「伊丹哲也」というシンガーをご存知の方々、果たして何人いらっしゃるだろう?・・
知らない方々もいらっしゃると思うので、ちょっと説明させて頂きます。
1980年、伊丹哲也 & Side By Sideのメンバーとして第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)、および第11回世界歌謡祭に出場し、「街が泣いてた」でグランプリを受賞し、同年、キャニオンから(1980年11月28日)「街が泣いてた」でデビューする。
僕はこの1980年伊丹哲也氏がポプコンでグランプリを取った瞬間も見ていたし
凄い迫力のある歌声が印象的で
デビュー曲のシングルレコードも当事、買ったのだ(当然今でも持っている)
と・・まぁこれだけなら、どうってこともない皆さんにもそんな似たようなエピソードは
あるだろう・・
しかし、今日いつものようにYoutubeをあれこれ見ていたら・・ふと「街が泣いてた」というタイトルが目に入った
で・・クリックしてみた、それは同じタイトルで全く違う曲ってのもたまにあるからダ!!
しかし今回は本物だった・・僕の知る‘伊丹哲也‘の「街が泣いてた」だった。
しかも、しかもーーーーーーーー。 ここからが驚きなのだぁ
な・な・なんと、このYoutubeのUPはご本人らしいのだ・・
何故本人であるかというと、それは動画の説明文にある
ちなみに
このチャンネルで他にもUPされているがどの動画も本人の説明が付いている
そしてこの動画への説明が以下の文章だ ↓
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2000.2.25ライブ!俺は一発屋と言われている。この曲だけがヒットしたからだ。理由は明白、根っこが無かった。風に飛ばされて様々なアレンジと感情で同じ曲を歌い舞い上がってきた。出来ればずっと歌ってゆきたいと今は思う。絶対に歌わないと思った時代もあるからこそ愛しいと思える。1998年バラとシャンパンとブルースに新たに収録。曲中の指笛は今まで歌ってきた自分への賞賛だ。終わるべきところで終わらずに続くのでメンバー間で笑いが出ている。これもまたうれしいハプニングじゃないか。クリックしてくれたあなたに感謝。ありがとう!
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思わず懐かしさと感動で胸が熱くなったのである・・・☆
街が泣いてた2000年/伊丹哲也/ tetsuya itami/oh,my good bye town