ドアがしつこくノックされ続けている。
甘やかな眠りから、からだを引きずり出されて行く感覚は決して快いものではない。ベッドの上で目ざめたジェシルも同様だった。のろのろと上半身を起こし、ぽりぽりと長い髪の毛の下の頭を掻き、ふらふらと虚ろな目をドアへと向ける。
昨夜のケレスの挑発に腹が立ったジェシルは、なかなか寝付く事が出来ず、ついには部屋の中央でトレーニングを始めてしまったのだ。蹴りや突きを繰り出す度にケレスを口汚く罵り、終いには熱線銃で焼き尽くしてやろうかと思い、部屋を出ようとまでした。何とか気持ちを抑えたのは、ここに来た目的を思い出したからだった。それでも腹が立ったままで、寝入るのが遅くなってしまった。なので、ノックが無ければ、もっと眠っていただろう。
ノックはまだ続いている。ジェシルはベッドから起きだして、ふらふらしながらドアまで行く。
「……どなた?」
「あっ!」声はノラだった。「大丈夫ですか? ノラです! 朝食に何も手を付けていらっしゃらないので、とっても心配しましたぁ!」
「朝食……?」
「はい。……二時間くらい前ですけど。ノックしても返事が無かったので、メモをドアの下から入れておいたんです」ノラの言葉でジェシルは足元を見る。二つ折りにされたメモ用紙があった。「それで、今もう一度見に来たんですけど、食事に手が付けられていなくって…… それで、昨夜の事もあって心配になって……」
「ふふふ、大丈夫よ」ジェシルは答える。……この娘、心配してくれていたのね、可愛いじゃない? ジェシルの眠気は去った。「ドアを開けるから、朝食を入れてちょうだい」
「え? でも、もうすっかり冷めちゃってますけど……」
「平気よ。ノラの作ってくれたものだから」
ジェシルは言うとドアを開けた。ピンク色の制服姿のノラがワゴンの押し手を握りしめながら下を向いていた。耳まで赤くしている。ノラはつと顔を上げると、今度は目を真ん丸にした。
「ジェ、ジェシルさん!」ノラは思わず大きな声を上げてしまった。「何ですか、その…… その……」
言いながらノラはジェシルを指差す。指先が少し震えている。
「なあに?」ジェシルは指を差される理由が分からない。「何か変なものでも付いているのかしら?」
「いえ、そうじゃありません! その逆です!」
「……逆?」
「ジェシルさん……」少し落ち着きを取り戻したノラが言う。「……何か、ガウンでも着てください」
「え?」ジェシルは姿見に振り返ってみた。下着姿のジェシルが映っていた。「ああ、これね? ノラが帰った後、ちょっとトレーニングみたいな事をやって、汗をかいちゃったからシャワーを浴びて、そうしたら眠くなっちゃって、取りあえず下着をつけて、ベッドに寝転がったってわけよ」
「そうだったんですか」ノラは言いながら下を向く。「でも、そんな姿を見せられたら、どきどきしちゃいます……」
「良いじゃない? 女性同士なんだし」
「でも…… ジェシルさんって、何て言うか、ボンキュッボーンだから……」
「ははは!」ジェシルは笑う。「でも、この大会では通用しないみたいよ。ごっつい筋肉の塊みたいなからだじゃないとダメみたいね」
「それは、たぶん、ジェシルさんに嫉妬しているんですよ」ノラは自分の言葉に何度もうなずく。しかし、相変わらず下を向いたままだ。「普通の女性だって、嫉妬するんですから……」
「ノラもそうなの?」ジェシルは言う。下を向いたままのノラをからかって楽しんでいるようだ。「あなただって、もう少し大人になれば、良い線を行きそうだけど?」
「本当ですかぁ?」ノラは顔を上げる。表情は明るい。だが、ジェシルを見ると、また恥ずかしそうに下を向いた。「……ジェシルさん、ガウンだけでも羽織ってくださいよう……」
「それで? わたしを起こしに来ただけなのかしら?」ジェシルは急に話題を変えた。「それだけじゃないでしょう?」
「え?」ノラはきょとんとした顔をジェシルに向ける。「……ええ、まあ、そうです」
「じゃあ、何かしら?」
「昨日、おっしゃっていたじゃないですか……」ノラは声を潜めて続けた。「『姫様』とミュウミュウさんの居所が知りたいって……」
「そうだったわね。じゃあ、一緒に回ってもらえるのかしら?」
「そのために迎えに来たんです」
「そう! じゃあ、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよう!」ノラは部屋を出ようとするジェシルの腕を掴んだ。「ダメですよ、そんな姿で歩き回ったら!」
「え? ああ、そうよねぇ。下着姿じゃねぇ……」
「いくら女性だけしか居ないって言っても、やっぱりダメです」
「でも、宇宙パトロールの制服ではちょっとねぇ…… じゃあ、ガウンでも良いかな?」
「実は、着替えを持って来たんです」
ノラは言うと、ワゴンの下段に乗せてある布袋を手に取ってジェシルに差し出した。ジェシルはそれを受け取り、中身を取り出した。ノラと同じスタッフ用の制服だった。
「これなら、スタッフの振りをしてあちこちを回れます」
「なるほどね! ノラ、あなたって、とっても優秀だわ。感心感心」
ジェシルは言うと、ノラの頭を軽くぽんぽんと叩いた。ノラは再び耳まで真っ赤にして下を向いた。
つづく
甘やかな眠りから、からだを引きずり出されて行く感覚は決して快いものではない。ベッドの上で目ざめたジェシルも同様だった。のろのろと上半身を起こし、ぽりぽりと長い髪の毛の下の頭を掻き、ふらふらと虚ろな目をドアへと向ける。
昨夜のケレスの挑発に腹が立ったジェシルは、なかなか寝付く事が出来ず、ついには部屋の中央でトレーニングを始めてしまったのだ。蹴りや突きを繰り出す度にケレスを口汚く罵り、終いには熱線銃で焼き尽くしてやろうかと思い、部屋を出ようとまでした。何とか気持ちを抑えたのは、ここに来た目的を思い出したからだった。それでも腹が立ったままで、寝入るのが遅くなってしまった。なので、ノックが無ければ、もっと眠っていただろう。
ノックはまだ続いている。ジェシルはベッドから起きだして、ふらふらしながらドアまで行く。
「……どなた?」
「あっ!」声はノラだった。「大丈夫ですか? ノラです! 朝食に何も手を付けていらっしゃらないので、とっても心配しましたぁ!」
「朝食……?」
「はい。……二時間くらい前ですけど。ノックしても返事が無かったので、メモをドアの下から入れておいたんです」ノラの言葉でジェシルは足元を見る。二つ折りにされたメモ用紙があった。「それで、今もう一度見に来たんですけど、食事に手が付けられていなくって…… それで、昨夜の事もあって心配になって……」
「ふふふ、大丈夫よ」ジェシルは答える。……この娘、心配してくれていたのね、可愛いじゃない? ジェシルの眠気は去った。「ドアを開けるから、朝食を入れてちょうだい」
「え? でも、もうすっかり冷めちゃってますけど……」
「平気よ。ノラの作ってくれたものだから」
ジェシルは言うとドアを開けた。ピンク色の制服姿のノラがワゴンの押し手を握りしめながら下を向いていた。耳まで赤くしている。ノラはつと顔を上げると、今度は目を真ん丸にした。
「ジェ、ジェシルさん!」ノラは思わず大きな声を上げてしまった。「何ですか、その…… その……」
言いながらノラはジェシルを指差す。指先が少し震えている。
「なあに?」ジェシルは指を差される理由が分からない。「何か変なものでも付いているのかしら?」
「いえ、そうじゃありません! その逆です!」
「……逆?」
「ジェシルさん……」少し落ち着きを取り戻したノラが言う。「……何か、ガウンでも着てください」
「え?」ジェシルは姿見に振り返ってみた。下着姿のジェシルが映っていた。「ああ、これね? ノラが帰った後、ちょっとトレーニングみたいな事をやって、汗をかいちゃったからシャワーを浴びて、そうしたら眠くなっちゃって、取りあえず下着をつけて、ベッドに寝転がったってわけよ」
「そうだったんですか」ノラは言いながら下を向く。「でも、そんな姿を見せられたら、どきどきしちゃいます……」
「良いじゃない? 女性同士なんだし」
「でも…… ジェシルさんって、何て言うか、ボンキュッボーンだから……」
「ははは!」ジェシルは笑う。「でも、この大会では通用しないみたいよ。ごっつい筋肉の塊みたいなからだじゃないとダメみたいね」
「それは、たぶん、ジェシルさんに嫉妬しているんですよ」ノラは自分の言葉に何度もうなずく。しかし、相変わらず下を向いたままだ。「普通の女性だって、嫉妬するんですから……」
「ノラもそうなの?」ジェシルは言う。下を向いたままのノラをからかって楽しんでいるようだ。「あなただって、もう少し大人になれば、良い線を行きそうだけど?」
「本当ですかぁ?」ノラは顔を上げる。表情は明るい。だが、ジェシルを見ると、また恥ずかしそうに下を向いた。「……ジェシルさん、ガウンだけでも羽織ってくださいよう……」
「それで? わたしを起こしに来ただけなのかしら?」ジェシルは急に話題を変えた。「それだけじゃないでしょう?」
「え?」ノラはきょとんとした顔をジェシルに向ける。「……ええ、まあ、そうです」
「じゃあ、何かしら?」
「昨日、おっしゃっていたじゃないですか……」ノラは声を潜めて続けた。「『姫様』とミュウミュウさんの居所が知りたいって……」
「そうだったわね。じゃあ、一緒に回ってもらえるのかしら?」
「そのために迎えに来たんです」
「そう! じゃあ、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよう!」ノラは部屋を出ようとするジェシルの腕を掴んだ。「ダメですよ、そんな姿で歩き回ったら!」
「え? ああ、そうよねぇ。下着姿じゃねぇ……」
「いくら女性だけしか居ないって言っても、やっぱりダメです」
「でも、宇宙パトロールの制服ではちょっとねぇ…… じゃあ、ガウンでも良いかな?」
「実は、着替えを持って来たんです」
ノラは言うと、ワゴンの下段に乗せてある布袋を手に取ってジェシルに差し出した。ジェシルはそれを受け取り、中身を取り出した。ノラと同じスタッフ用の制服だった。
「これなら、スタッフの振りをしてあちこちを回れます」
「なるほどね! ノラ、あなたって、とっても優秀だわ。感心感心」
ジェシルは言うと、ノラの頭を軽くぽんぽんと叩いた。ノラは再び耳まで真っ赤にして下を向いた。
つづく
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