「うむ……」藤島は目を閉じて話し始めた。「伏せたまま動かぬお千加であったのだが、御坊の念仏が聞こえ始めると、荒かった息が穏やかになった。それから目を開けた。わたしは回復したものと思った。余分な事をせずとも良くなったとほっとした……」
「そうでしたか……」
「お千加はすっと立ち上がった。すると、わたしを誘うような仕草を始めた。自ら裾と襟元を広げ始めたのだ……」
「あら……」
「御坊の話と違い過ぎる。これは御坊の言う所の森の主の所業だと察した」藤島は忌々しそうな表情になる。「お千加は、否、憑き物は含み笑いをしながら、お千加を操り、見せてはならぬ処を見せようとした。わたしはお千加にこれ以上の屈辱を受けさせてはならぬと、刀を抜いて斬り伏せようとした。途端に、強い衝撃を脳天に受けた」
「そのまま気を失われたんですね……」
「そうだろう……」藤島は周囲を見回す。「それで、お千加は?」
「憑かれたまま、森の中へと行っちまいましたよ…… 新吉さんと同じになっちまいました……」
「そうか……」
藤島は黙った。小屋の外から鳥の囀る声がする。雲が晴れ、陽が射し始めている。それだけならば、穏やかな森の風景なのだ。しかし、今は違う。森の主なる魔が攻め立てて来ている。
「お坊様……」おくみは坊様を見た。坊様は囲炉裏端に座し、揺らめく炎を見つめている。「何とかなりませんかね? はじめはここを抜け出すことばかり考えていましたけど、今は新吉さんとお千加さんを助けたいって気持ちで一杯ですよ」
「ほう、助けたい、か……」坊様は言うと、顔をおくみに向けた。「その思いがあれば、何とかなるかのう……」
「何か良い手立てがあるんですか?」
「いや、まだ何も浮かばん……」坊様は申し訳なさそうにぽりぽりと頭を掻く。「何しろ、森の主が何者かが全く分からんからの……」
「何か手がかりみたいなのは浮かびませんかねぇ……」
「ひょっとしてだが、この森のどこかに鎮守の祠の様なものがあるかもしれん。そこに何かがあるかもしれん」
「しれん、しれんって、はっきりしませんねぇ」おくみはやきもきしている。「びしっと、こうだって、言えないもんですか?」
「そう怒るでない」坊様は苦笑いをする。「何しろ、小屋の外を見回る事が出来んからのう……」
と、小屋全体が大きく揺れた。おくみは悲鳴を上げながら座り込む。坊様が念仏を唱える。それでも揺れは治まらない。
「お坊様! 止まりませんよ!」小屋が軋り音を上げている。ぱらぱらと埃が落ちてくる。おくみは叫ぶ。「このままじゃ、小屋が潰れちまいますよう!」
坊様は念仏を唱え続けながら、脇に置いた錫杖を手に取った。
「破!」
坊様は裂帛の気合いと共に壁を錫杖で強く打った。
揺れがぴたりと治まった。
おくみは恐る恐る周りを見回した。
藤島は何事も無かったかのように壁に凭れ、正面の壁を見つめている。
坊様はにやにやしながらおくみを見ている。
「お坊様! 何が可笑しいんです?」おくみは口を尖らせる。「笑う処じゃありませんよ!」
「いやすまん、すまん……」坊様は頭を掻く。「おくみさんのかっこうが、なんとも、その、な」
「なんですよ!」
と言ってから、おくみは気が付いた。四つん這いで、尻をつんと突き上げた格好をしていたのだ。小屋が揺れ始めてからずっとこんな格好をしていたらしい。大慌てで座り直す。
「全く、好色な坊様だ!」おくみは顔を真っ赤にして言う。「こんなんじゃ、助かりゃしないよ!」
「いやいや、そうでもないぞ……」坊様が言う。笑みは消えて真顔になっている。「祠の話をした途端に揺れただろう? と言う事は、やっこさんは祠に関わりがあったんで、慌てたのさ」
つづく
「そうでしたか……」
「お千加はすっと立ち上がった。すると、わたしを誘うような仕草を始めた。自ら裾と襟元を広げ始めたのだ……」
「あら……」
「御坊の話と違い過ぎる。これは御坊の言う所の森の主の所業だと察した」藤島は忌々しそうな表情になる。「お千加は、否、憑き物は含み笑いをしながら、お千加を操り、見せてはならぬ処を見せようとした。わたしはお千加にこれ以上の屈辱を受けさせてはならぬと、刀を抜いて斬り伏せようとした。途端に、強い衝撃を脳天に受けた」
「そのまま気を失われたんですね……」
「そうだろう……」藤島は周囲を見回す。「それで、お千加は?」
「憑かれたまま、森の中へと行っちまいましたよ…… 新吉さんと同じになっちまいました……」
「そうか……」
藤島は黙った。小屋の外から鳥の囀る声がする。雲が晴れ、陽が射し始めている。それだけならば、穏やかな森の風景なのだ。しかし、今は違う。森の主なる魔が攻め立てて来ている。
「お坊様……」おくみは坊様を見た。坊様は囲炉裏端に座し、揺らめく炎を見つめている。「何とかなりませんかね? はじめはここを抜け出すことばかり考えていましたけど、今は新吉さんとお千加さんを助けたいって気持ちで一杯ですよ」
「ほう、助けたい、か……」坊様は言うと、顔をおくみに向けた。「その思いがあれば、何とかなるかのう……」
「何か良い手立てがあるんですか?」
「いや、まだ何も浮かばん……」坊様は申し訳なさそうにぽりぽりと頭を掻く。「何しろ、森の主が何者かが全く分からんからの……」
「何か手がかりみたいなのは浮かびませんかねぇ……」
「ひょっとしてだが、この森のどこかに鎮守の祠の様なものがあるかもしれん。そこに何かがあるかもしれん」
「しれん、しれんって、はっきりしませんねぇ」おくみはやきもきしている。「びしっと、こうだって、言えないもんですか?」
「そう怒るでない」坊様は苦笑いをする。「何しろ、小屋の外を見回る事が出来んからのう……」
と、小屋全体が大きく揺れた。おくみは悲鳴を上げながら座り込む。坊様が念仏を唱える。それでも揺れは治まらない。
「お坊様! 止まりませんよ!」小屋が軋り音を上げている。ぱらぱらと埃が落ちてくる。おくみは叫ぶ。「このままじゃ、小屋が潰れちまいますよう!」
坊様は念仏を唱え続けながら、脇に置いた錫杖を手に取った。
「破!」
坊様は裂帛の気合いと共に壁を錫杖で強く打った。
揺れがぴたりと治まった。
おくみは恐る恐る周りを見回した。
藤島は何事も無かったかのように壁に凭れ、正面の壁を見つめている。
坊様はにやにやしながらおくみを見ている。
「お坊様! 何が可笑しいんです?」おくみは口を尖らせる。「笑う処じゃありませんよ!」
「いやすまん、すまん……」坊様は頭を掻く。「おくみさんのかっこうが、なんとも、その、な」
「なんですよ!」
と言ってから、おくみは気が付いた。四つん這いで、尻をつんと突き上げた格好をしていたのだ。小屋が揺れ始めてからずっとこんな格好をしていたらしい。大慌てで座り直す。
「全く、好色な坊様だ!」おくみは顔を真っ赤にして言う。「こんなんじゃ、助かりゃしないよ!」
「いやいや、そうでもないぞ……」坊様が言う。笑みは消えて真顔になっている。「祠の話をした途端に揺れただろう? と言う事は、やっこさんは祠に関わりがあったんで、慌てたのさ」
つづく
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