「和解マンのたすけ舟」
夕方になっても降り止まない雨の威力は、
老朽化してもしぶとく生きながらえる「はしみ荘」に、
とどめを刺す勢いで降り続ける。
「斎元」はついに会社に連絡を入れる勇気が出ないまま、
自らの弱さが招いた罪悪感によるダメージを受けて、
何もせずにいるだけで弱っていく生物のようだ。
精神的には踏ん張っている、でも現実的には何もしていない。
時間が過ぎるほどに、敗退者の実感に押しつぶされそうになりながら
目には見えない重症を負って、精神的に逃げ惑うばかりだ。
ー・・・電話すれば、いい。 それだけやん・・・ー
「はしみ荘」のきしむ階段を、誰かが足早に上がってくる音が聞こえる。
そして、重症をこらえる「斎元」がいる部屋に向かってくる音。
ーあ・・誰か来る・・・ー
ガタッ!!! 出し抜けに、ノックも何もせずに田川だ。
そして、憐れなほど慌てふためく「斎元」の顔を見るなり、
「あほか、よしおっ!!なにしてたんや!!」
飛び上がりそうに驚く「斎元」は、
狭い部屋のどこにも隠れようもなく、首をすくめた。
「おまえ、今日みたいな日に、しかも連絡もしてへんやろ!!
あほか!!なにしてたんや!?!」
と田川は大声で怒鳴りつけた。 「斎元」の田川を見る表情は
目鼻がバラバラになりそうに崩壊し、「あ・・うっ・・わ・・」としか言えない。
「・・・・・・・・って、冗談、冗談!!」
今日一日”へこみ”続け、考え続けたのであろう憐れな親友に、
優しい田川は怒る事ができない。 それは田川の良い所でもあり、
悪い所でもあった。 本当は本気で怒ってやろうと思っていたが・・
顔を見ると言えない。
「で、どうしたん?病気とかとちゃうんやろ?朝、おれが電話した時、
元気やったやん?」 そう聞く田川の作業着は、あちこち雨で濡れて、
大変だった一日をやり切った汗の匂いが、精気に満ちている。
「・・・うん。」としか言えない「斎元」は、
何に切迫しているのかわからないまま、「・・たがっち、おれ、病気やわ・・・」
と言葉を継いだ。
「はい!、取りあえず、缶コーヒー」と、
「斎元」分のコーヒーを放り投げる田川。
話しは、今日の仕事の話から始まったが、やはり中心は
今「斎元」がはまり込んでいる混乱の解決には、
その原因が何か、という方向に流れた。
「たがっちな、おまえにしか言われへんけど、実はおれ・・」
「何?不治の病にかかったか(笑)、あと3日の命やとか(笑)?」
「ちがうちがう!たがっちって・・・・・・・」 「おれが?何?」
「・・・・・・・・同性愛って・・・どう思う?」
「まあ、変態やな!」 「・・・・・・」
黙り込んでしまいそうな「斎元」。
「いやいや、なんやねんな?遠慮せんと言えよ!あれか?
お前がこの前blogに書いてた、”男の子” の事?」
「・・・まあ、だいたい、そのへんかな・・」 「ふ~ん・・・」
「あれに書いた通りやねんけど、最初はこんなんとちゃうかったんや・・
blogネタっていうか・・詩のネタっていうか・・」
「うん、おれも、そう思ってたよ。 ”おっ、今度はBoyネタで行くか?って
思ってた」
「そう、ところが今、”それ”以外の事が考えられへん・・・って言うか・・・
一瞬も”その事”が頭から離れてくれへん・・・・」
「うんうん、要するに、”マジ”になってしまった、
って事やろ!別に、それでいいんちゃうか??」
「たがっち・・・・もう、友達・・・やめるか?、キモいやろ?」
「あほっ!おれはおまえがどうなったって、友達は友達やと思ってる、
そんな簡単に”うらぎりもの”にするな(笑)」
「・・・・たがっち・・おれ、ちょっと感動してるわ」
「いっぱい感動しろよ(笑)、泣いてええぞ(笑)。」
「斎元」のPCのまわりに、書きさしの「詩」の草稿がちらばる中に、
「”なやみ無用”の和解マンのビラ」を見つけた田川。
「なあ、それ、電話してみた?
あなたの思いが本当・・、なら、つながるんやろ(笑)」
「してみた。何回も。”現在、使われておりません”や(笑)」
「今やったらつながったりして(笑)」
「何回もしたんやって・・・こうやろ・・・」
と携帯の発信履歴を出して、プッシュする「斎元」。
0120・・783・・640
プップップッ・・・・・・プルルルル! プルルルル!!!
「あっ!!」 「あああっ!!」
まさか、本当につながるとは思ってもみなかった二人は
顔を見合わせて、「!!!」という表情。
「はい!和解マンです!!もしもし?」
「で・・でた!!!!」
「おっ、よっよしお・・・出てみ!出てみ!!出てみ!!」
慎重にうなずきながら「斎元」。
「も・・・・・・もしもし・・・・」
「あ!もしもし~!!和解マンでございますが・・・」
若い女性の、事務的ではあるが、さわやかな声。
「・・・・・あのぅ・・・」 「お客様ですね!!お電話、ありがとうございます!
和解マンでございます!」
「あの・・・さ・斎元といいますが・・・あの・・・」
「斎元さまですね!!失礼いたしました!
先ほど、16;28分にもお電話いただいておりました斎元さまですね!
つながりにくくなっておりまして、大変失礼いたしました!
遅くなりましたが、ご用件を伺わせて戴きます!!」
話しやすそうな、女性の声。「斎元」は一瞬、田川の顔を見て
「あのう、ちょっと悩み事がありまして・・・その・・」
「はい!万事、承りました!!
ただちに、ご対応させて戴きます!!
お電話、ありがとうございました!!」
プツ・・・・
唖然とする「斎元」は、目線が泳いでいる。
「え?な何んて??」と田川。 「・・たいおう・・するって・・」。
間髪を入れず、玄関から「斎元さ~ん!!郵便で~す!!」
との男性の声に、二人ともビクっとして、もう一度顔を見合わせる。
「びっビックリするわ!!よしお、郵便や!普通に、郵便や」
「お、おう・・」と郵便物を取りに出る「斎元」。
「あ、こちらにサイン、お願いしますね~」といつもの郵便配達のおにいさん。
「たがっち、何んか来たわ」 「通販?」
「ありがとうございました~」と玄関から郵便配達のおにいさんの声。
いそいそと、受け取った郵便物を見て、
二人とも飛び上がりそうに目を見開いたまま「あ!!」という
表情のままに、もう一度顔を見合わせた。
そこには、きれいな文字で
「斎元よしお様 ”和解マンおみくじ在中”」と印字してあった。