宇宙パトロール本部には地下十階から五階までをぶち抜いた巨大なメインコンピューターが設置してある。全宇宙の様々な情報がここに集結している。取るに足らない軽犯罪から、幾つもの国家を巻き込むような絶対表に出せない重犯罪まで、まさに犯罪の全てがここにある。
捜査官たちは、ある程度の資料は各自のオフィスのコンピューターで検索できる。しかし、より高度な極秘的な案件になると、上層部以外の者は、資料室と言う名の地下十階にある、ひんやりとしたこの場所でしか検索も閲覧も出来なかった。それでも、閲覧も検索も制限がある。なので、ほとんどの者はここへ来ることはなかった。自分の捜査に関するものだけを調べられれば良いからだ。
しかし、ジェシルはこの差別感がイヤだった。捜査をする現場の事を全く考えていないと感じていたからだ。だからジェシルは他の捜査官と比べればこの資料室には通うようにしている。オフィスで調べられそうな案件でも、わざわざここまで来ることが多い。ついでに閲覧禁止事項も検索してみることがあるが、やはり「パスワード」の入力が必要で、閲覧はできなかった。「悪は徹底的に粉砕すべし」がモットーのジェシルは、ますますこの差別感に嫌悪を示していた。
国が潰れようが全宇宙がひっくり返ろうが悪は許さないって言うのが宇宙パトロールじゃないの? ジェシルはいつも思っていた。
本人は知る由もなかったが、ジェシルは宇宙パトロールの要注意人物リストの筆頭に上がっていた。だが、ジェシル自身が優秀な捜査官でもあり、カルースがジェシルに「貴族出身の君の一族には政府中枢のお偉いさんが多い」と言う理由もあって表には出なかった。
ジェシルはエレベーターを降りると、正面に「資料室」と幾つかの言語で書かれたプレートが張り付けられている扉がある。扉の横にはカメラ・アイが設置されており、ジェシルはそれに顔を向けた。
「名前と所属をどうぞ」
認証装置の金属的な合成音声が流れる。
「……ジェシル・アン。捜査部所属」
ジェシルはつまらなさそうに言う。毎回毎回の遣り取りなんだから、顔を見ただけでぱっと判断できないものかしらね、ジェシルは思う。機械の馬鹿正直さと融通の利かなさにうんざりする。
「確認中です」
認証装置はそう言って、装置の下の赤ランプを点灯させてジェシルを放置する。この間にジェシル本人かどうかを確認しているらしい。この装置は旧式だった。確認するまでに時間がかかる。ジェシルは天井を見上げ、床を見つめ、壁を睨む。それでも確認は終わらない。
「もういいや、もう帰ろう……」
ジェシルはつぶやくと踵を返した。その時、扉の開く音がした。振り返って見ると、認証装置はまだ赤ランプが点灯したままだった。
「え? 何これ? 設備不良?」ジェシルはつぶやきながら開く扉を見た。「旧式の装置のままにしておくからよ。壊れちゃったのね」
ジェシルは腰の手を当てて仁王立ちをした。扉は半分ほど開いて止まった。……やっぱり整備不良ね。ジェシルは壁にある緊急連絡用のインターホンに手を伸ばした。修理部門に来てもらうように要請するためだ。
「ジェシル……」
ジェシルは声をかけられて振り返る。半開きの扉の奥から声がした。そこから顔を覗かせたのはオムルだった。
オムルは捜査官だったが、ある犯人逮捕時に怪我を負い、半身を不随にしてしまった。追い詰めた犯人の逆襲に遭い、隠し持っていたナイフで全身を滅多刺しにされたのだ。サイボーグ手術を勧められたが、それを拒否した。サイボーグ手術を受ければ第一線に戻れるが、オムルは精神的に参ってしまっていた。
自分を刺した犯人の残忍な笑み、流れ出る自分の血、引き裂かれ、全身を駈け回る激痛。入院中も幾度となく悲鳴を上げて、ベッドから飛び起き、その度に傷口が開いて血が流れた。宇宙パトロールを辞めようと思ったが、資料室の管理に任ぜられた。現場と隔絶したこの環境は、完治にはまだ遠いが、オムルの精神を徐々に癒して行った。
「あら、オムル!」ジェシルは笑顔を見せた。オムルの経緯を知っているだけに、同情してしまう。ただ、ジェシルならば全身をサイボーグ化してでも最前線に立ち、悪を叩きのめす方を選んだだろう。「まだ認証中だけど、大丈夫なの?」
「大丈夫さ」余り抑揚のない声でオムルは答える。「こんな旧式のシステムなんか無意味だよ」
「わたしもそう思うわ」
「さ、入んなよ」
オムルは言うと室内に消えた。ジェシルが私服である事にも、何をしに来たのかにも関心が無いようだ。……あれ以来、色んな事に無関心になったのね、ジェシルは思った。
ジェシルは、まだ認証確認中の装置を横目で見ながら、半開きの扉から資料室へと入って行った。
つづく
捜査官たちは、ある程度の資料は各自のオフィスのコンピューターで検索できる。しかし、より高度な極秘的な案件になると、上層部以外の者は、資料室と言う名の地下十階にある、ひんやりとしたこの場所でしか検索も閲覧も出来なかった。それでも、閲覧も検索も制限がある。なので、ほとんどの者はここへ来ることはなかった。自分の捜査に関するものだけを調べられれば良いからだ。
しかし、ジェシルはこの差別感がイヤだった。捜査をする現場の事を全く考えていないと感じていたからだ。だからジェシルは他の捜査官と比べればこの資料室には通うようにしている。オフィスで調べられそうな案件でも、わざわざここまで来ることが多い。ついでに閲覧禁止事項も検索してみることがあるが、やはり「パスワード」の入力が必要で、閲覧はできなかった。「悪は徹底的に粉砕すべし」がモットーのジェシルは、ますますこの差別感に嫌悪を示していた。
国が潰れようが全宇宙がひっくり返ろうが悪は許さないって言うのが宇宙パトロールじゃないの? ジェシルはいつも思っていた。
本人は知る由もなかったが、ジェシルは宇宙パトロールの要注意人物リストの筆頭に上がっていた。だが、ジェシル自身が優秀な捜査官でもあり、カルースがジェシルに「貴族出身の君の一族には政府中枢のお偉いさんが多い」と言う理由もあって表には出なかった。
ジェシルはエレベーターを降りると、正面に「資料室」と幾つかの言語で書かれたプレートが張り付けられている扉がある。扉の横にはカメラ・アイが設置されており、ジェシルはそれに顔を向けた。
「名前と所属をどうぞ」
認証装置の金属的な合成音声が流れる。
「……ジェシル・アン。捜査部所属」
ジェシルはつまらなさそうに言う。毎回毎回の遣り取りなんだから、顔を見ただけでぱっと判断できないものかしらね、ジェシルは思う。機械の馬鹿正直さと融通の利かなさにうんざりする。
「確認中です」
認証装置はそう言って、装置の下の赤ランプを点灯させてジェシルを放置する。この間にジェシル本人かどうかを確認しているらしい。この装置は旧式だった。確認するまでに時間がかかる。ジェシルは天井を見上げ、床を見つめ、壁を睨む。それでも確認は終わらない。
「もういいや、もう帰ろう……」
ジェシルはつぶやくと踵を返した。その時、扉の開く音がした。振り返って見ると、認証装置はまだ赤ランプが点灯したままだった。
「え? 何これ? 設備不良?」ジェシルはつぶやきながら開く扉を見た。「旧式の装置のままにしておくからよ。壊れちゃったのね」
ジェシルは腰の手を当てて仁王立ちをした。扉は半分ほど開いて止まった。……やっぱり整備不良ね。ジェシルは壁にある緊急連絡用のインターホンに手を伸ばした。修理部門に来てもらうように要請するためだ。
「ジェシル……」
ジェシルは声をかけられて振り返る。半開きの扉の奥から声がした。そこから顔を覗かせたのはオムルだった。
オムルは捜査官だったが、ある犯人逮捕時に怪我を負い、半身を不随にしてしまった。追い詰めた犯人の逆襲に遭い、隠し持っていたナイフで全身を滅多刺しにされたのだ。サイボーグ手術を勧められたが、それを拒否した。サイボーグ手術を受ければ第一線に戻れるが、オムルは精神的に参ってしまっていた。
自分を刺した犯人の残忍な笑み、流れ出る自分の血、引き裂かれ、全身を駈け回る激痛。入院中も幾度となく悲鳴を上げて、ベッドから飛び起き、その度に傷口が開いて血が流れた。宇宙パトロールを辞めようと思ったが、資料室の管理に任ぜられた。現場と隔絶したこの環境は、完治にはまだ遠いが、オムルの精神を徐々に癒して行った。
「あら、オムル!」ジェシルは笑顔を見せた。オムルの経緯を知っているだけに、同情してしまう。ただ、ジェシルならば全身をサイボーグ化してでも最前線に立ち、悪を叩きのめす方を選んだだろう。「まだ認証中だけど、大丈夫なの?」
「大丈夫さ」余り抑揚のない声でオムルは答える。「こんな旧式のシステムなんか無意味だよ」
「わたしもそう思うわ」
「さ、入んなよ」
オムルは言うと室内に消えた。ジェシルが私服である事にも、何をしに来たのかにも関心が無いようだ。……あれ以来、色んな事に無関心になったのね、ジェシルは思った。
ジェシルは、まだ認証確認中の装置を横目で見ながら、半開きの扉から資料室へと入って行った。
つづく
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