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げ ん て ん .Young man be not forgetful of prayer
陽己と珠月へ。
勝手な事をいうと我が家の「原点」は、おまえたちのお父さんが蘇生した時にある。
ここで「僕は」という、かしこまった言い方で自分の事を言うのは、
この”原点”についてのちょっとした話を、おまえたちに話すのと、
おまえたち以外の、いろんな人たちにも聞いてもらおうと思うからである。
そして、おまえたちのことを、いちいち”おまえたち”と、偉そうにいうのは、
これをおまえたちが読むときに、いつも「おちゃらけたお父さん」な僕が、
たまには「偉そうにしている」と、面白がって読んでくれるかも知れないと思うからだ。
僕はおまえたちを心から尊敬している。
”尊敬している”と言われても、なんだか良くは分からないかも知れない。
それは 他でもない、「生きる」という事について、
きわめて不器用な僕たちのような夫婦の元へ、
命をかけて生まれてきてくれたからだ。
僕たち夫婦は不手際ながら、おまえたちに「親」として選んでもらえた事に感謝し、
おまえたちがこの世に生れ出るまでの、生命の戦いに
心の底からの敬意を持ち、その魂を尊敬するのである。
1話 「こころが”かじかむ”」
「こころがかじかむ」。
サイキック・ナミング。
これは、僕の尊敬する作家、大江健三郎と立花隆とのTV番組での対談で出てきた言葉で、意味合いは「心理的麻痺状態」を示している。 大きな災害や生命の危機に直面した際に、そこからは逃れる事はできないのに、「心」は逃れようとする「心理状態」。 喜怒哀楽を始めとする情緒が、災厄を感じたくないあまりに、その機能を止めてしまう。 全てを感じなくなるのだ。 「心が」機能しなくなってしまう。 この状態を「サイキック・ナミング」という。 それはちょうど”こころがかじかんだ”ような状態だという。
僕は多感な思春期の頃から、20代前半くらいまでの10年間程、ある一つの事でこの「サイキック・ナミング」のような日々を過ごした。 「心」が”かじかんで”いたのだろう。 完全に情感は無くしていないので、「よく似た状態」だといえる。 きっかけは中学生時代、「シンナー中毒」だった事から始まる。 妙に攻撃的で、無駄に繊細で、当時の悪仲間とも人間関係がうまく行かず、そのくせ真面目に生きる事もできず、煮ても焼いてもどうにもならない自分が嫌でならなかった。 当時の仲間とは万引きや空き巣をはじめ、思いつく「やんちゃ」の限りを尽くし、その拠点となった仲間の家で、あちこちから奪い取った万引き商品に囲まれてシンナーに興じながら笑いあった。 その笑いは、心からの「笑い」でない事を、気持のどこかで自覚しながら。 仲間の全員が嫌だったし、その中にいて笑っている自分が嫌だった。そうした関係を断つ事ができない自分が死ぬほど嫌だったが、どうする事もできないでいたのだ。 そんなある日、家族共々引っ越す事となり、徹して弱腰だった僕にとってそれは仲間に”別れ”を告げる良い契機となった。 携帯電話のないその当時はもっぱら公衆電話だ。 いつも一緒にいた一人の仲間にだけ、行く先は告げずに「もう、おまえとは一生遊ばない」といった。 絶対に”キレる”と思っていたその彼の反応は、僕には衝撃的だった。 ”泣きだした”のだ。 「誠一だけが友達やと思っていたのに・・」、そう何度も何度も言いながら号泣する彼を、僕は冷たく突き放した。 もう、とことん「嫌」だったから。
しかしこの事が僕の中で、”あいつにいつか殺される”という強迫観念として残り、神経を蝕んでいった。 高校を卒業する頃には、ちょっとしたもの音すら、”何かの気配”かもしくは”誰かの殺意”のように感じた。 実際、「声」が聞こえる症状も出てきていた。 「笑う事」がしだいに少なくなり、言葉数も少なくなり、ちょっとした挨拶すら頭の中で何度も練習してからでないと、上手くは言えない。 「長く生きても、この苦しみが続くだけ」と実感していた僕は、何度か自殺を試みたが未遂におわり、いよいよ情緒は不安定になるか、無感情でいるか、という所で落ちついて行くのだった。 両親の無限大の愛情すら、僕の心は拒絶していたのかも知れない。 要は、”心がかじかんで”いたのだ。
2話 「男子部の先輩」
我が家は母親の代から熱心な「創価学会」である。 高校を卒業して美術系の専門学校に通い始めたのは、この「どうにもならない哀れな息子」に対しての、両親の真心であり、合わせて経済的には苦渋の選択でもあった。 「絵画」にしか興味を示さない無感動でナイーブすぎる息子に対し、”母の祈り”は何年も深夜にまで続けられた。 僕の進学が決まる直前の父の「日記」には、こんな事が記してあった。 「誠一の専門学校に行って見た。通学時間は・・乗換は・・。これなら、誠一も楽しく通えそうだ」。 こうした両親の想いは、当時の僕は知る由もなかった。
”心がかじかんだ状態”は、時間がたつと表面的には収まったかのように見えた。 しかし心の中心には常に空白があり、根強い「人間不信」こそが性格の根底となった。 「創価学会」の会合に参加すると、いつも誰かが誰かの事を心から心配し、そして祈っている。 笑いがあり、感動があり、参加するメンバーは「自分」を自由に表現し、それを皆で応援する。 悩みの淵から立ちあがるメンバーの姿があり、社会人として大きく成長していく若いメンバーの躍動が満ちている。 お年寄りの方々も、そこでは主人公となり、その向こうで子ども達が駆け回っている。 その陰では緊張感に満ちた青年たちが、参加メンバーの安全を守っている。 世間で言う”カルト教団・創価学会”とは、中から見ると全く違う世界がそこにはあるのだ。
ただ、当時の僕にはその空気そのものが「ウザい」だけだった。 「自分自身の殻を破って、成長しよう」、「悩める友を祈ろう」、「弱い自分を乗り越えよう」・・・・そんな前向きな事ばかりを言われるのは、僕にとっては大きなお世話なだけだった。 でも、それを言うのが「学会員」の常だ。 いつも元気のない僕をいろんな方が心配し、励ましの言葉を惜しみなくかけてくれるのだが、とにかく「うるさい」だけだ。 僕は”励まし”などいらない、前向きにもなりたくない、できれば「事故」か何かであっさり死んでしまいたい、その徹して「後ろ向き」な姿勢は明るく元気な学会員の中にあっても、揺るぎないのだった。 その当時は「もの創りの人」の自覚も芽生えていた僕は、できれば ”良い作品”を何点か残して、それでこの世界と別れよう、そんな発想だった。
いつも僕の事を気遣ってくれる「男子部」の方が、折々に訪問して来た。 「うっとうしい」ので、居留守を使うとメモ用紙に短い手紙を置いて行った。 「誠ちゃんへ 元気?? 又、来るわ! 良い作品ができますように!」・・・・。この優しい心遣いがたまらなく「うっとうしい」のだ。 そんなある日、その先輩がこんな事を言い出した。 「誠ちゃん、今度の会合で、紙芝居をやるんやけど、ちょっと斬新な”絵柄”にしたい。 是非、誠ちゃんの独特の画風でみんなを驚かそう!!絶対にみんな感動するで!」。 さすがに「後ろ向き全開」の僕も、この提案を断る理由はなかった。 そして渾身の力作が完成し、その会合は大成功となった。 紙芝居を見て、感動の涙を浮かべる老人の姿もあった。 「自分の作ったものが、人を喜ばせた」。 この時、久しく忘れていた「喜び」が僕の中で蘇りつつあった。
それから数日後の夜、玄関口から、僕の母の怒りの声が聞こえてきた。普段声を荒げる事のない母だったので、いつも部屋で籠ってばかりの僕も驚いて、耳をそばだてた。 どうも、紙芝居の話しを持ちかけた「男子部の先輩」が僕の母に怒られている様子。 気にはなったが、出て行かなかった。 「男子部の先輩」は母に何かを怒られて、慌てて帰った様子。 憤慨した母は食事の用意にかかり不穏な空気は無くなったが、夜遅くにその「男子部の先輩」が又やって来た。 そして再び憤慨する母に何度も頭を下げ、こう言った。 「すみません!やっぱり出てこないんです!誠ちゃんが描いてくれた紙芝居・・・・すみません・・直接本人に謝らせてください!」。 どうやら会合終了時の片づけの際に、誤って処分してしまった様子。 母に呼ばれて出て行った僕にも「先輩」は深々と、そして何度も何度も頭を下げ、「誠ちゃん!ホントにごめん!!ホントに・・・」。 申し訳なさに言葉を詰まらせながら必死に謝る「先輩」に、僕はあっさりと「別に良いっスよ・・別に・・」とだけボソッと言った。恐らく何時間も「紙芝居」を探していたのだろう「先輩」の、何度も何度も頭を下げる、その誠実な姿が僕の心に焼きついた。 基本、僕は、全てが”どうでも良かった”。 しかし、「先輩」のその姿は、”かじかんだ心”に「何か」を残したのだった。
「優しさ」、「真心」、「励ましの言葉」、「人のあたたかさ」、「友への想い」、
「感謝」、「祈り」、「人生の目標」、「希望」、「夢」、そして、
「ありがとう」という言葉・・・。
こうした感覚は、当時の僕には「うっとうしい」だけの、
「僕とは無縁」の感覚でしかない。 しかし、
両親やこの先輩を始めとする様々に僕に関わって下さった方々との日々が、
”かじかんで”いた僕の中に、こうした感覚を蘇らせようとしていた。
それは、当時の僕には徹して”理解不能”な感覚であり、
嫌悪感と共にそれらが自身の内に”バラバラ”に交錯し始めるのだ。
こんな不愉快な事はない。
つづく
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http://www.lifehacker.jp/2011/03/post_1701.html