「飛ぶのって、なんとも言えず気分がいいわあ!」
楽しくてたまらないと言った口調で京子は言った。
「コーイチ君もそう思うでしょ?」
「まぁ……ね」
高所恐怖症と言うわけではないが、足の下に何も無いのは落ち着かない。やはり人は大地にしっかりと立って生きるものなのだ。そんな事を考えていたので、コーイチの答え方は身の入ったものではなかった。
「……あんまり楽しそうじゃないわねえ」コーイチの答えが不満だった京子はこわい顔をした。「自分の立場を分かってる?」
……そうか、ボクは飛んでいるんじゃなくて、魔法で飛ばされているんだった。イヤな思いをさせて、もし魔法を止められたら、ボクはどうなってしまうんだ。コーイチの脳裏にあれこれと最悪な場面がよぎった。思わずゴクリとのどが鳴る。
「いやいやいやいや、楽しいよ、嬉しいよ、最高だ!」
コーイチは一生懸命に笑顔を作って、上ずった声を震わせながら、努めて明るく言った。そんな様子に、こわい顔の京子はこらえきれずに吹き出し、けらけらけらと笑い出した。
「コーイチ君って、本当に楽しい人ね」ひとしきり笑って、京子は言った。それから真顔になって続けた。「コーイチ君、大好きよ……」
並んで飛んでいた京子が、すうっとコーイチの前に回り込み、コーイチと向かい合った。
京子が微笑みながらコーイチの顔を見つめている。可愛らしい京子の顔がコーイチの顔に寄り、ぷっくりと形の良い唇がコーイチの唇に迫る。
「おおおおお! コーイチ君、皆様の前でなんて事をしようとしてるんでしょうか!」
林谷のアナウンスで、されるままになっていたコーイチは我に返った。京子の唇が迫っているのに気がついた。
「唇はヤメて!」
思わずコーイチは仰け反りながら叫んだ。京子は少し遠去かった。そして、最初はあっけに取られた顔をし、次には大笑いをした。
「コーイチ君って、純情なのね!」
京子はそう言うと、さらに笑った。
コーイチは心臓をばくばくさせていた。……まったく、冗談にも程がある。本気かと思って、ふわーっとなってしまった。でも待てよ…… ひょっとしたら、本気だったのかなぁ? だったら…… ちょっと残念なコーイチだった。
「さ、戻るわね!」
京子は先に降下し、ステージの上にふわっと立った。
コーイチは上手く止まる事が出来ず、ステージの奥までドタドタドタと駆けて行き、壁にぶつかる寸前でどうにか止まった。
大歓声と拍手とが興った。
コーイチが振り返ると、両手を大きく広げ。大歓声を受けている京子の後姿が目に入った。「京子! 京子!」と、京子コールも湧き起こった。
「京子さんとコーイチ君による、空中飛行術でした! 皆様、種明かしを聞かないように! 企業秘密だそうですから…… では、皆様、再びご歓談の時間とさせていただきます!」
林谷のアナウンスに、場内の歓声と拍手は一段と高まった。
京子は先にステージの階段を降りた。とたんにスーツ姿の若い男を中心に、わっと人垣が出来て、京子コールを上げていた。京子もにこやかに応えていた。コーイチは京子が他の人たちに持っていかれたような気になった。……ファンがついたんだ、いいじゃないか…… ちょっと寂しいコーイチだった。
ふと気がつくと、手にフォークと料理を盛った皿があった。……あれ、いつの間に? 飛んでた時は持ってなかったと思ったけど。
突然、フォークの先端の三つ又の部分でポンと小さな音がして少しだけ煙が立った。煙が消えると、細長くて白い紙が下がっていた。何か書かれている。目の高さまで持ち上げて読んでみた。
“ちゃんと食べなきゃ、ダメよ。あなたの京子”
読み終わると、紙はポンと小さな音と少しだけの煙を残して消えた。
つづく
楽しくてたまらないと言った口調で京子は言った。
「コーイチ君もそう思うでしょ?」
「まぁ……ね」
高所恐怖症と言うわけではないが、足の下に何も無いのは落ち着かない。やはり人は大地にしっかりと立って生きるものなのだ。そんな事を考えていたので、コーイチの答え方は身の入ったものではなかった。
「……あんまり楽しそうじゃないわねえ」コーイチの答えが不満だった京子はこわい顔をした。「自分の立場を分かってる?」
……そうか、ボクは飛んでいるんじゃなくて、魔法で飛ばされているんだった。イヤな思いをさせて、もし魔法を止められたら、ボクはどうなってしまうんだ。コーイチの脳裏にあれこれと最悪な場面がよぎった。思わずゴクリとのどが鳴る。
「いやいやいやいや、楽しいよ、嬉しいよ、最高だ!」
コーイチは一生懸命に笑顔を作って、上ずった声を震わせながら、努めて明るく言った。そんな様子に、こわい顔の京子はこらえきれずに吹き出し、けらけらけらと笑い出した。
「コーイチ君って、本当に楽しい人ね」ひとしきり笑って、京子は言った。それから真顔になって続けた。「コーイチ君、大好きよ……」
並んで飛んでいた京子が、すうっとコーイチの前に回り込み、コーイチと向かい合った。
京子が微笑みながらコーイチの顔を見つめている。可愛らしい京子の顔がコーイチの顔に寄り、ぷっくりと形の良い唇がコーイチの唇に迫る。
「おおおおお! コーイチ君、皆様の前でなんて事をしようとしてるんでしょうか!」
林谷のアナウンスで、されるままになっていたコーイチは我に返った。京子の唇が迫っているのに気がついた。
「唇はヤメて!」
思わずコーイチは仰け反りながら叫んだ。京子は少し遠去かった。そして、最初はあっけに取られた顔をし、次には大笑いをした。
「コーイチ君って、純情なのね!」
京子はそう言うと、さらに笑った。
コーイチは心臓をばくばくさせていた。……まったく、冗談にも程がある。本気かと思って、ふわーっとなってしまった。でも待てよ…… ひょっとしたら、本気だったのかなぁ? だったら…… ちょっと残念なコーイチだった。
「さ、戻るわね!」
京子は先に降下し、ステージの上にふわっと立った。
コーイチは上手く止まる事が出来ず、ステージの奥までドタドタドタと駆けて行き、壁にぶつかる寸前でどうにか止まった。
大歓声と拍手とが興った。
コーイチが振り返ると、両手を大きく広げ。大歓声を受けている京子の後姿が目に入った。「京子! 京子!」と、京子コールも湧き起こった。
「京子さんとコーイチ君による、空中飛行術でした! 皆様、種明かしを聞かないように! 企業秘密だそうですから…… では、皆様、再びご歓談の時間とさせていただきます!」
林谷のアナウンスに、場内の歓声と拍手は一段と高まった。
京子は先にステージの階段を降りた。とたんにスーツ姿の若い男を中心に、わっと人垣が出来て、京子コールを上げていた。京子もにこやかに応えていた。コーイチは京子が他の人たちに持っていかれたような気になった。……ファンがついたんだ、いいじゃないか…… ちょっと寂しいコーイチだった。
ふと気がつくと、手にフォークと料理を盛った皿があった。……あれ、いつの間に? 飛んでた時は持ってなかったと思ったけど。
突然、フォークの先端の三つ又の部分でポンと小さな音がして少しだけ煙が立った。煙が消えると、細長くて白い紙が下がっていた。何か書かれている。目の高さまで持ち上げて読んでみた。
“ちゃんと食べなきゃ、ダメよ。あなたの京子”
読み終わると、紙はポンと小さな音と少しだけの煙を残して消えた。
つづく
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