数ページ読みすすめて、文庫本を机の上に放り投げた。
言いたいことは、登場人物たちが、すべて先回りして言ってくれる。彼らに手とり足とり、わたしの感情は誘導される。
なんでもお見通しといった感じの彼ら。彼らの間に、わたしの入り込む余地はないように思える。
もし、ページを数ページ後戻りして、わたしだけ知っていて、彼らの知らない事実を彼らに伝えたら、彼らはなんと言うだろうか。
よけいなおせっかいしてくれるな。そんなこと、こっちはとっくにわかってるんだ。そうはいっても物事には順序ってもんがあるんだからさ・・・・なんとかかんとか。
タイムマシンやタイムトラベルといえば、ながらくSFの世界の話だった。とはいいながらも人々は、もしそれが未来に実現されるのだとしたら、そのような機械やそれ風の装置で、それは成されるだろうなとも思ってきたのだ。
しかし、フタを開けてみれば、それを実現したのは他ならぬスキップだった。
スキップ? なにそれ? ああ、ああ、あのスキップね。でも痛いんじゃない? え? あのスキップ? おいおい、なにいってるんだ。バカいうんじゃないよ。
ところがどうだ。まわりをみまわしてごらん。
ほら、毒舌でならしたあのご意見番が嬉々として鼻息荒く話しているじゃない。あのインフルパンサーだってさ。
あらゆるメディアが、スキップ、スキップと連日繰り返し流している。みんな、なんだかうれしそう。昨日までの出来事は忘れちゃったみたいに。
そうなると、誰もかれももう自分だけがそれを疑うってことは出来なくなる。だって、あの杓子さんだって信じてるんだ。はじめ、強烈に感じていた違和感、拒否感も日々次第に薄れてくる。
ある日を境にして、小さい子供からお年寄りまで、あるいはペットまで、総スキップ時代がやってきた。人々は、我も我もとスキップ教室に、いそいそと通いはじめる。各地でスキップ大学が創設される。
自分だけ、なにもしないわけにはいかない。だけど、スキップ教室に申し込んでも倍率が高すぎて、いつ入れるかさえわからない。それでも、はいれないとわかっていて申し込む。
今まで何を学んできたんだ? ずいぶん遠回りをしたもんだな。今まで学んできたものがすべて無駄になるってわけじゃないが、ずっとあきらめていた探し物がこんなところにあったなんて。
わたしは、そこまで進めた妄想を一旦とめた。今なら、そんなお祭り騒ぎがウソにみたいに誰ひとりとして騒いでいない。未来がそんなだなんて夢にも思ってはいない。
だけど、わたしは知っている。わたしの目の前に、未来から来たという男が現れ、スキップで時間移動が出来ることを教えてくれた。宝くじの結果を先に教えてくれるみたいに。
しかも、わたしにはスキップの才能があるという。そして、まだこの時代では、わたしみたいな人間は希少な存在らしい。
先の見えない行列の後ろに並んでいたつもりが、ふと顔をあげたら1番先頭だ。けっして割り込んだわけではない。みんなの向く向きがいっせいに変わったのだ。
ふと、昼休みのシトネとの会話を思い出した。
「ねえ。シトネは寝過ごしちゃったことってある?」
「わたしってさ、けっこう目覚ましが鳴る前に起きちゃったりするんだよね。目が覚めて、目覚ましを見ると5分前だったりとか。で、そのまま目覚ましのアラームが鳴るまで布団の中でじっとしてるんだ。それも毎朝のように」「ふーん」
「かと思うと、たまたま5分遅れて起きちゃったりすると、次の日からも決まって起きるのは5分過ぎ。そうなると、ずっと5分遅れで行動するようになっちゃうんだよね。きっと習慣になっちゃうんだろうけどさ、こまった習慣」
目覚まし時計よりも毎朝5分早く起きていたシトネが、毎朝5分遅れで起き、5分遅れで行動する日が来る。そんな日は、ふいにやってくる。
ある日を境に、あたりまえだったことが別のあたりまえにとって替わる。そんなことがないってわけでもない。
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