「おい、ジェシル!」
背後から声をかけられたジェシルだったが、振り向かなかった。低い声でカルースだと分かったからだ。ジェシルはカルースが嫌いだった。相性が合わないのだとジェシルは思っていた。カルースの呼びかけを無視して足早に歩く。
「ジェシルってば!」
駈け寄ってくる靴音がしている。返事をするまで後をついて来るに違いない、ジェシルはそう思い、諦めて足を止めた。
「あら、カルースじゃない!」ジェシルはわざとらしく驚いた顔をして振り返る。「わたしは、ぶっ壊れた換気扇の音かと思ったわ」
「なんだ、そりゃ?」カルースは呆れた顔をする。「この美声がぶっ壊れた換気扇って…… ジェシル、一度、耳の医者に行くか、サイボーグ化してしまえよ」
「ええ、そうね。そうするわ。ご忠告ありがとう。じゃあね!」
「おいおい、待てよ」カルースは立ち去りかけたジェシルの腕をつかむ。私服のジェシルをしげしげと見る。「君は今日休みだろう? 良くゲートを開けてもらえたな。で、何しに来たんだ?」
「忘れ物よ」
「ほう、忘れ物ってだけでゲートを開けてもらえたんだ」カルースがにやりと笑う。「貴族出身の君の一族には政府中枢のお偉いさんが多いらしいなあ。それを使ったのか?」
「馬鹿言わないでよ!」ジェシルは怒った。「そのせいで、個人的に色々と大変なんだから! うんざりしてんのよ!」
「まあ、そう怒るなよ」カルースは軽く流す。「でも、忘れ物って言うんなら、君のオフィスは向こうから行くんだろう? こっちじゃ資料室の方だぜ」
「ちょっと寄り道してみたかったのよ」
「ほう……」カルースはじっとジェシルを見つめる。いつになく真剣な表情だ。「……何かあったんじゃないのか?」
「……実はね……」ジェシルは溜め息をついた。「ちょっと困った事があって……」
「そうなんだ。じゃあ、相談に乗るぜ」
「あのね……」
ジェシルは声を潜めた。通りすがりの職員がにやっと笑った。仲の良い二人と勘違いしているようだ。ジェシルはその職員を睨み付けた。職員は足早に立ち去った。
「……わたし、何者かに狙われているらしいのよ。それで、過去にとっ捕まえたヤツらを調べようと思ったのよ」
「ほう! ジェシル、君は命を狙われてるって言うのかい! 君もすっかり有名人になったんだなあ」
「そんな大きな声で、しかも楽しそうに言わないでよ! やっぱり、相談するんじゃなかったわ!」
「いやあ、悪い悪い」カルースは笑った。「でもさ、ジェシルを狙うなんて、ある意味、勇気があるよなあ……」
「どういう意味よ!」ジェシルは口を尖らせた。「まるで、わたしが恐怖の女王みたいじゃない」
「そうじゃなかったのか?」
「もういいわ!」ジェシルはぷっと頬を膨らませた。「喫茶店でメルカトリーム熱線銃で撃たれたのよ。警告に違いないわ」
「……冗談じゃないようだな……」カルースは静かに言った。「まずはトールメン部長にでも相談しろよ」
「だめよ! あなたより信用できないわ!」ジェシルは即座に否定する。「だから、まずは調べるのよ。一人でね」
「そうか……」カルースは軽く咳ばらいをした。ジェシルが「一人でね」と強調した意図を察したようだ。「ぼくとしては、手伝いたい気持ちはあるんだけどね。なにしろ、そのトールメン部長の人使いが荒いからさ、今、事件を三つも抱えていてさ……」
「あなたが無能だからじゃないの? 無能さんに手伝ってもらったら、余計ややこしくなっちゃうわね」
「まあ、何とでも言うがいいさ」カルースは右手を挙げた。別れる時のカルースの癖だ。「じゃ、気を付けて、慎重に、無理せずにな」
去って行くカルースの後ろ姿に、見えないドロップキックを見舞わせたジェシルだった。
エレベーターホールに向かい、地下十階にある資料室を目指す。
つづく
背後から声をかけられたジェシルだったが、振り向かなかった。低い声でカルースだと分かったからだ。ジェシルはカルースが嫌いだった。相性が合わないのだとジェシルは思っていた。カルースの呼びかけを無視して足早に歩く。
「ジェシルってば!」
駈け寄ってくる靴音がしている。返事をするまで後をついて来るに違いない、ジェシルはそう思い、諦めて足を止めた。
「あら、カルースじゃない!」ジェシルはわざとらしく驚いた顔をして振り返る。「わたしは、ぶっ壊れた換気扇の音かと思ったわ」
「なんだ、そりゃ?」カルースは呆れた顔をする。「この美声がぶっ壊れた換気扇って…… ジェシル、一度、耳の医者に行くか、サイボーグ化してしまえよ」
「ええ、そうね。そうするわ。ご忠告ありがとう。じゃあね!」
「おいおい、待てよ」カルースは立ち去りかけたジェシルの腕をつかむ。私服のジェシルをしげしげと見る。「君は今日休みだろう? 良くゲートを開けてもらえたな。で、何しに来たんだ?」
「忘れ物よ」
「ほう、忘れ物ってだけでゲートを開けてもらえたんだ」カルースがにやりと笑う。「貴族出身の君の一族には政府中枢のお偉いさんが多いらしいなあ。それを使ったのか?」
「馬鹿言わないでよ!」ジェシルは怒った。「そのせいで、個人的に色々と大変なんだから! うんざりしてんのよ!」
「まあ、そう怒るなよ」カルースは軽く流す。「でも、忘れ物って言うんなら、君のオフィスは向こうから行くんだろう? こっちじゃ資料室の方だぜ」
「ちょっと寄り道してみたかったのよ」
「ほう……」カルースはじっとジェシルを見つめる。いつになく真剣な表情だ。「……何かあったんじゃないのか?」
「……実はね……」ジェシルは溜め息をついた。「ちょっと困った事があって……」
「そうなんだ。じゃあ、相談に乗るぜ」
「あのね……」
ジェシルは声を潜めた。通りすがりの職員がにやっと笑った。仲の良い二人と勘違いしているようだ。ジェシルはその職員を睨み付けた。職員は足早に立ち去った。
「……わたし、何者かに狙われているらしいのよ。それで、過去にとっ捕まえたヤツらを調べようと思ったのよ」
「ほう! ジェシル、君は命を狙われてるって言うのかい! 君もすっかり有名人になったんだなあ」
「そんな大きな声で、しかも楽しそうに言わないでよ! やっぱり、相談するんじゃなかったわ!」
「いやあ、悪い悪い」カルースは笑った。「でもさ、ジェシルを狙うなんて、ある意味、勇気があるよなあ……」
「どういう意味よ!」ジェシルは口を尖らせた。「まるで、わたしが恐怖の女王みたいじゃない」
「そうじゃなかったのか?」
「もういいわ!」ジェシルはぷっと頬を膨らませた。「喫茶店でメルカトリーム熱線銃で撃たれたのよ。警告に違いないわ」
「……冗談じゃないようだな……」カルースは静かに言った。「まずはトールメン部長にでも相談しろよ」
「だめよ! あなたより信用できないわ!」ジェシルは即座に否定する。「だから、まずは調べるのよ。一人でね」
「そうか……」カルースは軽く咳ばらいをした。ジェシルが「一人でね」と強調した意図を察したようだ。「ぼくとしては、手伝いたい気持ちはあるんだけどね。なにしろ、そのトールメン部長の人使いが荒いからさ、今、事件を三つも抱えていてさ……」
「あなたが無能だからじゃないの? 無能さんに手伝ってもらったら、余計ややこしくなっちゃうわね」
「まあ、何とでも言うがいいさ」カルースは右手を挙げた。別れる時のカルースの癖だ。「じゃ、気を付けて、慎重に、無理せずにな」
去って行くカルースの後ろ姿に、見えないドロップキックを見舞わせたジェシルだった。
エレベーターホールに向かい、地下十階にある資料室を目指す。
つづく
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