風が吹いた。暖かで穏やかな風だったが、ジャンセンは鳥肌を立てた。
「……ジェシル、その言い方だと、第三者がいるって感じだけど……」
ジャンセンは言いながら周囲を見回す。たすき掛けの鞄をしっかりと両手で握っている。
「ジャン、あなたってそんなに臆病だった?」ジェシルは小馬鹿にしたような顔で言う。「子供の頃はもう少し堂々としていたんじゃなかったっけ?」
「大人になるにつれ、色々と学んだからなぁ……」ジャンセンはつぶやくように言う。「君はさらに磨きがかかったようだけど」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「これは職業柄よ! 本来は繊細で傷つきやすい乙女なのよ!」
「自分で言い切れるところが堂々としているって言えるよなぁ……」
「ジャン!」ジェシルは腕を振り上げた。「好い加減にしなさいよ!」
「まあ、冗談はともかくさ……」ジャンセンはジェシルの怒りが全く眼中にないと言った素振りで話を続ける。「ここはどこなんだろうな?」
「……」ジェシルは振り上げた腕を下ろす。……わたしが怒るとみんな怖がるのに、ジャンは平気なのかしら? 鈍感の極致なんだわ! ジェシルはむっとした顔をする。「地下室では無さそうよね」
「当たり前じゃないか! ここが地下室に見えるのかい? ここはどう見たって野原だよ!」ジャンセンは呆れた顔をし、続けて心配そうな顔をジェシルに向ける。「ここに来た時に、打ちどころでも悪かったのかなぁ……」
「あなたって、最低ね!」ジェシルは口を尖らせる。「軽い冗談じゃないのよ! あなたがびくびく怖がっているようだから、少しは安心させようって親切心よ!」
「そうなんだ……」ジャンセンは答えるが、まだ疑っているような眼差しだ。「本当に大丈夫なのかい?」
「当り前よ!」ジェシルは声を荒げる。「ここがどこなのか、時代も含めて把握する必要があるわ。それと、どうやって戻るかも調べなくちゃいけないわ」
「まあ、そう言う事になるなぁ……」ジャンセンは改めて周囲を見回す。「植物ばかりだ。動物はいないのかねぇ?」
「さあ、それは分からないわ」
ジェシルは答え、熱線銃を手にする。ジャンセンは不思議そうな顔をする。
「熱線銃をどうするんだ?」
「万が一、巨大生物が現われたりしたら大変じゃない?」ジェシルは銃を振って見せ、にやりと笑う。「それへの備えよ」
「そんな事をしたらダメだよ」ジャンセンが慌てたように言う。「下手な事をして生態系がおかしくなったら、大問題になるぞ」
「……どう言う事?」
「ここが過去だとして、もし何か生物、君の言う巨大生物が襲ってきたとする。熱線銃で始末するのは簡単だろう。だけど、その生物が次の生物への橋渡しになっていないとも限らないだろう? 君が始末した事で、この先の未来では、とんでもない生物が出来上がってしまっているかもしれないじゃないか」
「そうかもだけど、ここがそんな大昔かどうかなんて分からないじゃない? 場所だけどこかへ移動したのかもしれないし……」
「だったら、巨大生物なんて出て来る可能性は極めて低い。いくら宇宙パトロールだからって、そんな事をも知らないのか?」
「知っているわよ!」ジェシルは爆発する。「何よ、わたしの言う事に文句ばっかりつけてさ! 元はと言えば、あなたの我儘が原因じゃないのよ! だから、あなたがこうなった責任を取るべきだわ!」
「どうやって取れって言うんだ?」ジャンセンは困惑の表情だ。「ぼくはゲートを潜れば戻れると思ったんだ。でもそれが出来ない。君の推測じゃ、誰かが機能を止めているらしい。それが真実だとすれば、相手はきっと極悪人だ。ぼくのような民間人には、とてもじゃないが対処できないよ。宇宙パトロール捜査官の出番だ」
「都合の良い事ばっかり言うのね!」
「ぼくは単独で調査しようと思っていたんだ。君が着いて来たんだろう」
「でも、そのお蔭で命拾いをしたじゃない!」
「そうだけどさ……」ジャンセンは素直に認める。「……でもさ、そこまで面倒を見てくれたんなら、最後まで見てくれよ」
「わたしは、ジャン、あなたのママじゃないのよ!」
「そりゃそうさ、ママは君のようにきつい性格じゃないから」
「もうっ!」
「もうっ! は牛だよ」
「その下らないギャグ、子供の頃から何億回聞いたか分かんないわよう!」
ジェシルは熱線銃の銃口をジャンセンに向けた。ジャンセンは思わず両手を上げる。
「どうするつもりだよ……」ジャンセンは銃口を見つめながら言う。「腹を立てたからって、まさか……」
「とにかく、ここがどこかを知る事が先決よ!」ジェシルは言い、銃口でジャンセンの背後の上の方を示した。「あそこまで行って、周りを見て来てちょうだい」
ジェシルが示したのは一本の高い樹の先端だった。ジャンセンは戸惑う。
「……ぼくがあの樹に登って、周囲を確認するのかい?」
「そうよ」
「ぼくは子供の頃以来木登りはやっていないんだけど……」
「それで?」
「そんなぼくに登らせるのかい?」
「そうよ」
「じゃあ、君は何をやるんだ?」
「わたし? わたしはあなたの報告を待っているわ」
ジェシルは言うと草原に腰を下ろした。銃口はジャンセンに向いている。
「さあ、頑張って調べて来てちょうだい」
ジャンセンはぶつぶつ言いながら歩き出す。示された大樹の前で立ち止まり、見上げる。相当な高さがあった。ジャンセンは不安そうな顔でジェシルに振り返る。しかし、ジェシルはにやにやしながら銃口を樹の上の方へと向ける。ジャンセンはため息をつくと樹へと向き直り、ゆるゆるとよじ登り始め、姿が消えた。
ジェシルの笑みが消えた。銃口をジャンセンの昇っている樹と反対の方へ向けた。
つづく
「……ジェシル、その言い方だと、第三者がいるって感じだけど……」
ジャンセンは言いながら周囲を見回す。たすき掛けの鞄をしっかりと両手で握っている。
「ジャン、あなたってそんなに臆病だった?」ジェシルは小馬鹿にしたような顔で言う。「子供の頃はもう少し堂々としていたんじゃなかったっけ?」
「大人になるにつれ、色々と学んだからなぁ……」ジャンセンはつぶやくように言う。「君はさらに磨きがかかったようだけど」
「ふん!」ジェシルは鼻を鳴らす。「これは職業柄よ! 本来は繊細で傷つきやすい乙女なのよ!」
「自分で言い切れるところが堂々としているって言えるよなぁ……」
「ジャン!」ジェシルは腕を振り上げた。「好い加減にしなさいよ!」
「まあ、冗談はともかくさ……」ジャンセンはジェシルの怒りが全く眼中にないと言った素振りで話を続ける。「ここはどこなんだろうな?」
「……」ジェシルは振り上げた腕を下ろす。……わたしが怒るとみんな怖がるのに、ジャンは平気なのかしら? 鈍感の極致なんだわ! ジェシルはむっとした顔をする。「地下室では無さそうよね」
「当たり前じゃないか! ここが地下室に見えるのかい? ここはどう見たって野原だよ!」ジャンセンは呆れた顔をし、続けて心配そうな顔をジェシルに向ける。「ここに来た時に、打ちどころでも悪かったのかなぁ……」
「あなたって、最低ね!」ジェシルは口を尖らせる。「軽い冗談じゃないのよ! あなたがびくびく怖がっているようだから、少しは安心させようって親切心よ!」
「そうなんだ……」ジャンセンは答えるが、まだ疑っているような眼差しだ。「本当に大丈夫なのかい?」
「当り前よ!」ジェシルは声を荒げる。「ここがどこなのか、時代も含めて把握する必要があるわ。それと、どうやって戻るかも調べなくちゃいけないわ」
「まあ、そう言う事になるなぁ……」ジャンセンは改めて周囲を見回す。「植物ばかりだ。動物はいないのかねぇ?」
「さあ、それは分からないわ」
ジェシルは答え、熱線銃を手にする。ジャンセンは不思議そうな顔をする。
「熱線銃をどうするんだ?」
「万が一、巨大生物が現われたりしたら大変じゃない?」ジェシルは銃を振って見せ、にやりと笑う。「それへの備えよ」
「そんな事をしたらダメだよ」ジャンセンが慌てたように言う。「下手な事をして生態系がおかしくなったら、大問題になるぞ」
「……どう言う事?」
「ここが過去だとして、もし何か生物、君の言う巨大生物が襲ってきたとする。熱線銃で始末するのは簡単だろう。だけど、その生物が次の生物への橋渡しになっていないとも限らないだろう? 君が始末した事で、この先の未来では、とんでもない生物が出来上がってしまっているかもしれないじゃないか」
「そうかもだけど、ここがそんな大昔かどうかなんて分からないじゃない? 場所だけどこかへ移動したのかもしれないし……」
「だったら、巨大生物なんて出て来る可能性は極めて低い。いくら宇宙パトロールだからって、そんな事をも知らないのか?」
「知っているわよ!」ジェシルは爆発する。「何よ、わたしの言う事に文句ばっかりつけてさ! 元はと言えば、あなたの我儘が原因じゃないのよ! だから、あなたがこうなった責任を取るべきだわ!」
「どうやって取れって言うんだ?」ジャンセンは困惑の表情だ。「ぼくはゲートを潜れば戻れると思ったんだ。でもそれが出来ない。君の推測じゃ、誰かが機能を止めているらしい。それが真実だとすれば、相手はきっと極悪人だ。ぼくのような民間人には、とてもじゃないが対処できないよ。宇宙パトロール捜査官の出番だ」
「都合の良い事ばっかり言うのね!」
「ぼくは単独で調査しようと思っていたんだ。君が着いて来たんだろう」
「でも、そのお蔭で命拾いをしたじゃない!」
「そうだけどさ……」ジャンセンは素直に認める。「……でもさ、そこまで面倒を見てくれたんなら、最後まで見てくれよ」
「わたしは、ジャン、あなたのママじゃないのよ!」
「そりゃそうさ、ママは君のようにきつい性格じゃないから」
「もうっ!」
「もうっ! は牛だよ」
「その下らないギャグ、子供の頃から何億回聞いたか分かんないわよう!」
ジェシルは熱線銃の銃口をジャンセンに向けた。ジャンセンは思わず両手を上げる。
「どうするつもりだよ……」ジャンセンは銃口を見つめながら言う。「腹を立てたからって、まさか……」
「とにかく、ここがどこかを知る事が先決よ!」ジェシルは言い、銃口でジャンセンの背後の上の方を示した。「あそこまで行って、周りを見て来てちょうだい」
ジェシルが示したのは一本の高い樹の先端だった。ジャンセンは戸惑う。
「……ぼくがあの樹に登って、周囲を確認するのかい?」
「そうよ」
「ぼくは子供の頃以来木登りはやっていないんだけど……」
「それで?」
「そんなぼくに登らせるのかい?」
「そうよ」
「じゃあ、君は何をやるんだ?」
「わたし? わたしはあなたの報告を待っているわ」
ジェシルは言うと草原に腰を下ろした。銃口はジャンセンに向いている。
「さあ、頑張って調べて来てちょうだい」
ジャンセンはぶつぶつ言いながら歩き出す。示された大樹の前で立ち止まり、見上げる。相当な高さがあった。ジャンセンは不安そうな顔でジェシルに振り返る。しかし、ジェシルはにやにやしながら銃口を樹の上の方へと向ける。ジャンセンはため息をつくと樹へと向き直り、ゆるゆるとよじ登り始め、姿が消えた。
ジェシルの笑みが消えた。銃口をジャンセンの昇っている樹と反対の方へ向けた。
つづく
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