ジャンセンはジェシルの意地悪な言葉を聞いてはいなかった。じっと床から突き出た赤い石を見つめていた。そして、鞄から虫眼鏡を取り出すと、石のすぐ横で左膝を突き、石に顔をくっつけんばかりにからだをうんと丸めて虫眼鏡越しに観察し始めた。
「……何、やってんの……?」ジェシルは不安そうな声を出す。「それも歴史的に価値があるってわけ?」
「これが本当に押しボタンなのかどうかを調べているんだ」ジャンセンは観察を続けながら、背中越しに言う。「下手に押して、扉前のような穴がぱっくり開いたら、助からないからね」
「ジャン、あなた、心配し過ぎだわ。罠なんかそんなに幾つも仕掛けないわよ」
「そんな事、分からないじゃないか!」ジャンセンはジェシルに振り返る。子供の頃にムキになって言い返してきた時の顔だった。「落っこちたら、地下の深い所の水溜りに行っちゃうんだぞ! もう二度と助からないんだぞ!」
「大丈夫よ。わたしが何とかするから」必死な顔のジャンセンにジェシルは優しい笑みを返す。「わたしって優秀な捜査官だから」
「……間違いないんだろうね?」ジャンセンが念を押す。「土壇場になって逃げ出すって言うのが、君の子供の頃のパターンだったけど」
「わたしはもう大人よ?」ジェシルは言って胸を張る。ジャンセンは目のやり場に困って下を向く。「それに、わたしは宇宙パトロールよ。困っている民間人を助けるのも仕事だわ」
ジャンセンは不満そうな表情だったが、それ以上何も言わず、再び石の観察に戻った。……ふん! ジャンが何を言ったって、最後はわたしに頼るのよね! ジェシルは、ジャンセンの背中を見ながら勝ち誇る。
「……それで、その赤い石、どうなの?」
「うん……」ジャンセンは観察しながら答える。「赤い石の周囲に切り込みがあるから可動式なんじゃないかな? だから、押し込む事は可能だと思う」
「じゃあ、早速やってみましょうよ!」
「ジェシル……」ジャンセンはジェシルに振り返ってため息をつく。「どうして君はそう短絡的なんだい? さっきも言っただろう? 罠かも知れないってさ」
「それなら、わたしもさっき言ったわよ。わたしが何とかしてあげるって」
「じゃあ聞くけどさ、いきなり足下に二人分の穴が開いたらどうするんだ?」
「その時は……」ジェシルはにやりと笑う。「そう言う運命だったって思えば良いんじゃない? 危険と隣り合わせは宇宙パトロールのモットーよ」
「ぼくは宇宙パトロールじゃないんだけどなぁ……」
「ほらほら、いつまでもうじうじしてないで、さっさと進めましょう」
「でも……」
「じゃあ、良いわよ! わたしがその石を押し込むから!」ジェシルはいらいらした口調だ。「ジャン、あなたは扉の外に立って見ていると良いんだわ! そして、わたしが穴に落ちたら、『ほーら見ろ、だから言ったじゃないか』って小躍りでもすれば良いんだわ!」
「……分かったよ」ジャンセンは力なく答える。「ぼくが押し込むよ。もしもの時は頼んだよ……」
「分かってくれて嬉しいわ」……ふふふ、ジャンって、こんな風に言えばきっとこうするって言うパターンがあるから扱いやすいわ。子供の頃に培った性格ってそう簡単に崩れないものなのねぇ。ジェシルはそう思いながら、笑顔で答えた。「ジャン、わたしに任せれば大丈夫よ」
ジャンセンは虫眼鏡を鞄に戻し、大きく深呼吸をすると、両手を重ねて赤い石の上に置いた。体重をかけて石を押し込む。
「あれ……?」
ジャンセンはそのままの姿勢でつぶやく。期待していた(何を、かは今は問うまい)ジェシルも気の抜けた表情になる。
「どうしたのよ?」
「うん……」ジャンセンはさらに力を加える。「実はさ、石が動かないんだよ……」
「どう言う事よ?」
「固いんだ。びくともしない」
「じゃあさ、石の上に立ってみれば良いんじゃない?」
「うん……」ジャンセンは言われた通りにしてみる。「……ダメだねぇ……」
「飛んだり跳ねたりしてみれば?」
「そうだね……」ジャンセンは言われた通りにしてみる。「……ダメだねぇ……」
ジャンセンは石の上に立ったまま腕組みをし、目をつぶり考え込み始めた。すると、突然、石の上から下りて、床に積み上げられている金貨を鞄に詰め込み始めた。
「ジャン! 何をやってんのよう!」驚いたジェシルが叫ぶ。「諦めて財宝泥棒にでも鞍替えしたの? この宇宙パトロール捜査官の目の前で? あなたって、そんなに愚かだったの?」
「何の話だい?」鞄がぱんぱんになるまで金貨を詰め込んだジャンセンがジェシルに振り返る。重さで少しよろめいた。「石を押し込めないのは、軽いからだと思ったんだ。結構な重さになったと思うから、今度は行けるぞ」
ジャンセンは鞄を抱えながら赤い石に近づき、勢い良く飛び乗った。
「……ダメだ……」
びくともしない石の上でジャンセンはため息をつく。
「と言う事は、まだ軽いって事かしら?」
「うん……」ジャンセンは再び腕組みをして目を閉じた。その目が開く。「おい、ジェシル、ちょっと来てくれ」
「何よ、偉そうに」
「……来てください、ジェシル様」
「ふん! 言い方を変えたって気持ちは変わっていないんでしょ!」
「良いから、ちょっと来てくれよ」
ジェシルは口を尖らせながらもジャンセンに近づいた。と、ジャンセンはいきなりジェシルの手を取って抱きしめた。
「馬、馬鹿あ!」ジェシルは真っ赤になって抵抗する。「何やってんのよう! 放しなさいよう!」
「え? ああ……」
ジャンセンは手を放す。ジェシルは跳んでジャンセンから離れた。まだ顔が赤い。
「何なのよう! こんな時にふざけないで!」
「え? ふざける?」ジャンセンは合点の行かない顔をする。「何の事だい?」
「あなたって最低ね! いきなり抱きしめるお馬鹿さんがいて良いと思っているの!」ジェシルはいつの間にか熱線銃を手にしていた。「死にたいらしいわね!」
「いや、重さが足りないから石を押し込めないと思ってさ、ジェシルの体重を利用させてもらおうと思ったんだ」
「失礼ね! わたし、そんなに重くはないわよう!」
……いきなりでびっくりしたけど、思いの外、力強かったわ。あんな貧弱坊やだったのに。結構逞しい感じだったわね。あんなにストレートに抱きしめられたのって、初めてじゃないかしら。良く見れば、ジャンってなかなか男前よねぇ。わあっ! 何考えてんのよう、わたしとした事がぁ! 落ち着きを取り戻したジェシルはそう思った。思った途端に、一気に顔が赤くなってしまった。気づかれないようにそっぽを向く。
「それにしても、こんなに固いんじゃ、もうどうしようもないなぁ……」ジャンセンは悔しそうに足下の赤い石を見下ろす。「……きっと、これは偽物だな。やっぱり地下三階は無いんだよ。その気にさせて、散々苦労を味わわせて、やっぱり嘘でしたって感じだね。ご先祖って意地が悪いよ。あ、直系のジェシルを見れば分かる事か……」
ジェシルはじろりとジャンセンを睨む。気持ちもすっかり落ち着いた。落ち着くと、ある考えが浮かんだ。
「ねえ、ジャン…… 石から降りて離れて」
「え?」
「良いから!」
ジャンセンは言われた通りにする。ジェシルは石に近づく。しゃがみ込んで、飛び出ている石の周囲を両手でつかむ。ジャンセンが不思議そうな顔をする。
「どうするんだ?」
「こうするのよ!」
ジェシルは言うと、つかんだ手に力を入れて石を引っ張り上げようと腕を動かした。石は簡単に引っ張り上げられた。縦長の赤い石が姿を現わす。
「おい、ジェシル! 凄いじゃないか!」
ジャンセンが驚きと喜びの入り混じった声を上げ、ジェシルのそばに駈け寄り、抜け始めた石に手を添える。
「『押してもダメなら引いてみよ』って言葉、辺境惑星の地球で聞いた事があったのよ」ジェシルは得意げに答える。「未開の惑星にも真理ってものがあったのね」
石は三フィートほどの長さがあった。ジェシルは抜けた石を床に転がした。
「抜けたわね!」
「ああ、抜けた!」
二人は手を取り合って笑い合う。と、いきなり二人の足元に穴が開き、二人は落ちて行った。
つづく
「……何、やってんの……?」ジェシルは不安そうな声を出す。「それも歴史的に価値があるってわけ?」
「これが本当に押しボタンなのかどうかを調べているんだ」ジャンセンは観察を続けながら、背中越しに言う。「下手に押して、扉前のような穴がぱっくり開いたら、助からないからね」
「ジャン、あなた、心配し過ぎだわ。罠なんかそんなに幾つも仕掛けないわよ」
「そんな事、分からないじゃないか!」ジャンセンはジェシルに振り返る。子供の頃にムキになって言い返してきた時の顔だった。「落っこちたら、地下の深い所の水溜りに行っちゃうんだぞ! もう二度と助からないんだぞ!」
「大丈夫よ。わたしが何とかするから」必死な顔のジャンセンにジェシルは優しい笑みを返す。「わたしって優秀な捜査官だから」
「……間違いないんだろうね?」ジャンセンが念を押す。「土壇場になって逃げ出すって言うのが、君の子供の頃のパターンだったけど」
「わたしはもう大人よ?」ジェシルは言って胸を張る。ジャンセンは目のやり場に困って下を向く。「それに、わたしは宇宙パトロールよ。困っている民間人を助けるのも仕事だわ」
ジャンセンは不満そうな表情だったが、それ以上何も言わず、再び石の観察に戻った。……ふん! ジャンが何を言ったって、最後はわたしに頼るのよね! ジェシルは、ジャンセンの背中を見ながら勝ち誇る。
「……それで、その赤い石、どうなの?」
「うん……」ジャンセンは観察しながら答える。「赤い石の周囲に切り込みがあるから可動式なんじゃないかな? だから、押し込む事は可能だと思う」
「じゃあ、早速やってみましょうよ!」
「ジェシル……」ジャンセンはジェシルに振り返ってため息をつく。「どうして君はそう短絡的なんだい? さっきも言っただろう? 罠かも知れないってさ」
「それなら、わたしもさっき言ったわよ。わたしが何とかしてあげるって」
「じゃあ聞くけどさ、いきなり足下に二人分の穴が開いたらどうするんだ?」
「その時は……」ジェシルはにやりと笑う。「そう言う運命だったって思えば良いんじゃない? 危険と隣り合わせは宇宙パトロールのモットーよ」
「ぼくは宇宙パトロールじゃないんだけどなぁ……」
「ほらほら、いつまでもうじうじしてないで、さっさと進めましょう」
「でも……」
「じゃあ、良いわよ! わたしがその石を押し込むから!」ジェシルはいらいらした口調だ。「ジャン、あなたは扉の外に立って見ていると良いんだわ! そして、わたしが穴に落ちたら、『ほーら見ろ、だから言ったじゃないか』って小躍りでもすれば良いんだわ!」
「……分かったよ」ジャンセンは力なく答える。「ぼくが押し込むよ。もしもの時は頼んだよ……」
「分かってくれて嬉しいわ」……ふふふ、ジャンって、こんな風に言えばきっとこうするって言うパターンがあるから扱いやすいわ。子供の頃に培った性格ってそう簡単に崩れないものなのねぇ。ジェシルはそう思いながら、笑顔で答えた。「ジャン、わたしに任せれば大丈夫よ」
ジャンセンは虫眼鏡を鞄に戻し、大きく深呼吸をすると、両手を重ねて赤い石の上に置いた。体重をかけて石を押し込む。
「あれ……?」
ジャンセンはそのままの姿勢でつぶやく。期待していた(何を、かは今は問うまい)ジェシルも気の抜けた表情になる。
「どうしたのよ?」
「うん……」ジャンセンはさらに力を加える。「実はさ、石が動かないんだよ……」
「どう言う事よ?」
「固いんだ。びくともしない」
「じゃあさ、石の上に立ってみれば良いんじゃない?」
「うん……」ジャンセンは言われた通りにしてみる。「……ダメだねぇ……」
「飛んだり跳ねたりしてみれば?」
「そうだね……」ジャンセンは言われた通りにしてみる。「……ダメだねぇ……」
ジャンセンは石の上に立ったまま腕組みをし、目をつぶり考え込み始めた。すると、突然、石の上から下りて、床に積み上げられている金貨を鞄に詰め込み始めた。
「ジャン! 何をやってんのよう!」驚いたジェシルが叫ぶ。「諦めて財宝泥棒にでも鞍替えしたの? この宇宙パトロール捜査官の目の前で? あなたって、そんなに愚かだったの?」
「何の話だい?」鞄がぱんぱんになるまで金貨を詰め込んだジャンセンがジェシルに振り返る。重さで少しよろめいた。「石を押し込めないのは、軽いからだと思ったんだ。結構な重さになったと思うから、今度は行けるぞ」
ジャンセンは鞄を抱えながら赤い石に近づき、勢い良く飛び乗った。
「……ダメだ……」
びくともしない石の上でジャンセンはため息をつく。
「と言う事は、まだ軽いって事かしら?」
「うん……」ジャンセンは再び腕組みをして目を閉じた。その目が開く。「おい、ジェシル、ちょっと来てくれ」
「何よ、偉そうに」
「……来てください、ジェシル様」
「ふん! 言い方を変えたって気持ちは変わっていないんでしょ!」
「良いから、ちょっと来てくれよ」
ジェシルは口を尖らせながらもジャンセンに近づいた。と、ジャンセンはいきなりジェシルの手を取って抱きしめた。
「馬、馬鹿あ!」ジェシルは真っ赤になって抵抗する。「何やってんのよう! 放しなさいよう!」
「え? ああ……」
ジャンセンは手を放す。ジェシルは跳んでジャンセンから離れた。まだ顔が赤い。
「何なのよう! こんな時にふざけないで!」
「え? ふざける?」ジャンセンは合点の行かない顔をする。「何の事だい?」
「あなたって最低ね! いきなり抱きしめるお馬鹿さんがいて良いと思っているの!」ジェシルはいつの間にか熱線銃を手にしていた。「死にたいらしいわね!」
「いや、重さが足りないから石を押し込めないと思ってさ、ジェシルの体重を利用させてもらおうと思ったんだ」
「失礼ね! わたし、そんなに重くはないわよう!」
……いきなりでびっくりしたけど、思いの外、力強かったわ。あんな貧弱坊やだったのに。結構逞しい感じだったわね。あんなにストレートに抱きしめられたのって、初めてじゃないかしら。良く見れば、ジャンってなかなか男前よねぇ。わあっ! 何考えてんのよう、わたしとした事がぁ! 落ち着きを取り戻したジェシルはそう思った。思った途端に、一気に顔が赤くなってしまった。気づかれないようにそっぽを向く。
「それにしても、こんなに固いんじゃ、もうどうしようもないなぁ……」ジャンセンは悔しそうに足下の赤い石を見下ろす。「……きっと、これは偽物だな。やっぱり地下三階は無いんだよ。その気にさせて、散々苦労を味わわせて、やっぱり嘘でしたって感じだね。ご先祖って意地が悪いよ。あ、直系のジェシルを見れば分かる事か……」
ジェシルはじろりとジャンセンを睨む。気持ちもすっかり落ち着いた。落ち着くと、ある考えが浮かんだ。
「ねえ、ジャン…… 石から降りて離れて」
「え?」
「良いから!」
ジャンセンは言われた通りにする。ジェシルは石に近づく。しゃがみ込んで、飛び出ている石の周囲を両手でつかむ。ジャンセンが不思議そうな顔をする。
「どうするんだ?」
「こうするのよ!」
ジェシルは言うと、つかんだ手に力を入れて石を引っ張り上げようと腕を動かした。石は簡単に引っ張り上げられた。縦長の赤い石が姿を現わす。
「おい、ジェシル! 凄いじゃないか!」
ジャンセンが驚きと喜びの入り混じった声を上げ、ジェシルのそばに駈け寄り、抜け始めた石に手を添える。
「『押してもダメなら引いてみよ』って言葉、辺境惑星の地球で聞いた事があったのよ」ジェシルは得意げに答える。「未開の惑星にも真理ってものがあったのね」
石は三フィートほどの長さがあった。ジェシルは抜けた石を床に転がした。
「抜けたわね!」
「ああ、抜けた!」
二人は手を取り合って笑い合う。と、いきなり二人の足元に穴が開き、二人は落ちて行った。
つづく
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