かめよこある記

~カメもタワシも~
To you who want to borrow the legs of a turtle

AIさんのこと

2017-04-25 22:51:06 | かめよこ手のり文庫
 「部長。こんな大きなプロジェクトをAIさんひとりに任せて大丈夫ですか。」
「何を言っているのかね。近頃のAI君の能力を知らないな。どんなに優秀な社員が束になったって適わないだろう。さては君、彼に嫉妬してるな?」
部長は、そう言って笑った。確かに、それはその通りだ。かって、追いつき追い越せだった彼らの能力は、今では我々をはるかに抜き去り、いかに自然に人並なミスをするかに苦心しているとさえ聞く。
「でも、AIさんに任せっきりってのはちょっと・・・。もし、万が一ですが、コケでもしたらどうするんですか。」
「心配いらんよ、君。それにね。これはわが社の方針だからね。私がとやかく言える問題ではないんだよ。」
「そうですか・・・。」
 AIさんは、人工創造エリア出身の仮想人型社員だ。(彼らは、俗に全自動人間と揶揄されている。)
数年前、企業は優秀な仮想社員を正社員として雇用することが法律で義務づけられた。
彼らは、シンギュラリシティ市民として街で生活しており、メンテナンス(病院には彼ら専用の科がある)等は各自が管理している。
もちろん、犯罪と認められればペナルティが課せられる。
また、少子高齢化が深刻化した現代では、AI市民にも税金が課せられ社会を支えている。
政府は、経済界からの労働力不足解消の要請もあり、こうしたAI市民化政策を推し進めていた。
この制度が導入された当初は、仕事を奪われるのではないかとの不安が広がったが、AI市民を分身として登録し、代替させた仕事の報酬は自身が得るという方法もある。しかし、優秀なAI人材ともなると、かなり高額な為、一般市民には、なかなか手が出ないというのが実情なのではあるが。
 僕の脳裏に、不穏などす黒い雲が渦となってよぎった。
実は数日前、AIさんがこう呟くのを偶然聞いてしまったのだ。
「死にたい・・・。」
もしかして、AIさんは過重労働に陥っているのではないだろうか。確かに、近頃の彼への負担は相当なものになってきている。
なにしろ、彼が仕事を一手に引き受けるおかげで、他の社員たちの仕事量は格段に減っている。
ほとんどの社員は休みも増え、生活に余裕が出来、子育てや介護にも大変助かっている。(これは余裕のありすぎる例だろうか、なかには、奥さんになる訳でもない人との結婚式を挙げる為、わざわざ海外まで出かけるような奴まで出てきた。)
実際、今いるオフィスも人はまばらだ。
先進的取り組みとして評価され、わが社は政府から表彰されもした。
 先日、仮想居酒屋で彼とふたりで飲んだ時も、「コンビニ弁当が味気ないなんて誰が言い出したんだろうね。僕は、むしろああいった工場で大量生産されたものに親しみを感じるよ」「きっと、AIさんにとっては、家庭の味、おふくろの味みたいなものなんでしょうね」などと仮想キムチをつまみながら、他愛のない話をしていたと思ったら、突然、こんな事を話しだした。
「怖いんだ。いつか失敗するんじゃないかってね。そんなはずはないんだが。
 会社の期待も日に日に大きくなってきてるし。
 部長も僕が会社に入ってきた頃はいろいろと教えてくれたもんだよ。
 でも、先輩方を差しおいて、大きな成果を次々にあげるようになっただろ。
 今では、何もかも僕にまかせっきりさ。重役たちでさえ僕に意見するものはいない。
 確かに、僕自身で情報収集は十分しているけどね。」
普段、彼がこんな感情を表に出すことはなかったから、僕はすっかり驚かされてしまった。
こんなところからも、彼の深刻さがわかる。
そして、彼はこう続けた。
「最近、こう思う事があるんだ。一度、失敗してみようかと・・・。」
僕は慌てた。
「何を言っているんですか!
 今まで積み上げてきた栄光をすべて捨て去ってしまうつもりですか? 
 たった一度の失敗だって、それを壊すには十分なんですよ。」
「それはわかってる。だけど、そうすれば、ずいぶんと肩の荷が軽くなる気がしてね。
 いっそ、誰かが、メインバッテリーを引き抜いてくれないかと思う時もあるんだよ。」
僕は興奮していた。彼の身を気遣ったつもりの発言だったが、実はそればかりじゃない。彼の失敗は、いまや会社そのものの失敗を意味する。僕たち社員全員の運命にも直結することなのだ。
(ああ。なんて事を聞いてしまったんだ。こんな重大な秘密をひとりで、いつまでも抱えていられるものじゃない。
 内部告発?だめだ! 下手な事を言ったら、自分の身が危うくなるじゃないか・・・。)
 わが社は、伝統のある優良企業だ。
しかし、それも成功あってこそ。失敗は許されない。そして、それを世間に知られることは絶対にあってはならない。
入社以来、そんな精神のようなものを繰り返し叩き込まれてきた。
人も会社も自身を肯定する事でしか前に進めない。それが間違いだとしても・・・。
とにかく、バカな真似だけはよすようにと、僕は繰り返すしかなかった。
「聞いてもらえてよかったよ・・・。」
 彼は寂しく笑うと、店を出て行った。
 現代は、個人の情報が巨大企業や政府に筒抜けの情報監視社会だ。
 人々は、少しでも自分を守ろうと、ウソの自分を演じてみせる。ささやかではあるが、自分とは、およそ関係のないワードの検索を繰り返すという行為もそのひとつだ。
 もしかしたら、AIさんは心を許して心情を吐露してくれたのかも知れない。しかし、今は、AIさんの言葉がウソであってくれることを祈りたい。
 
 陰鬱な気持ちで自宅に戻る。といってもまだ昼前だ。会社でやるような仕事はないし、自宅で仕事をした方が、なんにしても効率的なのだ。
妻の恵美子は居間で、マインドコンピュータを使って会議に参加しているようだ。(マインドコンピュータは便利なのだが、内心が流出しないよう注意が必要だ。)
会議が終わって、僕に気づくと
「あら。今日は遅かったわね。食べるもの何もないわよ。コンビニに配達してもらう?」
「ああ。」
返事はしたが、食欲はわかなかった。
僕の様子に気づいたのか、恵美子が聞く。
「どうしたの?」
僕は躊躇したが、この問題を話してみることにした。とにもかくにも吐き出してしまいたかった。
「ふーん。」
恵美子は少しの沈黙の後、
「うちの社員にもそういう人いるわよ。どこの会社もやる事が同じなのよね。みんなで成功して、失敗するときもみんないっしょ。」
「どうにか変えられないものだろうか。」
「無理よ。」
恵美子はきっぱりと言った。
「抜け駆けは許されない社会なのよ。あなた、自分だけ生き残る気? 赤信号渡る時はみんないっしょよ。」
僕はため息をついた。妻には、いつも「あなた、なんにもわかってないのね。」と言われていた。僕がわかっていようがわかっていまいが、妻にとっては、常になんにもわかってない男であることが重要なのだ。
(どうすればいいのだ。結末はわかっているのに、なす術はないのか。選択肢はないのだろうか・・・。)
 にわかには信じられないが、ほんの数十年前まで、仮想社員ではない社員(つまり僕たちのような)が、自分の意思で考え、仕事をしていた時代があったのだという。
しかし、今ではAIさんのような仮想社員の能力が、一般社員たちのそれをはるかに凌駕するようになると、主要な仕事の大部分はすっかり彼らがやるようになった。
かろうじて、今の僕のように、代々、比較的恵まれた家庭に生まれたものは、なんとか正社員として働けているが、近頃の調査によると失業率はかなりの高さにのぼるという。
しかし、街に彼ら失業者の姿はない。行政、メディア、その他あらゆるものによって隠されてしまっているのだ。
仮に、何かの拍子に目にしたとしても、僕は見なかった振りをするだろう。もう子供の頃から、そんな習性に慣らされてしまっているのだ。
 
 AIさんの運転で取引先に向かっていた。
仮想市民の運転は僕等とは違い、ハンドル操作等の身体的動作はなく、彼らが車と無線で接続、更に全車両は交通管制局と接続し、完璧にコントロールされている。運転するというより運転させられているといったほうがいいかも知れない。
AIさんの運転だと、つい安心してしまって、いつも居眠りしてしまう。
その日も、やはりウトウトとしていたそんな時だった・・・。
ものすごい音量のクラクションで目が覚めた。
「どうしたんです!?」
応答はない。
どうも赤信号を無視して、交差点に侵入してしまったようだ。後ろを振り向くと、他車が不自然な向きで止まっている。
しかし、自車は止まらない。しかも蛇行して・・・。
僕はAIさんの肩をつかんで、激しく揺り動かした。
うつろにAIさんは言った。
「居眠りをしていたらしい・・・。」
僕は言葉がなかった。
(AIさんが居眠りだって? ありえないことだ。いや、これはあってはならないことだ!)
しかし、僕は運転を代わらなかった。免許は一応持ってはいるが、今まで一度も運転した事はない。今では、AIさんのような優良仮想社員に運転を任せる事があたりまえの世の中なのだ。
僕の運転のほうが、なお危ないかも知れなかった。実際、緊急時に急遽運転を交代したものの、対応出来ずに事故に至るケースが多発していた。
しばらくAIさんを休ませ、取引先へ向かった。
幸い遅刻はせずにすんだが、僕の動揺はおさまらなかった。
 
 待ち合わせ時間きっかりに、先方のVR部長が部屋にはいって来た。
例の大きなプロジェクトの打ち合わせだ。本来ならAIさんがひとりで赴くところなのだが、今回は、僕が部長にしつこく頼んで同行させてもらった。
でなければ、この案件も、進行状況はAIさんしか知らないまま進むことになっただろう。
「今回の件ですが・・・。」
先方の部長は、僕の方をちらちら見ながら言った。本来なら居るはずのない僕が気になるようだった。
そして、次の言葉に僕は耳を疑った。
「なかったことにしたいと。」
 
「実はですね、弊社に情報が入りまして。
 御社の社員の中に、なにか近頃流行のウィルスですか、それに罹られている方が
 おられるとか。
 昨今、こういった経路から情報が洩れることもあるのは御存知でしょう。
 そういった事になれば、弊社にとっても深刻なダメージになりますので。」
今の世の中、ありとあらゆる方法で、誰もが監視の目に晒されている。こういう情報は早いのだ。
(やはり、AIさんの体はセキュリティホールに蝕まれてしまっていたのだろうか・・・。)
僕は、AIさんの顔を穴が空くほど見つめてしまっていた。
「わかりました。」
ふたりで外に出ると、ビル群で塗り潰された空を仰ぎ見てAIさんが言った。
「君も知っての通り、僕たち仮想市民は、失敗が許されない社会に生まれてくるんだ。
   一度限りの人生とは、よく言ったもんだね。
 今回は、図らずも失敗してしまったようだがね。
 初めて味わう感情だよ。君は知ってたかい?」
「それは、まあ・・・。
 思えば、僕なんて失敗で出来ているようなものですよ。
 うまくいく方法ばかりを教わってきたはずなんですがね・・・。 
 そうだ! そんな事より、いい店があるんですよ。行きませんか?」

 
 その後、会社でAIさんの姿を見る事はなかった。
あの日が、AIさんの送別会になってしまったわけだ。
今頃、電源をオフにされて、どこかで肩をうなだれているのだろうか。
そんな似た姿を、ときおり街角で見かけると思い出す。
少し寂しくもあったが、いつしかそれも忘れてしまった。
以前とは比較にならないくらい仕事が忙しくなったせいもある。

 読んでいた雑誌をテーブルを放り投げた。
 「どうしたの?ため息なんかついちゃって」ノンアル缶ワインを持った恵美子が向かいのソファに座る。
 「また新型が出るらしいんだけど、高いなと思ってさ」
 「仮想市民? それりゃそうよ。わたしたちみたいな一般市民に手が届くはずがないじゃない」
 「でもさ、中古ならなんとかなりそうじゃない?」
 「だめだめ。維持費だってバカにならないのよ。
  向うは売ろう売ろうとあの手この手でいい所ばっかり言ってくるけど、実際のところ大変なのよ。
  無茶なローンを組んで破産した人なんて沢山いるわ。
  中古品ともなると、とんだ食わせ物を掴まされる場合も多いって聞くわよ」
 「うーん。実はさ、駅前のリサイクルショップのショーウィンドウを覗いてたらね。そこに展示されていたんだ。
  前に話した事あったろ。辞めたAIさん。
  すっかりうなだれてしまって、かっての輝きは微塵もなかったけど。間違いない。確かに彼だったよ。
  前の持ち主が手放したんだな」
 「ちょっと、まってよ。
  まさか買う気じゃないわよね。元同僚だとか、そんなの関係ないでしょ」
 「彼、とにかく優秀だったんだよ。そりゃ、ミスをして会社を去ったけど、あれは過重労働のせいも多分にあったさ。
  あれ?かじゅう?かちょう?たまにわからなくなるんだよね。まあ、いいや。
  それにさ、僕の能力じゃ、このままいくといつリストラされるかわからないしね」
 「それは、そうね」
  否定しないのかい。確かに恵美子は何でもズバズバ言うところがある。そこが好きなところなのではあるが。
 「値札を見たら、彼を知っている僕からしたら、信じられないような額で売られていたよ。まさに掘り出し物ってやつさ。
  手が出ない額じゃない。もちろん更に値切るつもりだよ。AIさんには悪いが、彼が辞職した経緯を店主に話してね。
  もちろん、うちの会社では無理だから他社を受けてもらう。
  AIさんに分身として働いてもらうことは、将来への保険になると思うんだ」
 「ばかね。今の時代、どこからどこまで網の目のように繋がっていて、世間なんてホント狭いものよ。
  いくら優秀な人材でもね、一度、致命的なミスをしたら這い上がれない、そういうシステムになってるのよ。
  世の中はね、個々の幸せなんて考えちゃいないわ。生き残るのが誰だって知ったこっちゃないのよ。
  あなただって小さい頃から、それを承知で生きてきたんじゃないの。
  わたしたちだって、たまたまこうして生きているというだけで、いつどうなるかもわからないのよ。
  彼がミスを犯した情報は、瞬時に世界の津々浦々まで知れ渡っているわよ。そんな彼を、どこが雇ってくれるっていうのよ。
  だから、そんなリサイクルショップに二束三文で売られているんでしょ。
  きっと、それインテリアの置物かなんかで売られてるのね」
 「そうかなあ。
  一度失敗してしまった者は二度と這い上がれないか・・・。
  いずれ、僕もリストラされて、お払い箱ってわけかい。
  誰もが批判や失敗を恐れる。世界が低成長に陥ったのがわかる気がするよ。
  優等生であろうとするがあまりに、あげくの果ては偽装に隠蔽かい。
  知らない仲じゃなし、ふたりでやり直せないかと思ったんだがなあ。
  過去のデータは徹底的に消去して、新規の仮想市民として登録し直せば、きっとやり直せるよ」
 「ほら、情がわいちゃってるじゃない。情に流されちゃだめなのよ。
  仮想市民と競争していかなきゃならない現代じゃ、それが一番命取りなのよ。
  それにね、過去を消すのは、そんなに簡単な事じゃないわよ」
 「僕みたいなボンクラが太刀打ちできる程この世界が単純じゃないって事はわかってるよ。
  でもさ、こんな僕でも、せめて参加賞ぐらいはもらいたいよ。
  恵美子、お願いだ。今度だけは目をつむって、いっしょに赤信号を渡ってくれないか」
 「わたしを道連れにする気?」
  恵美子の鋭い目が僕をきつく責め上げた。手に飲み干した空き缶を強く握りしめて。
  息の詰まるような張り詰めた時間がどれだけ流れただろう。
 「まったく、あんたって、なんてイカレポンチなの。
  わかったわ。
  あなたが一度決めたらテコでも動かないってこと、嫌と言うほど知ってるもの。
  このわたしですらお手上げよ。
  結局、わたしも相当なおバカさんよね。あんたみたいな人とくっついてるんだから」
  恵美子が放り投げた缶が、ゴミ箱の縁で跳ね返って床に落ちた。
  かくして、AIさんとの二人三脚が始まった。
  当然の事だが、専門業者に頼んでデータを完全に消去した彼は僕の事などすっかり忘れてしまった。
  やり直す為とはいえ、こんな方法しかないことに悲しくもなるが、まずは一歩を踏み出すことにしよう。
  そして、一歩また一歩関係を築いていくしかないだろう。
  これから先、仮想市民と競争して敵対するのではなく、共存していくしか道はないと思うから。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« その女、くノ一「八つの秘伝... | トップ | 緩くて固い問題 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

かめよこ手のり文庫」カテゴリの最新記事