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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 96

2018年09月23日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
 兵隊たちは互いに見やりながら動かない。
「どうしたんだい、お前たち!」ベリーヌが苛立たしそうに大声を上げる。「とっとと、この大地の女王を名乗る不届きものを捕えるんだ!」
 兵隊たちの中から「うんこらしょ」とか「よっこらしょ」という、ふざけたような声が聞こえてきた。
 兵隊たちの間から、ジョーカーがするりと抜け出してきた。ベリーヌに向かって深々とお辞儀をする。
「おう、ジョーカー!」ベリーヌが満足そうに何度もうなずく。「お前が指揮して、この謀反の女を捕え、先の者たちと共に、首をちょん切っておしまい!」
「……ベリーヌ女王陛下……」ジョーカーが頭を上げる。いつものいやらしい笑みはなく、いつになく真剣な表情だった。「お話したいことがございます」
「何だ? 言ってみろ」
「では……」ジョーカーはこほんと軽く咳払いをした。「陛下。私ども一同、陛下を親とし母とします事、心より感謝を致しております。また、私ども、自らの心をもって陛下にお仕え出来ます事も無上の喜びでございます。ですから、陛下の容姿が如何様になりましょうとも、また、お言葉遣いやお仕草が今までと変わられましょうとも、挫かれるものではございません」
「なんと忠実な者たちであることか!」ベリーヌは大地の女王をにらみつける。「どうだ、お前はすでに風船のおむすびだ。もう消えるしかないんだよ!」
「私どもは……」ジョーカーは続ける。「陛下の御為でしたら命を惜しむものではございません。どのようなご命令であっても遂行する所存でございます」
「我が子たち! そこまでこの母を……」ベリーヌはハンカチーフを取り出すと目頭に当てた。涙は出ていなかったが。「……では改めて命令する。この大地の女王の……」
「しかし!」ジョーカーがさえぎった。ベリーヌは驚いたような顔で固まっている。「……陛下。私どもに嘘をつかれましたことは、如何なものかと……」
「何だとぉ!」
「陛下のお話では、芳川洋子が陛下所蔵のお品を盗み逃走、しかし再び盗みを働くために戻ってくるので、捕えるようにとの仰せでした。私どもは陛下を信じ、そのように行動致しました。……ところが、先ほどのお話では、陛下は、全てを手に入れるとか、あっちの世界とか、なにやら怪しげな事ばかりおっしゃっておいででした」
「別に、その事はお前たちには関係はないだろうが!」
「私どもは、陛下が正義であると信じておりました。ですが、今の陛下は……」ジョーカーはベリーヌに深々と一礼した。頭を上げた時の表情は、とても悲しげなものだった。「……今の陛下は、正義ではございません!」
「ふざけんじゃないぞ!」
 ベリーヌは叫ぶと、ジョーカーの胸ぐらをつかんでガクガクと揺すった。怒りで顔が真っ赤になっている。
「な、何を言い出すんだ! この親不孝者めが!」そのままで兵隊たちに怒鳴る。「お前たち! ジョーカーも捕えて、首をちょん切るんだ!」
 しかし兵隊たちは動かなかった。兵隊たちの表情は硬かった。沈黙があった。
「ジョーカー万歳!」
 突然誰かが叫んだ。それが皮切りとなった。
「正義万歳!」
「ジョーカー万歳!」
 法廷内が騒然となった。
「おのれぇ……」ベリーヌはジョーカーの首に両手をかけた。「ジョーカー! この責任は重いぞ! この場でお前の首を絞めてやる!」
「もう、お止めなさい!」
 大地の女王が厳しい声で言い、ベリーヌの肩に手をかけた。電撃でも受けたようにベリーヌは飛び上がり、床にへたり込んでしまった。ジョーカーは、へたり込んでいるベリーヌを冷たい目で見ている。
「兵士の方々……」大地の女王は静かに兵隊たちに話しかけた。「あなた方に備わっている自由意志は、どのように判断を出しましたか」
 兵隊たちはジョーカーを含め、一斉に片膝を付き、頭を下げた。
「私どもは、大地の女王陛下に忠誠をお捧げ致します」ジョーカーは平伏したままで言った。「大地の女王陛下万歳!」
「大地の女王陛下万歳!」
 兵隊たちが一斉に唱和した。


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