三時間遅れで登校したさとみと麗子だった。昇降口で上履きに履き替えている。
「なんだか、右手が痛いのよね……」麗子は、赤くなった自分の右手をしげしげと見ながら言う。「それに、からだもあちこち痛いわ……」
「……ふ~ん……」さとみはいつもの、うわの空で答える。「そりゃあ、大変ね……」
「さとみ、あなた、何があったか知ってるんでしょ?」
麗子は、こわい顔をぐいっとさとみの前に突き出す。さとみはそれをぽうっとした顔で見返す。不意に口元が緩む。
「もちろん、何があったか、知っているわ……」今度はさとみがぐいっと麗子に顔を近づける。「……知りたい? 本当に、知りたいの?」
「……いや、別に、無理にとは言わないわ!」
麗子は無意識に一歩下がる。それを見てさとみの口がもごもごと動いた。
「さとみ! 今何かつぶやいたでしょ?」
「いいえ……」否定するが目は笑っている。「別に、何も言ってないわよ。……それよりも、何があったのか、聞きたくないの?」
「もういいわ!」麗子はさとみから目を逸らせた。「なんたって、遅刻だもんね。さっさと教室に行かなきゃ」
「あっ! 待ってよう!」
すたすたと大股で歩き出した麗子を、さとみはちょこまかとした足取りで追いかける。
「ねえねえ、麗子……」息を切らせながらさとみが言う。麗子は足を止めない。「麗子ってばあ!」
「なによ!」立ち止まってさとみを睨みつける。「聞きたくないって言ってるでしょ!」
さとみの事だ、きっと霊がどうしたこうしたって話に決まっている。
弱虫じゃないって叫んでから、弱虫じゃないって念押ししたまでの間の事が思い出せない。しかし、手やからだが痛いのだから、きっと何かしたはずだ。
本当に、霊が関係しているんだろうか?
だとしたら、聞きたくない! 自分の身に、霊関係の事があったなんて、絶対に知りたくない! もし、知ってしまったら……
一生涯、寝る事ができない!
「そっちの話じゃないわ……」さとみが声を潜める。「朝の事よ……」
「朝? ……?」
「忘れちゃったの? ほら、今晩付き合ってくれるって言う話」
「ああ!」麗子はぽんと手を打った。「『夜遊び少女 さとみ』の話ね!」
「……まあ、そうね……」
麗子はにやりと笑った。
本当は弱虫麗子の癖に、霊に関わりないようだと思うと、強気になるんだから、さとみは思った。しかし、表情には出さないように努めた。
なにしろ、この作戦の要なのだから。
廊下を歩いていると、三時間目終了のチャイムが鳴った。
つづく
「なんだか、右手が痛いのよね……」麗子は、赤くなった自分の右手をしげしげと見ながら言う。「それに、からだもあちこち痛いわ……」
「……ふ~ん……」さとみはいつもの、うわの空で答える。「そりゃあ、大変ね……」
「さとみ、あなた、何があったか知ってるんでしょ?」
麗子は、こわい顔をぐいっとさとみの前に突き出す。さとみはそれをぽうっとした顔で見返す。不意に口元が緩む。
「もちろん、何があったか、知っているわ……」今度はさとみがぐいっと麗子に顔を近づける。「……知りたい? 本当に、知りたいの?」
「……いや、別に、無理にとは言わないわ!」
麗子は無意識に一歩下がる。それを見てさとみの口がもごもごと動いた。
「さとみ! 今何かつぶやいたでしょ?」
「いいえ……」否定するが目は笑っている。「別に、何も言ってないわよ。……それよりも、何があったのか、聞きたくないの?」
「もういいわ!」麗子はさとみから目を逸らせた。「なんたって、遅刻だもんね。さっさと教室に行かなきゃ」
「あっ! 待ってよう!」
すたすたと大股で歩き出した麗子を、さとみはちょこまかとした足取りで追いかける。
「ねえねえ、麗子……」息を切らせながらさとみが言う。麗子は足を止めない。「麗子ってばあ!」
「なによ!」立ち止まってさとみを睨みつける。「聞きたくないって言ってるでしょ!」
さとみの事だ、きっと霊がどうしたこうしたって話に決まっている。
弱虫じゃないって叫んでから、弱虫じゃないって念押ししたまでの間の事が思い出せない。しかし、手やからだが痛いのだから、きっと何かしたはずだ。
本当に、霊が関係しているんだろうか?
だとしたら、聞きたくない! 自分の身に、霊関係の事があったなんて、絶対に知りたくない! もし、知ってしまったら……
一生涯、寝る事ができない!
「そっちの話じゃないわ……」さとみが声を潜める。「朝の事よ……」
「朝? ……?」
「忘れちゃったの? ほら、今晩付き合ってくれるって言う話」
「ああ!」麗子はぽんと手を打った。「『夜遊び少女 さとみ』の話ね!」
「……まあ、そうね……」
麗子はにやりと笑った。
本当は弱虫麗子の癖に、霊に関わりないようだと思うと、強気になるんだから、さとみは思った。しかし、表情には出さないように努めた。
なにしろ、この作戦の要なのだから。
廊下を歩いていると、三時間目終了のチャイムが鳴った。
つづく
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