆け向かって空高く舞い上がり、逆手に持ち替えた長太刀の切っ先を、和幸に突き立てようとした。
鋭い刃物が、何かを貫く鈍い音が、不気味に鳴り響いた。
軽信の猛攻の前に、絲史郎の剣舞の盾は崩れ去った。
しかし、それで、絲史郎の動きそのものが鈍ったわけでも、攻撃か弱まったわけでもなかった。
『テヤーッ!!!』
『タァーーーッ!!!』
『デヤーーーッ!!!』
気合いとも奇声ともつかぬ声をあげ、両手に握る二刀の湾曲刀をクルクル回しながら、両脇から交互に斬り下げる軽信の猛攻…
左右後方、自在に飛び回りながら斬りつける主水の太刀…
今度こそ主導権を握ったと意気軒昂な平蔵は、軽信と並ぶように真正面から斬りつけ…
息吹は、軽く七十貫はある棍棒のような鉄傘を棒切れのように振り翳し…
里一は、一同一斉に切り結ぶ内側に入り込み、絲史郎を懐から杖の仕込みで切り上げようとした。
しかし…
強烈な金属音と共に、悉く弾き返された。
攻勢に回った絲史郎の湾曲刀を、辛うじて受け止めた勇介の鋼鉄製の琵琶に、微かな切り込みが入り…
義隆は、長煙管を真っ二つに斬り裂かれ、代わりに二刀の小太刀を抜いて身構えた。
『奴の刀とまともに打ち合うな!』
平蔵の怒号が飛んだ。
『奴は、相手を斬りつけると見せて、まず、武器を狙っている!相手の武器を斬り、丸腰になったところをバッサリ…』
『だから、喧しいと言っておろう!』
今度は、その平蔵の頭上に切り下げられる湾曲刀の平地を、超鋼鉄製の鞘で打ち払いながら主水が怒鳴りつけた。
『おまえが一々能書き垂れる度に、こちらの手の内読まれるわ!』
平蔵に斬りつけた湾曲刀を主水に交わされ一瞬の隙をつき、貴之が正面から鞭のような釣竿を振り翳し、秀行の簪と政樹の手槍が、絲史郎の首筋を狙った。
絲史郎が一振りに薙ぐ湾曲刀が、三人の武器を一度に真っ二つに切り裂いた。
『貴之君、貴方はこれを!』
軽信は自分が握っていた二刀のうち一刀を貴之に投げ渡し…
『秀行君は拳術、政樹君は空手を使うのよ!』
秀行と政樹に向かって叫んだ。
貴之は、軽信の言葉も終わらぬうちに、左足を大きく前に、右八相高らかに掲げた構えを取るや…
『チェストーーーッ!!!!』
甲高い奇声と共に、左肘を動かす事なく、身体の外側に向けた刃を連打して捻り斬りつけていった。
同時に、政樹が凄まじい勢いで駆け出して放つ飛び蹴りを交わされるや、拳、拳、肘打ち、手刀、蹴りと、直線的な攻撃を連打した。
ここに来て、漸く絲史郎がやや守勢に転じると、その傍で…
『ハァーーーーーーーーッ!』
秀行は、大きく息を一つ吐き、大鷲が翼を広げるような構えを取るや一直線に駆け出し…
突如空高く飛び上がると同時に、手足を縮めて身を小さく丸めるや、嘴のように曲げた右手二本指で突きを入れた。
間一髪交わした絲史郎の胸当てに、煙をたてた斜め一文字の切り傷ができていた。
秀行は、そのまま振り行きもせず、後ろ蹴りを入れ、交わされると同時に振り向き、今度は嘴のように曲げた左手二本指で突きを入れた。
今度も間一髪躱す絲史郎の胸当てに、煙を立てた縦横一文字の新しい切り傷ができていた。
『鬼道流鬼南派(きどうりゅうおなみは)、南聖鷲嘴(なんせいしゅうし)拳…』
軽信はニッと笑うと…
『和幸君に憧れ、鬼南(おなみ)派を学んだ彼も、今や鬼道拳士の紅い彗星と呼ばれる使い手…しかも、追い込まれた時こそ本領発揮するところから、逆襲の王者(シャー)とも呼ばれてる…さすがだわ。』
そう言って、再び、湾曲刀をクルクル回しながら、絲史郎に向かって行った。
一度は弾き返された里一と息吹が、再び長い剃刀のような仕込刀と棍棒のような鉄傘を、左右から振り翳した。
鋼鉄製の琵琶を捨てた勇介は、大きな鉄扇を広げると、和幸に伝授した、神楽舞のように可憐優雅な身のこなしで斬りつけ…
義隆は、二刀に構えた小太刀を斬りつけていった。
平蔵は、相変わらず正面から斬りかかり、真っ向勝負を狙う。
一時は守勢に回りかけていた絲史郎は、再び攻めに転じると、休みなく右に左に猛烈な切り込みを続け、軽信の湾曲刀を弾き飛ばした。
軽信は、両指先で滑らかな曲線を描いて、空を飛び交う鴎のような構えをとり、絲史郎の湾曲刀を躱すと言うよりは受け流しながら、突き入れ切りつけた。
それまで、敢えて自分から踏み出す事なく、絲史郎の周りを縦横に飛び回っていた主水は、不意に目を見開くと、懐の万力鎖を投げ放った。
『師匠!』
『今だ!』
貴之と勇介は、一瞬、絲史郎が首に巻き付く万力鎖に動きを封じられた隙を見るや、釣り糸と弦糸を投げ放った。
他の一同も、絲史郎が両腕を釣り糸と弦糸に捕らわれた隙を逃さず…
『みんな!行くぞ!』
平蔵の掛け声と同時に、一斉に向かって行った。
ところが…
『むんっ!』
絲史郎は、唸り声を一つあげて思い切り両腕を動かすと、逆に糸を持つ貴之と勇介を振り回し、向かってきた一同に叩きつけて吹き飛ばした。
『チッ!』
振り向き様、絲史郎の逆袈裟に切り上げる湾曲刀に万力鎖をばっさり切られた主水は、舌打ちしながら、更に切り下げられる湾曲刀を、間一髪後ろに下がって躱した。
皮一枚、掠め切られた主水の眉間から、鮮血が滴り落ちてくる。
絲史郎は、再び、正面左右交互に、風車の如く湾曲刀を回転し始めた。
逸早く立ち上がりかけた平蔵は、横薙ぎに迫る湾曲刀に吹き飛ばされ、次に立ち上がりかけた秀行は、皮一枚掠められた両腕から血を流した。
そして、矢のように連打される突きと、雨の如く斬りつけてくる湾曲刀の切っ先に、一同全員、何とか躱したながらも、確実に全身の切り傷を増やしていった。
『こいつは、やはり化け物だ…
おい、ミイラ男。俺が何とか引き受ける、おめえは皆を安全な場所に移してくれ…』
平蔵が、腰を低く脇に構えて、次の攻撃に備えると…
『何を言う怪我人。お前こそ、この足手纏いを連れて逃げろ…』
前の傷に合わせ、新たな傷を全身に負いながら、主水は下段に構え、ジッと絲史郎を見据えながら言った。
と、その時…
『お前達、下がれ!』
私は、皆の苦戦を遠目に苛立つ思いを募らせ、何とか群がりくる神漏兵(みもろのつわもの)達の間を掻い潜って辿り着くと、更に向かい来る黒の三連星を斬り伏せながら叫んだ。
『下がって、私の援護してくれ!』
振り向く一同、数多の神漏兵(みもろのつわもの)達と切り結ぶ私を見て、漸く倒すべき敵は絲史郎一人でない事を思い出したようである。
『アイヤーーーーッ!!!!』
逸早く奇声の声を上げる軽信は、両手を地につけ逆立つと、両足を風車の如く回転させながら、私に群がる神漏兵(みもろのつわもの)達に蹴りを連打していった。
『カズはどうした!』
続けて、八相に構えた貴之が、身体(からだ)から刃を離した湾曲刀を袈裟懸けに捻り切り下げ、一撃一殺切り倒して行きながら、私に近寄り尋ねた。
『安心しろ。今、奥平と対戦中だ。』
『そんな事聞いてねえ!俺は、どうして奴と一緒に戦ってねえのか聞いてるんだ!』
『タカ君。君がカズ君なら、そうして欲しいのか?』
私が言うと…
『言えてらあ。』
貴之は、ニッと笑い…
『もし、カズ君がやられたら、責任もって君を奥平のところまで送ってやる。』
私が言うと…
『そんときゃ、間違っても俺の助太刀なんかするんじゃねえぞ。』
貴之は、そう言い残して、再び左足を大きく前に出し、右八相高々に身構え、新たな敵に向かって行った。
他の皆も、最早絲史郎より私を守る方に関心を移して、神漏兵(みもろのつわもの)達に向かって行った。
『怪我人、行けっ!此処は俺に任せろ!』
『ミイラ男、お前こそ行け!若君をお守りせよ!』
主水と平蔵だけが、まだ、一騎打ちの座を奪いあいながら、絲史郎と睨み合っていた。
『邪魔だ、退け!』
駆けつけ叫ぶなり、私は、平蔵と主水を両脇へ突き飛ばし、絲史郎と向き合った。
『チッ!』
舌打ちする主水は、尻餅をついたのを好機とばかりに殺到する神漏兵(みもろのつわもの)達を腹癒せ混じりに斬りまくり…
『若君!危のうござる!お退がりなされい!』
平蔵は、早くも周囲を取り囲む神漏兵(みもろのつわもの)達と切り結びなぎら、私に向かって叫んだ。
絲史郎は、私一点に狙いを定めると、以前にも増して速度をあげ、正面左右交互に湾曲刀を回転させた。
私は、胴狸を鞘に収め、片膝を着くと右手を八相に掲げて目を瞑った。
湾曲刀を回転させ続ける合間に、絲史郎は時折隙を見せては、足を前に踏み出し或いは後ろに退がって見せる。
天伏流駒多凪網(てんぷくりゅうこまたなもう)は、完全防御の剣ではなく、誘いをかけた攻撃の剣である。
寸分の隙なく回転させる合間に、微かに見せる隙と動きこそが、誘い水であった。
私は一切動かず瞑目し続けた。
絲史郎が、僅かずつ間合いを詰めてくる。
私は、その間合いを図りながら、掲げた腕を腰の胴狸に向けて下げて行く。
脳裏には、一つの光景のみを思い浮かべる。
雨上がりの梢から滴る一滴の雫…
雫は、実にゆっくりと落ちて行くように映し出されている。
やがて、私の手が胴狸の柄に近付いて行く。
絲史郎は微かにこめかみを動かし、目を見開かせると…
私は握ると見せた手の甲を柄に乗せ、鞘に収めたままの太刀先を微かに動かした。
好機!
絲史郎は、素早く攻勢に転じて、湾曲刀を袈裟懸けに斬り下げできた。
脳裏の中で、雫は梢と地面の中央に止まった。
私は、小さな雫に向かって、滑るように胴狸を抜き放ち…
雫は、弾ける事なく真ん中で真っ二つに切り裂かれた。
刹那…
湾曲刀を私の首筋ぎりぎりまで振り下ろしていた絲史郎は、首筋真一文字に血飛沫を上げると、呻きもあげず前のめりに倒れ込んで絶命した。

兎神伝〜紅兎三部〜(19)

2022-02-03 00:19:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃一
兎神伝

紅兎〜革命編其乃一〜

(19)決戦

『平次、何故…』
あたりは森閑と静まり返っていた。
生ける者の姿は一つも見られなかった。
弐十手達も、目明達も…
援軍に駆けつける筈の革命戦士達や楽土兵達も…
厳重に警護してる筈の神漏兵(みもろのつわもの)達の姿すら見られなかった。
ただ…
そこには、壮絶な戦いの痕跡だけが残っていた。
数多の神漏兵(みもろのつわもの)達の骸が転がり、中央には、平次、伝七、新五、佐七、左門、新八郎が血塗れになって倒れていた。
『カズ!様子が変だぜ!』
貴之が、血相を変えて駆けつけてきた。
『カズ兄!何処の外壁にも、人っ子一人いねえ!警護の神漏(みもろ)共もいなければ、同心達が襲撃した痕跡もねえ!』
続けて、政樹が狼狽した様子で駆けつけてきた。
『いってえ、どうなっちまってるんだ!』
低く唸りを上げる貴之の袖を、秀行が無言で引っ張った。
『ヒデ、どうした?』
秀行は無言のまま、眉一つ動かさぬ眼差しで、まっすぐ一点を見つめていた。
『これは…』
貴之と政樹は、目の前の光景に漸く気づくと、愕然と眉を釣り上げた。
和幸は、静かに眼差しを遠くに移すと…
『これは、どう言う事なのでしょうか?』
鬱蒼と生い茂る林の樹木の狭間に一陣の風が吹く。
闇の靄の中から、濃紺の袖なし外套をはためかせ、一人の人影がうっそりと姿を現した。
先の尖った頭立て付きの青い丸兜…
青い帷子の上に濃紺の胸甲と腕脚当て、両肩には棘付きの肩当てを身につけ、左腕当てに長盾をはめ込んだ男…
『奥平さん、わかるようにご説明下さい。』
和幸が、切れ長の眼差しをまっすぐに向けて尋ねると…
『平次同様、おまえにも、言葉よりわかりやすい説明をしてやろう。』
奥平は、ニィッと笑って指を弾いた。
すると、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、平次に身をもって庇われ、辛うじて生き延びた全裸の少女を引き摺ってきた。
少女には、平次が最初に見た時のような怯えた様子はなく、ヘラヘラ笑っていた。
股間を見ると、血尿を垂れ流している。
『さあ、静ちゃん、穂供(そなえ)参拝が来たよ。どうするの?』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)が、猫撫で声で頭を撫でてやると…
『へへへへ…ようこそ、ご参拝下さいました…へへへへ…どうぞ、参道をお通り下さい。』
少女はヘラヘラ笑いながら、脚を広げて座り、尿と刈穂に塗れた神門(みと)のワレメを指先で押し広げて見せた。
『てめえ、これは何の真似だ…』
忽ち激しい怒りと憎悪に目を光らせ、背中の釣竿を取って進み出ようとする貴之を、秀行が眉一つ動かさずに押し留めた。
『静ちゃん、このお兄さん達、暗くて参道が見えないそうだよ。』
奥平は、尚も怒りに満ちた眼差しで睨み据える貴之を意に介する様子も見せず、少女に向かって言った。
『へへへへ…参道は、こちらにございます。へへへへ。』
少女は、既に痛みも感じないのか、荒らされに荒らされた参道に、自ら乱暴に指を突っ込んで引っ掻き回し始めた。
『静ちゃん、良い子だねえ。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、また少女の頭を撫で回し…
『ところで、参道はここにしかないのかな?』
相変わらずの猫撫で声で言うと…
『へへへへ…宜しければ、上の参道もお通り下さい。へへへへ…綺麗に清めて差し上げます。へへへへ…』
少女は、血が滲む程参道を掻き回す手を休める事なく、ヘラヘラ笑いながら言った。
『よしよし、良い子だ良い子だ。』
今度は、有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が言いながら、袴を下ろして下半身を剥き出すと…
『ささ、それじゃあ、上の参道を大きく開けて、アーンして。』
少女の額を反らせ、大きく開けた口の中に、いきり勃った穂柱を押し込んだ。
『やめろ…』
政樹は、不意に思い出す美香と少女を重ね見て…
『やめてくれーーー!』
取り乱したように、駆け出そうとした。
秀行は、貴之を抑えたまま、政樹の腕も抑えた。
『ヒデ、何故止める!こいつら、ぶっ殺す!』
貴之も、完全に頭に血を上らせて、少女を嬲り弄ぶ、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)に襲い掛かろうと乗り出していた。
秀行は、相変わらず眉一つ動かさず、目線を周囲に向け、見回して見せた。
いつの間にそこに立っていたのか、緑の甲冑や紫と黒の甲冑の神漏兵(みもろのつわもの)達が、十重二十重に取り囲み、小銃や砲銃を身構えていた。
『要するに、裏切ったと言う訳ですか?』
和幸が物静かに尋ねると…
『厳密には違うな。』
『これが裏切りではないのでしたら、何だと仰るのでしょう?』
奥平は、答える代わりに、また指を弾いた。
すると…
『用が済んだから、切り捨てると言うのが正しいでしょうかね。』
神漏兵(みもろのつわもの)達の間から顔を出す、頬のこけた瘦せぎすの男は、和幸にではなく奥平に答えて言った。
彼もまた、今やすっかりお気に入りとなった、全裸の白兎の少女を小脇に抱え、胸や股間を弄り回していた。
『森脛夫…二人は、初めから?』
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
奥平は、不気味な声で笑い出すと、満足そうに大きく頷いて見せた。
『奥平さん、何故こんな真似を?皆、貴方を信じ、貴方に心酔し、貴方について行こうとしていました。だのに何故?』
和幸は、相変わらず物言いは沈着冷静であったが、声をやや震わせて尋ねた。
『革命を成功させる為だよ。』
奥平は、平然と言うと…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
また、不気味な笑い声を上げて見せた。
『革命を成功させる為?』
和幸は、微かに眉をしかめながら、目線を少女の方に移した。
いつの間にか四つん這いになって有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)の穂柱を丹念に舐め回す少女の股間に、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は後ろからいきり勃った穂柱をつきたてていた。
『幼い少女を廃人になる程陵辱する…そんな真似を嬉々としてやらせる事…それも、革命を成功させる為ですか?』
『大事の前の小事だよ。我々の革命は、神領(かむのかなめ)などと言う僻地の因習など問題にならぬ程、巨大な計画に向けられている。
楽土と浄土を提携させ、反共帝国にも明星国にも対抗しうる東亜条約機構を結成。更にアフリカにも革命を引き起こし、アフリカ条約機構を結成。東亜条約機構とアフリカ条約機構を提携させて、反共帝国・明星国両者共に打ち破り、アジア・アフリカ条約機構の力を持ってして、世界革命を実現させるんだよ。』
『その為に、神妣島(かぶろみしま)の弾道型原子爆弾が欲しいと…』
『欲しいのではなくて、必要なのだよ!君にはわかるまい!これからの世は、原爆をより多く持つのは勿論、どの地域に確保するかで、世界の趨勢が変わる!
神妣島(かぶろみしま)の原爆は、たった三発で世界を握れるのだよ!
その価値、あんな、白穂まみれのガキの一人や二人など到底比になどならんのだ!』
奥平が、甲高い声を張り上げて、一気にまくし立てると、和幸は、表情こそ変えなかったが、拳をグッと握りしめた。
『あの子達の未来こそ取り戻したいと願っていた者達が、貴方の革命に心酔しました。あの子達をこそ守りたい、救いたいと願った者達が、見た事も聞いたこともない…恐らく一生目にする事のない地の人々をも幸福にすると言う、貴方の革命に胸を高鳴らせ、心を躍らせていました。』
『だから、何だ?』
『平次にも、あの子を嬲りものにするのをお見せしたのですか?』
『見せてやったさ、死ぬ前に現実を教えてやろうと思ってな。幼子のように、ビービー泣いて、やめてくれと哀願しておったわ。』
『それが、奥平さん…貴方の革命の本質ですか?幼子のような心で慕ってきた者達が、一番大切にしようとしてるもの、一番守りたいと思ってるものを、目の前で踏み躙る…挙句、貴方を幼子のように慕ってきた者達を、散々利用した挙句に惨殺する…それが、貴方の革命の本質なのですか?』
いつしか、和幸は両拳をワナワナと震わせていた。
脳裏には、奥平を本当の兄のように慕い、纏わり付いていた、平次達の姿が過っていった。
『平次達以外、誰も来ていない…三百人からいた弐十手と目明達…他の皆はもう…』
『じきに、お前も送ってやるさ。』
『貴方を慕ってついてきた者達を皆…胸は痛まないのですか?神妣島(かぶろみしま)の原爆に、どれ程の価値があるかはわかりませんが…その為に、こんなにも貴方を慕ってついてきた者達の血を流して、何の痛みも感じないのですか?』
和幸が、声を震わせながら、今一度尋ねると…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
奥平は、一段と不気味な声を上げて笑い出した。
『革命に犠牲はつきものだよ。』
『犠牲?』
『そうだ。我らの革命の向かう先は、実に大いなるところにある。
大いなる革命を成功させる為には、多少の犠牲は必要なのだ。
お前達も、我が革命の肥やしとなって死ぬが良い!』
そう言うと…
『グフフフフフ』
奥平は、また不気味な声を高らかに笑い出した。
その時…
『私の兎神子達の命、多少などではないぞ!』
何処からとなく、新たなに別の声がこだましてきた。
間に合った…
林の彼方に、和幸の声を聞いた時、心の中で安堵の吐息を漏らした。
しかし、本当に息などついている暇はなかった。
こうしている間にも、和幸達は殺されるかも知れないのだ。
一人も死なさない…
一人たりとも失ってなるものか…
和幸にも、秀行にも、貴之にも、政樹にも、待っている人が、私の社(やしろ)にいるのだ。
いつも偉そうに振舞っているけれど、彼らを待っている子達は皆幼いのだ。
彼ら無しでは生きられないのだ…
闇夜を疾駆する遥か前方に、朧な人影の群れが見えてきた。
紫と黒の甲冑…
兜は十字の形をしている。
名の知れた、鱶背社領(ふかせのやしろのかなめ)名物、昴田組神漏(すばるたくみみもろ)衆…
私は、疾駆しながら、居合刀・胴狸の柄に手を掛けた。
神漏兵(みもろのつわもの)達の彼方から、奥平の甲高い声が響いてくる。
『大いなる革命を成功させる為には、多少の犠牲は必要なのだ。
お前達も、我が革命の肥やしとなって死ぬが良い!』
私は、胸の奥底に滾るものを感じた。
いや…
痛みと言う方が正しいかも知れない。
あの日、純粋に澄み切った眼差しで、私の話に気に入り、無邪気に喜んでいた、目明組の少年達一人一人の顔が、脳裏を過って来る。
皆、かけがえの無い命だ…
一つたりとも欠けて良い命などないのだ…
多少なんかであるものか…
『私の兎神子(とみこ)達の命、多少なんかではないぞ!』
気づけば、私は叫んでいた。
忽ち、目の前の神漏兵(みもろのつわもの)達の気づくところとなり、一斉に砲銃を向けて振り向いてきた。
私は、構わず真っ直ぐに駆け続けた。
ただ、和幸達のいる所に向かって、ひたすら駆け続けた。
神漏兵(みもろのつわもの)達が、砲銃の引き金を引こうとする光景が、実にゆっくりとした動作に見えてくる。
私は、まさにすれ違う刹那に、胴狸を鞘走らせた。
砲銃は、空を向けて発射され、瞬く間に、十数人の神漏兵(みもろのつわもの)達が、バタバタと血飛沫をあげて倒れた。
抜刀隊が、私の前に立ちはだかってきた。
黒い三連星…
昴田組得意の、三位一体攻撃である。
下段、中断、上段に構えた三人一組の兵達が、次々と私に襲い掛かってきた。
最初に逆袈裟に薙いで一人、返す太刀で一人、再び逆袈裟に薙いでもう一人…
ひたすら、向かい来る敵を斬り伏せながら、和幸の声を目指して駆け抜けていった。
後にして思えば、一瞬にも等しい間の事であったような気がする。
しかし、この時は、永遠かと思われるほどの時を駆け、漸く和幸達が小さく見えるまでに視界が開けてきた。
貴之と政樹が、何か信じられないものでも見るような目で、私の方を見つめていた。
『待っていたぞ、名無し!いや、暗面長(あめんおさ)!』
奥平は、私を見出すなり…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
不気味な笑い声をあげ、左腕の長盾の下から長太刀を抜くと、大きく振って合図を送った。
すると…
黒い三連星の攻撃を展開していた抜刀隊は引き下がり…
昴田組の砲銃隊と江藤組の小銃隊が素早く複雑に陣形を変え、私と和幸達を一斉射撃できる体制を整えた。
『隠密御史(おんみつぎょし)筆頭、暗面長(あめんおさ)!見事に罠にかかりおったな!全ては、おまえを消す為の絵図だったのだ!』
奥平は、勝ち誇ったように言うと…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
と、また不気味な笑い声を上げた。
『それは、どうかな?』
私は、周囲を一巡して見渡すと、居合刀を金剛に身構えた。
刹那…
各地で、砲銃隊と小銃隊達達が、次々と低い呻きを上げて倒れた。
私は、地に倒れ込み、数間先の小銃隊に向かって転がりこむと、下方から続け様に十人切り倒し、更に起き上がると同時に、目の当たりにした砲銃隊十人を立て続けに斬り伏せていった。
各地で、砲銃隊と小銃隊達が倒れ込んだ所からは、紫装束を身に纏う朧衆の忍達が姿を現し、神漏兵(みもろのつわもの)達と斬り合いを始めていた。
奥平は、一瞬、目を細めて今起きた光景を見渡した後、スーッと左手をあげ、真横に向かって薙いて見せた。
神漏兵(みもろのつわもの)達は、再び素早く陣形を変え、新たな小銃隊が、粛々と迫ってきた。
その時…
遥か前方より、一人の男がうっそりと姿を現した。
『奥平、成長のない奴…』
男は言いながら抜く太刀を、右横真一文字に薙いで見せたかと思うと、切っ先を裏返し、月影に反射させた。
刹那…
周囲を囲む樹々の上から、無数の朧達が舞い降りて、小銃隊達を次々と屠っていった。
『おまえは、中村組の主水!生きていたのか!』
さすがに、奥平が目を向いて叫ぶと…
『あんな、やわな太刀で死ぬ俺ではないわ。』
主水は面白くもなさそうに呟き、向かい来る神漏兵(みもろのつわもの)達を他愛なく斬り伏せながら、私の方に向かってきた。
『主水!おまえは寝てろと言った筈だ!』
私が、背中合わせになった主水に言うと…
『ジッとしているのは性に合わん。何より、俺は隠里の奥方様にお仕えしてる。貴方に命じられる筋合いはない。』
やはり、面白くもなさそうに、ぶっきら棒な物言いで答えて、再び斬り合いを始めた。
と…
何処からともなく、鉄傘が旋回して飛んでくるや、忽ち私と主水を囲む神漏兵(みもろのつわもの)達数人の首筋を切り裂いた。
『息吹!』
今度は、主水が目を剥いた。
戻る鉄傘を握り閉じると、開閉を繰り返し、踊るような動作をしながら、こちらに向かって駆けてきた。
『お前達は来るなと言った筈だ!』
主水が叫ぶと…
『先程仰られた主水様のお言葉、そっくりお返ししやすぜ!』
聾唖の息吹に変わって、いつの間にか側近くで杖の仕込みを逆手に切り結んでいた里一が、ニィッと笑って言った。
『何だと!』
『あっしらは、親父さんの息子であって、主水様の配下ではござんせん!』
『チィ…』
舌打ちする主水の傍で…
『この反抗息子!私も来るなと言っておいた筈だ!』
私も怒鳴りつけると…
『そいつありやせんぜ!』
里一は、見えない目を向けて、あんまりだと言う顔をした。
『親子喧嘩は、後になされい!』
続けて顔を出したのは、主水同様、包帯だらけの平蔵であった。
『火盗組組頭、平蔵である!貴様達の、敵国内通と謀反の罪は明白!神妙に縛につけっ!』
平蔵が叫ぶなり、配下の火盗組朧衆達が、神漏兵(みもろのつわもの)達に立ち向かって行った。
『平蔵!おまえは、私の配下の筈!休んでろと命じた筈だ!何しに此処へきた!』
私が叫ぶと…
『俺は、従うのではなく、守役を仰せつかっておる。若君の事を案じておられた、若君の御母堂様にな。母君様の事と言い、叔母君様の事と言い、親不幸も大概になされよ。』
平蔵は、私と主水と背中を合わせるように身構えながら、説教がましく言った。
突然始まった戦闘に、暫し呆然としていた和幸達は…
『何、ボサッとしてるの!反撃するのよ!』
拳銃を射ち放ちながら叫ぶ、女の声に我に返った。
和幸は両手に握る鉄扇を開くや、神楽舞の如き身のこなしで神漏兵(みもろのつわもの)達の間を縫い、その首筋を切り裂いて行き…
秀行は、斬りかかる神漏兵(みもろのつわもの)五人を続け様に蹴り、背負い投げ、張り倒し、その首筋に簪を振りかざした。
貴之は、鞭の如く鉄製の釣竿を振り翳しながら、仕込みを抜いて、組み合う神漏兵(みもろのつわもの)の首筋に突き立て…
政樹は、手槍を身構え、迫り来る神漏兵(みもろのつわもの)達に踊り掛かって行った。
和幸達の背後で、軽信は二丁拳銃の火を吹かせ続けた。
私は、深まる混戦の間を抜いながら、漸く、和幸達との合流を果たした。
『親社(おやしろ)様…』
私と見合わせる和幸の顔には、表情はなかった。
ただ、切れ長の眼差しは、悲しみとも絶望ともつかない不可思議な色を滲ませていた。
『カズ君、ここは私達に任せろ。』
私がボソッと言うと…
『えっ?』
和幸は、一瞬戸惑うように首を傾げた。
『君は、奥平を切れ…』
尚も不可思議な目で私を見つめる和幸に…
『無残に裏切られた、無二の仲間達の仇を討て!』
私が叫び声をあげると…
『はいっ!』
和幸は大きく頷いて、更に向かいくる神漏兵(みもろのつわもの)達を鉄扇で斬り伏せながら、まっすぐ奥平の方に向かって行った。
『親社(おやしろ)!あんたも、行ってくれ!』
鞭の如き釣竿を振り翳しながら、貴之が側に寄って言った。
『タカ君…』
『カズの野郎、あれでもかなり気が立ってやがる。援護なしには近づけねえ。』
貴之は言うと…
『あんた、強えんだな。見直したぜ。』
出会って初めて、私に笑って見せた。
顔をくしゃくしゃにして笑う貴之の笑顔は、まだ十六歳らしい…いや、もっと幼くすら見える、あどけないものであった。
『安心しやがれ!おめえが、カズの野郎と仲良く殺られたら、俺が後で仇をとってやらあ!』
私は、また一人切り倒しながら、大きく頷くと、和幸の後を追って行った。
和幸は、神楽舞を舞う如く向かい来る神漏兵(みもろのつわもの)達の間を縫いながら、まっすぐ奥平の方へ向かって行った。
ヒラヒラと宙を舞う鉄扇は、一薙ぎする毎に、確実に一人の首筋を切り裂いた。
三位一体の黒い三連星が、和幸を襲う。
和幸は、神楽舞の形をとりながら、クルクル回って、三連星の攻撃を受け流すと、次の刹那には、三人同時に首筋を切り裂いていた。
私もまた、和幸に迫る神漏兵(みもろのつわもの)達を、着実に斬り伏せて行った。
両脇より、六組の三連星が、同時に迫ってきた。
『カズ君、奥平まであと数間…まっすぐに進んで行け!何も顧みるな!』
叫ぶなり…
私は、脇に構えた胴狸を切り上げ様に一組、返す刀で一組、更に切り上げる刀でもう一組、続け様に斬り伏せて行った。
残る三組の三連星に私が斬りつけて行った時…
和幸は、何を思ったか、不意に鉄扇をしまい込むと、腰に吊るした銭形手裏剣に手を伸ばした。
奥平の両脇を守っていた革命戦士が、銭形手裏剣に眉間を割られて絶命した。
和幸は、続け様に銭形手裏剣を投げつけ、更に四人の護衛革命戦士の眉間を割った。
残り二人の革命戦士が太刀を抜き、唸りを上げて斬りかかってきた。
和幸は、すかさず腰に刺していた二振りの十手を同時に抜きはなって突き入れた。
十手で眉間を貫かれた二人の革命戦士達が、声もあげずに、前のめりに倒れ込んだ。
『よく来たな、和幸。おまえだけは、この手で倒したいと思っていたよ。グフッ、グフッ、グフフフフ…』
私が、最後の三連星を斬り伏せた時…
不気味な笑い声をあげる奥平の前に、漸く、和幸が両手の十手を二刀に構えるのが目に入ってきた。
その時…
『わーーーっ!!!何だよこいつは!!!』
『とんでもねえ化け物だーーー!!!』
彼方より、貴之と政樹の叫び声が聞こえてきた。
振り向くと…
『天伏流駒多凪網(てんぷくりゅうこまたなもう)か…』
呟く私の目線の先で、正面左右交互に、凄まじい勢で湾曲刀を旋回させる小太りな小男の姿を見出した。
昴田組組頭絲史郎(すばるたぐちくみがしらいとしろう)が、貴之、政樹、秀行に襲い掛かろうとしていたのである。

兎神伝〜紅兎三部〜(18)

2022-02-03 00:18:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃一
兎神伝

紅兎〜革命編其乃一〜

(18)青衣

どれ程の時が過ぎたのであろう…何年も過ぎてしまったようにも思えれば、まだ、一日も経っていない気もする。
軽信の脳裏には、同じ光景ばかりが過って行く。
『噛みました…噛みました…噛みました…』
真っ赤に焼けた畳針を目の前に翳され、赤兎の少女は、首を振り立てて蓄音機のように同じ言葉を繰り返した。
『よしよし、良い子だ良い子だ。よく、素直に認めた。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、畳針と火鉢を下げさせると、少女の頭や頬を撫で回して言った。
『ところで…』
と、今度は有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)がしゃがみ込み、少女の顔を覗き込んで言う。
『赤兎が絶対にやってはいけない事は、何かな?』
『着物を着てはいけません…』
赤兎は、促されるままに、涙声で言い始めた。
『それから?』
『身体(からだ)を隠してはいけません…』
『それから?』
『穂供(そなえ)を拒んではいけません。』
『それから?』
『穂供(そなえ)中、何をされても、何をするように言われても、嫌がってはいけません…』
『それから?』
『上の参道を通られてる途中、噛んではいけません…』
『よしよし、よく言えた、よく言えた、偉いぞ。』
有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、全て答え終えた少女の頬を撫で回しながら…
『それじゃあ、もし、それを一つでも破ったら、どうするのかな?』
思い切り猫撫で声で言うと、少女は忽ち蒼褪め震え出した。
『申し訳ありません!申し訳ありません!』
『だから、どうするの?』
『もう、しません…噛んだりしません…絶対に噛んだりしません…』
少女は怯えきった表情で、ひたすら首を振り続けた。
『わかってるよ、ちゃんとわかってるとも。静は良い子だからね、もうに二度と噛んだりしない事はわかってるよ。今度だって、間違えて噛んだんだもんね。』
『申し訳ありません!申し訳ありません!』
『でも、噛んじゃった事は、もう変えられないんだよ。そうしたら、どうするの?』
有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、少女の頬から首筋、胸、腹、股間へと手を伸ばし、撫で回しながら、ニヤニヤと嬲るように言った。
『お願いします!許して下さい!許して下さい!許して…』
『あれ?赤兎が、人様に何かお願い事をしても良いのかな?さあ、もう一度聞くよ、やってはいけない事をしたら、どうするのかな?』
『許して…許して…許して…』
『仕方ないな…おい、誰かさっきの畳針と火鉢を…』
有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が言いかけると…
『どんな痛い罰も…』
少女は、思わず血の混じった尿を漏らしながら、口走らせた。
『おやおや、粗相をして悪い子だ。まあ良い、まあ良い…で、どんな痛い罰も、どうするの?』
『どんな痛い罰も、喜んでお受けします…』
『よーし、よし、言えたじゃないか、偉い偉い。』
有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が、髪をくしゃくしゃになる程頭を撫で回すと、少女は啜り泣きを始めた。
『奥平さん、この子も、こう申しております。どう致しましょう。』
今度は、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)が奥平の方を見て、ニンマリ笑って言った。
『子供を躾けるには、体罰と言うものが必要だな。』
『作用でございます。子供は褒めたり甘やかしたりしては、まともに育たない…厳しい体罰が子供を鍛え、虐めが子供を強くする。
我らが本社宮司(もとうやしろのみやつかさ)…戸塚淀卓(とづかよどすぐる)様の口癖でしてな。』
『それじゃあ、これを使え。』
奥平もニンマリ笑うと、取手に釦がついた鉄の棒を差し出した。
『これは?』
『これか?これはな、楽土の偉大なる毛沢東(マオツートン)主席が、言う事を聞かない異民族の少女を躾ける為に作られた道具だ。言う事を聞かない男の目の前で、そいつの娘に使う時もあるんだぞ。』
奥平は、ニヤけて言いながら、取手の釦を押すと、鉄の棒は鈍い電流音を発した。
『やめて!』
少女の代わりに、軽信が叫んだ。
『お願い!この子、まだ子供よ!ほんの子供よ!お願い!やめて!やめてーーー!!!』
『おいおい、まだ子供って…その子供を使って、散々殺人をやらせたのは、何処のどいつだったかな?』
奥平は言うなり、少女の腕に、それを押し当てた。
『キャーーーーーーッ!!!!』
凄まじい電流音と共に、少女は絶叫した。
奥平は、今度は少女の足に押し当てた。
『キャーーーーーーーーーーッ!!!!』
少女は、前にも増して声を張り上げた。
『お願い!やめて!もうやめて!私が変わるから…私が変わるから!お願い!』
軽信も、鎖に繋がれた身体を激しくもがかせながら泣き叫んだ。
奥平は、少女と軽信と双方交代に眺めてニンマリ笑うと…
『やれ…』
鉄の棒を、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)に手渡した。
『で、この子の何処にこれを?』
『俺が噛まれて、何処が痛かったと思う?』
『なーるほど…』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、ニィッと笑うと…
『おい、こいつをしっかり押さえて、足を広げさせろ。』
神漏兵(かむろのつわもの)数人に、少女を抑えつけ大股開きをさせた。
『嫌っ!嫌っ!やめてーっ!お願い!お願い!やめて!やめて!嫌っ!嫌っ!』
何をされても、一言も言葉を発さず、抵抗しなかった少女も、此の期に及んで遂に泣き叫びながら激しく踠き出した。
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、そんな少女の腹部に膝を乗せ、無情に押さえつけると、神門(みと)のワレメを開き、先端の包皮をめくり上げた。
少女は、包皮の中から剥き出しにされた突起を抓り上げられると…
『キャーーーーーーッ!!!!』
絶叫と同時に、また、噴水のように血尿を漏らした。
『また、粗相をしたな。この分も、しっかり仕置しておかんとな…』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、酷薄な笑みを浮かべて、声も枯れんばかりに泣き叫ぶ少女に笑いかけ…
鈍い電流音のする鉄棒を剥き出しの突起に近づけた。
そして…
『ギャーーーーーーーッ!!!!!!』
凄まじい電流音と、耳を劈くような絶叫が交差した。
それが、どれだけ続けられていたのか思い出せない。
ただ、永遠とも思われた地獄の責め苦のような仕置が終わると、そこに敷き詰める何十人いるとも知れぬ男達が代わる代わる殺到した。
少女の口と表裏の参道には、絶え間なく男達のいきり勃った穂柱が押し込まれ、白濁した生臭い軽穂が尽きる事なく注ぎ込まれた。
『やめて!お願い!もうやめて!やめてよ!やめてよ!』
軽信は、まるで幼子のように泣きじゃくって哀願した。
『何でも言うこと聞くから…何でもするから…お願い、もうやめて!やめて!やめてーーーーー!!!!』
あの時…
軽信の心は、おそらく赤兎の少女よりも幼かったのであろう。
幼子が、可愛がっている子犬や子猫が虐められたように、ひたすら泣きじゃくり続けた。
記憶が何処で途切れたかはわからない。
眠ったのか、気を失ったのかもわからない。
ただ…
長い事同じ悪夢が軽信を蝕み続けた。
それは、少女よりは少しだけ年上だった頃…
まだ、乳房がやっと膨らみかけたばかりの軽信は、やはり大勢の男達に絶え間なく弄ばれていた。
彼女達の人種を三等国民と呼び、人間とすら見なさなかった軍人達が手足を押さえ、チョゴリを引き裂き、全裸に剥いて犯し続けた。
口と表裏の参道に、絶え間なく怒張した穂柱を押し込まれ、生臭く白濁した白穂を流し込まれた。
あの忌まわしい記憶…
同じ光景が、繰り返し繰り返し、夢幻となって現れ続けた。
漸く意識を戻した時…
軽信は座敷牢に鎖で繋がれていた。
格子の向こうには、小さな広間が広がっていた。
此処が何処かを知っている。
御種倉の地下室…
なかなか羞恥が抜けず、人前で裸になれない稚兎(おさなうさぎ)を、全裸にして晒しものにする部屋…
何日も何日も、十歳か十一歳の稚兎(おさなうさぎ)を、全裸で鎖に吊るし、見世物にして楽しむ部屋…
身動きとれず、泣き叫ぶ事しかできない少女を、よってたかって田打する部屋…
天領(あめのかなめ)の和邇雨一族の幹部になりすまし、神領(かむのかなめ)で活動していた頃…
軽信は、そうして晒し者にされた兎神子(とみこ)達の泣きじゃくる姿、それを涎垂らして見物したり、貪り弄ぶ神職(みしき)や、神漏(みもろ)、神使(みさき)達を数限りなく見続けていた。
その度に、過去の忌まわしい記憶に苛まれながら、いつか、この子達を解放しようと心に誓い続けていた。
母国が旧帝国から解放されたように…
いつか、この子達も…
だのに…
だのに…
『ウッ!裏参道の締め付けたまらん!』
また、真上の御種部屋から、男の声が聞こえてくる。
『表参道と上の参道、裏参道を同時に三人渡るのはなかなか…』
『ほれほれ、何急に舌の動きを止めておる。さあ、しっかり舐めろよ、ほれほれ…』
口と表参道と裏参道と…
同時に貫かれている少女は、もはや泣き叫ぶ事はなかった。
只々、苦悶に満ちた呻き声ばかりを発していた。
随時、数十人の男達に貫かれ、白穂を流し込まれ、激痛と生臭さに、少女は精一杯耐え続けていた。
にも拘らず…
『俺の事、噛みやがった!』
『この前、あんなに仕置されて、まだ懲りねえんだな。』
『今度と言う今度は、徹底的に仕置してやらないとな。』
『おい、思い切り脚を拡げさせろ!それと、神門(みと)を開いて、神核(みかく)の包皮をめくるんだ!』
本当にそうされたのか、幼い中に白穂を放つだけでは飽き足らず、いたぶりたい為に言いがかりをつけてるのか…
とにかく、無慈悲な声が飛び交うと…
何をされてるのか、悲痛きわまりない絶叫や、啜り哭く声が、下まで響いてきた。
軽信は、悲痛な声が聞こえる度に、顔を背け、唇を食いしばり、首を振り立て身を捩って踠き続けた。
『さあ、飲め、ぐいぐい飲めよ。』
『ほらほら、あと十杯は飲むんだぞ。』
また、無慈悲な声が聞こえてきた。
軽信は、ハッとなった。
何が行われているか、嫌と言うほど知っている。
少女は、冷えた濃茶を浴びる程飲まされているのだろう。
『アッ!アッ!アーッ!イギッ!イギッ!ウグッ!アーッ!』
しばしの間、また、いつもの苦悶に満ちた呻き声が続く…
『ウゥゥーッ!ウゥゥーッ!ウゥゥーッ!』
声を聞くだけで、少女が何をされてるのか手に取るようにわかる。
身体(からだ)中舐めまわされてるのか…
乳首や参道を乱暴に弄り回されているのか…
いきり勃った穂柱を捻り込まれているのか…
『ウゥッ!ウゥッ!アウッ!アーーーーーーッ!!!』
耳を塞ぎたかった。
絶え間ない苦悶の声から逃れたかった。
しかし、鎖に両手を繋がれ、どうしようもなかった。
『やめてよー!もうやめてよー!お願い、もうやめてよー!!!!』
まるで、旧帝国の軍人に引き摺って連れ去られ、連日弄ばれ続けたあの頃に戻ったように、泣き続けた。
そんな彼女に、更に無慈悲な声が聞こえてきた。
『か…厠に…厠に…行かせて下さい…』
蚊の鳴くような少女の声…
始まった…
軽信は思った。
『何だと?』
『漏れちゃう…漏れちゃう…』
今にも泣きそうな声で訴える少女の頬を思い切り叩く音が聞こえた。
『なーに、甘ったれた事言ってるんだ!おまえ、あと二十人満足させないと、何処にも行かせないと言っておいた筈だぞ。』
『お願いします!お願いします!厠に…行かせて…下さい…もう…もう…』
すると、障子が開く音がして…
『あー、スッキリした。』
『おまえ、今日は近過ぎるぞ。何回用足しすりゃ気がすむんだ。』
『こう冷え込むと、どうも近くなってな…静ちゃんや、用足ししたモノを上の参道で綺麗にして貰おうかな。』
『ウッ、何か俺も催してきたぞ。』
『行ってこい、行ってこい。厠は出てすぐそこだ。』
少女に当てつけるような、無慈悲な声が飛び交った。
『お願い…します…厠に…もう…漏れちゃう…』
少女は、いよいよ啜り泣きながら訴えた。
『何?厠に行きてえだ?舐めた事言ってねえで、俺が用足したこれ、早く上の参道で綺麗にしろ!』
今戻って来た男が言うと…
何かを叩く鈍い音と同時に…
『ウッ!』
少女の苦しそうな呻き声が聞こえてきた。
恐らく、下腹部でも思い切り叩かれたのであろう。
そしてまた、延々と男達の喘ぎ声と少女の呻き声が交差する。
これと同じ光景も、何十回見せつけられてきた事だろう。
最初に、利尿作用の強い飲み物を大量に飲ませる。
その後、わざと尿道を刺激し下腹部を押しながら、延々と弄び続ける。
やがて、尿意を訴える少女に、厠に行く事も、勿論そこで漏らすなど絶対許さず、更に激しく尿道を刺激し下腹部を押しながら、弄び続けるのである。
そうやって、激しい尿意を延々と我慢させながら弄ぶ事によって、参道の締め付けを鍛錬するのだと言うが…
何て事はない。少女を虐める口実を作りたいだけである。
『フーッ、スッキリした。さあ、俺の用を足したモノも、上の参道で綺麗にして貰おうかな…』
男達は、入れ替わり立ち代り、これ見よがしに用足しに行って戻ってくると、汚れた穂柱を、少女の口にねじ込んだ。
ほんの少しでも歯を立てれば、凄まじい仕置が待っている。
少女は、歯をくいしばる事も出来ず…
『ウゥゥ…ウゥゥ…ウゥゥ…』
と、涙声で呻きながら、必死に尿意を堪えていた。
しかし、そんな少女を嘲笑うように、男達は、少女の神門(みと)を弄り、いきり勃った穂柱を参道に捻じ込み、わざと下腹部を強く押し続けた。
もう、限界であった…
『アァァー…』
少女が、悲痛な声を上げた時…
『おや、何かやけに濡れてきたぞ?これは、何かな?』
それまで、喘ぎ声をあげ、明らかに少女の中に白穂を放っていたと思われる男が、わざとらしい声で言った。
『うわっ!臭え!おい、漏らしたのか?』
『お願い…厠…厠…』
少女は、尚も最後の力を振り絞って溢れ出しそうなものを堪え泣きじゃくりながら、必死に哀願していた。
『俺は、そう言う事を聞いてるんじゃねえぞ。この濡れてるものは何かと、聞いてるんだよ!』
男は、無情にそう言い放つと、また、何かを叩きつける鈍い音がした。
すると…
『アーーーーーーッ!!!!』
少女の絶望に満ちた叫び声と同時に…
『わあっ!こいつ!俺にかけやがったな!』
男の怒鳴り声が響いてきた。
『おやおや、どうしましたか?』
続けて、待っていたような、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)の猫撫で声が聞こえてきた。
『こいつ!俺に、小便をかけやがった!』
『お許し下さい!お許し下さい!お許し下さい!』
少女は、泣きじゃくりながら、悲痛な声を上げていた。
しかし…
『おまえ、また粗相をしたのかい。しょうのない子だねえ…』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は言うと…
『さあ、足を広げるんだよ!』
『お許し下さい!お許し下さい!お許し下さい!』
一層、激しく悲痛な声を上げてもがく少女を、男達が押さえつけてるのであろうか、激しい物音が響きわたった。
『やめて!お願い!嫌っ!嫌っ!嫌ーーーーーっ!!!』
それから、少女が何をされてるのかは、定かではない。
ただ…
『さーて、神門(みと)をよーっく開いてと…最初は、このヒダにと…』
『ヒッ!ヒッ!ヒッ!キャーーーーーーッ!!!!』
『ほらほら、ちゃんと足を開いて!さて、今度は、この包皮をめくりあげて…この神核(みかく)にと…
今日は、行儀の悪い此処に、徹底的に仕置してやらないとね!』
『キャーーーーーーーーーーーーーッ!!!』
耳を劈くような少女の絶叫と、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)の残忍な声が交差し続けた。
『オムニ!』
軽信は、いつしか旧帝国軍に連れ去られようとする自分を守ろうとして死んだ母の名を叫んでいた。
『オムニ!助けて、オムニ!オムニーッ!』
いつも優しかった母…
長女である自分を含め、五人の娘全てに同じ愛情を注いだ母…
妹達を守る為、一人生贄になろうとした自分を、最後まで必死で守ろうとした母…
結局、誰も守れなかった…
母だけでなく、妹達も最後まで自分を守ろうとして、旧帝国軍に殺されてしまった。
生き残った自分は、生け捕られ、旧帝国軍の侵略する地に連れ回され、陵辱され続けてきた。
たまたま、自分を連れ回していた旧帝国軍を打ち破った八路軍に救われるまで…
その後、周恩来(チョーエンライ)の養女となり、全く違う名と過去をいくつも与えられ…
最後に辿り着いたのが神領(かむのかなめ)であった。
神領(かむのかなめ)で、自分と同じ…いや、もっと陰惨な目に遭わされている少女達を目の当たりにした時、この子達も救いたいと思った。
かつて、八路軍に…
周恩来(チョーエンライ)に救われ、新たな人生を与えられたように、彼女達も救いたいと思った。
その時…
男の身でありながら、少女のような美貌を持つ少年が、男を捨て、男色家の宮司に自ら身を委ねて、かつての自分と同じ少女達を守ろうとする姿を見た。
彼は和幸と言った…
彼を紅兎として育てる事にした…
それも、何処か自分と重ね見ながら、彼を育てようと思った。
『和幸君…』
その名を口にした時…
また、気をうしなったのであろうか…
或いは、眠ってしまったのであろうか…
上から聞こえてくる悲痛きわまりない少女の声も、少女を責め苛んで喜ぶ男達の声も遠のいてゆく。
ただ、まどろむような意識の中、急に胸が温かくなり、脳裏には束の間の美しい景色と光景が過ってきた。
まだ、あどけなさの残る幼い笑顔と笑い声…
優しく純粋な眼差し…
黒兎と呼ばれる少年の兎神子(とみこ)達…
共に暮らす白兎や赤兎達を救いたい、守りたい…
少年らしい真っ直ぐな思いから、仲間に加わった子供達…
殺人に特化した武芸の過酷な訓練と、暗殺と言う非情な任務の合間、軽信はよくおむすびを握って、彼らに振舞った。
十二歳で旧帝国軍に連れ去られ、軍隊付きの慰み者にされて以来、ずっと闇の世界を生きてきた彼女である。
まともな料理など何一つ作る事は出来なかった。おむすびと言っても、炊いた米を適当に握るだけである。三角に結ぶどこらか、大きさも形も統一性がなく、お世辞にも旨そうなどとは言えなかった。
それでも、紅兎の子供達は、皆喜んで頬張ってくれた。
『軽信さんの握るおむすびが一番旨い。』
そう言って、両頬を大きく膨らまし、満面の笑みを浮かべて頬張ってくれた。
家族を皆殺しにされて以来、久し振りの暖かい時であった。
あの子達に、せめておむすびだけでも、まともなものを握ってやりたいと思い、必死に練習した。来る日も来る日も、ひたすら握り、練習した。しかし、どうしてもうまく握れず、泣きたくなった時があった。
すると…
不意に、隣から手を添えて、一緒に握ろうとする少年が現れた。
一瞬、少女かと見間違えた彼の美しさは、兼ねてより知っていた。しかし、こうして二人きりで間近に見ると、改めて鼓動が高鳴り、緊張が走る。男色で名が知れた眞悟宮司(しんごのみやつかさ)ならずとも、男が彼に懸想するのも頷ける。
少女らしい乙女心、女らしい恋心、ときめきなどとっくに忘れていた。男を皆嫌悪していた。
だのに、この気持ちは何だろうと思った。
少年に手を添えられて握ったおむすびは、とても形良く出来上がった。形だけでなく、固さも程良ければ、感触も心地よかった。
いくつか出来上がった時…
『姉さん、食べてみて…』
少年は、ボソッと言った。
軽信は言われるままに頬張ってみた。
『あ…美味しい…』
『小さい頃、母にならいました。今度また、一緒に握りましょう。』
そう言うと、少年は微かに笑った。
今まで、表情と言うものを全く見せた事のない子であった。笑う事も、怒る事も、泣く事もなく、能面のような顔をした子であった。
その彼が、ほんの一瞬見せた笑顔は、何ともあどけなく、無邪気に思えた。
それから、訓練の為、暗殺任務の為、連れ出す度に一緒におむすびを握った。軽信の握る腕は、日に日に上達していった。子供達も、本当に旨いと言って感激してくれるようになった。
一方…
最初は一緒におむすびを握るだけだった彼が、連れ出す度に、彼女の周りをまとわりつくようになった。
別に、ベタベタしてきたり、馴れ馴れしくしてくるわけでもない。ただ、ふりむけば、何となく側にいた。
それでも、時折見せるあの微かな笑顔から、何処か人恋しさを感じさせられた。
殊に、一度だけ周恩来(チョーエンライ)に会って以来、軽信が彼の養女と言う理由で、本当の姉のように慕うようになった。
そして、ある夜…
少年は、軽信の寝床に潜り込んできた。
軽信も、自然と彼を寝床に入れた。
肉体関係は結ばなかった。
十二歳から、連日、数え切れない程、男達に弄ばれてきた軽信である。今更、貞操感など微塵もなく、女である事は武器や道具でしかなかった。必要と見れば、誰にでも身体を開き続けてきた。
しかし、何故か、少年とそうなりたいとは思わなかった。
軽信の寝床で丸くなって眠る少年は、とても暖かく心地よい温もりであった。
兎…そう呼ばれている彼は、まさしく子兔のように優しく暖かく心地よかった。愛しかった。
気づけば、彼とおむすびを握る時、添い寝する時が、一番の楽しみにもなれば、幸せな時にもなった。
軽信が、いつ頃から、鬼道流鬼南派南聖水鴎拳を教え始めたかは覚えてない。
ただ…
何でも、一度目にしたもの、耳に聞いた事をすぐに覚えこむ少年は、砂に染み込む水のように、拳術も教える側からすぐに身についていった。
気づけば、少年は、軽信と互角に戦えるほど腕を上げていた。
『和幸君、見事だわ!』
ある日、和幸が拳術を使っての暗殺を成功させて見せた時、軽信は思わず声をあげた。
相変わらず無表情な和幸は、微かではあったが、はにかむような笑みを浮かべた。
『和幸君、知ってる?私と剛三が、いつも青い服を着ている、鬼道拳術の使い手である事から、鬼道拳士の青い巨星と呼ばれている事。』
『はい。あと、青い双星とも呼ばれてる事も…
僕は、青い双星の方が好きです。その…お二人は、本当にお似合いですから…』
『コイツ!子供の癖に生意気だぞ!』
軽信が軽く頭を小突くと、和幸はまた、はにかむように笑った。
『それにしても…』
軽信は、改めて、マジマジと和幸を眺めた。
和幸もまた、いつの頃からか、青い着物を身につけるようになっていた。
自分に対する憧れからである事を知っている。
幼い子が、憧れのお兄ちゃんやお姉ちゃんの事を何でも真似たがるように、和幸もまた、軽信の事を何でも真似たがっていた。
軽信が、扇子を集めるのが趣味だと知れば、自分も扇子を集めたがる。いつも髪を腰まで伸ばしてるのを見れば、自分も髪を腰まで伸ばした。
和幸は、神楽舞を得意とする。それも、軽信が北の楽園に伝わる舞踊と中原の楽土に伝わる舞踊を得意とする影響であった。
鬼道拳術を学びたがったのも、軽信への憧れ。同じ鬼道拳術でも、奥平の鬼北(おきた)派ではなく鬼南(おなみ)派…それも、鬼南一刀(おなみいっとう)を創始とする、水鴎(すいおう)拳を選んだのも、全て軽信の影響であった。
そして…
着る物まで、軽信を真似て、青一色に統一するようになっていた。
軽信は、そんな和幸が愛しくてたまらなかった。
年の離れた、本当の弟のように思うようになっていた。
『和幸君、本当に青い着物が似合うわね。』
『そんな…』
和幸は、微かに頬を赤くした。
そんな表情を見せるのも、軽信にだけであった。
『ううん。剛三も言っていたわ、自分なんかより、和幸君の方がずっと青が似合うって…』
『そんな…僕なんかより、奥平さんの方がずっと素敵ですよ。それと、姉さんの方が…』
和幸は言いかけ、また、頬を赤くした。
『ありがとう。それでね…』
軽信は、和幸の頬を撫でながら…
『今、同盟紅軍の間では、和幸君の事も、青い巨星って呼ばれてるのよ。』
ニッコリ笑って言うと、和幸は目を丸くした。
『僕が?』
『そうよ。だって、今ではもう、私や剛三と同じくらい…いいえ、ひょっとしたら、私達を凌駕するかも知れない程の使い手ですもの。』
『そんな、僕何て…』
言いかける和幸の頬を撫でながら、軽信は大きく首を振り…
『いいえ。今はともかく、和幸君は、遠からず私達を遥かに凌駕する使い手になるわ。
だから、こうも呼ばれてるの。ブルー・スリーってね。』
『ブルー…スリー…』
『そう。鬼道拳術、第三にして最強なる青い巨星…ブルー・スリーよ。』
そう言うと、和幸はまた、はにかむような笑みを浮かべた。
『キャーーーーーーッ!!!!!』
また、耳を劈くような少女の声が、軽信を現実に引き戻した。
『ヒィーーーーーッ!!!!』
『ほらっ!もっと足広げろ!足!』
『もっと、尻を上げるんだよ!』
凄まじい声で泣き叫ぶ少女に、さっきとはまた別の男が怒鳴りつけていた。
短い間に、いったい何十人の男達が、飽きもせずに少女を嬲り弄んでいるのだろう…
『さあ、どうして欲しいか言ってみろ!』
『参道を…お通り下さい!』
『参道って、こっちか?それとも、こっちなのか?』
男の一人が怒鳴りつけると…
『アーーーーーーッ!!!!』
少女は、答える代わりに悲痛な叫び声をあげた。
無駄な事は知っている。
それでも、軽信は鎖を引きちぎろうと必死に引っ張り、踠き暴れた。
こんな事の為に、弄ばれる少女達を横目に見ながら、ひたすら和邇雨一族に潜り込んだのではない。天領(あめのかなめ)の幹部になりすましてきたのではない。まして、和幸達に手を血で汚させてきたのではない。
これまで、どんなに酷い仕打ちを受けてる少女達を見ても、素知らぬ風を装ってきた。和幸が妹のように可愛いがっていた、美香と言う子が死んだ時も、和幸と共に涙を呑んで堪えてきた。それもこれも、いつかは、神領(かむのかなめ)中の兎神子(とみこ)達を解放する為であった。
いや…
兎神子(とみこ)達だけではない。兎神子(とみこ)達を当てがわれながら、兎神子(とみこ)達の養育料にかこつけた、玉串と初穂と言う名の重税に喘ぐ領民(かなめのたみ)達をも解放する為であった。
だのに…
解放するはずの奥平の手で、今は、まだ九才かそこらの少女が嬲りものにさらている。
許す事も、見逃す事もできなかった。
鎖に繋がれた軽信の腕は、血まみれになっていた。
軽信は、構わず更に暴れ続けた。一層、この腕を引きちぎれれば良いとさえ思っていた。
その時…
『全く…あいつら、よく飽きもせず、あんな小さい子を…』
『他の穂供(そなえ)部屋でも、まだ幼い兎達相手に乱痴気騒ぎだ。』
『狂ってる…神領(かむのかなめ)は、狂ってる…』
『もう嫌だ!なんだって、俺は神職(みしき)の家に…神漏(みもろ)になんか生まれてきたんだ!何処か行きたい!こんなところから逃げ出したい!』
長い廊下を歩く音と同時に、数人の男達の声が聞こえてきた。
見れば、緑の立無し丸兜に緑の帷子、深緑の胸甲に腕脚当て、右肩に盾、左肩に棘付き肩当てを身につけた兵士が四人降りてきた。神漏兵(みもろのつわもの)達である。
どうやら、何処に行っても幼い兎神子(とみこ)達を嬲る光景に辟易して逃れてきたらしい。
と…
『おや、此処は…』
『こいつは、軽信とか言う女革命戦士じゃーねえか。』
二人の神漏兵(みもろのつわもの)は、鎖に繋がれた軽信の姿を見出すと、舌舐めずりをした。
『噂には聞いていたが…良い女だなー。』
三人目の神漏兵(みもろのつわもの)も、生唾を飲み込みながら格子まで近づいた。
『おい!何する気だ!』
四人目は、三人が格子の鍵に手を伸ばすと、慌てた声で言った。
『こいつは、役得ってもんだぞ。』
『そうそう…犯るなら、あんなガキじゃねえ。こう言うのをやらねえとな…』
一人目と二人目が、互いに顔を見合わせると、ニンマリ笑った。
『バカな!それじゃあ、上の連中と同じじゃねえか!』
四人目が、必死に抑えようとして言うと…
『馬鹿言え、こいつは不穏分子…犯罪者だ。何したって構うもんか。』
『それに、元々、慰安婦とか言う、軍隊付きの売女だ。今更、何されても嫌がる筋合いじゃーねえだろう。』
『嫌なら、おめえはそこで見てろ。本当の男って奴を、おめえに教えてやらあ。』
三人は四人目の若い兵士を突き飛ばして、格子の中に入り混んできた。
『しめた!』
軽信は、内心ほくそ笑んだ。
言われるまでもない。
十二の歳から二年間…連日連夜弄ばれ続けて涙を呑み、ある日、御祭神から大量出血をして、子を産めなくなって割り切るようになった。
周恩来(チョーエンライ)に解放されて養女となり、彼に心酔して革命に加わってからは、女である事を最大限、武器や道具にして利用するようになった。
今更、簡単に捻れそうな男三人ばかしに何されたって、どうと言う事はない…
しかし…
『嫌っ!やめて!お願い!嫌っ!』
軽信は、敢えて怯え震えて見せた。
こう言う場合、なまじ色仕掛けするより、嫌がり抗って見せた方が、男達は余計に欲情する事を知っている。
それに…
『おらっ!大人しくしろ、このアバズレ!』
『散々、軍人相手に良い思いしてきたんだろう?』
『たんと、可愛がってやるわ!』
泣いて抗う女を、無理やり押し倒し、服を引き裂いてくる男達の方が、殺しても後味悪くない。
『やめて!やめて!許して!嫌ーーーっ!』
鎖に繋がれ、身動き取れない軽信が、身を捩って泣き叫ぶと、案の定、男達は甲冑帷子を脱ぎ捨てながら、軽信に殺到してきた。
次の刹那…
骨が折れる嫌な音が鳴り響くや、一人目の神漏兵(みもろのつわもの)が、脊髄のあたりから真っ二つに折られて、絶命していた。
同時に…
『この鎖の鍵を外せ!』
軽信は、腕で二人目、足で三人目の首を絞め上げながら言った。
『ウグググ…』
『ググググ…』
軽信は、二人の男を絞め上げながら、初めて旧帝国軍に連れ去られ、何十人もの兵士達に弄ばれた時の事を思い出していた。
あの時、まだ十二だった自分は、こう言う男達に嬲りものにされたのだ。
『外すのよ!早く!でないと、この首、へし折るよ!』
更に更に強く締め上げながら、軽信は、彼女の腕と足の中で踠き苦しむ二人の男達と、十二だった自分を弄んだ兵士達を重ね見続けた。
二人の神漏兵(みもろのつわもの)は、呻き声を漏らしながら、軽信の手足に繋がれた鎖の鍵を外した。
同時に、軽信は、ゆるゆると二人の首を絞め上げる手足の力を強めていった。
男達は、命乞いする声すらあげられず、口から泡を吹かせていた。
あの時の自分も、上で嬲りものにされてる少女も、別の穂供(そなえ)部屋で弄ばれてる少年少女達も、許しを乞う事も抗う事も許されなかったのだ。
この二人に、命乞いの声を上げる事すら許すつもりはなかった。
ただ、ジワジワと首を絞めあげてゆき…
『地獄に落ちろ!』
ゆっくりと首を後ろ向きに捻り上げ…
骨の砕ける鈍い音をさせて、二人同時に絶命させた。
『助けて…助けて…助けて…』
軽信は、最後まで三人を止めようとした四人目の男に、両手の指関節を鳴らしながら、ゆっくり近づいて行った。
四人目の若い男は、腰を抜かして立ち上がれぬまま、後退りをしていた。
『助けて…助けて…助けて…』
若い男は、全身震わせ、首を振り立てて命乞いを続けた。
軽信は、酷薄に細めた目で、若い男をジッと見おろすと…
『神領(かむのかなめ)になんか…神職(みしき)の家、神漏(みもろ)になんか生まれてきたくなかったのよね、可哀想に…』
更に両手の関節をならしながら、冷たく言い放った。
『お願い…助けて…殺さないで…殺さないで…お願い…お願い…』
男は、泣きじゃくって命乞いをしていた。
見れば、まだ、十八か十九と言ったところであろうか…
『坊やは、一思いに逝かせてあげるわ。次に生まれる時には、神職(みしき)の家、神漏(みもろ)になんか生まれて来ない事ね…』
軽信は言うなり、まだ少年とも言える若い兵士の首を鷲掴みにすると、断末魔の声を上げる間も無く瞬時に捻り殺した。
『なんだ!』
『何か、音がしなかったか?』
廊下の彼方より、複数の男達の声が聞こえてきた。
軽信は、動じる様子もなく、今殺したばかりの男達が携帯していた拳銃四丁を懐に、湾曲刀二振りを両腰脇に差すと、まっすぐ声の方へ向かって行った。
さっきと同じ、緑の甲冑帷子に身を固めた神漏兵(みもろのつわもの)五人が、玻璃を翳しながら近づいてくる。
『おまえ!』
『軽信!』
神漏兵(みもろのつわもの)二人が声を上げる刹那に、軽信は二振りの湾曲刀を同時に鞘走らせ、二人の神漏兵(みもろのつわもの)を瞬時に斬り殺した。
残り三人の神漏兵(みもろのつわもの)達は、慌てて抜刀した。
『スーッ…ハァーーーーッ…』
軽信は、深い深呼吸を一つすると…
闇雲に斬りつける三人の神漏兵(みもろのつわもの)の湾曲刀を、飛び交う鴎ごとき身のこなしで受け流し、横薙ぎに斬りつけながら、クルクル回って間を縫って行った。
静寂…
軽信が湾曲刀を鞘に収めると同時に、三人の神漏兵(みもろのつわもの)達は、首筋から噴水のように鮮血を迸らせて倒れた。
と…
何が起きたのであろう…
気づけば、ついさっきまで、少女の泣き叫ぶ声が響いてきた穂供(そなえ)部屋から物音一つ聞こえ無くなっていた。
『和幸君…』
軽信は、ハタと我に帰ると、血相を変えて駆け出していた。

兎神伝〜紅兎三部〜(17)

2022-02-03 00:17:00 | 兎神伝〜紅兎〜革命編其乃一
兎神伝

紅兎〜革命編其乃一〜

(17)神事

『ウッ…ウッ…ウーッ…アウッ!』
鱶背一之摂社(ふかせいちのせっつやしろ)神饌所御種倉一室。
全裸で畳の上に寝かされた九歳くらいの少女は、青い楽土服の男に参道を弄り回されると呻き声を上げた。
『グフッ、グフッ、グフフフフ…』
男は、不気味な笑い声をあげながら、挿入して掻き回していた指先を引き抜くと、包皮をめくり上げて小さな突起を摘み上げた。
『アァァァーッ…』
少女は、首を振り立て腰を浮かせると、更に悲痛な声を漏らした。
『感じてるのか?うん?感じてるんだろう?』
青い楽土服の男は、ニヤけて言うと、一層乱暴に突起を揉み扱きながら、膨らむ兆しもない胸を撫でまわし、豆粒のような乳首を抓りあげた。
『イギッ!イギッ!イギギギィ…』
周囲では、身を捩って歯を食いしばる少女を、数人の男達がニヤけながら見つめている。
『どうした?黙っていたら、わからないぞ。ほら、感じてるんだろう?うん?感じてるんだろう?グフッ、グフッ、グフフフフ…』
青い楽土服の男が、不気味な笑い声をあげて言うと…
『あんまり気持ち良すぎて、声も出ないんだよな。』
『静(しずか)や、良かったな。今日から、奥平さんが連れてきて下さった、大勢のおじさん達みんなに可愛いがって頂けるんだぞ。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が、少女の頬や頭を撫で回して言った。
『ささ、皆さんも、見てるだけではつまらないでしょう。うちの赤兎の味を、たんとお楽しみに下さい。』
周囲で舌なめずりしている男達に、権禰宜(かりねぎ)が言うと、異国の言葉を話す男が二人、早速、少女の乳房にむしゃぶりついた。
『アァァ…』
顔を反らせて声を漏らす少女を、青い楽土服の男…奥平は口の周りを舐め回しながら見つめると…
『グフッ、グフッ、グフフフフ…ガキのくせに、こんなに濡らしやがって…どうだ、そろそろ挿れて欲しいか?挿れて欲しいだろう?』
どれ程蹂躙されればそうなるのだろうと思われる程、赤剥けになり、下方は裂けてしまっている神門(みと)のワレメを、親指で撫で回しながら言った。
『ほら、どうした?奥平さんが、ああ、仰られているぞ。』
『どうして欲しいのか、早く言いなさい。それとも…』
それまでの猫撫で声と変り、忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が、酷薄に目を細め口元を痙攣らせると、少女は忽ち震え出した。
『さ…さ…参道を…』
『参道が、どうしたのかな?』
奥平は言うと、赤剥け避けたそこを舐め回しながら、答えを待つまでもなく下衣と下履を脱ぎ始めた。
『参道を…お通り…下さい…』
少女は、目に涙を溜め、しゃくりあげながら、滲んだ声で言った。
『グフッ、グフッ、グフフフフ…良いだろう。おまえの参道、通ってやるぞ。』
奥平は、いよいよ満悦顔になると、少女の小さな脚を思い切り推し広げてのし掛かった。
『ウゥッ!』
少女は、また声をあげた。
そして…
『アァァーーーーーーッ!』
奥平の穂柱が無理やり中に捻り込まれると、凄まじい声を上げた。
『この締め付け…堪らんな…』
奥平は、少女の悲鳴に一層唆られていきり勃つ穂柱をグイグイ捻り込みながら言った。
『奥平さんも、今やすっかり赤兎の味の虜になりましたな。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)が満面の笑みで答えて言うと…
『正直、此処に来るまではな、こんなガキとやって何が面白いとか思ってたがな…いざ、やって見ると、これが…』
『どうです?全て終わりましたら、貴方も神領(かむのかなめ)に住まわれては?』
有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)が言うと…
『こんな事が毎日できるなら、それも悪くないな。』
『毎日できるどころか…此処では、神聖な神事にございます。学舎(まなびのいえ)では、毎日赤兎を通わせて、子供達に必須科学(ひっすのまなび)としてやらせてますよ。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)が、言葉を受け継いで言った。
『それは良い。そんな学(まなび)なら、俺は毎日受けてみたいぞ。』
奥平が、漸く小さな中にいきり勃ったものが収まると、激しくのし掛かるように腰を動かしだした。
『イギィーーーーッ!』
何をされ、何を要求されても、抵抗や拒否をするどころか、苦痛を口にする事も許されない少女は、歯を食いしばり、ひたすら苦悶の呻きを漏らし続けた。
そんな少女に…
『どうだ、気持ち良いか?気持ち良いだろう?』
奥平が無情に言うと…
『ほら、奥平さんが聞いてらっしゃるぞ。早く答えなさい。』
『気持ち良い、もっとして下さいってな。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、交代で涙ぐんで首を振り立てる少女の頬を撫でたり叩いたりしながら、ますます満面の笑みを浮かべて見せた。
その時…
『剛三!これは、どう言う事!』
突如、後ろの障子が音を立てて乱暴に開けられたかと思うや、奥平同様、青い楽土服に身を包んだ女が凄まじい形相をして立っていた。
『房枝、今、大事な神事を習ってるところなんだ。邪魔しないで貰えるかな。』
奥平は、首を振り立て身を捩って、声を上げる小さな少女の上で休みなく腰を動かしながら言った。
『神事ですって…』
軽信は、目の前の信じ難い光景に、声と手を震わせた。
『そうだ…おまえだって知ってるだろう?神領(かむのかなめ)では、兎との穂供(そなえ)は最も神聖な神事だって事をな…
これから、こいつらと上手くやって行くためには、俺もしっかり覚えないとな。
それにしても…やっと収まったと思ったのにまた…
おまえ達、こんな小さなところによくあんなに挿れた状態を維持できるな。』
『だから、子供の時からの鍛錬の賜物ですよ。』
『奥平さんも、ここで我々の手解きを受ければ、時期に…』
『成る程な…』
奥平は、軽信の方を見ようともせず、小さ過ぎてなかなか収まり切らず、何度も外れかけては、また無理やり捻り込むのに躍起になっていた。
『上手くやるって…剛三、あなた…あなた…我々を裏切る気なの…』
『裏切る?人聞きが悪いな…』
と…
漸く少女の中に収まっていた奥平の穂柱が外れたかと思うや、少女の下腹部の上に白穂が放たれた。
『ほら、おまえのせいで、失敗したではないか。』
奥平は、相変わらず振向く気配を見せず、糸を引く穂柱を、少女の口元に運んだ。
『さあ、今度は、どうしてくれるのかな?』
『宜しければ…宜しければ…』
『宜しければ何だ?』
『宜しければ、上の参道もお通り下さい。中で綺麗に清めて差し上げます…』
少女は、奥平の穂柱が放つ臭いに顔を痙攣らせながら、涙声で言うと…
『よしよし、それじゃあ、上の参道を大きくアーンして貰おうかな?』
奥平は、少女の額に手を当てて顔を反らせると、大きく開けられた口に、それを捻り込んだ。
軽信は、思わず顔を背け目を瞑った。
『同盟紅軍だ?あんな烏合の衆、最初から仲間に加わった覚えはないぞ。なあ、脛夫(すねお)。』
奥平が、穂柱を少女の口に出し入れさせ、丹念に舐めさせながら言うと…
『奥平さん、同盟紅軍って、何の事ですか?』
別の障子が開いたかと思うや、頬がこけ、痩せぎすな男が、訝しげな顔をして入ってきた。
彼もまた、裸にされた別の少女を抱いていた。
剥き出しにされた神門(みと)のワレメを見れば、この少女も既に蹂躙されている事は一目瞭然であった。
『森(もり)…脛夫(すねお)…あなた達…あなた達…』
『同盟紅軍の根拠地…深間山荘は、もう一月以上も前に童衆の襲撃を受け、皆殺しになってるではありませんか。』
森脛夫は、軽信などそこにいないかの如く、言葉を続けた。
『最も…領外(かなめのそと)では、同盟紅軍が内輪揉めに殺しあった…と、言う事になってますがね。
今は、もう、同盟紅軍などと言う組織は、何処にも存在しませんよ。あるのは、我々、藤子連合紅軍派だけですよ。』
『そっか…深間山荘事件とか言って、巷を賑わせたあの事件から、もう一月経っていたのか…』
『深間山荘が皆殺し…同盟紅軍が…』
『同盟紅軍だけじゃーないぞ。ここに向かう途中の弐十手と紅兎達にも神漏(みもろ)衆を差し向けている。』
『何ですって!』
『今頃はもう、皆殺しになってるだろう。』
奥平は、面白くもなさそうに言うと…
『おまえ、噛んだな…』
不意に、少女を睨みつけ、思い切り頬を叩いた。
『おまえ、奥平さんのを噛んだのか!』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)は、わざとらしく大仰に言うと、少女は蒼白になって震えながら首を振った。
周囲は、これから始まろうとしている事に想像を巡らしてニヤけだした。
『シズちゃん…』
森脛夫に抱かれていた少女は、思わず顔を背けて涙を流す。
『いいや、噛んだぞ。ほら見ろ、歯型がついてる。痛かったぞ。』
『いつからなの…』
軽信は俯いたまま、愉快そうに少女の髪を鷲掴み、頬を叩く奥平に怒りとも悲しみともつかぬ声を震わせて言った。
『ほら、噛んだよな?噛んだんだよな?黙っていたら、わからんだろう?』
奥平は、軽信などどうでも良いと言うように、少女を甚振るのに夢中になっていた。
『貴方達、いつから手を組んでたの…剛三、答えて!』
軽信が、とうとう感情を爆発させて怒鳴り声を張り上げると…
『いつから?』
奥平は、漸く面倒そうに振り向くと…
『おい、脛夫。俺達、最初から仲間だったよな。』
『勿論です。我々は、藤子連合紅軍派の同志ですよ、最初からね…
そもそも…ジャイアンとは、我らの間での奥平さんの通り名…』
『グフッ、グフッ、グフフフフ…
そうとも知らず、馬鹿な野火多(のびた)の連中は、脛夫達をジャイアント派などと呼んで、歯を剥き出していた訳よ。』
『全く…馬鹿な野火多(のびた)の癖に、革命ごっことは笑わせてくれますな。』
森脛夫は含み笑いを浮かべて言いながら、腕に抱く少女の小さな乳房を鷲掴み、乳首を舐め始めた。
『騙していたのね…私達を…同盟紅軍、弐十手、紅兎の子供達…みんなを…みんなを…』
『ほら、噛んだんだろう?穂供(そなえ)参拝の言葉は神の言葉…問われたら、ハイと答えるんだろう?ハイと…』
拳を震わせ、唇を噛み、いつしか涙を滲ませている軽信を、奥平はもうそこにいないかのように、また、少女の頬を叩きながらいびり始めた。
『さあ、素直にハイと答えないか、ハイと…』
『そうか、そうか、答えないつもりなんだね…誰か、畳針と火鉢を持っておいで。素直になるまで、ちょっと仕置してやらないとね。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)と有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)も、軽信を完全に無視して、赤兎の少女をいたぶるのに夢中になっていた。
『信じていたのに…みんな、みんな、信じていたのに…』
軽信は、カッ!と目を見開くと…
『許せない…絶対、許せない!』
両袖の下から飛び出す釵の柄を握りしめると、凄まじい気合の声を張り上げて、奥平に飛び掛かっていった。
『うるさいなー!』
叫んで振り向き様、奥平は釵を突き入れようとする軽信の腕を受け止めて…
『ハァーーーーッ!!!』
気合いの声を発して押しだす掌底で、軽信を庭先まで吹き飛ばした。
忽ち、警護に控えていた神漏兵(みもろのつわもの)達が、軽信を取り囲んだ。
『スーーーッ…ハァーーーーー。』
軽信は、深い深呼吸と共に胸の昂りを鎮めながら、釵の物打ちで滑らかな曲線を描き、飛び交う鴎のような構えをとった。
両脇から、二人の神漏兵(みもろのつわもの)が六尺棒を振り翳す。
軽信は、避けると言うよりは軽く受け流すようにいなすと、一人を釵の物打ちで、一人を釵の柄で叩き伏せた。
続けて前後左右より振り下ろされる六尺棒…
川面を走る鴎の如き身のこなしで、打ち合わせる事もなくスルスル受け流しながら、左右の足を交互軸に蹴りを連打して、瞬く間に四人の神漏兵(みもろのつわもの)を倒した。
更に、六尺棒を旋回させながら、周囲を十人の神漏兵(みもろのつわも)達が取り囲む。
最初に振り下ろされた六尺棒三本を釵で打ち躱し、不意に地面に手をつき逆立つや、両足を風車の如く旋回さながら蹴りを連打し、瞬く間に十人倒した。
『やめろ、やめろ。』
奥平は、脱いだ下衣を履くと、相変わらず欠伸を咬み殺すような物言いで神漏兵(みもろのつわもの)達を制止した。
『こいつは、俺と並ぶ鬼道拳士(きどうけんし)、青い三巨星の一人だ。
鬼道拳術…鬼南六派(おなみろくは)の一つ、南聖水鴎拳(なんせいすいおうけん)を、創始者、鬼南一刀(おなみいっとう)顔負けに使いこなす彼女に、お前達百人束で掛かっても叶わん。』
軽信は、再び二振りの釵を構えると、奥平をジッと睨み据えた。
奥平は、大きく吐息を一つつくと、少女の方を向いてニヤリと笑い…
『今から、このお姉ちゃんと少し遊んでくるからな。その間に、素直に噛んだ事を認めるか、畳針で痛い痛いお仕置きを受けるか…よーっく考えて置くんだよ。』
頬を撫でまわしながら言った。
軽信は、奥平が指の関節を鳴らしながらゆっくり庭に向かうと…
『ハァーーーーーッ!!!』
気合いの声と共に、川面を走る鴎の如き構えをとった。
『フウゥゥーーーッ!』
奥平は、大きく息を吐き、拳をゆっくり前に押し広げながら庭先に降り立ち…
『神事の手解きしてくれた礼に、お前達に鬼道拳術、鬼北二派(おきたには)の一つ、北神龍王拳の拳踊を見せてやろう。』
そう言うなり…
『アチョーーーーーッ!!!!!』
昇天する龍蛇の如くクルクル小刻みに旋回して飛びながら近づくと、手刀、掌底、拳、肘鉄を連打して打ち込んでいった。
『ハイッ!ハイッ!テヤァーーー!!!』
軽信もまた、奇声を発しながら、飛び交う鴎の如き身のこなしで、右に左に腕でかわしながら、ここぞとばかりに回し蹴りを連打した。
奥平は、左右交互に龍蛇が鎌首を上下させるような拳捌きで、蹴りを交わして、横蹴りを放つ。
身を低くして躱し様、二刀同時に外側に横薙ぐ軽信の釵…
奥平は、後ろに身を引き躱しながら、手刀を構えた。
軽信の飛び蹴り、更に回し蹴り…
軽々躱す、奥平の手刀…
軽信が、釵の突きを連打すると、左右身を引いて避けながら、奥平もまた、手刀、肘鉄、拳、肘鉄、手刀、肘鉄、拳、掌底を連打した。
周囲は、白熱する二人の闘いを、息を呑んで見守った。
振りかぶる軽信の踵落とし…
奥平は、交差する両腕で弾き返すと…
『アタタタタターーーッ!!!!』
奇声と共に、手刀、拳、掌底の連打を放った。
余りの猛攻に、最早、鬼南水鴎拳特有の流れるような受け流しをするゆとりはなく、軽信は両腕で辛うじて交わし続けた。
そして…
『アチャーーーーーーッ!!!!』
凄まじい奇声と共に放たれた、一発の掌底が、軽信の胸板に命中して、吹き飛ばした。
打たれる瞬間、自ら後ろに飛び下がる事で最大限衝撃を和らげた軽信は、辛うじて立ち上がると、釵で滑らかな曲線を描きながら、南聖水鴎拳の構えをとった。
奥平もまた、両腕を交互に、龍蛇の鎌首を上下させるような構えをとる。
暫しの静寂…
その時…
『さあ、お仕置きの用意ができたぞ。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、持ち運ばれてきた畳針を、すり鉢で真っ赤に焼くと、押さえつけられた少女の目の前に翳してみせた。
『さあ、何処を刺して欲しいかな?指先が良いか?掌か?それとも、足の裏が良いかな?痛いぞー、とっても痛いんだぞー。』
有三権宮司(ありみつのかりのみやつかさ)も、ニヤニヤ笑いながら言う。
二人とも、拳術の勝負などどうでもよく、何をされても抵抗はおろか、許しを乞うて哀願する事すら許されぬ少女をいたぶるのに熱中していた。
『さあ、素直に噛んだ事を認めるなら、今のうちだぞ。』
忠衛宮司(ただえのみやつかさ)は、そう言うと、真っ赤になった畳針の一つを、少女の腕に押し当てた。
『キャーーーーーッ!!!』
凄まじい絶叫が響きわたった。
『駄目っ!やめてーーーっ!!!』
軽信が思わず叫んだ刹那…
『テヤァーーーーーー!!!!』
気合いの声と共に放たれる、奥平の飛び蹴りが、見事に軽信の溝に入った。
『グーーッ!!!』
軽信は、呻き声と同時に嘔吐しながら、その場に崩れ落ちた。
奥平は、更に軽信の頬を蹴り、腹を蹴り、留めとばかりに、蹲る軽信の背中を思い切り踏みつけた。
『静ちゃん、お手柄、お手柄。』
奥平は、少女の方を見て、大仰に手を叩くと…
『ご褒美に、今夜は朝まで、上下参道の他に、裏参道もたっぷり通って穂供(そなえ)てやるからな。』
そう言って、グフグフと不気味な笑い声を上げた。
『剛三…貴方って人は…』
軽信が、地面に踏みつけられながら、歯軋りして言うと…
『神領内(かなめのうち)に、楽土間者のすり替え宮司(みやつかさ)の他に、此奴らのように内通宮司も存分につくる事ができた。毛沢東(マオツートン)主席と結んでの、神領(かむのかなめ)乗っ取りの絵図は十分出来上がった。おまえは、もう用無しだ。』
奥平は、残忍な眼差しで軽信を見下ろしながら言った。
『フッ…殺すが良い。おまえのような男を信じるとは…信じるだけじゃない、この世の男は全て敵だと信じてきた私が、在ろう事か愛してしまったとは…』
『安心しろ、言われなくても殺してやろう。だが、今じゃあない。仲間達の壊滅も知らず、のこのこやってくる鱶見本社(ふかみのもとつやしろ)の紅兎達を、おまえの目の前で嬲り殺してからだ。』
『和幸君…』
軽信は、思わず目を見開いて奥平を見上げると…
『まずは、生け捕りにして、あいつらの前で赤兎相手の神事を見せつけ、死んだ美香の思い出にたっぷり浸らせてやる。その後、少女のようなおまえの義弟の顔を、簾のように切り刻んで殺してやる。その死骸の前で、此処に集う二百人の我が同志達と楽土兵達の慰みものにしてから、ゆっくり殺してやろう。』
奥平は一層残忍な笑みを浮かべながら…
『その前に、おまえも赤兎の神事でも見ながら、懐かしい思い出に浸ると良いさ。そう、旧帝国軍付きの売女をさせられていた時の輝かしい思い出をな。』
そう言うと、グフグフグフとまた不気味な笑い声を上げだした。