太郎と次郎の子育て日記

2002年からの子育て日記です。
子育て一段落で、ちょっと、さみしくなってきたので、誕生からの日記を振り返ります。

帰ってきた~

2020-04-23 22:01:17 | 日記
2002年5月1日

11時にミルクを飲んで出発。
それまで、皆に抱っこしてもらい、写真を撮って・・別れるのは、さみしいね。
でも、今回はすぐに会えるから。
そう思って、私は泣かない。
帰り際、父母のさみしそうな顔を見て、ダメそうだったけど、太郎が爆発して、車に乗れば寝るからと、無理やり乗り込んで出発したので、私の泣いてるヒマはなかったです(笑)。


しばらくして、こいのぼりがバタバタしているのを見て、太郎は泣き止み・・
スヤスヤおやすみタイムになりました。
パパに、「昨日、ママと話して楽になったよ」と言われて、ここで涙がでてしまいました。
途中、サービスエリアで休んでお昼を食べたり、ミルクにしたりして、5時間で無事に我が家に帰ってきました。
久しぶりの3人。ミニストップに買い物に行きました。帰ってきた~!て感じです。

義父母が、けんちん汁を持って来てくれて、みんなで夕飯になりました。


~覚書~
夜、太郎が、理由なく爆発したので、
3人で、外にでてブラブラして帰ろうとすると、迷子犬?がウロウロしていて、ついてきてしまいました。
パパが🍙を遠くに行ってあげてきたのだけど、ついてきてしまったので、あわてて家の中に入りました。







話し合い

2020-04-21 11:49:02 | 日記
2002年4月30日

茨城の兄宅に一泊して帰る予定を、真っ直ぐに、帰ったほうが楽だろうとなり、
福島にもう一泊することになりました。
パパは、予定変更を、気にしていたけど、延びる分には、じじばぱは喜んでくれました。
午前中は、焼き物を買いに行って、後はのんびりしていました。

午後、太郎が泣き出した時、抱っこするのに、
パパと私で「抱っこひも」を使ってみよう~と。
ここから事件が、始まりました。

泣いてるところに、つけようとしたので、痛いとかじゃないけど、余計に泣いてしまいました。
太郎を抱いたままパパと外にでたんだけど、あまり泣くので、お父さんが飛んできて、太郎を連れて行きました。
このところ、太郎と一緒にいたいのに、遠慮していたパパのさみしさと、悲しみが、爆発してしまいました。
そして、自分たちで泣き止ませることが出来なかった悔しさや、太郎を取り上げられた感じとで、複雑な思いだったのだと思います。
私は、割りきっているところがあるけど、パパは繊細です。
イライラを、抱っこひもにぶつけて投げつけました。
パパの気持ちは、よくわかります。
兄から、冗談で
「育児放棄」と言われたのにもショッだったみたい。

けど、パパに話しました。

育てていくのは、パパと私。
それ以外の人は、かわいがってくれる人で、それは変わることはないと。

パパが、話を終わらせようとしたけど、終わらせませんでした。
打ち切るような事じゃないから・・
いろいろ話し合いました。

パパと私の間で何かあったって、
みんな知っているけど、何も言わないでくれるので、こちらも、何事もなかったふりをしました。

お父さんから、太郎をわたしてもらって、抱っこしていたら、涙がでてきました。パパと3人でいる・・これが本当のすがた。
誰も悪くなんかない・・
みんな、太郎に良かれと思ってしてくれていること。
親にとって、
こんなに有難いことはない・・
そして、
親は、パパと私の2人しかいないの。








福島3日目、お花見に行く

2020-04-18 23:44:54 | 日記
2002年4月29日

天気がよかったので、午前中はのんびりして、午後からおにぎりを持って、ダムへ行くことになりました。
八重桜が、きれいでした。
初めてのお花見では、太郎はベビーカーで寝ているか、グズるかだったけと、今日は、シートに横になって、桜の花のユラユラして動きや、空をおもしろそうに見ていました。
みんな、のんびり過ごしました。


帰ってからは、パパに太郎を見てもらって、お母さんと兄と3人で、サンプラへ行きました。太郎の洋服と帽子を買ってもらいました。
もどると、パパが揺り椅子で、太郎を抱っこしていました。パパは、みんながいると、太郎の抱っこを遠慮してしまうので、2人きりが、うれしかったみたいです。

リズムは多少狂っているけど、
夜はしっかり寝てくれました。

太郎、指しゃぶりというか、ゲンコツしゃぶりを始めました。


福島2日目、親戚まわり

2020-04-18 23:17:39 | 日記
2002年4月28日

親戚3件。
どこに行っても太郎はニコニコ笑って、お話して、最後に泣いて帰るパターン。よく頑張ってくれました。
そのかわり、家に帰ってからは大変でした。
泣く、泣く、泣く・・ずっと泣かせるのはかわいそうと、大人みんなで、なんとか泣き止ませようと大騒ぎ。
後で2人になった時に、パパが
「やっぱい無理だったのか(早かった)」
みたいな事を言ってきたので、悲しくなりました。
義母の反対を押しきって来てしまったので、そんなこと言われたら、もう福島に来れないと思ってしたいました。
でも、後でパパがあやまってくれました。何があっても自分が責任をとるからと。
みんな、みんな、太郎のためを思ってくれているのです。

太郎が1ヶ月で、父母が来てくれた時は、私も疲れていたし、慣れてないから、泣けば母に預けて逃げていました。
でも、今回行ってわかりました。
太郎のことは、私たちが一番わかっていると。
泣けば、私たちがあやしたほうがいいし、泣かせないためには、私たちが抱っこしたほうがいいこと。
だから、親戚の家で、お母さんが何回も「抱っこしようか?」って言ってくれたのに対しても、頑なに断っていました。
「抱っこしようか?」=
「抱っこしたい」ということなのに。
夜になって、ひどい事したなぁ~と、すごく反省しました。
毎日、楽しみに待っていたお母さんに、抱っこさせないなんて・・
それからは、手をさしのべてくれた時には、「はいっ」てお願いしようと思いました。
この気持ちの変化を、パパにちゃんと話さなかったのが悪いのだけど、
パパからみたら、すぐに太郎を渡すことが、人任せみたいで不満だったらしいです。
後で、ちゃんと話してわかってもらえましたけど。






福島1日目&太郎3ヶ月

2020-04-18 22:18:57 | 日記
2002年4月27日

10時に兄のマンションのモデルルームに行く予定が、11時のミルクが、終わってからになって、だいぶ遅くなってしまいました。
モデルルームでは、兄が太郎を抱っこしてくれて、疲れるとベッドに寝かせたりと、かなり寛いでしまいました。


福島の母に電話すると、楽しみにしている分、遅くなっていることに、ちょっぴり悲しそう・・でも、ゆっくり気をつけて来るように言ってくれました。
一度アパートに帰って、お昼を食べていると、太郎がグズりんで大変でした。
初めて、本格的な太郎の大爆発を見る人はぼー然とします。
兄が、ミッキーのオルゴールを出してきてくれて、それで少し落ち着いたので、もらってきちゃいました。
パパが後から話してくれたのですが、その曲は、せつない曲で、
泣き止まない悲しみが思い出されて、
聞くと、よりせつなくなったとか・・

茨城から福島へのドライブは、順調で、
太郎は眠り、途中一回コンビニでミルク休憩をしました。

福島の実家に到着すると、すぐにウンチタイムでした。
父母は大喜びです。
毎日、写真に話しかけて、会えるのを楽しみにしていたそうです。
今日で、太郎3ヶ月。
まだ早いとか言われてたけど、連れてきて本当によかったです。