太鼓の音がどんどんと響いている。
……ああ、秋祭りの準備だね。
瀧江は衣替えの手を止める。
こんな山奥の寒村で秋祭りなんて……
もう人も減ってしまったし、残っているのは年寄りばかり。
あの太鼓も隣町の若い衆に金を払って叩いてもらっていると聞いた。
そこまでして祭りをやらねばならないのかねぇ……
瀧江は溜め息をつく。
瀧江はこの村で生まれ、この村で育った。村の幼馴染の嘉吉と所帯を持ち、授かった長男と長女は村を出て都会でそれぞれ所帯を持ち、嘉吉はもう十年ほど前に先立った。その際に、長男夫婦が一緒に暮らそうと言ってくれたが、今さら他所には住めないと断った。
それ以降、長男夫婦と長女夫婦とが、お盆の頃に顔を見せるだけとなった。冬は雪深いので訪れるのが難儀になるからと、瀧江の方から言い出したのだ。
瀧江は衣替えの手を動かし始めた。
今している衣替えも、自分の服と、もう着る当てもない夫の服とを入れ替えているだけだ。量としては夫の分の方が多い。
「……お父さんが死んで随分と経つってのに、何やってんだろうねぇ……」
瀧江は思わず呟く。
「でも、今さら止めるってわけにもいかないしねぇ……」
瀧江は夫の半袖服を見て溜め息をつく。
と、玄関が騒がしい。
瀧江は玄関の方に顔を向けた。
長男が入って来た。
「何だい、そんなに慌てて…… 夏に会ったばっかりじゃないかい?」
瀧江は言うが、長男には聞こえていないようだ。瀧江のからだを揺すっている。
「何だい、子供の時みたいに、縋り付いておねだりでもしたいのかい?」
瀧江は笑う。長男に続いて、隣の松井の加代も入って来た。同じく夫に先立たれた身として何かと仲良く付き合っている。
「加代さんまで?」
瀧江は加代に声をかけようとする。
「おい、瀧江」
聞き覚えのある声に振り返る。
「あら、あんた……」
夫の嘉吉が立っていた。
「こっちに来い」
「まだ衣替えが終わっておらんがな」
「もう衣替えなんてせんでええ。ええから、こっちに来い。迎えに来たんだ。一緒に行くぞ」
訳が分からなかったが、夫が言うのだからと立ち上がった。
「おや?」
自分に縋っている長男が見えた。加代も縋っている。自分はここにこうして立っているのに……
「二、三日前から電話しても全然出ないんで、心配になって……」
「そういや、ここんところ姿を見なかったねぇ……」
長男と加代がそんな話をしている。
「……瀧江、聞いた通りだ」
嘉吉はそう言うと頷いた。
「お前、ちょいと前に死んじまったんだよ。衣替えしている途中でな。ぽっくりとよ」
「……そうだったのかい。座ったまんまでぽっくりとは、我ながら器用なもんだねぇ」
瀧江は呆れたように言うと頷いた。
「……それで、あんたが迎えに来てくれたってわけかい」
「そう言うこった。中々迎えに来れずによ、待ちくたびれたぜ」
「ははは、もっと待たせてやれば面白かったかねぇ……」
「相変わらずの減らず口だな、おい」
瀧江は嘉吉の差し出す手を取った。次第に体が浮いて行く。見下ろすと自分に縋って泣いている長男と加代が見えた。
「でもさ……」
瀧江が嘉吉に顔を向けて言う。
「衣替え、続きは誰がやるんだい?」
太鼓の音がどんどんと響いている。
……ああ、秋祭りの準備だね。
瀧江は衣替えの手を止める。
こんな山奥の寒村で秋祭りなんて……
もう人も減ってしまったし、残っているのは年寄りばかり。
あの太鼓も隣町の若い衆に金を払って叩いてもらっていると聞いた。
そこまでして祭りをやらねばならないのかねぇ……
瀧江は溜め息をつく。
瀧江はこの村で生まれ、この村で育った。村の幼馴染の嘉吉と所帯を持ち、授かった長男と長女は村を出て都会でそれぞれ所帯を持ち、嘉吉はもう十年ほど前に先立った。その際に、長男夫婦が一緒に暮らそうと言ってくれたが、今さら他所には住めないと断った。
それ以降、長男夫婦と長女夫婦とが、お盆の頃に顔を見せるだけとなった。冬は雪深いので訪れるのが難儀になるからと、瀧江の方から言い出したのだ。
瀧江は衣替えの手を動かし始めた。
今している衣替えも、自分の服と、もう着る当てもない夫の服とを入れ替えているだけだ。量としては夫の分の方が多い。
「……お父さんが死んで随分と経つってのに、何やってんだろうねぇ……」
瀧江は思わず呟く。
「でも、今さら止めるってわけにもいかないしねぇ……」
瀧江は夫の半袖服を見て溜め息をつく。
と、玄関が騒がしい。
瀧江は玄関の方に顔を向けた。
長男が入って来た。
「何だい、そんなに慌てて…… 夏に会ったばっかりじゃないかい?」
瀧江は言うが、長男には聞こえていないようだ。瀧江のからだを揺すっている。
「何だい、子供の時みたいに、縋り付いておねだりでもしたいのかい?」
瀧江は笑う。長男に続いて、隣の松井の加代も入って来た。同じく夫に先立たれた身として何かと仲良く付き合っている。
「加代さんまで?」
瀧江は加代に声をかけようとする。
「おい、瀧江」
聞き覚えのある声に振り返る。
「あら、あんた……」
夫の嘉吉が立っていた。
「こっちに来い」
「まだ衣替えが終わっておらんがな」
「もう衣替えなんてせんでええ。ええから、こっちに来い。迎えに来たんだ。一緒に行くぞ」
訳が分からなかったが、夫が言うのだからと立ち上がった。
「おや?」
自分に縋っている長男が見えた。加代も縋っている。自分はここにこうして立っているのに……
「二、三日前から電話しても全然出ないんで、心配になって……」
「そういや、ここんところ姿を見なかったねぇ……」
長男と加代がそんな話をしている。
「……瀧江、聞いた通りだ」
嘉吉はそう言うと頷いた。
「お前、ちょいと前に死んじまったんだよ。衣替えしている途中でな。ぽっくりとよ」
「……そうだったのかい。座ったまんまでぽっくりとは、我ながら器用なもんだねぇ」
瀧江は呆れたように言うと頷いた。
「……それで、あんたが迎えに来てくれたってわけかい」
「そう言うこった。中々迎えに来れずによ、待ちくたびれたぜ」
「ははは、もっと待たせてやれば面白かったかねぇ……」
「相変わらずの減らず口だな、おい」
瀧江は嘉吉の差し出す手を取った。次第に体が浮いて行く。見下ろすと自分に縋って泣いている長男と加代が見えた。
「でもさ……」
瀧江が嘉吉に顔を向けて言う。
「衣替え、続きは誰がやるんだい?」
太鼓の音がどんどんと響いている。
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