あれ・・・?
さとみは百合恵を見ながら、首をかしげた。
「どうしたの? お嬢ちゃん?」
百合恵は相変わらず壁に凭れたままだった。艶やかに黒光りしている前髪を、邪魔くさそうに掻き揚げている。ただ、視線はさとみから外さず、じっと見つめている。
「・・・あの・・・百合恵・・・さん」さとみは百合恵の視線を避けながら言った。「百合恵さんって・・・」
「はい、左様です・・・」豆蔵が百合恵の変わりに答えた。「姐さんは、霊体ではなく、生身のおからだです」
やっぱり・・・ さとみは視線を百合恵の向けた。しかし、その突き刺すような視線に耐えられず、また視線をそらせた。
「お嬢ちゃん・・・」百合恵が含み笑いをしながら言った。「私はあなたを獲って食べようなんて思っていないわよ」
さとみは答えなかった。しばらく沈黙が続く。
「まあまあ、姐さん」慌てたように豆蔵が割って入った。知らずに揉み手をしている。「嬢様はこう見えて人見知りをなさいますんで・・・」
「しかも、生身のからだで霊体と話ができるなんて人を見たのが初めてだ、ってわけね」百合恵が豆蔵の言葉に続けた。壁から離れ、霊体のさとみの前に進む。「でも、こういう人もいるのよ、綾部さとみちゃん」
「えっ!」
さとみは思わず声を上げた。・・・どうして・・・
「どうしてわたしの名前を知っているんだろう・・・」吸込んだタバコの煙をゆっくりと吐きながら百合恵は言い、意地悪そうに笑って見せた。「なぜだか知らないけど、そう言う事が分かるのよねぇ。ま、持って生まれた能力ね」
さとみは無言のまま、一歩下がった。
「そうね、一旦からだに戻った方がいいわね」百合恵は言って、また煙を吐き出す。そして、周りに漂う卑下た顔の霊体達をうんざりした様子で見回した。「からだを置いたままだと、このろくでなしどもが、何をしでかすか分からないからねぇ・・・ そうだろう、豆蔵?」
「へい、まったくその通りで・・・」にやけた顔で豆蔵は答えた。それから真顔の戻ると、十手を高々と差し上げ、大見得を切って見せた。「ささ、嬢様。この豆蔵が先導いたします! ご安心なさってくださいやし!」
十手を左右に振り回し、寄って来る霊体達を追い散らす。
「うまいわ。豆蔵!」
百合恵が楽しそうに声を出す。豆蔵は更に派手に十手を振り回した。・・・こんな豆蔵は初めて見るわ・・・ さとみは呆れたように、大きなため息をついた。
「どう、さとみちゃん?」百合恵はそっとさとみの耳元でささやいた。「男はね、命の有る無しに関わりなく、女のために頑張るのが好きなのよ・・・」
甘い香水の香りがさとみの鼻腔をくすぐる。知らずに鼓動が早くなる。頬がかっと熱くなる。
「・・・わたし、からだに戻ります!」
さとみは大きな声で言うと、飛び込むように自分のからだに戻った。・・・わざわざ言わなくても、からだに戻れるのに・・・ そう思いながらも、まだ動悸が早い。生身のからだに戻った分、血が全身を駆け巡るのが分かる。頬も火照っている。・・・どうしちゃったのかしら、わたし・・・
「それは、きっと、わたしに憧れちゃったのね」くわえタバコのままで百合恵が言った。「いいんじゃない? 大人へのステップよ。でもね、憧れるのは良いけど、わたしみたいな仕事に就いちゃダメよ」
言い終わると百合恵は笑った。
さとみはどう答えて良いのか分からない。
百合恵は、不意にさとみの右手をつかんだ。その突然の行動よりも、その温もりにさとみの胸はどきんと高鳴った。
「さ、行くわよ」百合恵の顔が真剣なものになっていた。「ついていらっしゃい」
「・・・どこへ・・・?」
生身に戻ったさとみは、いつものようにもたついた話し方で聞いた。
「決まっているじゃない! あなたが探している『ももちゃん』のところよ!」
つづく
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さとみは百合恵を見ながら、首をかしげた。
「どうしたの? お嬢ちゃん?」
百合恵は相変わらず壁に凭れたままだった。艶やかに黒光りしている前髪を、邪魔くさそうに掻き揚げている。ただ、視線はさとみから外さず、じっと見つめている。
「・・・あの・・・百合恵・・・さん」さとみは百合恵の視線を避けながら言った。「百合恵さんって・・・」
「はい、左様です・・・」豆蔵が百合恵の変わりに答えた。「姐さんは、霊体ではなく、生身のおからだです」
やっぱり・・・ さとみは視線を百合恵の向けた。しかし、その突き刺すような視線に耐えられず、また視線をそらせた。
「お嬢ちゃん・・・」百合恵が含み笑いをしながら言った。「私はあなたを獲って食べようなんて思っていないわよ」
さとみは答えなかった。しばらく沈黙が続く。
「まあまあ、姐さん」慌てたように豆蔵が割って入った。知らずに揉み手をしている。「嬢様はこう見えて人見知りをなさいますんで・・・」
「しかも、生身のからだで霊体と話ができるなんて人を見たのが初めてだ、ってわけね」百合恵が豆蔵の言葉に続けた。壁から離れ、霊体のさとみの前に進む。「でも、こういう人もいるのよ、綾部さとみちゃん」
「えっ!」
さとみは思わず声を上げた。・・・どうして・・・
「どうしてわたしの名前を知っているんだろう・・・」吸込んだタバコの煙をゆっくりと吐きながら百合恵は言い、意地悪そうに笑って見せた。「なぜだか知らないけど、そう言う事が分かるのよねぇ。ま、持って生まれた能力ね」
さとみは無言のまま、一歩下がった。
「そうね、一旦からだに戻った方がいいわね」百合恵は言って、また煙を吐き出す。そして、周りに漂う卑下た顔の霊体達をうんざりした様子で見回した。「からだを置いたままだと、このろくでなしどもが、何をしでかすか分からないからねぇ・・・ そうだろう、豆蔵?」
「へい、まったくその通りで・・・」にやけた顔で豆蔵は答えた。それから真顔の戻ると、十手を高々と差し上げ、大見得を切って見せた。「ささ、嬢様。この豆蔵が先導いたします! ご安心なさってくださいやし!」
十手を左右に振り回し、寄って来る霊体達を追い散らす。
「うまいわ。豆蔵!」
百合恵が楽しそうに声を出す。豆蔵は更に派手に十手を振り回した。・・・こんな豆蔵は初めて見るわ・・・ さとみは呆れたように、大きなため息をついた。
「どう、さとみちゃん?」百合恵はそっとさとみの耳元でささやいた。「男はね、命の有る無しに関わりなく、女のために頑張るのが好きなのよ・・・」
甘い香水の香りがさとみの鼻腔をくすぐる。知らずに鼓動が早くなる。頬がかっと熱くなる。
「・・・わたし、からだに戻ります!」
さとみは大きな声で言うと、飛び込むように自分のからだに戻った。・・・わざわざ言わなくても、からだに戻れるのに・・・ そう思いながらも、まだ動悸が早い。生身のからだに戻った分、血が全身を駆け巡るのが分かる。頬も火照っている。・・・どうしちゃったのかしら、わたし・・・
「それは、きっと、わたしに憧れちゃったのね」くわえタバコのままで百合恵が言った。「いいんじゃない? 大人へのステップよ。でもね、憧れるのは良いけど、わたしみたいな仕事に就いちゃダメよ」
言い終わると百合恵は笑った。
さとみはどう答えて良いのか分からない。
百合恵は、不意にさとみの右手をつかんだ。その突然の行動よりも、その温もりにさとみの胸はどきんと高鳴った。
「さ、行くわよ」百合恵の顔が真剣なものになっていた。「ついていらっしゃい」
「・・・どこへ・・・?」
生身に戻ったさとみは、いつものようにもたついた話し方で聞いた。
「決まっているじゃない! あなたが探している『ももちゃん』のところよ!」
つづく
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