それからまた幾日かが過ぎました。屋敷内はひっそりとしております。いずれは自らの命を絶つとの決心をしております故、食事も至って質素なものとなっておりました。父も母もばあやも黙して箸を動かしています。わたくしは家の者のその様な様を面白く見ておりました。悲壮感を漂わせながらも食事を摂ると言うのが滑稽でございました。父など、明らかに足らずにお替りをしたそうに空になった茶碗を覗いておりましたし、母は食事の後に食べていた菓子を思い出して溜め息をついておりました。父も母も所詮は鬼に成れぬ人でございました。
わたくしは父や母とは真逆にほとんど食事には箸を付けませぬ。
「お嬢様……」ばあやが心配そうにわたくしの顔を見ます。わたくしは知らぬ顔をいたします。「もう少し、お召し上がりになりませんと……」
わたくしは抑えていた笑いが噴き出してしまいました。皆呆気にとられた顔をしています。
「ははは…… ああ、可笑しい事!」わたくしはそれだけ言うと、また笑い出しました。「良いか、ばあや。近々自害して果てよう者が、食べるもので思い煩うは笑止ではないか?」
「……そうは、おっしゃられましても……」
「それに、準備はばあやがするそうな?」
「……はい……」
「それで、その準備とやらに何時まで掛けるつもりなのか?」
「早急な手配はしておりますれど……」
ばあやは言うと、困惑した顔を父へ顔を向けました。
「きくの……」父はわたくしに疲れ果てたと言うような声で言います。「殉死は他人に知られずに行のうものだ。それが為に、ばあやも慎重に準備をしておる。今しばし待つのだ」
「左様でございましたか」わたくしは立ち上がりました。「わたくしは、死ぬ気が失せて、ただただ、だらりと命を伸ばしているものと思うておりました」
「きくの!」
母が立ち上がり、わたくしの頬を叩こうと右手を振り上げました。わたくしは振り下ろされる母の手を軽く撥ね退けました。母は目を丸くしています。武芸の嗜みなど無縁のわたくしが母の手を難なく払ったからでございます。
「お母様。高頭に戻った方が宜しいのではないですか? 何もこんな家に忠義を尽くす事などありますまい」
「きくの……」
「わたくしは青井の生業を知っております。お父様が一人で出かけた際に何をしてきたのか、その夜に信三郎様も交えて一家総出で何をしていたのか。わたくしは見ておりました」
わたくしはそう言うと、驚愕している皆を残し部屋を出ました。
閉じられている雨戸が音を立て始めました。わたくしの態度に骸の鬼どもは歓喜をしているようでございます。聞こえてくる音に、わたくしの鬼の血が呼応するかのようにざわざわと致します。甘い疼きが広がってまいりました。
つづく
わたくしは父や母とは真逆にほとんど食事には箸を付けませぬ。
「お嬢様……」ばあやが心配そうにわたくしの顔を見ます。わたくしは知らぬ顔をいたします。「もう少し、お召し上がりになりませんと……」
わたくしは抑えていた笑いが噴き出してしまいました。皆呆気にとられた顔をしています。
「ははは…… ああ、可笑しい事!」わたくしはそれだけ言うと、また笑い出しました。「良いか、ばあや。近々自害して果てよう者が、食べるもので思い煩うは笑止ではないか?」
「……そうは、おっしゃられましても……」
「それに、準備はばあやがするそうな?」
「……はい……」
「それで、その準備とやらに何時まで掛けるつもりなのか?」
「早急な手配はしておりますれど……」
ばあやは言うと、困惑した顔を父へ顔を向けました。
「きくの……」父はわたくしに疲れ果てたと言うような声で言います。「殉死は他人に知られずに行のうものだ。それが為に、ばあやも慎重に準備をしておる。今しばし待つのだ」
「左様でございましたか」わたくしは立ち上がりました。「わたくしは、死ぬ気が失せて、ただただ、だらりと命を伸ばしているものと思うておりました」
「きくの!」
母が立ち上がり、わたくしの頬を叩こうと右手を振り上げました。わたくしは振り下ろされる母の手を軽く撥ね退けました。母は目を丸くしています。武芸の嗜みなど無縁のわたくしが母の手を難なく払ったからでございます。
「お母様。高頭に戻った方が宜しいのではないですか? 何もこんな家に忠義を尽くす事などありますまい」
「きくの……」
「わたくしは青井の生業を知っております。お父様が一人で出かけた際に何をしてきたのか、その夜に信三郎様も交えて一家総出で何をしていたのか。わたくしは見ておりました」
わたくしはそう言うと、驚愕している皆を残し部屋を出ました。
閉じられている雨戸が音を立て始めました。わたくしの態度に骸の鬼どもは歓喜をしているようでございます。聞こえてくる音に、わたくしの鬼の血が呼応するかのようにざわざわと致します。甘い疼きが広がってまいりました。
つづく
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