はじめに
私は、一九六九年一一月、自衛隊の治安出動訓練に反対し、訓練を拒否したとして逮捕され、懲戒免職処分を受けた。当時私は、航空自衛隊佐渡分屯基地に所属する三等空曹であった。
自衛隊ではこの年、「七〇年安保対策」ということでマスコミに公開された治安出動訓練が全国で大々的に開始された。だが、「国民を守る」ために自衛隊に入隊していた私にとっては、この治安出動訓練という「銃口を国民に向ける」訓練は到底許容できるものではなかった。
したがって私は、その直前から始まっていた同分屯基地での治安出動訓練に反対し、庁舎内外のいたる所に、「治安訓練反対」などのチラシを貼り、そして訓練の初日、全隊員の目前で訓練を拒否した。
この私の行動は、「政府の活動能率を低下させる怠業および怠業的行為をせん動した」として自衛隊法第六四条違反で起訴されることになった。その後、新潟地裁の一審無罪判決、東京高裁の差し戻し判決、さらに差し戻し後の新潟地裁での再度の無罪判決により、一九八一年、判決は確定した。無罪確定の理由は、「小西の行為は表現の自由の枠内の行為である」というものであった。
この私の行動を含めて、自衛隊の内外からの批判にあった治安出動訓練は、七〇年直後、一旦中止されることになった。だが今や、この治安出動訓練がおよそ三〇年ぶりに公然と復活し始めている。「対テロ・ゲリラ対策」を口実にである。
とりわけ、昨年の九・一一事件後の現在、全国の自衛隊が治安出動態勢に突入していることは重大な事態である。が、問題はマスコミのこの状況への「無関心」もあってか、ほとんどの国民に知らされていないことである。
こうして本書では、いま始まっている自衛隊の治安出動態勢の現段階を分析・解説することに主眼を置いた。資料として収録した自衛隊の治安出動関係(対テロ関係)の未公開文書の一部は、私の刑事裁判における裁判所の「提出命令」により出されたものだが、大半は情報公開法に基づいて請求し、提出されたものである。
情報公開法に基づく提出文書は、特に「極秘」や「秘」の文書は、ところどころスミで黒く塗りつぶされている(資料には「スミ消し」としてゴシックで表記)。これ自体は非常に不当なものだが、概要をつかんでもらうために全文を掲載することにした。
二〇〇一年三月五日
小西 誠
はじめに 2
第1章 始動する自衛隊の治安出動態勢 9
外へ戦時派兵、内に治安出動態勢 9
在日米軍などを警備する警護出動の新設 11
「過激派ゲリラ」も対象 15
治安出動下令前の情報収集活動の新設 20
四六年ぶりの治安協定の改定 23
治安の主導権を巡る自衛隊と警察の対立 27
「不審船」事件と海上自衛隊の権限拡大 30
領域警備という新任務 34
政府の対テロ作戦 38
第2章 対テロ作戦に編成される自衛隊 41
対テロ・ゲリラ戦演習 41
新中期防衛力整備計画の対ゲリラ戦編成 44
初めての特殊部隊編成 47
対テロ作戦を担う旅団の編成 49
治安出動応招義務をもつ即応予備自衛官 51
学生の招集を予定する予備自衛官補 54
予備自衛官制度について 56
第3章「テロ脅威論」下に主任務を転換する自衛隊 58
新防衛計画の大綱下での対テロ戦略 58
LICと地域紛争対処 62
九・一一事件と「二一世紀型の新戦争」論 65
今なぜ「有事立法」か? 67
テロ対策特別措置法と防衛秘密 70
テロを戦争で根絶できるのか 72
第4章「戦死」の時代を迎えた自衛隊員たち 76
「戦死」を強制する小泉首相 76
良心的兵役・軍務拒否の歴史的流れ 78
小泉の靖国公式参拝と自衛隊員 80
インターネット時代の「兵営」の熔解 84
●資料 自衛隊の対テロ作戦関係未公開文書 87
第1節 政府・自衛隊のテロ対策関連文書 88
第1 テロ対策特別措置法全文 88
第2 テロ対策特措法に基づく対応措置の実施及び対応措置
に関する基本計画について 104
第3 大規模テロ等のおそれがある場合の政府の対処について 115
第4 国内テロ対策等における重点推進事項
(法令整備・予算措置関連)の推進状況について 118
第5 NBCテロ対策の推進について 124
第6 NBCテロその他大量殺傷型テロへの対処について 127
第2節 自衛隊の警護出動・海上警備行動 142
第1 自衛隊法の一部を改正する法律全文 142
第2 自衛隊の警護出動に関する訓令 153
第3 自衛隊の警護出動に関する訓令の運用について(通達) 162
第4 我が国周辺を航行する不審船への対処について 165
第3節 治安出動に関する自衛隊と警察の各協定 167
第1 治安出動の際における治安の維持に関する協定(新協定) 167
第2 治安出動の際における治安の維持に関する協会(旧協定) 171
第3 治安出動の際における治安の維持に関する細部協定 174
第4 治安出動の際における自衛隊と警察との通信の協力に関する細部協定 178
第5 治安出動の際における自衛隊と警察との通信の協力に関する実施細目協定 182
第6 警察に対する物品等の支援要領 188
第4節 治安出動に関する訓令・通達 194
第1 「自衛隊の治安出動に関する訓令の一部を改正する訓令」について 194
第2 自衛隊の治安出動に関する訓令の一部を改正する訓令 196
第3 自衛隊の治安出動に関する訓令(旧訓令) 198
第4 自衛隊の治安出動に関する訓令改正要綱(旧) 218
第5 陸上自衛隊の治安出動準備に関する内訓 224
第6 陸上自衛隊の治安出動の計画準備に関する内訓の一部を改正する内訓 227
第7 西部方面隊の治安出動に関する達 229
第8 治安出動準備支援計画に関する旭川駐屯地業務隊一般命令 242
第9 「陸上自衛隊第七師団と航空自衛隊北部航空警戒管制団との
治安出動に関する協定」の送付について(通知) 243
第5節 治安出動態勢と即応予備自衛官 247
第1 即応予備自衛官の任免、服務、服装等に関する訓令 247
第2 即応予備自衛官招集手続に関する訓令 258
第1章 始動する自衛隊の治安出動態勢
外へ戦時派兵、内に治安出動態勢
そう、パニックの「演出」と呼んでいいだろう。
昨年の九月一一日、ニューヨークの世界貿易センタービルとペンタゴンへの航空機によるテロ事件(以下「九・一一事件」という)の勃発以後の出来事を、である。
テロ事件の直接の被害者であるアメリカはまだしも、日本政府のこのテロ後への「煽り」についてである。この「煽り」では、沖縄への修学旅行の大半が「父母の要望」ということから中止になったのを始め、海外旅行などの「国民的自粛」が今なお続いている。
「演出」は、警察と自衛隊の対テロ厳戒態勢とともに始められた。九・一一事件以後、警察は、「国内での報復テロの可能性を想定」し、在日米軍基地、民間空港、原子力発電所(以下「原発」という)などの所在する沖縄、長崎、福井、青森など二八都道府県の約五八〇カ所を「重点警備対象」に指定し、機動隊約四二〇〇人で警戒態勢に突入した。
この警察機動隊とともに、自衛隊もまた、自衛隊の基地・施設だけでなく日米共同基地・施設を重点に警戒態勢に突入した。自衛隊は、とりわけ秋期の年度行事である入間・百里・浜松基地などの航空祭だけでなく、自衛隊記念日の観閲式典や各基地・駐屯地の開庁祭まで中止した。そればかりではない。年度の重要な訓練である航空総隊総合演習も中止し、警戒態勢をとっている。唯一自衛隊が行っている訓練といえば、日米共同訓練のみだ。そして二〇〇二年二月の今なお、この警察と自衛隊の長期の厳戒態勢は続いている。
このパニック的厳戒態勢は、政府の「演出」であり、「煽り」だということは、後ほど実証しよう。一応、結論を先に述べておくなら「ソ連脅威論」から「テロ脅威論」への煽り、つまり、米・ブッシュ政権の言うところの「二一世紀型の新しい戦争」という「対テロ戦争」の捏造だということだ。
ところで、この「演出効果」もあって、日本ではわずか三週間の国会審議でテロ対策特別措置法が成立し、そしてその成立のおよそ一カ月後には、自衛隊の海外出動が始まった。
海上自衛隊の護衛艦三隻・輸送艦二隻、航空自衛隊のC―130六機、人員約一二〇〇人という自衛隊始まって以来の戦時下の中東派兵は、アメリカのアフガン戦争支援というだけでなく、今後の自衛隊の本格的海外派兵への道を開くことになるだろう。
そして、テロ対策特別措置法に便乗し、まったく何らの国会審議も議論もなしに、自衛隊の警護出動・情報収集活動などの治安出動(領域警備)・防衛秘密関連の自衛隊法改定案が国会で成立した。まさに火事場泥棒と言った方がふさわしい。
さて、この治安出動(領域警備)関連法の成立によって、今まさに自衛隊が戦後始まって以来の治安出動態勢に突入していることを、国民のほとんどは知らされていない。いや、知らされていないというのは、新聞などのマスコミのほとんどが事の重大性について詳しく報じようとしないからだ。九・一一事件以後の現在、「外へは戦時下の派兵」「内には治安出動態勢」という情勢下にあるのだ。
本論で私がもっとも検証したいのは、この自衛隊の治安出動態勢の現段階である。
在日米軍などを警備する警護出動の新設
自衛隊に警護出動などの新任務を新設した改定自衛隊法は、昨年一〇月二九日に成立し、一一月二日に公布、即日施行された。この自衛隊の警護出動とは何か。まずはその改定された自衛隊法の主要な条文から検討してみよう。
改定自衛隊法は、「第八一条の次に次の一条を加える」として、「自衛隊の施設等の警護出動」を「第八一条の二」に規定する。
「内閣総理大臣は、本邦内にある次に掲げる施設又は施設及び区域において、政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で多数の人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊する行為が行われるおそれがあり、かつ、その被害を防止するため特別の必要があると認める場合には、当該施設又は施設及び区域の警護のため部隊等の出動を命じることができる」
ここでいう「施設又は施設及び区域」とは、同条では第一号で「自衛隊の施設」、また第二号では日米安保条約第六条ならびに日米地位協定でいう「施設及び区域」をいう。
この自衛隊の警護出動のための武器の使用については、「第九一条の二」を新設し、警察官職務執行法第七条の準用のほか、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器が使用できる」とする。
さて、まず自衛隊の警護出動の防衛対象は何かということだ。ここでは第一に「自衛隊の施設」があげられている。これは従来、自衛隊の施設一般の警備は警察の仕事であったということだ。自衛隊施設の警備が警察の仕事であったというのは不思議な気もするが、その理由は後述しよう。そして自衛隊の警護出動の対象の第二は、在日米軍の「施設及び区域」であるということだ。
当初、自衛隊の警護出動の防衛対象は、在日米軍ばかりか皇居、首相官邸、国会、原発、水源地(ダム)なども含まれていたものを公安委員会・警察の反対でこの二つに限定したというものだ。これも後述しよう。
問題は、この在日米軍の「施設及び区域」とは、どの範囲を指すのかということだ。これは在日米軍の横田基地などの航空施設については、ある程度の限定性は考えられるが、在日米軍の横須賀や佐世保などの港湾の「区域」については、ほとんど限定されていない。
例えば、長崎新聞(二〇〇一年一〇月三〇日付)は、「佐世保港では日米地位協定で立ち入りを禁止したA制限水域(八%)を提供」しているが、自衛隊の警護出動が「佐世保港の大部分を想定」し、この提供水域以外にも「警護対象の米軍水域にあたる」とする海上自衛隊に疑問を投げかけている。
自衛隊の警護出動は、陸上自衛隊だけの任務ではない。『警護出動に関する訓令』(二〇〇一年一一月二日施行)によると、その第三条で陸海空の任務分担が定められている。これによると、「海上自衛隊は、警護出動に際しては、海上自衛隊の施設の警護を行うとともに、主として海において施設及び区域の警護を行うことを任務とする」という。つまり、長崎新聞が指摘する佐世保港の水域は、海上自衛隊の護衛艦などが警護するというわけだ。
こういう意味では、長崎新聞の疑問はまったく妥当といえる。改定自衛隊法でも「警護出動時の権限」のところで「その必要な限度において、当該施設又は施設及び区域の外部においても行使することができる」と規定している。つまり、自衛隊の警護出動の対象となる「施設及び区域」とは、その施設の外部にまでおよび、また、区域の範囲も相当の広がりを意味するのである。
これについては、防衛事務次官から陸海空幕僚長・統合幕僚会議議長に宛てた『自衛隊の警護出動に関する訓令の運用について(通達)』も、次のように述べている。
「『施設及び区域』が建造物、工作物等の物的な施設又は設備のみならずそれらの所在する土地等を含む区域全体を指すものであることから、それらの施設等に所在する施設若しくは設備その他の物又は人とを含めて、その区域全体として施設等の警護を行うことである」
先に述べた、自衛隊施設の警備を警護出動条項の新設以前は警察の仕事としていたのも、「施設の警護」というものが、その施設の「外部の警備」まで及ぶという現実からであろう。
「過激派ゲリラ」も対象
さて私は、この自衛隊の警護出動の対象は、記述の都合上、今まで九・一一事件などのテロや外国から侵入したゲリラなどを想定して述べてきた。すでに引用した改定自衛隊法も「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」「多数の人を殺傷」「重要な施設その他の物を破壊」と規定しており、一見すると外国からのテロ・ゲリラだけが相手であるかのように規定している。
しかし、同法は「外国から」という限定性がないように、国内のテロ・ゲリラも対象としている。これはオウム事件などのテロだけではない。「過激派」のテロ・ゲリラもその対象だ。後述する『自衛隊の治安出動に関する訓令の一部を改正する訓令』(二〇〇〇年一二月四日)もこれを示している。
ところで、もうひとつの問題は、この自衛隊の警護出動は防衛出動や治安出動のような「有事」下の出動なのか、それとも「平時」下の出動なのかということだ。
陸上自衛隊などは、この警護出動を「警察予備隊以来の悲願」として、航空自衛隊の「領空侵犯に対する措置」や海上自衛隊の「海上警備行動」と並ぶ「平時」の出動だというようである。
だが、自衛隊法の規定を見ると、第七八条の「命令による治安出動」、第七九条の「治安出動待機命令」の後の第八一条の「要請による治安出動」の後に「自衛隊の施設等の警護出動」(第八一条二)は追加されている。つまり、この規定は「要請による治安出動」の範疇内の治安出動規定として受け取ることができる。
実際、改定自衛隊法の警護出動条項には、「内閣総理大臣は、前項の規定により部隊等の出動を命じる場合には、あらかじめ、関係都道府県知事の意見を聴くとともに」として、知事などの意見聴取が義務づけられている。ここでは、すでに述べた自衛隊法第八一条の「要請による治安出動」が、知事等を要請主体として治安出動が行われるのに対して、知事等の「意見を聴く」だけにとどまっている。
そして、この「警護出動時の権限」もすでに述べたように、自衛隊法の「治安出動時の権限」以下の第八九条、第九〇条の後の第九一条の二として追加されており、武器使用の規定も「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる」。つまり、警護出動下の部隊は、治安出動と同様の武器の使用が規定されているのである。
この治安出動時と同等の武器使用権限は、自衛隊の警護出動というのが治安出動の一環であることを意味する。が、これは後述する領域警備(平時から「非常時」を含む概念)という新任務の中で打ち出されたものである。
これを裏付けるのが、今回改定された「平時」の自衛隊基地の警備との関係だ。従来の自衛隊法第九五条では、「自衛官は、自衛隊の……人又は武器、弾薬、火薬、船舶、航空機、車両、有線電気通信設備、無線設備若しくは液体燃料を防護する」ためには、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる。ただし、刑法第三六条又は第三七条に該当する場合のほか、人に危害を加えてはならない」としている。
ところが、今回改定された自衛隊法では、この警備対象に「無線設備若しくは液体燃料を保管し、収容し若しくは整備するための施設設備」「営舎又は港湾若しくは飛行場に係る施設設備」を加え、一段と拡大している(第九五条の二「自衛隊の施設の警護のための武器の使用」)。
問題は、ここでいう「平時」の自衛隊施設等の警備と警護出動下の警備とは、どこが異なるのか、ということだ。自衛隊施設の警備に限定していえば何ら変わらないと言えるが、重要なのはその武器の使用権限だ。すでに引用したように、自衛隊法第九五条での武器の使用は、事実上「正当防衛・緊急避難」以外の武器の使用を禁じている。しかし、警護出動下においては、この限定は取り払われている。つまり、この武器使用の権限をとってみても、新設された警護出動が治安出動の一環であることが明らかになる。
この改定自衛隊法による警護出動訓練は、昨年一二月から在日米軍座間基地内で自衛隊と米軍の間で九日間にわたって実施訓練が行われており、日米共同のマニュアルも作成されていると言われている。そして、昨年暮れの新聞報道によれば、防衛庁は警護出動の実施計画策定を急ぎ、また、日米合同委員会を開き、米側が警護を希望する施設・区域を聴取するという。この手続きを経て、政府は、自衛隊の警護出動を行う施設・区域や期間を定めた実施計画を閣議決定することになっている。
新聞報道では、当面の対象施設は横田・座間の在日米軍基地を予定しているとなっているが、三沢、厚木、横須賀、岩国、佐世保なども候補に挙がっていると言われる。だが、問題は、すでに自衛隊と米軍の共用施設では、自衛隊が自己警備の一環として事実上の警備支援を実施していることだ。
このように、急速に進んでいる自衛隊の警護出動態勢に対して、都道府県知事らからの危惧の声も出始めている。二〇〇一年一〇月三〇付の「自衛隊法に基づく警護出動にあたっての都道府県知事意見の聴取について(緊急要望)」という文書がそれである。
「この度、自衛隊法の一部が改正され、同法第八一条の二において、内閣総理大臣が自衛隊の部隊等に対し駐留米軍や自衛隊の施設等の警護出動を命じる場合には、あらかじめ関係都道府県知事の意見を聴くことが定められました。
このことは住民生活の安全確保を責務とする知事の立場から重要な手続きであると考えているところですが、意見を聴く趣旨、内容などについて明確にされておりません。つきましては、早急にこれらを明らかにしていただくとともに、関係都道府県知事が責任ある意見を表明できるよう十分な情報の提供を要望します」
この文書は、「渉外関係主要都道府県知事連絡協議会」(会長・神奈川県知事)による緊急要望であるが、このように自衛隊の警護出動という治安出動態勢に対しては、そのなし崩し的・泥沼的出動態勢の進行に、大きな危惧を抱かずにはいられない。
だが、自衛隊はなぜ、この自衛隊始まって以来の治安出動態勢づくりを急ぐのか? これもまた、アメリカの「ショー・ザ・フラッグ」(態度をはっきりさせろ)という要求によって対米支援法であるテロ対策特別措置法が制定されたように、アメリカの強い要請であることが報道されている(山崎拓自民党幹事長の「在日米軍基地の警備は自衛隊にやってほしいとの米国の強い要請がある」との発言、二〇〇一年一〇月一三日『読売新聞』)。つまり、在日米軍基地からのアフガン派兵による兵員不足に対して、その警備の穴を自衛隊に埋めさせようというわけだ。
治安出動下令前の情報収集活動の新設
さて、こうした警護出動とともに、改定自衛隊法のもうひとつの目玉が「治安出動下令前の情報収集」規定の新設だ。これは「自衛隊法第七九条の次に次の一条を加える」とし、「治安出動下令前に行う情報収集」として同第七九条の二として次のようにいう。
「長官は、事態が緊迫し第七八条第一項の規定による治安出動命令が発せられること及び小銃、機関銃(機関けん銃を含む。)、砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持した者による不法行為が行われることが予測される場合において、当該事態の状況の把握に資する情報の収集を行うため特別の必要があると認めるときは、国家公安委員会と協議の上、内閣総理大臣の承認を得て、武器を携行する自衛隊の部隊に当該者が所在すると見込まれる場所及びその近傍において当該情報の収集を行うことを命ずることができる」
そして、この「治安出動下令前の情報収集」活動を行う自衛隊の部隊は、第九二条二の新設により「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる」という。
ところで、自衛隊法第七九条とは、「治安出動待機命令」である。この後の条項として「下令前の情報収集」活動は追加されるのであるから、治安出動の待機命令以前に、つまり「平時」から「情報収集」という名目で自衛隊の部隊は出動できることになる。しかも、この出動する部隊は、治安出動と同等の権限で武器を使用できるのだ。
この情報収集条項の新設について、二〇〇一年一〇月五日の防衛庁の『自衛隊法の一部を改正する法律案について』という文書によれば、「武装工作員等の事案及び不審船の事案への対処」として説明されている。すなわち、防衛庁の文書によれば、この下令前の情報収集条項の新設は、外国からのゲリラなどの侵入を想定しているだけでなく、不審船事態をも想定しているということだ。
一九九九年三月には、自衛隊初の海上警備行動(第八二条)が発令されたことは記憶に新しい。この海上自衛隊による「海上における警備行動時の権限」は、従来は武器の使用に関しては「警職法第七条の準用」だけである。この中で治安出動下令前の情報収集条項の新設(大量殺傷武器等を所持した者による不法行為)による「海上警備行動」は、武器の使用権限がより広くなっている。改定自衛隊法案の「理由」のところでは、これについて「海上警備行動時等において一定の要件に該当する船舶を停船させるために行う武器使用につきそれぞれ人に危害を与えたとしても違法性が阻却される」という。つまり、この情報収集活動の新設と武器使用権限の拡大で、「不審船」に対する威嚇射撃だけでなく、正当防衛以外などにも堂々と「船体射撃」ができるというわけだ。
また、この治安出動下令前に行う情報収集活動の範囲は、「当該者が所在すると見込まれる場所及びその近傍」というのであるから、都市部から山間地まで無限に広がることになる。そして、先に見た自衛隊の警護出動の範囲は、自衛隊及び在日米軍の「施設及び区域」の周辺にまで及ぶのであるから、この双方の出動範囲を重ねると日本全国、全土が治安出動態勢に組み込まれるということになるのだ。つまり、自衛隊の警護出動や情報収集のための出動というのは、全国を戒厳態勢に置こうとするものなのである。
もうひとつ、この改定自衛隊法が目論んでいるのが、自衛隊の治安出動の対象の拡大だ。これは、自衛隊法の「第七章 自衛隊の権限等」として付加され、「第九〇条第一項に次の一号を加える」として三号に次のようにいう。
「前号に掲げる場合のほか、小銃、機関銃(機関けん銃を含む。)、砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持し、又は所持していると疑うに足りる相当の理由のある者が暴行又は脅迫をし又はする高い蓋然性があり、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合」
自衛隊法第九〇条は、治安出動時の武器使用権限が規定されている。そして、その第一号は、「職務上警護する人、施設又は物件の暴行・侵害」に対して、第二号は「多衆集合しての暴行・脅迫」に対して武器を使用することが規定されている。
従来の、この自衛隊法第九〇条の治安出動規定は、反政府の大規模な大衆行動、つまり自衛隊のいう「暴徒」を対象にしていたのである。ところが新設された第三号では、新たに「殺傷力の強い武器などを所持」した勢力(ゲリラなど)が対象として追加されたのだ。これは次に述べる「治安侵害勢力」という広義の対象に言い換えられている。
四六年ぶりの治安協定の改定
治安出動下令前の情報収集活動や警護出動を新設した自衛隊法の改定を火事場泥棒的と評したが、この根拠は大いにあるのだ。
もともと政府・防衛庁は、「不審船」や武装ゲリラに対処する「領域警備」関連法案を昨秋の臨時国会へ提出する予定だったという(二〇〇一年九月一三日、朝日新聞)。
ところで、この「領域警備」関連法の制定は、一九九五年の新防衛計画大綱の決定以来の自衛隊の「悲願」である。そして、一九九七年の新ガイドラインの制定、一九九九年の周辺事態法の制定、一九九九年の能登半島沖事件を口実に、自衛隊は一挙に自衛隊の「新任務」として、領域警備関連法の制定へと突き進むのだ。このあたりの詳しい事情は後述しよう。
大事なのは、昨秋の九・一一事件と自衛隊法の改定前にすでに、自衛隊は「不審船」や武装ゲリラに対処する新たな自衛隊の治安出動態勢づくりに突入したということだ。
このひとつが、二〇〇〇年一二月四日に防衛庁長官と国家公安委員長との間で締結された『治安出動の際における治安の維持に関する協定』(以下「協定」という)の改定である。新聞各紙の、このあまり目立たない協定改訂の報道は、今後の自衛隊の行動をうらなう上で非常に大きな出来事であった。
先に述べてきた、昨秋の自衛隊の治安出動権限の拡大は、すでにこの時点で自衛隊と警察の間の取り決めとして決定していたのだ。つまり、自衛隊はその自衛隊法の改定以前に、警察との協定によって治安出動の権限の拡大を果たしていたのである。もっと言うならば、この協定と同時に、『自衛隊の治安出動に関する訓令』も制定されており、資料として収録したこの関連文書が示すように、治安出動関連の通達・内訓・各種の協定もこの時点で完結していたのだ。
この出来事は、この間の自衛隊の独走を示して余りある。基本法の制定よりも実際の行動の方が先行しているのである。
それでは、この自衛隊と警察との協定の改定はどのような内容なのか。
まず第一に、旧協定(一九五四年九月三〇日締結)は、自衛隊と警察の治安出動対象を「暴動」としていたのだが、新協定では、これを「治安を侵害する勢力」に言い換えていることだ。つまり、現在の情勢判断として警察は「暴動の鎮圧」については、警察力で足りるとし、この警察力で不足する事態の想定対象を「治安を侵害する勢力」、すなわち「武装ゲリラ」などを想定しているというわけだ。
この新協定と同じ日に『自衛隊の治安出動に関する訓令の一部を改正する訓令』(以下「訓令」という)も改定されたが、ここでも「暴動の制圧」(第三条)から「治安を侵害する勢力の鎮圧」に改められている。ちなみに、この訓令の「改正の内容」では、「治安出動した際における自衛隊と警察との治安維持のための措置について、暴動への対処を想定したものから、武装工作員等への対処をも想定したものとする」と述べている。
そして第二に、旧協定では、自衛隊と警察の任務分担について、自衛隊は警察の「支援後拠」、「拠点防護」、そして警察に代わって「直接制圧」というように、段階的に逐次移行することになっていた。が、新協定では、こうした段階的移行も確認されてはいるが、「この場合の任務分担は、治安を侵害する勢力の装備、行動態様等に応じたものにする」(第三条の一項の三)として、「治安を侵害する勢力」の武装によっては最初から自衛隊が出動することが明記されている。
この内容は、新協定と同日に改定された訓令ではさらに明確になっている。すなわち、改定訓令の「改正の趣旨」では、「外部からの武力攻撃に当たらないような事案においては、一義的には警察が対処するが、警察では対処できないか、又は著しく困難な場合には、自衛隊が治安出動により対処する」として、初めの段階からの自衛隊の治安出動を想定していることを述べている。
また、この改定訓令では、この立場から旧訓令に規定されていた自衛隊の治安出動の段階的移行という規定が削除されたのである(旧協定第五条二項)。
ここで断っておかねばならないのは、新協定・新訓令は、確かに「暴動」から「治安侵害勢力」に表現が変わったが、それは一部のマスコミが言うように反政府の大衆行動、すなわち「暴動」「暴徒」を対象にしていないということではない、ということだ。つまり、「治安侵害勢力」という、より広い概念を想定して対象が広がっただけなのだ。
これは新訓令の次の規定で明らかである。新訓令は「第二九条に次の一項を加える」として、「前項に規定する場合において、部隊指揮官は、相手が暴徒のときは、これに対し、解散を命じ、かつ、武器を使用する旨を警告した後でなければ、武器の使用を命じてはならない」としている。つまり、ここでは武器の使用・行使という規定の中で、「暴徒」「暴動」への対処が想定されているのだ。
ところで、この訓令の第二九条は、治安出動における武器の使用権限について規定しているが、改定訓令では「治安侵害勢力」に対しては、「ただし」という断り書きで「警告」なしに武器を使用することが新設されている。つまり、国内のゲリラ勢力などに対しても自衛隊が「治安侵害勢力」と見なしたならば、警告なしに武器が使用されるということだ。
治安の主導権を巡る自衛隊と警察の対立
さて、この自衛隊と警察の新協定を詳しく分析してみると、旧協定では簡単にしか記述していなかった自衛隊と警察の「関係」が詳細に規定されていることに気づく。
「防衛庁長官は、治安出動待機命令を発する必要があると認める場合において……国家公安委員会に連絡の上、その意見を付して行うものとする」(第二条の一項)とか、「防衛庁長官又は国家公安委員会は、治安出動命令が発せられる必要があると認める場合において……それぞれ他方に連絡の上、その意見を付して行うものとする」(同第二項)とか、「前二項の規定による連絡を受けた国家公安委員会は、速やかにこれについて意見を述べるものとする」(同第三項)などなど。
これは言うまでもない。この新協定による自衛隊と警察の治安権限の力関係の変化のみか、すでに見てきた自衛隊の下令前の情報収集活動や警護出動などの新設、そして治安出動時の権限拡大に対して、つまり、警察にとって代わる自衛隊の国内治安行動態勢への移行に対して、警察が相当の危機感をもって対抗していることがみてとれるのだ。
昨秋、防衛庁・自衛隊の改定自衛隊法案の提出に対して、警察を代表する村井仁国家公安委員長は「治安維持は警察が担うのが原則」(九月三〇日、朝日新聞)と相当抵抗していることが報じられている。また、野中広務自民党元幹事長も「自衛隊が日本の重要施設を警備するという。恐ろしいことだ。警察はそれほど軟弱ではない」(同紙)とコメントを出している。さらに元警察庁長官の後藤田正晴は、「国民に直接、銃を向ける立場に自衛隊員を立たせてはならない。……治安出動が下令前に国内治安にまで自衛隊が出ていくなんて、間違いもはなはだしい」(同紙)と言っている。
これらの警察の現・元官僚の言動は、単なる国内治安を巡る自衛隊と警察のヘゲモニー争いとだけ見ることはできない。問題は、自衛隊の制服組の台頭が、こうした警察に取って代わる国内治安行動態勢づくりにまで進行しているということなのだ。
そして、この自衛隊の制服組の目的は、後述する「領域警備」という自衛隊の新任務の確保にある。
ここ数年、治安権限を巡る自衛隊と警察の対立は激化している。この発端とも言うべきものが、一九九七年の新ガイドライン制定を巡る対立であった。この新ガイドラインでは、自衛隊に初めて有事下の任務として「ゲリラ・コマンドウ対処」方針が規定された。だが、これに対して、後藤田正晴を中心にした警察官僚は猛然と抵抗することになった。この結論は、自衛隊の「ゲリラなどの対処」は「有事下」の対処に限定するということで妥協がなされた。ところが、冷戦後の、「主敵」を喪失した自衛隊がこれで納得するわけがない。ここから自衛隊制服組の執拗な巻き返しが始まるのだ。
こうした警察官僚の抵抗の中で、先に述べてきた改定自衛隊法は、警護出動におけるその防衛対象を「自衛隊施設」と「在日米軍基地」に限定することになる。ところが、防衛庁・自衛隊の要求はここにとどまらない。すでに政府・自民党は、警護出動の対象に原発を追加することを決めており、今年の通常国会で自衛隊法の再改定を固めているという(二〇〇一年一二月四日、日経新聞)。
自民党国防族のドン、山崎拓は、当初からこの警護出動の対象を「皇居、官邸、原発」まで含める(二〇〇一年九月三〇日、朝日新聞)というのであるから、自衛隊の要求はもっとエスカレートするであろう。
「不審船」事件と海上自衛隊の権限拡大
ところで、先に引用した治安出動に関する改定訓令の「改正の趣旨」は、この間の自衛隊の治安出動権限の拡大などの背景として、「北朝鮮小型潜水艦の韓国東海岸座礁事件」や「下甑(しもこしき)島中国人密航者不法上陸事件」、そして「能登半島沖不審船事案」をあげている。
しかしながら、これらの事件を冷静に考えるならば、これらの事件に対して過度に反応し、治安出動態勢などの対処行動へ移行した自衛隊の「新任務」こそ、問題にすべきだ。なぜなら、
一九五三年の朝鮮戦争の休戦以来、朝鮮半島ではこれらの事件は無数に発生してきた。が、金大中政権の成立によって、とりわけ南北首脳会談の開催以来、朝鮮半島の緊張は一段と緩和されるに至っているのだ。
また、こうした戦後の一貫した朝鮮半島の緊張の激化の中で、国内での「不審船」などの事件がたびたび起こっていたことは、周知の事実である。問題は、今なぜ自衛隊は、こうした北朝鮮への対決政策に出始めたのか、ということだろう。
戦後初めての海上警備行動の発令となった一九九九年三月の能登半島沖事件は、この自衛隊の対北朝鮮対決政策を象徴する事態といえよう。
このとき、海上警備行動発令下の海上自衛隊は、停船命令を無視した「不審船」に対して、護衛艦二隻と対潜哨戒機による追跡を行い、そして、その中で護衛艦の機関砲による警告射撃と、対潜哨戒機P―3Cによる多数の警告爆弾の投下を行ったのである。
問題なのは、なぜ海上自衛隊による海上警備行動なのか、ということだろう。
言うまでもなく、海上における治安の確保は、海上においての警察である海上保安庁の任務だ。海上保安庁は、機関砲などの武器はもとより、海上における警察としての任務も手慣れている。「不審船」事件以後も、高速船などの導入や特別警備隊の設置(第五管区大阪保安部に設置)など、その対策を強化している。
ここでも、「領域警備」という「新任務」の付与を求める自衛隊制服組の強い意向が働いていることが推測されるのだ。
さて、この能登半島沖事件後の一九九九年一二月二七日、海上自衛隊と海上保安庁の「不審船に係る共同対処マニュアル」が作られている。これは、「基本的考え方」として「1、不審船への対処は、警察機関たる海上保安庁が第一に対処」「2、海上保安庁では対処が不可能又は著しく困難と認められる事態で防衛庁は内閣総理大臣の承認を得て、迅速に海上警備行動を発令」「3、防衛庁は海上保安庁と連携して対処」と双方の連携が取り決められた。
ところが、問題はここではとどまらない。すでに述べてきたように、昨秋国会での自衛隊法改定では、「治安出動下令前の情報収集」という新任務が加わったのである。これは海上自衛隊でみると、従来、「不審船」事案に対して防衛庁設置法による「調査研究名目」で出動し、しかるべき段階で海上警備行動へ移行する、というものから、治安出動下令前の情報収集という名目で出動することが可能になったのである。
ここでも海上の治安権限を巡る自衛隊と海上保安庁の間の対立、ヘゲモニー争いがみてとれる。だが、この関係は警察と異なり、海上保安庁に比べて自衛隊側がはるかに強くなっていると見なければならない。
というのは、自衛隊法の第八〇条「海上保安庁の統制」によれば、海上保安庁は、防衛出動、治安出動という「有事下」では、防衛庁長官の指揮下に入ることが規定されているからだ。つまり、海上保安庁は「海の警察」と言っても、その実態は「準海軍」として位置づけられているということなのだ。
こういう自衛隊法改定の後、偶然にも昨年一二月下旬、東「シナ」海での「不審船」事件が起きた。未だ生々しいこの事件については、詳細は省いていいだろう。ここで問題なのは、海上保安庁が「正当防衛」を主張する根拠は何もないということである。「不審船」が停戦命令を無視したとしても、これは領海外の「排他的経済水域」でのことである。そして、「不審船」は海上保安庁の二〇ミリ機関砲の威嚇射撃のあとに、対抗して発砲したのである。つまり、海上保安庁の「不審船」船体への威嚇射撃(火災発生)という事態がなければ、「不審船」側が発砲しない可能性もあったわけだ。この状況を「正当防衛」というなら、「正当防衛」という名の武器使用は、無限に拡大されることになろう。
これを国際法が専門の広瀬義男明治学院大名誉教授は、「海上保安庁が威嚇射撃とはいえ、先に船を撃っており、正当防衛とは言い難い」(二〇〇一年一月二二日付、朝日新聞)と述べている。また、刑法・刑事訴訟法が専門の土本武司筑波大名誉教授は、「魚漁法違反という微罪の容疑で船に向けて射撃したとなると、根拠はあっても妥当性に疑問が残り、過剰な射撃となるのではないか」と述べている。
昨秋の海上保安庁法改定も「領海内における危害射撃の免責」であったはずである。ところが、この事件では、まさに領海外の、中国の排他的経済水域内において、「不審船」を「撃沈」したのだ。それも一五人の乗組員を見殺しにして救助もせずに、である。「海の男」としても失格だ。
誰しも疑問を持つのは、なぜ海上保安庁はこのような強硬手段を行使しようとするのか、ということだろう。
今回の「不審船」事件でも、能登半島沖事件でも、海上保安庁や海上自衛隊の強硬政策、つまり、北朝鮮への対決政策がはっきりとみてとれるのだ。これは、繰り返すまでもなく、自衛隊制服組の台頭を背景とした政府の「北朝鮮脅威論」「テロ脅威論」の「演出」「煽り」であるということだ。
こういう政策の中で、防衛庁は今年一月一〇日の衆院国土交通委員会において「不審船」に対処する海上警備行動を発令する前段階として、「海上警備行動準備命令」あるいは「海上警備行動待機命令」などの自衛隊法改定の考えを示している。これを政府内の調整がつけば、通常国会にも提出するという。また、政府・与党は、今後の対策として「領域警備法」の新設に動くという(二〇〇一年一月一四日、共同通信)。
「治安出動下令前の情報収集」に加えて、この新しい権限の新設である。まさに「屋上屋を架す」(防衛庁幹部)としか言いようがない、新法づくりである。
この政府・防衛庁の意図を正しく把握することがいま必要だろう。
領域警備という新任務
さて、ここで解説しておかねばならないのは、最近、新聞などでたびたび出てくる「領域警備」という概念についてである。この概念が初めて出てくるのは、私の知る限り一九九八年だ。 これについて、元統合幕僚会議議長の西本徹也は次のように言う(一九九八年五月一五日付、元自衛官組織の機関紙『隊友』)。
「ポスト冷戦時代の大きな柱として、平常時と有事、平常時と周辺事態との間に発生し、あるいは周辺事態に伴い発生する可能性の高いテロ、海賊行為、組織的密入国、避難民の流入、隠密不法入国などに対する対処の責任、ならびにこのような状況の中で起こり得るゲリラ・コマンドウ攻撃や弾道ミサイル攻撃など、新たな脅威の態様やこれに伴う部隊運用の変化に対応し得る法制の整備も必要である」
そしてまた、「この際、これらの事態への対応に密接な関係のある自衛隊に対する『領域警備の任務の付与』及び『武器等の使用基準(ROE)』についても本格的検討が必要と考える。特に領域警備については、ポスト冷戦時代の特性にかんがみ、我が国の領域を保全するため、国際法規・慣習に基づき、平常時から自衛隊の任務として早急に整備されるべきである」。
自衛隊の言う領域警備とは、ここで西本が言うように、「テロ、海賊行為、組織的密入国、避難民の流入、隠密不法入国」、そして「ゲリラ・コマンドウ攻撃」などから「我が国の領域の保全」をすることである。そして、この事態とは「平常時と有事」「平常時と周辺事態」の間のこと、つまり自衛隊用語でいう「非常時」の事態ということになる。
ところで、すでに別のところで述べてきたように、自衛隊法は「領空の保全」に関しては「領空侵犯に対する措置」を航空自衛隊の任務としており、「領海の保全」に関しては「海上警備行動」を海上自衛隊の任務として、すでに付与している。もっとも、これらの「領海・領空の保全」の任務は、「平常時」における任務である。
そして、自衛隊の警護出動や下令前の情報収集行動は、主として陸上自衛隊の「領土の保全」という領域警備関連法として制定されたことを述べてきた。
こうしてみると、領域警備とは、まず第一に「平常時」の「領空・領海・領土の保全」ということであり、これは「海と陸」においては改定自衛隊法で制定・強化されている。また、第二に領域警備とは、「非常時」という事態における「領空・領海・領土の保全」ということであり、これも改定自衛隊法では、その一部が制定されている。
つまり、領域警備とは、「有事」に至る前の平時から非常時までを含む自衛隊の行動ということになる。
だが、問題はなぜこのような領域警備という新任務が必要なのか? すでに繰り返し述べてきたが、西本の言うゲリラ・コマンドウ対処はともかく「海賊行為、組織的密入国」などへの対処は、海上保安庁の仕事である。また「領空の保全」や、海上保安庁が対処できない「領海の保全」は、すでに自衛隊法に定められているのだ。
ここからの結論は明らかだ。つまり、ソ連脅威論の崩壊によって「有事」事態を喪失してしまった自衛隊が、その膨大な装備と予算を維持するために、新任務を創り出そうとしている、ということだ。
山崎拓は、昨年暮れの「不審船」事件に対応して「自衛隊の海上警備行動と海上保安庁の海上警察行動の連係プレーをスムーズにやり、両者を一体とした領域警備法の整備が必要」(二〇〇一年一二月三一日、朝日新聞)と言っている。また、改憲論者の中曽根康弘もまた、「領域警備法を提唱」しているという。
いずれにしても、このような自衛隊の領域警備という新任務への移行は、戦後の自衛隊のあり方を根本から転換させることになる。つまり、自衛隊は、当面の主任務を「有事下に出動する軍隊」から「平時・非常時に出動する軍隊」へ、すなわち、警察機関に代わり「国家の危機管理」を軍事的に担う実力組織へと移行しているのである。この事態の現出は、かならず、国民の軍事管理・統制へと行きつくだろう。それは今年早々、有事立法の整備として始まりつつある。
政府の対テロ作戦
以上のような領域警備に関する自衛隊法の改定に基づいて政府は、昨年一一月二日、『大規模テロ等のおそれがある場合の政府の対処について』(閣議決定)という文書を発表した。
この文書は、九・一一事件のようなテロ、「小銃、機関銃、砲、化学兵器、生物兵器等の殺傷力の強い武器を所持した武装工作員等による破壊活動、その他のこれらに類する事案(以下『大規模テロ等』という)が我が国において発生するおそれがあり、一般の警察力では対応できない事態」について、内閣総理大臣を本部長とする「対策本部を設置」し、「事態が緊迫し、治安出動命令の発出が予測される場合には、対策本部の下に……防衛庁を中心に、あらかじめ、治安出動命令の発出に係る、対処方針の検討、自衛隊と警察の間の役割分担及び連携の確認、必要な情報の共有等について、相互に最大限の協力を行い、内閣総理大臣が治安出動を命じた際には速やかに強力な対処を行うことができる態勢を整える」としている。
また、同文書は「治安出動命令の発出が予測される場合」、そして「治安出動待機命令及び武器を携行する自衛隊の部隊が行う情報収集命令」の発出の場合、電話等による「迅速な閣議手続」を決定している。
この自衛隊始まって以来とでも言うべき、自衛隊の治安出動態勢に関わる閣議決定を新聞等のマスコミは、ほとんど報じていない。この文書は、政府のインターネット上のホームページでは公開されている。なぜ、マスコミはこの重大な、自衛隊の初めての治安出動に関わる閣議決定の報道をひかえているのか?
その疑問は深まるばかりだが、大事なのは、すでに政府が自衛隊の治安出動態勢を一挙に押し進めているということだ。自衛隊の治安出動態勢が決定的な段階にあるということである。もっとも、この態勢は、「対テロ対処」ということを口実にはしている。しかし、一旦、こうして作られた自衛隊の治安出動態勢は、すでに述べてきたように、自衛隊ばかりか、国内の社会状況にも大きな転換をもたらすだろう。
こうしてまた、昨年の一二月一九日には、自衛隊法の改定などを踏まえて『国内テロ対策等における重点推進事項』(閣議決定)も決められている。ここでは、「出入国管理の強化やテロ資金動向把握」などとともに、とりわけ、「重要施設警備の強化」として「警察・自衛隊などの即応体制の強化」「原発等における防護措置の強化」も決められている。
もうひとつ関連して明記しておきたいのが、政府の生物・化学兵器テロ対策関連の動きである。例えば昨年四月には、政府の「NBCテロ対策会議」が開催され、これへの「対処計画」が決定されている。
この文書によると、「地下鉄サリン事件のような重大テロが発生した場合」について、「内閣に対策本部を設置」するとともに、「必要な場合には安全保障会議を開き、自衛隊の治安出動も想定し、対応を協議」すると、この手順が明記されている。
問題は、ここでも安易に自衛隊の治安出動が謳われていることだ。確かにオウム事件などの生物・化学兵器などに対しては、それなりのしっかりとした対策は必要だろう。しかしながら一九九五年の地下鉄サリン事件を想起すれば明らかなように、この時点では自衛隊は、「災害派遣」として出動していたのである。なぜ、この災害派遣が一挙に治安出動になってしまうのか。ここには、やはり、「有事事態」を喪失した自衛隊への新任務の付与、という明確な意図があるといわねばならない。
第2章 対テロ作戦に編成される自衛隊
対テロ・ゲリラ戦演習
「訓練は『(敵の日本での潜入破壊活動で)防衛出動が発令された』との想定で実施。軽装備の敵遊撃部隊がA市市街地の三階建てビルに潜入していることをつかんだ陸自は、直ちに四一普連(別府)の三個中隊をもって同ビルの一帯を包囲。ビル周辺から一般人はすべて退去、人質などもない、という状況設定だ。現在の陸自の教範、編成、装備でどれだけ効果的なゲリラ掃討できるか、実員をもって検証するため、火砲で敵を粉砕するような作戦はとらず、あえて人員を突入させて撃滅する作戦がとられた」
「敵の規模は軽装備の一~二個班(十数人)と推定。四一普連ではこれを撃滅するため、一個中隊約百人とヘリコプター三機により空・陸からの突入を決定した。突入に先んじて、まずヘリが屋上にいる敵を掃討。低空から高速で侵入したUH1ヘリの機関銃が見張りの敵二人を撃ち倒す。……同時刻、地上からも一斉突入が始まっていた。爆薬により開けられた共同溝の穴から組単位(三人程度)で、次々と隊員が飛び出し、ビルへ突入を開始。まず84ミリ無反動砲で一階の入口扉が破壊され、援護射撃を受けながら一個班が突入……」(二〇〇一年二月二二日、いずれも朝雲新聞)
引用記事は、二〇〇一年二月一三日の陸上自衛隊西部方面隊初の「市街地戦闘訓練」の風景である。市街地に潜伏した敵ゲリラ・コマンドを掃討するという、大分・別府駐屯地でのこの訓練は、報道陣に公開して行われた。
だが、この市街地戦闘訓練は、対ゲリラ戦訓練おいて初めての訓練ではない。この前年、二〇〇〇年三月一八日には、陸上自衛隊西部方面隊において「対遊撃戦訓練」が「山地内に拠点を置いた敵の捜索と同拠点に対する攻撃」という想定で、日出生台演習場で行われた。この陸上自衛隊初という山地での対ゲリラ・コマンド撃滅作戦を想定した訓練は、第一二普通科連隊(小倉)基幹の約六〇〇人が、二五人のゲリラを包囲し、制圧する訓練である。そして、この対ゲリラ戦訓練は、自衛隊が初めて訓練模様を報道陣に公開した訓練でもある。
この二〇〇〇年三月、二〇〇一年二月の対ゲリラ戦訓練を皮切りに、陸上自衛隊の対ゲリラ戦訓練は、続々と開始されている。
二〇〇一年一一月一三日からは、第一〇普通科連隊基幹(滝川)の一三七〇人と米第三海兵連隊一大隊(ハワイ)六五〇人による日米共同訓練による「対ゲリラ対処市街地訓練」「対ゲリラ対処山地索敵訓練」などが、北海道大演習場で行われている。
指摘しておかねばならないのは、以上紹介した訓練が報道陣に公開されているのに対して、まったく公開されていない対ゲリラ戦訓練、すなわち、秘密裏に行われた訓練もあるということだ。
一九九九年六月には、東京・市ヶ谷駐屯地(第三二普通科連隊)で極秘で「市街戦対テロ訓練」が行われたという。市街地で対テロ・ゲリラを想定した訓練は、事実上、これが初めての訓練だ。
また、一九九八年後半より、全国の各師団では、極秘裏に山岳ゲリラ対処訓練が開始されたとも言われている。
つまり、自衛隊はこれらの公開された訓練よりもはるか前に、対ゲリラ・コマンド戦訓練・演習を行っていたということになるが、問題はこれらの訓練は、先に示した警察との治安協定や、治安出動に関する訓令の改定よりもはるかに先行して行われていたということだ。訓練・演習に対する秘密主義の問題も指摘しなければならないが、もっと重要なのは、このような法令の改定以前に先行する自衛隊の行動である。ここにも、この間の自衛隊制服組の「独断専行」が働いているのだ。(以下略)
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