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ジェシル、ボディガードになる 77

2021年03月31日 | ジェシル、ボディガードになる(全175話完結)
「……じゃあ、行きましょう」
 ドアを少し開けて通路の様子を窺っていたノラが、ジェシルに振り返ってうなずいた。スタッフの制服を着たジェシルもうなずく。ピンク色の半そでのシャツとスラックス、そしてエプロンと言う姿だ。長い髪は制服と背中との間に収め、ノラの持って来た図面はエプロンのポケットにしまった。
「……すみません。サイズが少し小さかったですか?」ノラが申し訳なさそうに言う。ジェシルのからだのラインが、特に胸とお尻がしっかりと出ているからだった。「これなら、ぴったりと思ったのを選んだんですけど……」
「気にしないで」ジェシルは笑む。「わたしって、何を着てもこうなのよ。……それに、これって意外と着心地が良いじゃない? 良く伸びる生地のようね」
「はい。スタッフって思いの外、からだを動かすんです」
 屈伸運動をするジェシルを見て、怒っていないようだと安堵するノラだった。
 二人はノラを先にして通路を進む。通路には誰も出ていなかった。各部屋からは昨夜と同じようにトレーニングをしているらしい声やマシンの音が漏れていた。……みんな必死ねぇ。ジェシルは苦笑する。
 エレベーターホールに来ると、ノラはホール右手にあるドアをスラックスのポケットから取り出した鍵で開けた。この先がスタッフ専用の通路になっているのだ。二人はそこを進む。通路には壊れたワゴンやひしゃげた空箱などが転がっている。また、タバコの吸い殻もかなり転がっている。
「すみません……」
「ノラが謝る事は無いわ。……みんなストレスが溜まっているのよ。あんなケレスみたいなのが居るんじゃあね」
 ノラはくすっと笑う。さらに通路を進むと、突き当りにエレベーターが三基並んでいた。これがスタッフ用のエレベーターだ。
「どこから回りますか?」ノラが言う。「ちなみに、一階が医療エリア、二階が厨房エリア、三階から上は倉庫だったり、わたしたちスタッフのお部屋だったりしています」
「そうねぇ……」ジェシルは図面を取り出す。「取りあえず、下から見て行きましょうか」
「分かりました」
 ノラはエレベーターを操作する。ドアが開き、二人は乗り込む。
「ノラ……」ジェシルがノラに声をかける。「……なんだか緊張しているわねぇ」
「そ、そりゃあそうですよう!」ノラの声が裏返る。「だって、これって立派な規律違反なんですから…… あ、でも、後悔はしていません! ……ジェシルさんと一緒なんですから……」
「まあ……」ジェシルは赤くなって下を向いたノラを見つめる。ついつい、からかいたくなってしまう。「ノラ、抱きしめてあげようか?」
「えっ!」ノラは驚いて顔を上げる。その顔はさらに赤さが増している。「何て事を言うんですかあ! 女性同士ですよ! 止めてください!」
「ははは、冗談よ、冗談」ジェシルは笑う。「すぐに赤くなって恥ずかしそうにするから、ついからかいたくなっちゃうのよねぇ……」
「もう!」ノラは言うとくるりと回ってジェシルに背中を向けた。そしてジェシルに聞こえないようにつぶやいた。「冗談だったんですか…… そうですか……」
 エレベーターが止まってドアが開いた。つんと消毒薬のにおいが流れてきた。
「明日からの大会に備えて医療スタッフを三倍にしているんです」
「ふ~ん……」ノラの説明にジェシルは口を尖らせる。「そんなにケガが多いものなの?」
「そうですね。聞いた話では、葬儀関係者もいるんだそうです。宇宙の主な宗派の関係者も待機しているんだとか……」
「なるほどねぇ…… わたしは無宗派だから、万が一の時は、このからだを宇宙に漂わせてくれれば良いわ」
「変な事を言わないでくださいよう……」ノラは言うと、目に涙を浮かべた。「そんな事を言っちゃ、イヤです……」
「あら、ごめんなさい」ジェシルはすんすんと泣き始めたノラを優しく抱きしめ、背中をとんとんと軽く叩く。「そんな事にはならないわよ。ま、相手はどうなるかは分からないけどね」
「それでこそ、ジェシルさんです」ノラは涙を流しながら笑顔を作る。妙にいじらしさを感じたジェシルはもう一度ノラの背中を優しく叩く。「……もう大丈夫です。次に行きましょうか?」
「そうね」
 二人はエレベーターで二階へと上がる。ドアが開くと、良い香りが流れてくる。ジェシルは、ノラの作ってくれた食事を摂ったばかりだったが、お腹が鳴ってしまった。すると、続いてノラのお腹も鳴った。二人は顔を見合わせて笑う。
「明日からの大会に備えているんです。大勢の人が集まりますから。ここもスタッフを増員しています」
「本当に、大掛かりなイベントなのねぇ」ジェシルは呆れたように溜め息をつく。「それで、幹部の人たちの分も作っているの?」
「いえ…… それはもっと腕の良い料理人たちが、わたしたちが入れない階の厨房で作っているようです」
「そう……」
「次へ行きますか?」
「そうねぇ……」ジェシルは図面を見る。「警備のフロアはどこかしら? もらった図面には無いわね」
「警備には、基本わたしたちスタッフは関わらないんです。何かあったら、連絡を入れるくらいで」
「直接はやり取りはしないのね?」
「通りすがり出会う事はありますけど、基本、互いに無視ですね。なんだかいつも偉そうで、怒ってばっかりで。わたしは嫌いです!」
「それなのに、声かけて『姫様』たちの事を聞いてくれたわけね」
「はい。怒られただけで、何も聞き出せなかったですけど……」
「でも、見上げた勇気だわ」
「そうですかぁ……」ノラはまた赤くなって下を向く。「ジェシルさんのお役に立ちたいから……」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね」ジェシルは言うと、ノラの頭をぽんぽんと叩く。ノラは耳まで赤くする。「それで、警備はどこかしら?」
「図面はもらっていないんですけど、地下一階です」
「スタッフのエレベーターで行けるの?」
「いいえ、行けません。警備専用のエレベーターがあるんです」
「そう……」ジェシルは図面を見る。「となると、この外階段で行くしかないわね」
 そう言うと、ジェシルは通路を歩き出した。ノラはその後に続く。 


つづく


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