お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 45

2024年07月13日 | ベランデューヌ

 長たち、集まっていた者たちが、一斉に動きを止め、空を見上げた。皆不安げな表情だ。
 呪術師のメキドベレンカが空に向かって何やら叫んでいる。ケルパムは空を見回している。一番若く好戦的なサロトメッカは挑むような眼差しを空に向けている。神経質なボンボテットは空を見上げるのを止めて、しきりに頭を左右に振っている。いつもは陽気なカーデルウィックもその太い体に鳥肌を立てている。知恵者のハロンドッサは右手でつるつる頭を幾度も撫でさすりながら思慮深い眼差しで空を見上げている。
「……ねえ、今のは?」ジェシルは空からジャンセンに顔を向き直して訊く。「まさかとは思うけど……」
「ああ、ぼくもそのまさかだと思う……」ジャンセンも皿からジェシルに顔を向き直す。「……あれはデスゴンだ」
「デスゴン……」
 そう呟き、ジェシルは空を見上げた。
 そこへ、最長老のデールトッケがよろついた足取りで二人の方に来た。ジャンセンはデールトッケの前に出た。ジェシルの前で両の手の平を上に向けて頭を下げる。
「アーロンテイシア様……」そのままの姿勢でデールトッケが言う。その声は苦渋に満ちている。「あれはデスゴンではありますまいか?」
 ジャンセンがとりなそうとジェシルを見た。
 ジェシルは飛び切りの笑みを浮かべていた。その様子にジャンセンは思わず一歩下がった。全身から淡く金色の光がゆっくりと放たれている。
「ああ、とうとう……」ジャンセンはジェシルを見ながらつぶやく。「……アーロンテイシアの覚醒だな……」
「デールトッケ、その通り、あの声はデスゴンだ」ジェシルは笑顔のまま、厳かな口調で言う。「挨拶に来たのだろう。暇な事だ」
「暇だとぉ!」
 再び聾さんばかりの声が響いた。多くの者は悲鳴を上げ両手で頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。災厄除けの言葉を繰り返している。
「アーロンテイシア様が居て下さるのだ! 恐れていてどうする!」
 サロトメッカは弱気になった民に苛立たしそうに怒鳴った。その声に励まされ、多くの民は立ち上がった。
「あっ、あそこに!」
 そう叫んで空の一点を指差したのはケルパムだった。指し示す先に人の様な姿が浮かんでいる。民たちはそれを見つめた。
 それが段々と大きくなって行く。上空から降りてきているのだ。それに合わせるように、民たちの繰り返し漏らす「デスゴン」と言う言葉も大きくなって行く。
 しっかりと姿が見えた。ジェシルの身に着けている物とそれほど違ってはいない。ただ、ジェシルのは金色だが、デスゴンのは黒く艶やかだった。
 また、やや褐色の肌にショートな赤い髪、スタイルの良さもジェシルと比べても遜色がない。年齢も変わらないようだ。ただ、両目と口元が細く横長に切り抜かれた、ごつごつした白い木製の仮面で顔全体を覆っていた。その不気味さに女子供たちは悲鳴を上げていた。
「アーロンテイシアよ……」宙に留まったままのデスゴンが言う。禍々しさに満ちた声だ。「わたしは約束は守る。このわたしが明後日と言ったのだからな」
「デスゴンよ」ジェシルは笑顔のままでデスゴンを見上げている。その声には厳かな響きがある。「お前の約束など、誰が信じようか? もうすでにダームフェリアの者たちを従えて来ているのではないのか?」
 ジェシルの言葉に民はざわつく。男たちは周囲を見回している。
「お前は常に何者かを従えねば動けぬ、卑怯者だった」ジェシルが言う。既に意識はアーロンテイシアだ。「此度もそうであろう。民を、周囲を、全て混乱と破壊に呑み込ませたいだけだ」
「ははは。否定はせぬ。混乱と破壊はわたしの悦びだからな。そのためには何でもありだ」デスゴンが小馬鹿にしたように笑う。「それがわたしだからな」
「では、それを叩き潰すのが、わたしの喜びだ」笑顔のままのアーロンテイシアは両の目に殺気の光りを帯びる。「闘神としてのわたしの衝動がうずうずして治まらぬ」
「ほう……」デスゴンはアーロンテイシアを見下ろす。全身から闇をまとった霧の様なものが溢れだす。「ならばこの場でケリを付けようぞ」
「望むところ!」
 アーロンテイシアは強く言うと、宙へと浮かび上がった。
 

つづく


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