懐中電灯に照らされる階段は陰鬱な陰影を作り、何とも言われない不気味さを醸しだしている。知らずにさとみの喉が鳴る。
「さとみちゃん、大丈夫?」
百合恵が心配そうな表情でさとみを見る。
「大丈夫です!」さとみは強い口調で答えた。自分自身を鼓舞するつもりもあったようだ。「それよりも、みつさんが心配です」
「そうね……」
二人は二階に着いた。ここから途中の折り返しになる踊り場までの階段が一段増えて十三段になるのだ。
「どうする? 数えてみる?」百合恵が言う。「まあ、増えていたからって、どうだって言うわけじゃないけどね」
「そうですね。……でも、増えるって言う事は、ここからがさらに危険って事ですよね……」
「そうね。特に霊体には厳しいかもしれないわね」
そう言うと、百合恵は踊り場までの階段に足をかけた。と、はっとした表情で顔を上げ、踊り場の方を見た。それに合わせて懐中電灯の灯りが踊り場までを照らす。
「……百合恵さん、どうしました?」
さとみは灯りの届いた先を見る。何かがいるようには見えない。
「……聞こえたのよ。みつさんの声のような……」
「ええっ!」
さとみは階段を駈け上がろうとした。百合恵がさとみを押さえた。
「百合恵さん!」さとみは頬を膨らませる。「みつさんがいるんでしょ!」
「でもね、みつさんがね、来ちゃいけないって言っているのよ……」
「え? それって……」
「なんだか危険な感じよ」
「でも、みつさんがいるんでしょ?」
「そうね」
「じゃあ、やっぱり、行きます!」
さとみは言うと百合恵の手を払って階段を駈け上がった。
「ちょっと、さとみちゃん!」
百合恵も後を追った。
さとみは踊り場で立ち止まった。踊り場から三階までの階段の途中に、みつの姿を見たからだった。みつは刀を鞘ごと抜き取って自分の左肩に立てかけ、うつむいたままで階段に腰掛けるようにして座り込んでいる。
「……あら、みつさん」追いついた百合恵もみつを見る。「来ちゃいけないって言っていたけど、大丈夫?」
みつは動かない。さとみと百合恵は顔を見合わせる。いつもと様子が違っている。何かあったとしか思えない。
「百合恵さん……」
さとみは心配そうな顔を百合恵に向ける。
「みつさん……」百合恵は呼びかけ、座り込んでいるみつの正面に立った。そして、踊り場から一歩、三階への階段に足をかけた。「何かあったのかしら?」
みつはゆっくりと顔を上げた。虚ろな表情だ。感情の見えないその視線はさとみをじっと見つめている。
「みつさん? どうしたの? 何があったの?」
百合恵の呼びかけにみつは答えない。じっとさとみを見つめている。その様子に百合恵はため息をつく。
「……ダメだわ」百合恵はさとみに振り返る。「まったく答えてくれない……」
「そうですね……」さとみが答える。「ずっとわたしを見つめていて、ちょっと怖いです…… いえ、怖いんじゃないわ」
さとみは急にそう言うと、じっとみつを見つめる。みつも見つめ返している。
「……百合恵さん……」さとみはみつを見たままで言う。「何だか、みつさん、苦しそう……」
「待って、さとみちゃん!」さとみの霊体を抜け出させようとする気配を察した百合恵が言う。百合恵の口調は叱責に近い。「ここは結界が張られているのよ? 安易に霊体を抜け出させたら、どうなっちゃうか、分からないのよ!」
「そうですけど…… 生身のままじゃ、何にも出来ません」
「そうかも知れないけど……」
「それに、他の霊体の気配は感じられません。結界張ってみつさんを苦しませて楽しんでいるだけじゃないでしょうか?」
「……確かに、他の霊体はいないようだけど……」
「それに、百合恵さん、万が一の時はわたしを運んでくれるって言ってくれたし」
「でもね、霊体がここに残って、からだに戻れなくなっちゃったら、どうするの?」百合恵が厳しい表情をする。「まさに、生きた屍よ」
「そうですけど……」さとみはみつを見る。「わたしには、みつさんが助けを求めているように見えるんです」
「そうだって分かるまで待ちなさい」百合恵は口調も厳しくなる。「もう少し、話しかけてみるわね」
百合恵がみつへと向き直る。と、背中に何かが当たった。ぽうっとした表情のさとみだった。ふらふらっとなって寄りかかって来たのだろう。
「さとみちゃん!」
百合恵が大きな声を出す。さとみが立っていた場所に、さとみの霊体が立っていた。
つづく
「さとみちゃん、大丈夫?」
百合恵が心配そうな表情でさとみを見る。
「大丈夫です!」さとみは強い口調で答えた。自分自身を鼓舞するつもりもあったようだ。「それよりも、みつさんが心配です」
「そうね……」
二人は二階に着いた。ここから途中の折り返しになる踊り場までの階段が一段増えて十三段になるのだ。
「どうする? 数えてみる?」百合恵が言う。「まあ、増えていたからって、どうだって言うわけじゃないけどね」
「そうですね。……でも、増えるって言う事は、ここからがさらに危険って事ですよね……」
「そうね。特に霊体には厳しいかもしれないわね」
そう言うと、百合恵は踊り場までの階段に足をかけた。と、はっとした表情で顔を上げ、踊り場の方を見た。それに合わせて懐中電灯の灯りが踊り場までを照らす。
「……百合恵さん、どうしました?」
さとみは灯りの届いた先を見る。何かがいるようには見えない。
「……聞こえたのよ。みつさんの声のような……」
「ええっ!」
さとみは階段を駈け上がろうとした。百合恵がさとみを押さえた。
「百合恵さん!」さとみは頬を膨らませる。「みつさんがいるんでしょ!」
「でもね、みつさんがね、来ちゃいけないって言っているのよ……」
「え? それって……」
「なんだか危険な感じよ」
「でも、みつさんがいるんでしょ?」
「そうね」
「じゃあ、やっぱり、行きます!」
さとみは言うと百合恵の手を払って階段を駈け上がった。
「ちょっと、さとみちゃん!」
百合恵も後を追った。
さとみは踊り場で立ち止まった。踊り場から三階までの階段の途中に、みつの姿を見たからだった。みつは刀を鞘ごと抜き取って自分の左肩に立てかけ、うつむいたままで階段に腰掛けるようにして座り込んでいる。
「……あら、みつさん」追いついた百合恵もみつを見る。「来ちゃいけないって言っていたけど、大丈夫?」
みつは動かない。さとみと百合恵は顔を見合わせる。いつもと様子が違っている。何かあったとしか思えない。
「百合恵さん……」
さとみは心配そうな顔を百合恵に向ける。
「みつさん……」百合恵は呼びかけ、座り込んでいるみつの正面に立った。そして、踊り場から一歩、三階への階段に足をかけた。「何かあったのかしら?」
みつはゆっくりと顔を上げた。虚ろな表情だ。感情の見えないその視線はさとみをじっと見つめている。
「みつさん? どうしたの? 何があったの?」
百合恵の呼びかけにみつは答えない。じっとさとみを見つめている。その様子に百合恵はため息をつく。
「……ダメだわ」百合恵はさとみに振り返る。「まったく答えてくれない……」
「そうですね……」さとみが答える。「ずっとわたしを見つめていて、ちょっと怖いです…… いえ、怖いんじゃないわ」
さとみは急にそう言うと、じっとみつを見つめる。みつも見つめ返している。
「……百合恵さん……」さとみはみつを見たままで言う。「何だか、みつさん、苦しそう……」
「待って、さとみちゃん!」さとみの霊体を抜け出させようとする気配を察した百合恵が言う。百合恵の口調は叱責に近い。「ここは結界が張られているのよ? 安易に霊体を抜け出させたら、どうなっちゃうか、分からないのよ!」
「そうですけど…… 生身のままじゃ、何にも出来ません」
「そうかも知れないけど……」
「それに、他の霊体の気配は感じられません。結界張ってみつさんを苦しませて楽しんでいるだけじゃないでしょうか?」
「……確かに、他の霊体はいないようだけど……」
「それに、百合恵さん、万が一の時はわたしを運んでくれるって言ってくれたし」
「でもね、霊体がここに残って、からだに戻れなくなっちゃったら、どうするの?」百合恵が厳しい表情をする。「まさに、生きた屍よ」
「そうですけど……」さとみはみつを見る。「わたしには、みつさんが助けを求めているように見えるんです」
「そうだって分かるまで待ちなさい」百合恵は口調も厳しくなる。「もう少し、話しかけてみるわね」
百合恵がみつへと向き直る。と、背中に何かが当たった。ぽうっとした表情のさとみだった。ふらふらっとなって寄りかかって来たのだろう。
「さとみちゃん!」
百合恵が大きな声を出す。さとみが立っていた場所に、さとみの霊体が立っていた。
つづく
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