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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 210

2020年12月15日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「コーイチさん!」
 逸子はそう叫びながらコーイチへと駈け寄った。そして、コーイチの目の前で立ち止まる。
「……逸子さん……」
 コーイチは久し振りに、本当に久しぶりに近くで逸子の顔を見た。逸子のこの上ない優しい笑顔に、コーイチも相好を崩す。
「あああ、コーイチさんっっっ!」
 逸子は感極まった声を出すと、コーイチを強く抱きしめた。コーイチの全身がぼきぼりべきべりと音を立てた。こうして骨が鳴るのも久し振りだ。コーイチは満足そうな笑みを浮かべる。
 綺羅姫はじっとテルキの顔を見ている。テルキが立ち上がると、それにつれて顔が上がって行く。
「ふむ……」姫はテルキの顔を見ながらうなずく。「……まあ、その妙な格好を正せば、何とか見栄えはするか……」
「ははは、そりゃあ良いや!」テルキは明るく笑う。「姫も変わったのだから、オレも変わろう。それで五分と五分って所だな」
「何を偉そうに申しておるか」姫はそう叱るが、口調も柔らかく、頬もまだ赤い。「とにかく、その格好は、わたくしには合わぬぞ」
 姫はコーイチの方を向いた。逸子はコーイチを放し、コーイチの前に立って身構えた。
「もう良い」姫は逸子に言う。「勝負は無しじゃ。……それよりも、コーイチに話がある」
「……何でしょう?」コーイチは逸子の肩越しに顔を出した。「……とにかく、薙刀を振るわなかった事に感謝します……」
「コーイチ!」
 姫の凛とした声に、コーイチは思わず逸子の隣に並んで直立した。姫はじっとコーイチを見つめていた。
「コーイチ、済まぬ……」姫はコーイチに向かって頭を下げた。「お前を婿に出来なくなったのじゃ……」
「あのあのあのあの……」コーイチは慌てた。「そんな事なさらずに…… ボクなら大丈夫ですよ」
「……逸子がいるからか?」姫は頭を上げて、逸子を見る。そして、にやりと笑う。「その気持ち、今なら分かるぞ」
 姫は言うと、殿様の所へ進む。腰を抜かして座り込んだままの殿様の前に立つと、薙刀の石突で地面をとんと鳴らす。殿様ははっとなって姫を見上げる。
「父上! いつまで醜態を晒しておいでなのです! しゃきっとなさりませ!」姫は一喝する。「それと、先にも申し上げましたが、父上には隠居して頂きます。あの家老と共に。宜しいですね?」
 姫は言うと殿様をにらむ。薙刀の穂がぎらりと光った。殿様は何度もこくこくこくとうなずいた。姫は家老もにらむ。家老もこくこくこくと何度もうなずいていた。
 次いで、姫は姉たちの前に進んだ。
「姉上方は、さっさと国へお帰りなされ!」ここでも姫は一喝する。「そして『内田の家は婿も決まって磐石じゃ』とお伝え下され。後に、わたくしの方から此度の事の詫びに参ります故。宜しいですね?」
 姉姫たちもこくこくこくと何度もうなずく。
「これで全て良しじゃ……」
 姫は満足そうに笑む。そして、テルキの方へ進む。テルキも笑っている。
「テルキ……」姫は真顔になり、じっとテルキの顔を見る。「お前はわたくしの婿となり、この国を守って行くのじゃ。その覚悟はあるか?」
「当然さ」テルキは即答する。笑顔だったが、その眼差しは真剣だった。「家老にくっついて、この国の事を色々と見て回った。改善すべきところが多々あるけど、オレがやったら上手く行くだろうさ」
「ほう……」姫がつぶやく。「大した自信じゃな。どこからそんな自信が湧くのやら……」
「知りたいかい?」
「知りたい」姫は素直に言う。「知っておきたいものじゃ」
「それはね、姫がいるからさ」
「なんと!」姫は一声上げると、両手で自分の頬をぱんと叩いて、そのまま挟み込む。顔全体が真っ赤になっている。「何を言い出すのじゃ! そのような事を臆面も無う!」
「知りたいと言ったのは姫だぜ」
「それはそうじゃが……」
「なら良いじゃないか。本当の事だしさ」
「もうっ!」
 姫は言うと、ぷいとテルキに背を向けた。テルキは困ったように鼻の頭を掻く。
「姫、かわいいわね……」逸子がコーイチにささやく。「わたしと気が合いそうだわ」
「うん……」コーイチは答える。「逸子さんと似ているし……」
「コーイチさん」逸子はコーイチの腕を握る。べきききっと骨が鳴る。「それって褒め言葉よね?」
「も、もちろん……」コーイチは言う。「才色兼備な所が似ているよ……」
「そう? わたしは腕っぷしが強くって気も強い所かと思ったわ」
「ははは……」コーイチは虚ろに笑う。「……でも、これで一件落着かなぁ」
 姫がテルキに向き直った。逸子とコーイチがその動きを見守る。姫は真剣な顔をテルキに向けた。
「テルキ…… 一つ頼みがあるのじゃ……」
「何だい?」テルキも真剣な顔になる。「言ってくれ。出来る事なら何でもするよ」
「……その……」姫はふっと顔を伏せた。言いにくい事なのか、もじもじしている。「……姫では無くてな…… 綺羅と呼んで欲しい…… イヤか?」
「イヤなもんか」テルキは優しく言うと、姫の肩にそっと手を乗せる。「……綺羅……」
「……テルキ……」姫はテルキを見つめる。「……何やら、心が跳ねるようじゃ」
 と、そこに光が生じた。


つづく



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