げ ん て ん Youg man be not forgetful of prayer .
5話 「手紙」
届いた救援物資にも様々な”送る側の戸惑い”が見受けられた。 被災地の状況についての情報の伝達が上手く行っていなかった事もあるのだろう。 食料品などでも、賞味期限ギリギリになってしまったものや、心づくしの手料理もあったが、被災された方に渡る前に、もう食べれなくなってしまう。 衣類にしても、新品についてはサイズの表示などが明快で、「どのサイズが欲しい」と言われてもすぐに渡せるのだが、先にも書いたポリ袋にバサッと入ったものについては、手渡す以前に仕分けをしなければならず、その時間と人手が間に合わないのだ。 しかし、そうした”送る側の戸惑い”すらも、現場の僕たちにはあたたかく感じられた。 場違いな救援物資、とんちんかんな贈り物、その全てに贈って下さった方々の心が入っている。 次々と到着するトラックやバイク。 「救援物資てんこ盛り」の軽トラックは地方ナンバー。 見た事もない地名のナンバーも。 ここに集う全てのドライバーたちはここまでの運送料がある訳ではないのだ。 知っているドライバーなど一人もいない。 しかし、皆の胸の内にあるものは全く同じ心だと、交わす視線でなぜか分かるのだ。 その上で、陸続と続くトラックの列を見るとたまらなく心が熱くなった。
「おおきにぃ~!」。 「お疲れ~!」。 「気ぃ~付けてな~!」。 そこで交わされる、そうした何気ない言葉の数々が、人間が交わす最も美しい、”宝物の言葉”だと感じた。 想像もできない程のたくさんの人々の「熱く深い心」がここに集結している。 僕は、”油断”すると涙が溢れてしまいそうになるのを、忙しく立ち働く事でごまかすのに必死だった。 「生きようと戦う人々」、そしてその人たちの事を想って「無心に応援しようとする人々」・・・。こうした状況下での全ての人々の、全ての「言葉」や「行動」を、「人間の尊厳」なんだと言えば、言いすぎなのだろうか?
そんな中、僕たちの作業は続いていた。 ペアーで一日を共にした、ご両親を亡くされて間なしからこのボランティアに身を投じている彼も、さすがに”笑顔”も失せる程の強い疲労感と戦っている。 もとより”へたれ”の僕は、時折休憩を入れていたにもかかわらず、腕と太ももを上げる事もつらくなっていた。 日が暮れると救援物資を受け取りに来られる人の数も減り、物資の搬入やその仕分けの方がメインとなる。 そんな夜半、来館者もまばらとなったゲートから「婦人服~~!!!」という大声が聞こえた。 救援物資を誰かが受け取りに来たのだ。 「仕分け」に集中していた僕は、「はああ~~い!!」と一応返事はしておいて、慌てて婦人衣料の所へかけて行き、次いで細かくサイズや種類をゲートの役員が聞き出し、又大声で伝えてくれたが、疲れた頭ではもう覚えきれない。 覚えれるだけの物は取り上げ、後はサービス、とばかりにいろんな衣類を抱えれるだけ抱えて、大急ぎで走って行った。 ちょうどゲートと僕の中間にいた彼が合図をしている。 「井川!中継するわ!投げろ!!」。 僕は抱えた衣類の全てを大きな手提げに放り込み、彼めがけて大きく放りあげた。 その時、一着の婦人物のコートが落ちてしまった。 慌てて駆け寄り、そのコートを拾い上げて、「これ、忘れ物~~!!」と放り投げようとした時、コートのポケットから折りたたんだメモ用紙と何かが落ちてしまった。 「んん?」。 もう一度それを拾い上げ、無造作に、でも丁寧に折りたたんだメモを開いてみた。
「あなたの無事を祈っています!!
新調はできませんでしたが、うちにあるものの中で一番ましな、
あたたかそうなものを送ります。
クリーニングはしてありますので、お役立て下さい。
テレビで見て、そちらの事が何度も映し出されています。
本当に恐ろしい事になってしまいました。
でも、私はあなたの無事を祈ってます。 絶対に負けないで!!!
上手くは書けませんが、私もあなたと一緒にがんばります。
風邪をひきません様に。 どうか、元気でいて下さい。
あなたの怪我が一つでも少なく済みます様に!
私も絶対に、あきらめません!
あなたと同じ心で、
あなたと共にがんばります!!
私の好きな言葉は、”冬は必ず春となる” です。
この言葉を、あなたに贈ります。」
「これは・・・・・」、それしか言葉にはならない。 手書きで年配の方らしい、謹直な筆跡。 ”感電”したような震えが走った。 なぜだろう? 動けない程の感涙がこらえ切れずに湧きだした。 これは僕には「とどめ」に等しい。 誰が書いたのかわからない。 誰に届くのかもわからない。 ただ、うれしくて、うれしくて。 それだけが心の中にいっぱいで、噴き出して止めようのない涙はもう、どうしようもない。 十数年の間、自身の中で凍りついてきたものが一気に溶けだすように、どう頑張っても、もう無理だ。 まるで泣きだした子どもがしゃくり上げてもなを、止められぬ様に。 その手紙と一緒に、折りたたまれた小さなポリ袋が出てきた。 ”何包かの風邪薬”だった。
僕の中で、今まで整理の付かなかった全てバラバラのキーワードを、一挙に一本の線がつらぬいた。 「優しさ」・「真心」・「励まし」・「人のあたたかさ」・「祈り」・「人生の目標」・「希望」・「夢」・・・・・そして、
「ありがとう」という言葉。
激しい嗚咽はもう止めようがなく、体中でむせび泣く様だった僕の異変に、彼が気づき駆け寄って来た。 「井川!!どないしてん?大丈夫か?」。 僕は、無言でその手紙を彼に見せた。 手紙を開いた彼は少し読んだだけで慌てて手紙を閉じ、後ろを向いてしまった。 その肩が激しくふるえている。 自然に僕は彼のふるえる肩に手をやったが、僕の方もとめどなくこみ上げる”熱いもの”をどうする事もできず、容量オーバーの感涙にむせぶ以外、何もできない。 「ふ・・冬は・・かならず・・」その先は言葉にならず、心の中だ。 こちらを振り向いた彼は、僕の涙のみならず鼻水まで垂れ流しの姿に、同じく嗚咽は止まらぬままに、笑いだしてしまった。 しかし、僕以上に彼もぐじゃぐじゃになっている様に僕も吹き出してしまった。 たいがい”おかしな顔”で笑っているのか、泣いているのか、二人ともわからない。 そしてお互いの顔を指さして嗚咽混じりに笑いあった後、そのコートに「手紙」と「かぜ薬」を大切になおし、待たせてしまったご婦人に丁重にお渡ししたのだった。
ご婦人は「こんなにいっぱい、ありがとう」。と言った。
僕たちも大きな声で「ありがとうございました」。と言った。
この「ありがとう」を、僕は生涯忘れない。
陽己と珠月へ
僕はおまえたちを尊敬し、感謝する。
僕たち夫婦のような者どもを、おまえたちは「親」として選んでくれた。
これは、あの時の「ありがとう」があったからに他ならない。
だからこそ、今の毎日の「普通の暮らし」は、
本当の意味での”奇跡”なんだと思う。
そしてもしこれが”奇跡”というのであれば、
あの、誰から誰に渡ったのかも分からない、”一通の手紙”こそが、
この4人の命を結び合わせてくれたのだと、
信じて、疑わない。
そして、もう一つ、信じて疑わない事。
それは、このような幸運な”奇跡”は、僕たち4人だけでなく、
全ての人に有る、という事である。
日常の中に訪れる、”幸運な奇跡”。
それは、現に今東日本で、仕事も住まいも追われ、
あるいは家族をも奪われ、想像を絶する苦渋の中で、
それでもなを、懸命に”命”を繋ごうと戦い続けておられる方々の、
今の労苦の中に、もうすでに芽吹いている。
そう、堅く信じ、そして
決して、決して、疑わない。
陽己と珠月、
おまえたちが今、どんな状況でこれを読んでいるのか、
それはわからない。 しかし、
おまえたちが今踏みしめている大地は、世界は、
おまえたちが顔も知らない日本中の家族と、
世界中の家族のみんなで、
「いっしょうけんめい」に創り上げたものだという事を、
心に刻んでほしい。
父より。
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