芹沢誠の気ままな世界

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街が泣いてた2000年/伊丹哲也/ tetsuya itami/oh,my good bye town

2012年03月07日 19時26分59秒 | 歌と共に
「伊丹哲也」というシンガーをご存知の方々、果たして何人いらっしゃるだろう?・・
知らない方々もいらっしゃると思うので、ちょっと説明させて頂きます。
                       
1980年、伊丹哲也 & Side By Sideのメンバーとして第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)、および第11回世界歌謡祭に出場し、「街が泣いてた」でグランプリを受賞し、同年、キャニオンから(1980年11月28日)「街が泣いてた」でデビューする。

僕はこの1980年伊丹哲也氏がポプコンでグランプリを取った瞬間も見ていたし
凄い迫力のある歌声が印象的で
デビュー曲のシングルレコードも当事、買ったのだ(当然今でも持っている)
と・・まぁこれだけなら、どうってこともない皆さんにもそんな似たようなエピソードは
あるだろう・・

しかし、今日いつものようにYoutubeをあれこれ見ていたら・・ふと「街が泣いてた」というタイトルが目に入った
で・・クリックしてみた、それは同じタイトルで全く違う曲ってのもたまにあるからダ!!
しかし今回は本物だった・・僕の知る‘伊丹哲也‘の「街が泣いてた」だった。

しかも、しかもーーーーーーーー。 ここからが驚きなのだぁ
な・な・なんと、このYoutubeのUPはご本人らしいのだ・・
何故本人であるかというと、それは動画の説明文にある
ちなみに
このチャンネルで他にもUPされているがどの動画も本人の説明が付いている

そしてこの動画への説明が以下の文章だ ↓
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2000.2.25ライブ!俺は一発屋と言われている。この曲だけがヒットしたからだ。理由は明白、根っこが無かった。風に飛ばされて様々なアレンジと感情で同じ曲を歌い­舞い上がってきた。出来ればずっと歌ってゆきたいと今は思う。絶対に歌わないと思った時代もあるからこそ愛しいと思える。1998年バラとシャンパンとブルースに新たに収­録。曲中の指笛は今まで歌ってきた自分への賞賛だ。終わるべきところで終わらずに続くのでメンバー間で笑いが出ている。これもまたうれしいハプニングじゃないか。クリック­してくれたあなたに感謝。ありがとう!

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思わず懐かしさと感動で胸が熱くなったのである・・・☆

街が泣いてた2000年/伊丹哲也/ tetsuya itami/oh,my good bye town